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ダンスなんて出会い系だよ! step2

「意識はありますか?」


 覗き込む顔があまりに近くて反射的に寝返りをうって転がり起きる。


「し、失礼。ここは……? いえ、あなたは?」


 リハビリセンターではない。まだログアウトはしていないようだ。周囲は鬱蒼としたジャングル。シダ植物と雑草、赤土に囲まれてジメジメと湿度が高い。


(しめっぽい……? オンラインじゃないのか……?) 


「プレイヤーネーム、ネレイアと申しますよ。あなたはこのワールドは初めてですか?」

「ワールド……?」


 ジンの疑問にもこれといって表情を変えず、最初からずっと視線を合わせたまま。ネレイアというこの女性、長身で痩身、なおかつとても姿勢がいい。透き通るような銀髪、淡水色のワンピースを着ていて、いかにもワルツが似合いそうなタイプ……と考えてジンは苦笑する。どこまでいっても社交ダンスだ。普通の人間ならおいおいジャングルにワンピースかよ! とかいう感想を抱くところなのだろうか。


「では、参りましょう」

「すいません、どちらへ? エスコートしますよ」

「あなたは道を知りませんから、私が誘導するのが理にかなっていると考えますが……」

「どちらに向かうのかは教えてくだされば。大丈夫、知らない道でもレディのためならどこへでも、それが紳士の嗜みというものですよ」

「理解しました。本MMOを出会い系サイトのように捉えている人間特有の振る舞いというラインで」

「……失礼な、出会い系なんて見たことも聞いたこともありません!」


 怪訝な顔をされた。


「異常な人ですね。わかりました、出会い目的でもなくあえて非効率を選択する思考の流れには一定の理解を示します」

「異常って……。ええと、お嬢さん、少々言葉を謹んだ方がよろしいのでは?」


 また怪訝な顔。


「『異常』はおかしいですね。理解しました。不快にさせたのであれば借りとします。早速あなたの一般的ならざる行動規範に従うことで借りを返済しようと考えますが?」

「なにをいっているのかわかりませんが……ではレディ、お手を拝借」

「従いましょう」


 ネレイアと名乗るプレイヤーの細くて白い手をとり、泥濘から立ち上がってネレイアの指し示す道をゆく。もちろんジンは紳士であるので、尻が泥まみれであっても、パンツまでぐっしょりな感覚があっても、優雅な立ち居振る舞いを崩すことはなかった。



--------------------------------------------------------------------

「まず "Center of Mercury"【CoM】 へ向かいます。このMercury-Sphere の中心スポット。そこでブキやソウビを整え、あなたは探索の旅へ向かうことになります」

「なるほど、そこで武器や防具は装備しないと意味がないよっていわれるということですねっておーい! ……いや失礼取り乱してしまってハハ。ネレイアさん、ここはダンスバトルだと聞いたのですが……?」

「その通り、ダンスバトルです。ダンスバトルとはですね……」

「HeyHeyHeyちょっとMatchin' now! Yeah baby!」


 シダやヤシのような、典型的な亜熱帯のジャングルからこれまた典型的なアレが現れた!

 ツンツンの赤毛にサングラス、パンク風ファッション、手首足首に鎖のようなアクセサリ。

 そんな男が十数人の同じような風体の取り巻きを連れて飛び出してきた。

 これは典型的な……


「変態か……こいつは厄介な」

「Hentai じゃねーSure! Yo, come on a そこなニイチャン、連れてんじゃねえか可愛いネエチャン」

「ダンススタイル・ストリート系スキルツリーのHiphopとサブスキルにラッパーを取り入れたスタイルですね」

「そのとおりだ見る目あるネ、ビューティフォーなチャンネー」

「ラッパーレベルはさほどではないようです」


 サングラスをくいっと下にずらし、赤毛男はジンを無視してネレイアに声をかける。


「ヘイメーン、気に入ったぜネエチャン! クエストで、女子メン欲しいんだけど俺ら、そのイケてないメーン置いてチームメーンなろーぜ」


 顔を見合わせるジンとネレイア。


「なんかややこしそうだし、僕は放っておいて向こうにいってもかまいませんよ? どうも僕はイケてないメーンだそうですし……」

「そうですか?」


(自分からそういう逆ジギャクギャグっぽいこというのなしにしてよー? 紳士だろー?)


