ノースポール
お嬢様と執事です。
執事の下剋上がテーマ(嘘)
1.
窓から見える雪が、何センチか積もった時のことだ。
「誕生日パーティーとクリスマスパーティーを別にしなさい」
暖かい部屋で、ココアを飲みながら傍にいた執事に言った。
「お嬢様、旦那様がお忙しいのでこの年末に休みを二日も取ることは難しいかと思います」
彼は申し訳なさそうに私を宥めたが、私はわざとらしいため息をついて、湯気が出るマグカップを持ち直した。
目の前にいる執事は、代々私の家系に付き従う家柄に生まれ、彼もまた生まれた時から私の身の回りを管理する執事の役割をしていた。
私がなぜ文句を垂れているのかというと、父がクリスマスイブに生まれた私の誕生日を、
会社のクリスマスパーティーと兼ねて祝おうとしているからだ。
「お父様がいなければパーティーはできないわけ?」
上目遣いに彼を睨むと、うなだれてしまった。
屋敷主の私の父が決めたことに、一介の執事がどうこうできる問題ではない。
そんなことはわかっているのに、せっかくの20歳の誕生日をクリスマスパーティーと兼ねられることに私は心底腹を立てていた。
2.
15分後、いまだに私の怒りは収まらずココアを3杯もおかわりしていた。
側にいる執事の金丸は、そんな私の様子を見て「少し席をはずしますね」
とつぶやき、部屋をあとにした。
1度機嫌を損ねたら、なかなか直らない私を1人にしておこうと思ったのだろう。
そのおかげで、私は少し冷静になってきた。最近父は、何かと忙しそうに動き回っていて姿を見せない。私もそれを知っているからこそ、感謝しなければいけないし、わがままを言ってはいけないと思い直した。
フカフカのソファに座り直し、ココアと一緒に用意してもらったマシュマロを口に含む。ほのかな甘味とふわふわの食感が、私の気持ちまで包み込むように優しくしてくれたような気がした。
3.
それから1時間後、謙虚がちにドアをノックする音が響いた。このノックの音は金丸だ。
父がノックしたら、もっとダイナミックな音がするはずだから。
ひょこっと顔を覗かせた金丸は、私の機嫌が直ったことに気づいたようで、眉を下げながら微笑んだ。なんだか恥ずかしくなったのでココアのおかわりを頼む。
「糖尿病になりますよ」
「うるさいわね」
金丸の冗談に口では文句を言うが、きちんとココアのおかわりとクッキーを持ってきてくれていたので、つくづく私の扱いがうまいと思う。
パーティーまであと2日。
4.
次の日、遅めの朝食をとっていると父が姿を現した。
「美紀」
久しぶりに聞く父の声はなんだか掠れていて、疲れているのだと感じた。
「お父様、お身体は大丈夫ですか?」
「お父さんは身体が丈夫なことが自慢だからね」
笑いながら親指を立ててくるのがなんともうざったいが、私も笑って親指を立ててみる。
「ところで、昨日金丸に頼まれたんだが…」
「え?」
金丸から父に頼み事なんて、今までなかったことだから驚いた。
「やっぱり美紀の誕生日パーティーとクリスマスパーティーは合同になってしまう。すまないね」
昨日金丸は、部屋を抜けた間に父にこの事を頼んでいたらしい。
私は余計驚いたのと同時に、なぜか頬が赤くなるのを感じた。
5.
夜にまたココアを飲んでいると、金丸が何かの雑誌を置いてきた。
「お嬢様、見てください。この花!」
園芸雑誌に載っていたその花は、青い薔薇だった。
今まで薔薇の花束を沢山もらってきたけれど、青い薔薇はもらったことはない。
「もしかして、私の誕生日プレゼント?」
「…そうです」
金丸は一瞬目を見開き驚いた後、バレるとは思ってなかったらしく、頬をかきながら「参ったな〜」と笑った。
そんな彼に少し悪戯してやろうと思い、
「じゃあ、この花がいい」
ページの隅に小さく載っている小さな花を指さした。
「ノースポール…ですか」
「小さくて手入れ楽そうだし」
パーティーで渡されるには小さすぎて、周りから何を言われるかわからないだろう。
冗談だから金丸も本気にはしないだろうけれど、
「自分でプレゼントを考えなさい」
舌を出して笑ったら、金丸も笑いながらノースポールが載っているページにふせんをつけた。
6.
ついにパーティー当日になった。
朝から周りのメイドやコックはせわしなく動き回っていたし、父の会社の人が私に挨拶しに来たので、私も忙しかった。
「金丸」
「はい。どうかなさいましたか?」
そう言いながら、私にココアを手渡してくる。
「よく私が言いたいことがわかるわね」
「何年仕えてると思っているんですか」
微笑みながら、パーティーで着る私のドレスを用意してくれた。
7.
パーティーが始まった途端に大きなケーキと、持ち切れないほどの沢山のプレゼントをもらった。
全てを金丸に渡し、部屋まで運ぶように指示をする。
ところで、金丸から何ももらっていない。「おめでとう」の言葉すら。
隣にいた父に文句を言ったら、「金丸から何をもらうんだろうね?」と含み笑いをしながら肩を叩いてきた。
「何を笑っているの」と言おうと思ったけれど、プレゼントを置いてきたらしいスーツ姿の金丸が私に近づいてきているのを見つけて、私は口をつぐんだ。
「お嬢様」
いつもと違う髪型、いつもと違うどこか自信ありげな笑顔。
「お誕生日、おめでとうございます!」
突然目の前でかしずいてきて、金丸は私に花束を渡してきた。
「ノースポールだ」
青い薔薇の花束ではないことに多少驚きつつ、足元の彼のつむじを見つめる。
「お嬢様」
突然金丸は私を見上げ、
「お嬢様がお選びになられたノースポールです」
「そうね」
「ノースポールの花は、12月24日の誕生花らしいんです」
「そうなの?」
「はい。あと、花言葉は…」
今日の金丸は、いやに饒舌だ。
うっすらそんなことを考えながら彼の顔を見つめる。
「花言葉は?」
「はい、花言葉は【お慕いしています】、です。」
「あら、ぴったりね」
こんな改まった形式でお祝いされると思っていなくて、私は冗談めかして彼の髪に触れる。
金丸はびくっと反応してから何故か深呼吸をした。
「【お慕いしています】。お嬢様。よろしかったら、一生側で仕えさせてください」
彼の赤くなった頬と、隣の父親の拍手で、これがプロポーズだと気づいた。なんということ。
少し時間があいた後、私がうなずいてパーティー会場全体が拍手の嵐となり、鳴り止まなくなった。
パーティーのことの他に、父にこんな頼み事もしていたなんて。
一生忘れられないパーティーになってしまった。
そして、私の左手の薬指が何かで輝いたことに気づいた。