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脱出

そんな性格の麻由子が大好きである。

私は部屋の電話から、11時半にチェックアウトするからと伝え、タクシーを予約した。

時計を見たら11時過ぎであった。シャワーを終えた麻由子が裸のまま出てきて、黒地に薄色グレーストライプのビキニ下着を着け髪の毛をドライヤーで乾かしている。もう麻由子は私の前では裸でいても全く気にならない様子である。私は服を着て椅子に座って、そんな麻由子を優しい眼差しで見つめていた。

支度を終えた麻由子に、これから危険なことがあるかも知れないからと言って、安全が確保出来るまで、私の指示に従ってね。と言って、麻由子に最後に忘れ物は無い様にと言った。分かったと麻由子は言って、私の側に来て、私の手を取り、私を椅子から立たせ、私の胸に顔を埋めた。今日の麻由子の服装は、黒のジーンズに黒の半袖シャツに白のジャケットである。ほんとに女性と言う生物はどんんな時でも微妙にお洒落をするものだと感心してしまった。そんな麻由子を優しく強く抱き、「必ず安全に連れて帰るからねぇ」とまた強く抱いた。

麻由子から離れ、窓のカーテンを少し開けると、日曜なのか人通りが少なく、派手なシャツを着た若者たちが雑談をしながら歩いて行く。時間になり、私は麻由子の手をしっかり握って、空いてる手で麻由子のプラダのカバンと電気屋の紙袋を持って、「さあ、京都に帰るよ」と言ってドアを少し開け廊下の様子を確かめ、安全を確認して急いで廊下にでた

廊下には和服のご婦人が三人先に歩いていて我々もその後に続いた。エレベーターホールで、三人の和服の中年女性の後ろに並んでエレベーターを待った。ドアが開き三人の和服の中年女性は乗り込み、私達も後に続いた。中に入ると私達は振り返りドアの方に方向を変えてロビーに着くのを待った。後ろから中年女性の視線をビーム光線の様に浴びながらグッと耐えていた。どおせ、この壮年の男は援助交際の女子大生を連れて、泊まりに来たんだと絶対に思ってる。暫くの沈黙の後、エレベーターのドアが開き1階のロビーに着いた。私は急いで麻由子の手を引きカウンターに向かった。ロビーにはそれらしい人物は見当らなかった。カウンターで私が手続きをしている間、麻由子は私にピッタリと寄り添い

背中をカウンターにもたれてホテルのドアを見張っている様に指示した。精算を終えて、地図を開き、この美術館の正面は、かなり広いですよね。と地図を指してホテルマンに尋ねた。「はい、正面入り口は広くなっておりますよ、美術館からの宍道湖の夕陽がとても奇麗です」と言って観光を薦めてくれた。確認が取れた。私は地図を返し、礼を言ってタクシーは?と聞いた。ホテルマンは表に到着して待機しておりますと言って玄関を手で示してくれた。私は再度ホテルマンに礼を言って、麻由子の手を引き、急ぎ足で玄関の方に向かった。タクシーはドアを開けて待っていた。私は麻由子を先に乗せ、私も続いて乗った。運転手に「近くで悪いけどチップ弾むから急いで行って欲しいだけど」と言って県立美術館に行く様に告げた。タクシーが走り出すと、私は携帯を出して吉田に電話をした。「あっ、栄ちゃん。今何処?」エンジンの音で声が聞き取り難い。「どの辺まで来てるんだ?」吉田は大きな声で「松江市内に入りました。宍道湖が見えてます」と現在地を私に報告した。私は宍道湖の北西角、橋の袂に美術館がある。そこの正面玄関の広いスペースで待ってる。分かるかぁ?と言うと、吉田は「確認出来ました、直ちに向かいます」と応えた。私は「その正面玄関に、直ぐに飛んで来い」と指示を出し、吉田は「了解」と言って電話を切った。タクシーの運転手は、これから何が始まるのかと驚きながら県立美術館の正面玄関にタクシーを停めた。私は一万円をポケットから出し、運転手に手渡し「チップ込みね」と言ってドアから外に出て、麻由子が降りるのを待った。そのまま麻由子の手を引き奥の方の広めの場所まで走った。

その時上空から白い龍のヘリコプターが舞い降りてきた。ヘリコプターは私達の直ぐ近くに着陸した。麻由子は口を少し開けビックリして立ち竦んでいる。吉田が降りて来て、後ろのドアを開け手招きをしている。

