好きってなんだろう。
友達2人と、お茶を飲んでいた時だった。不意に言われた言葉に、私の思考は一瞬停止した。
「…え?」
「だから!なんで、美晴は、高柳くんが好きなの?」
漫画を実写化した、今話題の恋愛映画を女友達と見た帰り。まだ解散には早いからと、お茶を飲みながら、映画の感想を話していた。確かに恋愛の話はしていたが、それは映画の話であり、急に出てきた質問に、はてなマークが浮かぶ。
「鳴海。何、急に?」
私も感じた疑問を麻紀が先に聞いてくれた。
「昨日、考えたの」
「…何を?」
「好きって何かを」
「……何、突然?」
「あ!わかった。三上くんと何か進展でもあったんでしょ?」
「麻紀ちゃんはずれ。まだまだ、絶賛片思い中です」
「じゃあ、何?」
「昨日、聞かれたの。妹に」
私は、鳴海の言葉に、首を傾げた。鳴海は妹と10歳近く歳が離れていたはずだ。
「鳴海の妹って、あれだよね。今、小学…」
「一年生」
「その、小学一年生になんて聞かれたの?」
「『どうして、好きな人を好きになるの?』だって」
その答えに、私は、麻紀と顔を合わせた。麻紀の顔には、驚いたような、呆れたような表情が浮かんでいる。そして、きっと、それは私も同じだ。
「…なんていうか、最近の子どもってませてるね」
高校生もまだ世間から見たら子どもだろうが、それでも、そう思ってしまった。私の言葉に、麻紀も大きく頷く。
「私たちの頃は、そんなこと、考えてなかったよね?…なんか、歳を感じるわ~」
「でしょう?私も、呆れたんだけどさ。…でも、うまく答えられなかった」
そう言って笑う鳴海を見て、少しだけ想像してみた。
幼い妹に、「どうして、好きな人を好きになるの?」と聞かれたら、なんと返せばいいのだろうか。
「鳴海はなんて答えたの?」
「えっと、好きな人なんだから、好きなんじゃないの?って」
「…逃げた感があるね」
「でも、逃げきれなかったんだよね」
「…?」
「『じゃあ、好きって何?』だって」
「うわ~、難しい質問来たね~」
「麻紀ちゃん、笑いごとじゃないんだから。純粋な目で聞かれて、…でも、答えられなくてさ。ま、そしたら興味なくなったみたいで、それ以上は聞かなかったんだけど」
「…好きって何、か」
「なんかさ、今まで何人か好きになったし、短いけど付き合った人もいる。今も、三上くんに片思い中だけどさ、『好きって何?』って聞かれちゃうと、…なんて答えていいかわからなくて」
「だから、美晴にさっきの質問なのね」
麻紀の言葉に、鳴海が頷く。
「もちろん、麻紀ちゃんにも聞いてるけどさ、でも、麻紀ちゃんは今、彼と付き合ったばっかで、なんか惚気聞かされそうじゃん。その点、美晴は、高柳くんと付き合って、一年と少しでしょう?…なんかさ、漫画とか恋愛ドラマとか見ると、一年ってまだまだ短いって言われるけどさ、高校生からしたら、付き合って一年って結構長いと思うんだよね。だから、美晴に聞いたら、答え出るかなって」
「妹思いなんだね」
私の言葉に、鳴海は苦笑を浮かべながら小さく首を横に振った。
「そうじゃなくて、聞かれて答えられなかった自分が悔しかったっていうか…ね。だって、好きって気持ちを経験してるのに、今もちゃんと好きな人がいるのに、それが何かわかんないってなんか変かなって。…それで、2人はどうして彼が好きのかな?って気になったの」
麻紀は、少しだけ、首を動かし、周囲を見渡した。店は混んでおり、周囲に話している内容は聞こえない。それを確認すると、惚気じゃないけど、と前置きをしてから、麻紀が話し始めた。
「私は、正直、顔がタイプなんだよね。それから、やっぱり、優しいところが好きかな。まだ、3か月だけど、記念日も憶えていてくれるし」
「…麻紀。たぶん、それ惚気って言うと思う」
