クロユリ
自分に自信がない女の子と、少し不思議な雰囲気を持つ男の子の話です。
1.
透き通るように白い肌を持ち、太陽に当たると輝く漆黒の髪と大きな瞳が綺麗な彼。黒いパーカーとジーパンがお気に入りの格好らしく、たまになにかの言語のテキストを読んで勉強しているので、大学生だと思う。
いつも電車で同じ車両にいるそんな彼から、私は目を逸らすことができなかった。
彼は何か、独特なオーラがあった。例えて言うならば不思議ちゃん?
服装もただのパーカーではなくて、カラフルなボタンがポイントとして付いている独特なものだし、たまに読まれている外国語のテキストもアイヌ語であることがこの間判明したし。
私は、周りから悪口を言われないように雑誌を見て服装をモデルと同じにしたり、
髪型も流行りのもの。彼のように独自性がある物を選ぶことなんかできない。
それでいて、彼はそれらが似合っているのだから、私は彼を尊敬する眼差しでただなんとなく毎日眺めていたのだった。
2.
ある日、私は朝から体調が優れなかった。
熱があるわけでもないので学校に行こうと電車に乗ったが、どうやら貧血気味らしく頭がフラフラする。
しかし、通勤ラッシュの時間帯で座れるわけがないので私は仕方なく壁に寄り掛かってしゃがんでいた。
周りは、私がただの眠い学生だと思ったのか目の前の私の荷物をガツガツと蹴っていく。仕方ないけど我慢我慢。 そう思って耐えていると、床に落としていた視線の先に、いつもの見慣れた、これまた独特な靴が姿を現した。
こんなに蛍光オレンジのスニーカーを履く人なんか、この地域に一人しかいない。
そう確信して思わず見上げると、彼と目があってしまった。
私は驚いて、急いで視線を元の床に戻すと彼がしゃがんで私に目を合わせてきた。
「具合、悪いの?」
初めて聞いた彼の声。柔らかくて、暖かくて。
聞き取りやすい彼らしい声だと思った。
返事の変わりに首を縦に振ると、彼は立ち上がり斜め前にいる新聞を読んで座っていたサラリーマンに、
「すみません。女の子が具合悪いみたいなので座らせてあげてくれませんか?」
と交渉を始めた。
こんな通勤ラッシュの時間帯で座ることが奇跡の状態なのに申し訳なくて、私は彼のジーパンを握って首を横に降り続けた。私があと終着までの15分我慢すればいいだけなんだから。
周りの視線が痛くて、私は泣きそうになってしまった。
「あー具合悪いのかい!もっと早く言いなさいよ〜!」
しかし、少し年配のサラリーマンは、私が思った反応と違い、快く席を譲ってくれた。
「「すみません、ありがとうございます」」
サラリーマンにお礼を言うタイミングが重なり、思わず見つめ合う私と彼。
そんな二人にサラリーマンはニヤニヤしながら先程と同じ新聞の記事を見つめていて、私はなんだか照れ臭くなってしまった。
3.
「あなたのおかげで座れたので、だいぶ楽になりました!ありがとう!」
同じ駅で電車を降りてすぐに、私は彼にお礼を言った。
「楽になったならよかった」
そう言ってふわっと笑う彼は、水分を取ったほうがいいと言って、ジュースを買ってくれた。
「あの、私…」
憧れの彼に迷惑をかけたくない。そう思って困っていると、彼は何を勘違いしたのか、
「あっ、ごめんね。彼氏とかいるのに男に付きまとわれて嫌だったよね!?」
と手をせわしなく動かしながら謝ってきた。
思った通りの不思議ちゃんだ。
なんだか嬉しくて、私は笑いながらもらったジュースを飲んだ。
「じゃあ…さ」
彼はいきなり立ち上がって、私に携帯電話を差し出した。
何?何だ?
まばたきを繰り返す私に、彼は唇だけで「赤外線」とつぶやいた。
4回目にしてようやく気づいた私は、多分耳まで真っ赤になりながら彼とアドレス交換をしたのだった。
4.
彼の名前とアドレスを同時に知ることができてしまった。
私は、彼と別れた後に思わず友達に電話をした。
気になっている人がいる、と話したことがあったのだ。
「やったじゃん恵美里!こうなりゃメールをいっぱいしてデートするしかないね!」
「佐奈ちゃん、私なんか無理だよ〜」
「なに言ってるの!今からメールしちゃいなさい!」
「う、うん。頑張る〜」
電話を切った後、私はかれこれ40分ほどメールの文章に悩んでいた。
学校に遅刻しそうだからと彼の連絡先だけ聞いて、バイバイしたので彼は私からの連絡を待っている状態だった。
さっき佐奈ちゃんに電話した時間も合わせると、1時間ほど経っている。
絵文字は何を使えばいいの?どんな顔文字?デコメの方が動いて可愛い?それとも見づらい?
混乱する頭で打てた文章が、先程のお礼と名前だけ。あー可愛くない!他に話題は…あるにはある。
いつも着てる服が独特だけど、オシャレで可愛いとか、アイヌ語についてとか、色々話したいことはあるのだけれど!