「……いや、そうですね。つい面倒を避けてレディを変態に委ねるところでした。紳士としてちょっとそれはない。ない。……失礼ですがみなさん、それはレディをダンスに誘うやり方としてスマートとはいえませんね、あと服装も」

「Oops! あんなこと言わしてる亜熱帯の岩清水でタキシード来てるオメーの滑稽な姿うpするぜok?」


『Dance Battle Ready !?』


 中空に現れる半透明のシステムメッセージ。


「バトルを申し込まれました。とりあえず右手を力強く上げてみてください」

「こうですか……、はっ」


『Battle Start!』


「Yo Shit! いい度胸だシロウト! 彼女を賭けて、バトル、スタートだぜ! フゥー燃える!」

「いまのがクイックスタートモードです。チュートリアルや装備フェーズを全て飛ばしてバトルをスタートする際に」

「ノーノーノー! チュートリアルプリーズ!」

「大丈夫ですよ」


 ネレイアは口の端だけを釣り上げて、笑った。


「どうせ、勝てません」



--------------------------------------------------------------------


 体が、まったく動かなかった。

 バトルスタートした瞬間、足が動かなくなった。腕も。指先まで。いつもなにも考えなくても繰り出せていた振り付け、フィガーを全て忘れてしまったかのように。

 どこからともなく流れてくるヒップホップ調のダンスミュージック。赤毛男の取り巻き達が囃し立てる声。傍らで直立不動のネレイア。表情は無表情に戻っていて、棒立ちのジンをどう思っているのかはわからない。ルールもわからない。が、少なくともなにもせず立っているままで勝てる競技は我慢大会くらいのものだろう。

 やがてバトルフィニッシュ! のシステム音声と共に、中空には半透明薄型モニタのようなリザルト画面が映しだされる。アキュラシー(正確性)24ポイント、アーティスティック(芸術性)42ポイント、インパクト(印象性)76ポイント。これが掛け合わされて総合得点となる。もちろん全て赤毛男のポイント評価だ。ジンの評価はオールゼロ。どうやらこのゲームエンジンは直立不動ダンス否定派らしい。


「なんだボッチャン、やる気あんのか?」


 赤毛男はチンピラな風体に似合わず、繊細かつワイルドな大技中心のスタイル。ブレイクダンスというやつだろうか?


「まァいいさ、ノーバトルでフィニッシュェン女子メンゲットだぜ俺達チーム・『灼熱 Burnin'Clew'z』!」

「チーム名灼熱Burnin'Clew'zリーダー、灼熱のバーニンたかしさん。プレイヤーレベル28、スタイルはBreakin'、チームメンバーは15人。挑戦中のクエストは『Crystal reine』……」

「……オーケーオーケー。話が早い。とりあえずそのクエストの間だけDo Comp……同行してもらえりゃいいってことさ。なかなかヘビーなプレイヤーSo da shit、そのまま居着いてくれても大歓迎さそうそれが俺たち?」「「「灼熱バーニンクルゥゥゥゥズ!」」」 ヒャッホゥゥゥ


 連中のテンションの高さを目の当たりにしてクスリともしないネレイア。


「申し訳ありませんがあなたのチームに加入できない理由が3つあります」

「Oops! wow 3つも! Oh wait a minute & moments...」

「ひとつ、私は既に私の目的のため私一人のチームを作っていますので重複加入はシステム上できません。ふたつめ、私はあなた方の挑戦中のクエストは既にクリアしていて同行するメリットがありません」