「だって!どこが好きっていう話をするなら、自然とそうなるでしょう!」
頬を赤く染める麻紀に、私と鳴海は微笑んだ。いつもクールだが、こういう時の麻紀はかわいい。
「高田くんも、こういう麻紀ちゃんが好きなんだろうね」
こっそり私だけに聞こえる声で呟いた鳴海の言葉に頷いた。麻紀の彼氏である高田くんは、他校生であり、あまりよく知らないが、それでも想像できる。こんな麻紀を優しそうに見つめる高田くんを。
「じゃあ、美晴はどうなの?絶対、惚気になるからね!」
「そんなムキにならなくてもいいのに。…そういえば、美晴たちって、一年とどのくらいだった?」
「一年と2か月かな。ま、正確には明日で、だけどね」
「あ、明日か。おめでとう」
「ありがとう」
「一年と2か月か。…私は、今の彼が初めての彼氏だから、そんなに長い時間一緒なんて、まだ想像できないな~。明日は、何かするの?」
「会うけど、別に記念日だから会うってわけじゃないよ」
「?」
首を傾げる2人に私は笑った。記念日だから会うわけではない、ということが理解できないようだ。
麻紀の彼氏は、記念日を憶えていてくれる人らしく、付き合った記念日には小さなプレゼントをくれるそうだ。もちろん、麻紀も贈っている。
鳴海は今まで2人の人と付き合ったが、そのどちらも、記念日には何かしらしてくれる人だった。記念日メールは当たり前だと以前言っていたのを思い出す。そう力説する鳴海に私は苦笑を浮かべるしかなかったんだ。
「この土日に、顧問がいなくて、部活が休みなんだって。今日、私は2人と出かける予定があったし、聡太も今日友だちと映画を見に行くって言ってたから、明日会うことにしただけ」
「記念日だからって何かしないわけ?」
「さすがに、一年の時はしたけどね。…でも、それも、事前に私が、めちゃくちゃアピールしたからしょうがなくって感じだったよ?」
「一年以上も付き合ってるとそんな風に冷めてくるものなのかな?」
「っていうか、あいつ、記念日憶えてないからね。初めから何もしてないよ?」
「…高柳くん、ダメだね」
「鳴海。人様の彼氏をダメ呼ばわりしない」
素直な鳴海に、麻紀が注意を入れる。けれど、表情から、麻紀も同じことを考えているのがわかったので、笑ってしまった。
「いいよ。ダメだもん。だって、記念日は憶えてないし、優しいけど人並みだし、アニメ好きだし。今日も、アニメの映画化されたのを見に行ってるんだって。…それに実は、聡太の顔って好みのタイプじゃないんだよね。もうちょっと濃い顔の人が好きだったりするんだ」
「聡太くんって、さっぱりって感じだよね。さわやか風イケメン」
「そうそう。高柳くんとサッカーって似合いすぎ」
「聡太がイケメンかはわかんないけど。…私は、あんまり濃すぎるのも嫌なんだけど、さわやかっていうよりは、きりっとしてる方が好きなんだよね。言葉にすると、うまく伝わらないんだけど、…今日の映画の主人公の彼氏いるでしょう?あんな感じの顔が好きなの」
「確かに、ちょっと聡太くんとは違うかもね」
「でも、そうすると、なんで好きなの?…好きだよね?」
「当たり前でしょ?…でも、なんで好き、か。…言葉にしようとすると難しいな」
「だって高柳くん、タイプじゃないし、記念日に何もしてくれないし、特別優しいってわけでもないんでしょ?」
「いや、でも、一年の時は、お揃いのネックレス買ったよ」
あまりの言われっぷりにさすがに入れたフォローは、けれど、納得はされなかったようだ。不満げな2人の顔に苦笑が浮かぶ。
「なんで、ネックレスなの?そこはやっぱり、指輪でしょう?」
「聡太くん、結構、へたれだな」
「あ、いや…そこは、私がそうしたいって言ったの」
「…なんで?」
「指輪欲しくならないの?」