私は麻由子の頭を押さえ、体を低くさせて小走りにヘリコプターに近づき、吉田の誘導で乗り込んだ。吉田はドアを閉めて、自分も乗り込み座席から振り返り、シートベルトと言って、ビルに「行け~」と親指を立てて上下に振った。私は麻由子にシートベルトをしてやり、私もベルトをロックした。私は直ぐにインカム付きのヘッドホンをして、ビルの肩を叩き、指を操縦席に突き出し、旋廻しろと指を回した。ビルは美術館の上空を旋廻し、少しづつ高度を上げてゆく。表の通りに黒い車が2台停まっている。二人黒いスーツの男が立っていてこちらを見上げていた。

「やはり来ていたか」と独り言を言った。作戦は成功したと思い、我に返り吉田に紙袋を渡した。「お土産ぇ」・・「所長!」と大きな声でお怒りになられた。横でビルが大笑いしている。私は真面目な顔になり、二人に改めて感謝してる、「ありがとう」と礼を言った。さぞビックリしたであろうと麻由子を見た。麻由子は窓に顔を密着させる様に外の景色を見ている。下には松江市内と宍道湖が遠く離れて行くのが見える。取り合えず、麻由子の事はほって置いて、二人に「さぁ、京都に帰ろう」と笑って言った。私はビルに「疲れたら代わるからね」と言った。ビルは驚いて「え~っ、これ車じゃないよぉ」と笑いながら言うと、吉田が「所長はヘリ飛ばせる」と言うと、ビルは「やっぱり、所長は変人だぁ」と言って三人で笑った。麻由子は三人の会話など無関心で、生まれて初めてのヘリコプターの飛行に興奮して、景色に満足している様である。山間部に入り正面に大山が見えて来る。ビルが「所長、大山の近くを飛行する?」と聞いた。「そうだなぁ、どおせ帰り道だから寄って行こう」と言って賛成した。

私はビルに麻由子のヘッドホンを取り、このラインをBGMにする様に指示し、麻由子にヘッドホンをする様に指示した。

麻由子はヘッドホンから流れてくる音楽に体を動かし、迫って来る大山を見つめていた。

吉田は改めて麻由子ちゃんは大丈夫?と私に聞いた。私は麻由子を指差して、「これだもの、心配したら損するよ」と言って笑った。

ビルは「所長、まゆちゃんと結婚したら」と真剣に言うと、吉田は「それはどうかなぁ、友達か恋人ならわかるけど。結婚は難しいかも知れないね」と真面目に答えた。私は二人の話を聞いて「そうだねぇ、結婚はむずかしいね」とハッキリ言った。

麻由子は全く飽きないのか、離陸してから外の景色を見る事を止めようとしない。

だが、それは突然訪れた。麻由子は急に私の方を振り向き、普通に「ねぇ順ちゃん、おしっこ」と爆弾発言をされた。しばし、沈黙が続き、吉田が躊躇しながらも毅然として「麻由子ちゃん、あと一時間ぐらい我慢出来ないかなぁ」と代表して言ってくれた。麻由子は即答で「無理」と一言。また、しばし沈黙。その時ビルが「あっ、あそこにヘリポートがありますよ」と牧場の横を指差した。確かに、牧場にある施設の横に、大きく白でHのマークがハッキリと見える。「ビル、あそこに降りてよ」と言うと「ラジャー」そう言うとヘリコプターは左に旋廻し徐々に高度を下げていき、ヘリポートの上でホバーリングをして、ゆっくりと着陸した。私は麻由子を促しヘリコプターを頭を下げながら、降りて建物へ向かった。吉田も後に続き、ビルはローターが完全に止まるまで待って行くと言って操縦席に座っていた。私は建物に近づくと、そこは観光牧場の建物であった。中に入るとたくさんの観光客がいて、食事や買い物をしていた。大きな窓からは牧場が見えていて、牛が放牧されていて、観光客が見学しているのが窓越しに見えている。私は麻由子にトイレに行く様に言って、吉田にこの施設の管理者にヘリを着陸させた理由と料金を支払う様に指示して、私は喫茶コーナーでアイスコーヒーを皆の分注文した。しかし、観光地であるから禁煙であるのが辛い。ビルがやって来て私の前に座った。丁度アイスコーヒーが運ばれて来た。私とビルは、先に飲んで待つ事にした。