「いーじゃんそのチーム一旦クローズしなよ、それから加入するメリットはそう、ズバリ俺たちの楽しさ」


 ヒャホゥゥゥゥゥゥ


「みっつめ、あなた方は私より圧倒的に弱い」


 ドドドドドドドッカーン。

 リーダー・バーニンたかしのズッコケに合わせて十数人のメンバー全員がリズミカルにズッコケる。思わず笑いが漏れる。


「……オーノーなんてこったお嬢ちゃん。もしかして俺たちにケンカ売ってんのかってきーてんのかってーの」

「客観的事実です」

「ネーム【Nereia】、プレイヤーレベルは15。……さしてヘビーなスペックでもねーがMaybe、ヤバイ隠しスキルもってんじゃねーかBaby?」


『Team Battle... Ready!?』


「お互いチームメンバー全員が集まってるってことになんなら、チームバトルでケリつけようぜ」

「受けて立ちましょう、それも全て私の目的に通じる道」

「まさか、チームバトルってことは……」

「私1人のチーム対灼熱バーニンクルーズさん15人のチーム対戦ということです」

「バカな、ネレイアさん、いくらなんでも1対15じゃ不公平すぎる!」

「不公平なことはなにもありません。ゲームシステム上正当な処理に過ぎない」


 悠然と泥濘に立ち、しなやかに右手指を赤髪男・灼熱のバーニンたかしに向ける。たちまちどこからか鈴のついた鎖が指輪と腕輪をつないでいるようなアクセサリが現れ、シャン! という乾いたエフェクトとともにその手先に装着される。髪を飾るは珊瑚のような、エルクの角のような形のティアラ。淡水色のドレスを飾るスパンコールは透明な真珠の彩り。刻一刻と色を変える透き通った球体はシャボン玉のように宙に浮いてネレイアの周囲を舞う。


「装備フェイズ完了。いつでもどうぞ」


『Battle Start!』



--------------------------------------------------------------------


「ちくしょう……レア『ブキ』ばっかこんな装備してるやつコレハまるでlike a チート」

「チートではありません。全て正規入手品です」


 圧勝。

 いや、スコア的にはそう圧勝でもないのだろう。

 チーム・灼熱バーニンクルーズは正確性・芸術性・印象性がそれぞれ15:30:75。チームメンバーのダンスの粒がバラバラだったせいで正確性こそ落ちたようだが、やはり15人で組み上げられたダンスフォーメーションはストリートダンスは門外漢のジンでも圧倒されるインパクト。わかりやすい組体操的な要素、チームワークのよさが際立っていてなかなか飽きさせない見応えだったといえる。

 だが、ネレイアの評点。

 正確性・芸術性・印象性が200:53:4。

 そう、印象はない。なにか新しいものを見た、という衝撃もない。だが確かに正確性200点。100点満点じゃなかったのか、というシステムへの感想とともに、これは100点満点だったとしても200点だろう、という程リズム取りが正確なのだ。大したことはなにもしていないのは明らかなのに、立ったまま両手を広げてリズムを刻み、ときおり手を動かす。なめらかに、正確に。それだけで、まるで宗教画のような静謐。幻想的な立ち居振る舞い。正確すぎるリズムから生み出されるトランス感。同時に踊っているはずの対戦相手がまるでバックダンサーになってしまったかのような調和……。


「そうか、相手のダンスも自分の作品内背景として取り込む技術……確かにこれは人数は関係ない……でもこれは」


 ジンは頭の中でネレイアのダンスを思い浮かべる。これはどうなのだ?