正直、私も、一年記念を考えたとき、指輪を思いついた。そして、欲しかった。聡太との繋がりを見える形で欲しかったから。けれど、途中で怖くなったのだ。
「欲しかったけど…。でも…周りの話とかお姉ちゃんの彼氏歴を見てきて、結構、一年3か月とか4か月とかで別れてることが多いみたいで」
「…だからってなんで指輪にしない理由になるの?」
「だって…怖いじゃん」
「ん?」
「……指輪をもらったらきっと、外せなくなるもん。そりゃ、ネックレスだって同じだけどさ、やっぱり重みが違う気がするじゃん」
私の言葉が理解できなかったようで、鳴海も麻紀もよくわからないというような表情を浮かべている。だから、もう少しだけ付け加えた。
「別れるつもりはないんだけどさ、…それを聡太も思ってるとは限らないでしょう?でも、指輪をもらったら、もう放せなくなる気がするんだ。聡太は、好みの顔じゃないし、記念日も憶えてくれてないけど、一緒にいるとホッとするの。なんていうかね…こんなに好きになったの、初めてなの。だから、ずっと傍にいたい。放したくないの。でも、…もしかしたら、聡太が愛想つかすかもしれないでしょう?その時に、泣いてすがるような面倒くさい彼女になりたくないの。面倒くさいっていう思い出で終わりたくないから…」
「俺も手放す気なんてないけど?」
頭から降ってきた、低い声。聞きなれたその声に驚き、振り返る。
「………聡太…?」
「高柳くん、なんでいるの?」
「タイミング良すぎ」
私の疑問を鳴海と麻紀が代わりに聞いてくれた。私は、驚きすぎて、ただ、茫然と聡太の顔を見ることしかできない。
「俺たちも、さっき、映画見終わったんだよ。…感動したところとか、原作との矛盾とか、話したいことがたくさんあったから、みんなでどこかの店に入ろうって話になって。…そしたら、美晴を見つけたやつが、面白半分で、この店にしようってさ。止めたんだけど、押し切られて。…そしたら、カクテルパーティー効果だっけ?俺の名前が急に耳に入ってきてさ、見たらお前ら真剣に話してるじゃん。悪いなと思いながらも聞き耳立ててたら、こいつが変なこと言い始めるから。…なあ、こいつもらっていい?」
聡太の言葉に、鳴海と麻紀は、顔を見合わせ、すぐに、笑顔で頷いた。
「いいよ。もってっちゃって!」
「けど、記念日くらい憶えてなさいよね。あと、美晴を不安にさせないこと」
「…それは、まあ……気を付けます。ってことで、こいつもらってくから」
そう言って、聡太はまだ頭の回転が追い付かない私の手を引き、店を出ていく。さりげなく、私分のお金を鳴海に渡していた。
「…」
「…」
私たちはしばらく無言で歩き続けた。聡太は何も言わないし、私も何も言えなかった。
つないでいる手に力がこもっていて、なんだか、泣きたくなった。
大通りを抜け、小道に入る。私たち以外誰も歩いていなかった。
速足で歩いていた速度は自然と緩められた。
沈黙が痛い。何か言わなければいけないと思いながらも、言葉は出てこなかった。
「…明日、指輪買いに行こうぜ」
先に言葉を発したのは、聡太だ。
「え?」
「欲しいんだろ?」
「…」
聡太の問いに答えることができない私は何も言わずうつむいた。
下を見れば、2人の影が寄り添うように長く伸びている。
「お前、不安なら言えよ」
「…不安っていうわけじゃあ…」
「じゃあ、なんで、別れる話になってんだよ」
「別れるなんて言ってないじゃん。…別れたいって言われたらの話をしてただけでしょう」
「だから!」
突然の大きな声に、一瞬肩が上がる。顔を上げて、横を見れば、怒気を含んだ聡太がいた。こんなに怒っている聡太は久しぶりだ。
「俺は、美晴を手放すつもりなんてないから」
「…」
「そりゃ、俺は、好みのタイプでもなければ、記念日も憶えてないダメな奴だけど」