麻由子が笑顔で帰って来た。「あぁ、スッキリしたぁ」とご機嫌である。麻由子は私の横に座り、アイスコーヒーを飲みながら「順ちゃん、あそこに、新鮮搾りたて牛乳で作った絶品ソフトクリームって書いてある」と喫茶コーナーのカウンターの横の張り紙を指差して言った。私は、ビルと買いに行って来なさい。と小銭入れをビルに渡した。「ビル頼むな、姫の好きな物を買って差し上げろ」と笑って言うと「私もソフト欲しい」とビルがウインクをして、「まゆちゃん行こう」と一緒にソフトクリームを買いに行った。一人でアイスコーヒーを飲んでいると、吉田が帰って来た。私は「どうだったぁ」と尋ねると「うん、問題ない。イベント用のポートらしく普段は使用してないらしい。駐機代として2万程渡しておいたよ」と言って、アイスコーヒーを飲み始めた。私は「ありがとう」と言って、麻由子とビルはソフトクリームを買いに行ってる。と言った。吉田はそうなんだと言ってニッコリ笑った。ビルがニコニコして、ソフトを舐めている麻由子を連れて帰って来た。麻由子は私を見て「順ちゃん、メチャ美味しい」もう麻由子は大満足であった。皆席に着いて、この施設や大山の話を暫くして、そろそろ行きますかぁと吉田は言って立ち上がった。ビルは吉田に続いて歩いて行く。私は麻由子がアイスコーヒーを飲み終わるのを待って一緒にヘリコプターに向かった。ヘリポートに着くと周囲の囲いの側に観光客が何組かいて、ヘリコプターを見ていた。その横を通り過ぎる時に、その中の一人の若い女性が「乗るんですかぁ」と聞いてきた。私は笑顔を作りながら無言で通り過ぎると、後ろにいた麻由子が、少し高めの声で「自家用ですの」と言いながらついて来る。それを聞いた観光客達は「へ~っ、自家用なんだって」と驚きながらワイワイ言っているのが聞えてきた。私は麻由子を振り向いて見たら、麻由子は私の横に来て「おほほっ」と甲高く笑ってヘリコプターに向かった。私は、えっ!と一瞬違う麻由子を見た気がしたが、頭を振って我に返り急いでヘリコプターに向かった。

搭乗すると、麻由子はニッコリ笑い私に「遅いわよ」と言ってビルに「出~発」と大きな明るい声で言った。ビルは笑いながら「ラジャー!」と言ってホバーリングを始めた。

私達は雑談をしながら、今後の行動をどうするか京都で話合いをしようと意見を一致させた。一時間程で福知山市の上空を通過した。

ビルは

「所長、後三十分ぐらいで京都に着きますよ何処に降りますか?」と聞いた。

北の方にある国際会議場の進入道路の入口で降ろしてくれと私はビルに指示を出した。

暫く飛行を続けると下に国際会議場が見えて来た。ビルは高度なテクニックでヘリコプターを進入道路を少し入った場所にホバーリングをしながら高度を下げて着陸すると同時に私と麻由子は手際よく降りてドアを閉めて、親指で上を何度も指して行く様に指示した。

同時にヘリコプターは斜め右に旋廻しながら上昇して行った。幸いな事に周囲には人は居なかった。私は麻由子の手を引き、プラダのカバンを持って地下鉄の乗場に走った。地下鉄は直ぐに来た。電車に乗り込み椅子に座ると少し安心した気分になった。電車を烏丸で降りて東西線に乗り換える。ホームで待っている間にホテルに電話をして空室の確認をした。ツイン3室とダブル一室の空室は運良くあり、予約して直ぐに行くと伝え電話を切って、東西線で市役所前で降りた。改札口を通り、地下で繋がっているホテルの地下玄関に向かった。

エスカレーターで1階のフロントに行き、予約した島崎だと伝えた。ホテルマンが、宿泊手続きをするために、16階のエグゼクティブフロントに案内してくれた。ラウンジのソファに座ってウエルカムティーを飲みながら宿泊手続きをした。後ほど5名来るからと皆の名前を宿泊カードに記載しておいた。手続きが終えると部屋に案内された。東山側のジュニアスイートである。鴨川が下に見えている。私と麻由子の部屋はホテル側の都合でこの部屋になった。それとこのフロアには、シングルが無かったので研ちゃんの部屋もツインにしておいた。麻由子はプラダのカバンをテーブルの上に置き、椅子に座って、ボ~ッとしている。