「では、私にもう関わらないようお願いいたします」

「……いや、ますますチームメンバーになって欲しいキモチ……ーーームメンバジョイナス! ォィェ」

「あなた方は私になにも影響を与えていませんので私の選択も変わりません」

「2時間後! 【CoM】のダンスアリーナでリベンジ希望するUs、身勝手でワリーナけど付き合ってくんネーカナGet on」

「……わかりました」


 と、ジンに目をやるネレイア。


「ただし戦うのはこちらの方です」

「えー!? いや失礼お嬢さん、見たでしょうさっきの僕の醜態を」

「醜態ShowTime、The BUZAMAメーン HO」

「こちらのブザマメーンさんが負ければ私はあなたのチームに加入しましょう」

「え、ちょ」

「Heyブザマメーン、彼女にまでブザマメーン呼ばわりかいメーン」

「失礼な、僕はジン、ブザマメーンではない」

「そうですか。ブザマメーンと呼ばれているのでたかしさんがお名前をご存知なのかと」

「No called me たかし! 俺は燃える魂、灼熱のバーニンたかし、出身は多摩市。ベイベ」



--------------------------------------------------------------------


「体が動かなかった原因、それは『パッション』です」

「精神論……」

「精神論ではありません」


 中心エリア【CoM】(Center of Mercury)へ向かう道すがら、さっきのバトルの反省会を行う。


「【パッション】とはこのMercury-Sphere上で仮想の体を動かすエネルギー源のようなもの。必要なパラメータのひとつに過ぎません。体が動かなかったというのなら、あなたの【パッション】が枯渇しているということ」

「それは、どうやったら手に入るんでしょう?」

「【パッション】とは、ダンスに対する情熱から生まれるエネルギー……と、マニュアルにはあります」

「ダンスに対する情熱……ってそれは精神論では……」


 ない。ないのかもしれない。

 ダンスに対する情熱がない、と、機械的に判定されてしまったということか。

 

「情熱なんて、ダンスに対して持ったことがあるのかどうか……」


 ひたすら教わった通りにダンスを踊ってきた。

 アレンジを加えたり、表現意図を巡って意見を戦わせたこともない。

 正確に、正確に、ただ正確に。ラテンでは情熱をアピールしろ、といわれたことは何度もあるが、ダンスに対して情熱を持て、といわれた記憶はない。『情熱のアピールを意味する振り付け』は知っているが、ダンスに対する情熱の持ち方は、知らないのかもしれない……。


「あります。それはシステム上保証されていることです」

「システム上と言われましても……」

「ここには、ダンスが好きな人間しかいないはずです。だからあなたもダンスが好きであろうことは間接的に証明されています」


 よく、わからない。


「……ところで、ネレイアさんは自分より弱いものとは組まないということですが」

「そのとおりです」

「僕は弱いですから、放っておいてくださっても構いませんよ? 何か急ぎの目的があるとか」

「急ぎではありませんから」


 弱いことは否定しない。


「僕は紳士でありたいと思っていますから。レディの足手まといにはなりたくない。ご迷惑はかけたくありません」

「迷惑ではありません。むしろこちらが迷惑をかけた借りを返すまでは、同行したいと思っていますが」

「迷惑をかけられた覚えは……」

「私の不手際であなたをこのMercury-Sphereにダイブインさせてしまいました。本来であれば初心者の方はEarth-Sphereにダイブインし、最低限のチュートリアルや初期装備を配布されるはずなのですが」

「げ」


 そういえば最初になにか大きな球体にぶつかられたような。

 回避してくださーい、という声に聞き覚えがあるような。


「いや、げ、とか言ってしまって失礼。……そういうことなら、そのEarth-Sphereに行けばいいということでは?」

「スフィア間移動のスキルはレベル10からなのですね。しかも行ったことのあるスフィアには飛べますが、いきなりMercuryに来てしまった場合、どういった扱いになるのかはシステム上不明なのです」

「えーと、ちょっとまってくださいね」


 今のジンはつまり。


「つまり、例えばスタート直後いきなりギザムハザム島ダンジョンの前に放置されているような」

「……例示が不明瞭です」

「つ、つまり、RPGで、スタート直後レベル1なのに中盤くらいのところにいてですね、ギザムハザムっていうのは序盤と中盤の境目あたりのイベントで船を取らないと来れない島になってて、あれー結構有名なゲームだと思うんですけど」

「ゲームはやりませんので。ですが意図は了解しました」


 大真面目な顔でゲームプレイ中に発言するネレイア。


「レベルの高いキャラクターとチームを組んで守ってもらい、自分はなにもせずひたすら経験値の分け前にあずかり追いつけばよいと。そういうことですね」

「そういわれると、少々みっともないですが。紳士としては」

「気になさらず。必ずこの借りは必ず返済します」



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