「え…あ、いや、それは…」
「それでも、俺は、美晴が好きだよ」
聡太が歩みを止めて、こちらを向く。オレンジの空と聡太の顔が重なった。
まっすぐ見つめる目は真剣で、だから、逸らすことはできなかった。
好きだと言われることは少なかった。聡太は言葉をくれない人だから。それでも、想われていることは知っていた。それで十分だと思っていた。
一緒にいると安心して、明日も会いたくなった。これだから好き、というところを上げようとしてもうまく上げられないけれど、それでも、この人のことを好きだといつも思う。
だから、傍にいてほしい。放したくないし、離れたくない。
だけど、そんな強い想いを抱いているのは、自分だけだと思っていた。ふと見られる優しさがたまらなく好きだったり、ふと触れる体温に泣きたくなるくらい幸せを感じたり。そんなのは、自分だけだと。
別れを自分から言うことはない。けれど、聡太から言われることがないと言い切れる自信はなかった。だって、こんなに好きなのは、自分だけだから。
だから、指輪を持ちたくはなかった。聡太から贈られた指輪を一生外せなくなりそうだったから。
「俺は、馬鹿だから、美晴の不安にも気づいてやれない。だから、…言って。こうして欲しいとか、これが欲しいとか」
「…」
「言葉が欲しいなら、ちゃんと伝えるから。指輪が欲しいなら、バイトして買うから。…だから、一人で不安になるな。別れなんて、想像して、一人で我慢なんかするな」
聡太の優しい視線に、涙が出てきた。そんな私を包み込むように抱きしめる。
「傍にいて。ずっと、離れないで」
「そんなん、当たり前だろ?」
そういって笑う聡太はもう一度、ぎゅっと抱きしめてくれた。
私も聡太の背中に腕を回す。そっと、目を閉じた。
傍から見れば、たかが高校生の恋愛かもしれない。けれど、高校生でも、子どもでも必死に恋をしている。先のことなんかわからないけれど、明日も、明後日もずっと一緒にいたい。子どもの恋愛だと笑われたって構わない。私は、この人が好きだ。
好きって何?の質問にはまだ答えられない。
どこが好きなのかは答えられる。
ふと見せる聡太の優しさが好きだ。背中に回る腕が好きだ。私だけに見せる照れた顔が好きだ。
けれど、どうして好きなのかは、うまく答えられない。それでも、ただ、好きだと実感する。今は、それでだけでいいと思う。
おまけ
「つーか、俺の見たアニメは大衆アニメだから。みんな見てるから。それを俺の悪い事の一つとして上げんなよ」
「はいはい。ごめんなさい」
「あとさ」
「…ん?」
「お前のタイプの奴って、どいつ?」
「……」
「もう、そいつが出てるテレビ見るなよ!」
「え~、いやだよ。聡太だって、アイドル見るでしょ?」
「…俺は、別に」
「じゃあ、今度、ベッドの下、チェックするからね」
「え!」
「……やましいものがあるわけ?」
「……ない」
「あるんだね」
「いや、ないって!」
「……ドラマ見てもいいよね?」
「…」
「ね?」
「……どうぞ」
「本当に、馬鹿だな~」
「うっせぇ」
「いいじゃん。聡太が一番好きなんだから」
「…」
「真っ赤」
「うるせぇって」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
なんていうか、答えは出ていませんが、そして、タイトルもなんか
合わない気もしますが(;一_一)
そして、最後急展開でしたが…それでも、こんな小説でした。
なんというか、好きって難しいものだと
改めて思いました。
感想、評価等いただけたら、泣いて喜びます!!!
ちなみに、最後のおまけは不要でしたか?
自分が、ああいう展開好きなので(笑)つけちゃいました。
不要だと思われた方。申し訳ありません。