その話題を出したら、私がいつも彼を見ていたことがバレてしまい気まずくなると思ったので、最初はこの文章だけで送信した。
彼からの返事は早かった。
「明日も、同じ電車、同じ車両にいます」
嬉しい。もしかしたら明日も話せるかもしれない。
私は、浮かれ気分のまま思わず
「明日も会えるのを楽しみにしています」
とメールしてしまったのだった。
5.
夜になったが、遠足前日の小学生のように、私は眠ることができなかった。
明日はどんな服装で行こう。どんな髪型で行こう。ソワソワしているのが、自分でもはっきりとわかった。
あの後彼とは何通かメールが続いて、彼が有名な大学の生徒で私と同い年であるとわかったので、同い年なのにすごい!と余計彼を羨望してしまうのだった。
今までは遠くから眺めるだけだった彼と、近くで笑いあうことができる。他人から知り合いという関係になれただけで、私は頭が沸く思いだった。
6.
「あーーー!!!!!!!!」
目覚まし時計を見て、私は思わず叫んでいた。
いつも乗る電車の時間から、30分経っている。いわゆる寝坊をした。
慌てて携帯電話を見ると、彼からのメールが4件。
『どこー?』『もしかしてまだ具合悪い?』『無理言って誘って、ごめんね。』『え?倒れてないよね?大丈夫?』
う、うわーーー!!!!!!すごく心配させてしまった。
慌てて彼に電話をすると、
「あれ、恵美里ちゃん?はぁはぁ」
なぜか彼は少し息切れしている。その理由もわからないまま、私はまくし立てるように謝る。
「ご、ごめん。寝坊して、今起きて…」
「へ?寝坊…?」
「ご、ごめんね、ごめんね!」
きっと彼のことだから、また気を使ってくれたんだろう。
そう思い、不安でいっぱいになっていると
「なんだよー!恵美里ちゃんが倒れてると思って、探しに来ちゃった!」
「えぇえ!?」
どうやら、昨日あまりに顔色が悪かったので今日は電車に乗る前にどこかで私が倒れたと考えて彼はわざわざ途中下車して、私がいつも乗る駅の周辺を探してくれたらしい。
彼に今いる場所を聞いたら、案外私の家の近くにいるということだったので急いで家を出た。
あーあ。昨日寝る前に考えていた服も髪型も化粧もできなかった。
残念な気持ちになったけれど、彼に会えることが嬉しくて私は走った。が、私はあることに気づいてしまった。
なぜ私の最寄り駅を、彼が知っているのか?ということだ。
7.
彼がいるという公園に着くと、彼はいなかった。
私は、キョロキョロと辺りを見回してグレーのスーツ姿に黒い花束を持った男の人を見つけた。
近くで葬式でもあるのだろうか。
何秒間か見ていたら、男の人が私に気づいて立ち上がった。
「えっ!」
「や」
よく見たら、いつもは(色んな意味で)目立つ格好をしていた彼だった。
「どうしたの、その格好…!」
片手を上げて近づいてきた彼は、私の質問には何も答えずに黒い花束を私に渡してきた。
「あ、ありがとう」
何も言えずに受け取ると、彼は嬉しそうに
「寝坊でよかった。」
と囁いて、続けて
「kani anakne k=uosikkote(カニ アナクネ クオシコテ)」
と言ってきた。
「なに、英語?」
何を言われたのだろう。
彼の方を困ったように見ると、真剣な目つきで
「アイヌ語で、【僕は恋をしました】っていう意味だよ」
と教えてくれた。
花束といい、その言葉といい…
頭の中がパニックになりながら彼の目を見つめる。
そんな私に微笑みながら
「恵美里ちゃんに、【恋の呪い】をかけました。付き合ってください」
と彼は頭をさげ、驚いた私も
「よ、よろしくお願いしますっっっ」
と思わず頭を下げて、彼に頭突きをお見舞いしてしまったのだった。
9.
彼と付き合い始めて1ヶ月後、あの花束の意味と私の最寄り駅を知っていた理由を聞いてみた。
「恵美里ちゃん、自分が目立っていることに気づいてないの?」
「私が!?」
「いつも僕の隣にいる男子高校生が恵美里ちゃんのこと可愛い可愛いって言ってて…
それで、僕も恵美里ちゃんを毎日見てるうちにお年寄りや妊婦さんに席を譲ったりしてて、いいこだなぁって思って」
彼のことを見ていたのに、彼に見られていたなんて少しも気づかなかった私は心底驚いた。
「あと、あの黒い花束はクロユリ。アイヌの伝説で、クロユリを何も言わずに受け取ってもらえると二人は幸せになれるっていう話があるんだ」
大学でアイヌの言語や文化を学んでいる彼は、ゲンを担いだらしい。
「あと…
プロポーズはスーツでしょ?」
そうやって白い歯を覗かせた彼はやっぱり不思議な人だなぁと思うけれど、そこもまた魅力的でもっと彼のことを知っていきたいと思った。
少し長めでしたが、読んでくださってありがとうございました!
アイヌ語は、独特な表記をします。
カタカナにすると小さなカタカナになったり。発音も難しいんですよ。
ではでは、感想をお待ちしております。