かなり疲れたのであろう。私は京都に帰って来たね、と優しく麻由子に言った。麻由子は「ありがとう」と小さな声で、だけど気持ちの篭った声で言った。これからが大変だからねと言って煙草に火をつけ、私も椅子に座った。

京都でホテルに泊まるのは10年ぶりだと思う。麻由子も今は一人でマンションに帰すわけにはいかない。私は麻由子の家族が心配しない様に実家に連絡する様に言って電話をさせた。麻由子は部屋の電話から自宅に電話をし、暫くマンションには帰らないからと伝えた。麻由子は電話を終わるとニッコリと笑って「東京の友人達とホテルに泊まってるからって言ったよ。それから、携帯が今故障してるからって言っといたぁ」そう言って私の横に来て床に膝をついて、頭を私の大腿部に乗せて、右手で私の膝をさすっている。

私は「家の人、何て言ってた?」と聞くと麻由子は「はいはい」って。と頭を乗せたまま答えた。麻由子はほんとに家族から信頼されているんだなと思った。

携帯に吉田から電話である。無事、伊丹にヘリコプターを着陸させ、手続きを終えて、これからリムジンバスで京都に向かうと伝えて来た。私はご苦労様と労い、京都ホテルオークラに部屋を取っていると言い、吉田の名前でチェックインする様に伝えた。吉田は研ちゃん達には伝えておきますから、那覇にいる亀ちゃん達と、研究所の連中に連絡してくださいと言って電話を切った。私は直ぐに亀本に電話をした。無事に京都に着いた事、麻由子は無事な事、これから今後の相談を皆でする事などを話し、今回の件で心配かけた事を詫びた。会議の結論が出るまでは那覇にいて欲しいと伝え、電話を切った。続けて研究所で待機しているスタッフや研究員達に連絡した。宮本隆が電話に出た。亀本に話した内容を話し、明日から研究所は通常に戻して欲しいと伝えて電話を切った。

電話を終わると麻由子が冷蔵庫からコーラを持って来てくれた。一口飲んで息をつき、麻由子に礼を言ってコーラを麻由子に渡した。

麻由子も一口飲んで、コーラをテーブルの上に置くと、座っている私に覆いかぶさってきた。私の体を跨ぎ、首に両手を巻きつけ私の頬に自分の頬を擦り付けている。

私は好きにさせておいたが、「どうした」と聞いてみた。麻由子は何も言わず首を振るだけである。

私は少しベッドで休んだら?と言って、麻由子をベッドに連れて行った。麻由子をベッドに寝かすと時計を見た。3時過ぎであった。

麻由子に皆が来るまで一時間程あるから少し寝なさいと麻由子寝るように薦めた。

麻由子は寝たくないと言っていたが、やはり疲れているようで、暫くすると目を瞑ってしまった。

私はこれから、どうすれば良いのか考えていた。警察に連絡するのは簡単である。

彼らは、やはり只者ではなかった。あの素早い行動力、機動力は普通ではない。今回はラッキーであったと思っている。彼らは私の存在や私の行動力、コネクションを知らなかったからで、たぶん次はこの様な結果は望めないと思っている。

大学の同級生が警察や検察、それに法務省にも何人かいる。証拠が無くても、私が知り得る事実を話すだけで充分な事件になるとは思うが何か釈然としない。動機がまるでわからないのだ。それに、敦子の存在も理解出来ない。敦子の父親が、またその友人の京大の教授がどう関わっているのか?それにほんとに北朝鮮が関与しているのか、その事実も分からないのだ。

私は麻由子を誘拐した連中を許せないと思っている。それも自分の手で制裁を与えたいとも思っている。私は暴力が大嫌いであるから暴力的な解決は望んではいない。警察に任せたら実際に何処までの対応をしてくれるかはわからない。ましてや、北朝鮮が関与してると知れば、きっと全面的な解決は望めはしないであろう。やはり、自分の手で解決するしかないと思っている。それに今回麻由子を救出するのに多くの友人を巻き込んでしまった事がとても辛いのである。これから先は私一人で解決する事が最善であると思っている。

