勿忘草
夏ということでホラー!
軽くグロ注意です。
いつものようなただの恋愛話ではありません!
1.
松島渉は、家庭教師である私が初めて受け持つ教え子だった。
「先生、髪ポニーテールにしたら似合いそう」
「髪に跡がつくから嫌なの」
「眼鏡よりコンタクトにしたら可愛いのに」
「痛そう。眼鏡の方が楽だわ」
「化粧すればいいのに」
「良いからここの問題解いちゃいなさい!!!」
中学2年生という異性を意識する歳の彼は、何かと私の容姿に文句を言う。
今まで何人かとお付き合いしたことはあるけれど、容姿を褒められたことはないので
『いちいち文句を言うな!』
と内心毒づくことしか、ただの家庭教師の私には対抗する術がない。
いらいらして机を指でコツコツと叩くと、渉は静かに問題を解きはじめる。大人しく言うことを聞いていたら可愛いのに。
渉の真剣な横顔を見ながら微笑むと、彼は私の視線に気づいたようで、こちらを向いた。
「先生に見られてると、勉強に集中できないんだけど…」
困ったように見つめられて、私は逆に困ってしまうのだった。
2.
週に3回渉に勉強を教える以外は、家で渉と同い年の弟に勉強を教えることもある。
「姉ちゃんってさぁ」
「何?」
「コンタクトにしないの?」
「お前もか」
今時の中学2年生の間では、女性は眼鏡をかけていたらダメだという法則でもあるのか!?
思わず目の前にある弟の彰のほっぺたを強く引っ張ると、
「ひたいひたい!ごめんにゃひゃい」
若干涙目になりながらきちんと謝る彰。さすが私の弟、素直である。
渉は図体がでかくませているのに対し、彰はまだ成長期も来ていないので女の子みたいな見た目だが、内面はしっかり者だ。
同い年の二人は極端に違うけれど、二人とも勉強をすることに対して真面目だしとてもいい子である。
3.
「先生、コンタクトにしなよ〜」
「またかい」
合コンやデートでオシャレをするのはわかる。しかし、ここは渉の部屋で私は勉強を教えに来ているのだ。
この間彰にしたように、目の前にあるほっぺたをつまむ。
「むー」
こやつはなかなか謝らない。むしろ私のことを睨む勢いで凝視である。
「渉も、彰の素直なところを見習ってほしいよ!」
ついつい思っていることが声に出てしまった。彰のことは何回か渉に話していたので、弟のことだとわかったのだろう。
しかし、いつもと違うのは渉が勢いよく立ち上がり、私の腕を掴んでベッドに押し倒してきたことだった。
4.
何故このようなことになったのかわからず、一瞬頭が真っ白になった。
中学生と言えど、小柄な私と渉は身長が20㎝ほど差がある。マウントを取られた私は身動きが全くできなかった。
「な、何してるの?ふざけてないで、さっきのページの続きを解きなさい」
情けないことに、声は震えきっていた。
「先生は生徒の俺より弟のことが好きなわけ?」
怯えきった私を見て、渉は挑発的な笑顔を私に向けた。
その笑顔は、氷よりも冷たく鋭いと感じて私はついに涙を流してしまった。
「泣かないでよ先生。俺はただ、先生を彰くんに取られたくないだけ。俺はただ、先生を愛してるだけなんだから」
先ほどの冷たい笑顔から一変、いつもの渉の笑顔に戻り私の流した涙を指ですくってくれた。
「わ、私はただの家庭教師だし…中学生のあなたのことは生徒としか思えないわ」
なんとか自分の気持ちを伝えると、渉は私の腕を掴む力を強めた。
「痛いっ!離して、痛い痛い!」
思わず叫ぶと、
「痛い?先生から彰くんの話を聞く度に、俺の心の方が痛かったんだよ。先生はもっと痛い思いをしてもいいくらいだけど?」
渉はニコニコしながら尚私の腕を締め付けてきた。
「ごめんなさい、何回でも謝るから許して」
私はもう涙と鼻水でわけがわからない顔のまま、渉に哀願した。
「綺麗だ。先生、とても綺麗だよ」
もはや渉は、私ではない何かを見ているようだった。
痛さの感覚もなくなってきた腕をみると、赤紫色に痣ができていた。
5.
「渉、もうどけて。今ならなかったことにするから」
必死に説得をすると、渉は無言のまま私の唇に口づけをした。
「な、なんなの。渉どけて。どけなさい!」
私の言うことを聞かないで、その後も渉は無言のまま私の汗まみれのおでこや痣のついた腕に口づけをした。
『狂っている』
渉が飽きるまで、何もしないでひたすら耐えた方がいいのだろうか。私は放心状態になりながら、部屋の天井を見上げた。
「先生、大好き」
もう一度私にキスをすると、おもむろに渉は私の首に手をかけた。
6.
「かっ…はっあ」
声が出ない。息が、出来ない。
目を大きく見開いて、渉の顔を見る。
「先生、もっと俺を見て。俺だけを見て。あはははは!」
楽しそうに笑う渉は、中学生の無邪気さを全身で表していた。
いつもおちゃらけて私を笑わせてくれた渉。
勉強を頑張って、テストで良い点をとれるようになった頑張り屋の渉。
『何故、こんなことに…』
渉の手にグッと力が入り、思わず私の喉はヒューヒュー鳴る。
苦しい、苦しい、苦しい。
どこをどう間違えたのか。
だんだん脳にいく酸素がなくなり、身体の力が入らなくなる。
そして、ついには息が途絶えてしまった。
そんな私を見て渉は、
「先生が最期に触れたのも俺。最期に見たのも俺。最期に考えたのも俺のこと。
あははははは、素晴らしいね、あははははは!!!」
泣きながら笑う。そして、押し入れにしまってあった勿忘草を私にばらまいた。
「先生、あの世にいっても俺のこと忘れないでね?」
こうしてこの後、部屋から去った彼を見た人は誰もいない。
ヤンデレというのは書いていて楽しいですね(笑)
いつ病みスイッチが入るのかわかりません。
いつもと違う作風になりましたがいかがでしたでしょうか?