しゃこばサボテン
彼氏といきなり遠距離恋愛をすることになった主人公。
彼に貰ったサボテンに毎日話しかける主人公の愛の言葉は彼にも伝わるのでしょうか?
1.
いつも通り彼の部屋で、お笑いのDVDを見てひとしきり笑っていた時のことだ。
私はお気に入りのDVDを飽きずに何度も見る人間なので、彼が何度も私の方を見てきていたのもいい加減違うDVDに変えろ、という合図なのかと思って無視し続けていた。そんな時、
「俺、海外に引っ越す事になったんだ」
彼から告げられた言葉に、私は息を飲んだ。
「えっ…?」
ソファーに座って、無言のまま彼は下を向き自分の手を太ももの下に入れた。
お互い何も言えないでいる部屋には、DVDから聞こえてくる笑い声だけが虚しく響く。
2.
数分間、DVDの音しかない空間になった彼の部屋で私は彼の横顔を見つめたまま、動くことができなかった。
「ごめん」
突然俯いたまま小さな声で言う彼に
「そんな、いきなり言われても」
文句を言うが、ショックで声が震える私。
「本当にごめん」
続けて謝ってきた彼の声も震えていた。
無邪気な彼の流す涙を初めて見た私は驚き一旦DVDを停止して、身体を彼に向ける。
彼は泣き止み、落ち着いたのか話を続けた。
「日本に戻って来るのは、いつかわからない」
「だから、これを俺だと思って持っていてくれ」
3.
いきなりそう告げて手渡されたのは、ひとつのサボテンだった。
「サボテン?」
「サボテンてさ、人の心がわかるらしいから」
確かにサボテンに話しかけると育ちが良いとか、サボテン同士で会話をするという話を聞いたことがある。
また泣きそうな顔で笑う彼に文句すら言えなくて、私も泣きそうになりながら小さな花が咲いている可愛らしいサボテンを貰った。
後日、快晴の天気の中空港まで見送りにきた私は、彼に何と声をかければいいのかわからずただ立ち尽くしていたら
「あのサボテン、枯れないから」
飛行機に乗る直前の彼が真顔で一言。
4.
彼がいなくなってから、私はこのサボテンに一日に起きた事を話すのが日課になっていた。
「今日は国語の吉田先生が、襟を立てたまま授業をしていてね」
「今日は友達の彼氏の純くんが、私のことも車で送ってくれてね」
サボテンは、何も返事をくれない。
それでも私は彼に会えない寂しさを紛らわすために話し続けた。
私が寂しがると思って、彼はサボテンを渡してくれたのだろう。
ふと彼のことを考えてしまう。
「そしてね、」
深く深呼吸をして
「今日もあいつを忘れる事ができなかった」
いつも最後に言う言葉。
「あのサボテン、枯れないから」
最後に会った彼の姿を思い出す。いつもはおちゃらけた態度で私をからかったり、お笑いのDVDをお腹を抱えて笑って見たりする。
その笑顔が絶えない彼が、真剣な顔で言っていた枯れないサボテンの花。
だが、サボテンの世話をしたことがない私は、早いうちに花を散らせてしまった。
「嘘つき…」
あんなに自信満々に言っていた彼の顔が恨めしい。
それでも、
「今日もあいつを忘れる事ができなかった」
5.
彼がいなくなって一年が経った今も言っている言葉。
いつも隣にいた彼を、ふとした時に思い出してしまうダメな私。
『まだ忘れられないなんて、意外に女々しい性格をしてたんだな…』
私は苦笑を漏らし、机に突っ伏して眠ろうとしていた。
『人の気持ちがわかるサボテンの花が枯れたって事は、私の恋も散ったんだ』
何度思っただろう?
言葉を話せないサボテンに、何度愛を囁いても、彼自身には伝わらないのだ。
「ほら、起きろよ」
夢の中で彼の声が聞こえた気がした。久しぶりに聞く優しくて、少し低い声。それだけで私は泣きそうになってしまう。
「来てやったんだぞ?」
私は懐かしすぎる彼の匂いを感じた。
いつか忘れたけれど、私が落ち込んでいる時にそっと抱きしめてくれた彼の匂い。夢にまで出てくるなんて末期だな。
『あれ…匂い?』
声も匂いも鮮明すぎておかしい、そう思ってがばっと勢いよく起きたら
彼が、目の前にいた。
「よぉ。うたた寝してんなよ」
相変わらず皮肉な言い方で、彼は照れ臭そうに笑い私の髪を撫で回した。混乱する頭で、
「な、なんでいるの!?」
それだけしか言えない私に、彼は少し照れたように
「我慢できなくなって、休みの合間に飛んで帰ってきた」
そう言って見つめてくる彼に、また目頭が熱くなってしまう。
6.
「私、一つ謝らないといけないことがある」
少し落ち着いてからそう前置きをして、サボテンの花をすぐに枯らしてしまった事を謝った。
『サボテンの花が枯れたということは、私の恋も散ったということ』
目の前の彼は、久しぶりに会う彼女にどのように別れ話を切り出すのか。
怖い気持ちと、緊張する気持ちの中覚悟を決めてしっかりと彼を見つめると、
「ホントにずっと持っててくれたのな!」
彼はなんの悪びれもなく、極上の笑顔ではしゃいでいた。
そんな彼を見た私は想像していた態度とは違ったので、拍子抜けしながら
「あんたが持ってろって言ったんじゃない!」
と少しきつめに文句を言った。そうそう、この感じ。
私が文句を言って、彼が謝る。いつもこんな風に私が主導権を握っていたんだっけ。
「この感じ、久しぶりだね」
そう言いながら、彼はまだ私の髪を撫でている。私はたまらなく恥ずかしくなり、彼の手を払ってしまった。
久しぶりに会って、気づいたが、やっぱり彼のことが好きだ。
だからこそフラれたくなくて、キツく当たってしまう。
彼は払われた手と私のことを困ったように見つめながら
「花が枯れないなんて言ってない」
と言ってきた。
7.
「どういうこと?」
私は、意味がわからず彼を見つめた。前と比べて少し髪が長くなっていることに気づく。
「しゃこばサボテンの花言葉だよ」
彼は、私が寂しがると思ってサボテンを渡したわけではなかったらしい。
いきなり花言葉と言われても何が何だかわからない私は、『?』を頭の上いっぱいに浮かべた。
なぜか安心したように笑い、
【俺の気持ちはずっと枯れない】
そう言いながら抱きしめてきた彼の胸の中で、私は心の中のとげが綺麗な花になっていくのをゆっくりと感じ取っていた。
今回は少し長くなってしまったかもしれません。感想お待ちしております。