それには麻由子を安全な場所に移す必要がある。それに吉田やビルも危険である。当然研究所の事もわかるだろうし、皆を危険に晒す事になる。だから、早急に対処する必要があるのだ。先ずは、この事件が何故起きたのかを調べて見る必要がある。この事件の根源は何なのかを調べるのだ。勿論、北朝鮮の目的も調査する必要がある。厄介な事だが皆を守るためにも、やらなければならない。

そして、頭の中に捜査するためのコネクション描いて見た。

時計を見たら16時であった。部屋のチャイムが鳴り、覗窓で確認してからドアを開けると、吉田、ビルそれに研ちゃんと由美子、美津子がドアの前に立っていた。

私は笑顔で彼らを部屋に招き入れると、麻由子を起こした。新めて私は皆に礼を言った。

麻由子は皆に深々と一礼し、由美子や美津子と手を取り合って無事を喜んでいた。麻由子は、研究所の女性陣とはかなり仲が良いのである。由美子が「まゆちゃん、大変だったねぇ」と言われ、ニコッと笑って麻由子は「でも、必ず順ちゃんが助けに来てくれると思ってたから」と言って私をチラッと見た。

私は皆をそれぞれ座る様に薦め、応接室の椅子に座り、足りない椅子をベッドルームから持ってきた。皆が座ると私は今回の協力と救出に感謝していると伝え、再度礼を言った。

私は煙草に火をつけると、麻由子が応接室の空気清浄機のスイッチを入れに席を立った。

麻由子は皆コーヒーでいい?と聞いて、部屋の電話からラウンジに電話している。皆、それで良いと言って、「順ちゃんはアイスコーヒーね」と言って注文をした。

私は麻由子に礼を言って。話を続けた、「麻由子の話では、北朝鮮が何らかで関わっているらしい」しかし、確たる証拠が無いと言って、事件にするか、事件になるかすごく微妙なんだよ。と皆に言った。

そして、京大を調査した研ちゃんに調査報告を聞いた。「研ちゃん、京大どうやったぁ」

研ちゃんは、カバンからノートを取り出し報告を始めた。「先ず、宮川教授も松本教授のどちらも北朝鮮との関わりは、全くありません。でも、面白い話があって、松本教授の奥さんが北朝鮮三世だと言うんです。でも一度も本国へ帰った事も北の教育を受けた事は無いそうです。学校も日本の学校だったそうですから」と話し終えると、由美子がこれは偶然得た情報なんだけどと前置きして、麻由子の顔を見て話し始めた。「実は京大で調査してる時に、まゆちゃんと同じサークルの人達に会ったの。その中の一人が敦子さんのことを少し知ってると言って話してくれたんだけど、彼女親しい友人に北朝鮮人の男性がいたそうなの」「今も付き合っているかは知らないけどって言ってた」聞き終わって、暫く沈黙が続いた。麻由子は下を向いて泣いている様である。

由美子は麻由子の側に行き、ベッドルームに誘った。後に美津子も続き三人でベッドルームに入って行った。

「う~ん、何か話がややこしくなったなぁ」

「問題は動機だよ、動機」と言って吉田は天井を仰いだ。

暫くみんな考えていた。私は煙草に火をつけて、「こりゃ~、警察に話しても笑われるだけやね」と少し笑いながら言った。

「このまま、黙って手を引くか、それとも真相を徹底的に追究するか、どちらかだと思うけどね」「みんな、どう思う?」と皆に私は聞いた。すると吉田が「どおせ所長、結論は出てるんでしょう」と笑って言った。ビルも研ちゃんも、「うん、うん」と首を縦に振って笑っている。

「いやぁ~、バレてる」私は頭を摩りながら

「麻由子を酷い目に遭わせた奴等を許せなくてね。ガツンと償いをさせたくてね」と言ってから、「でも、これから先は私一人で行動するから、皆は手を引いて欲しい」と明日直ぐに宮古島に帰る様にと言った。すると直ぐに吉田が「駄目です。所長一人にしたら、何をするか分かりませんから」とキッパリと言って、ビルを見た。ビルは「私を忘れたらアカンやろ」と大笑いして言うと、研ちゃんも

「京大の調査はどうするんです?我々に任せてください」と言って、ビルを見て二人で笑って親指を立ててお互い合図をした。ベッドルームから由美子が出てきて「そうですよ、もっと情報を集められますよ」とニッコリ笑って言った。横に美津子もピースサインをして立っていた。

私は暫く黙っていたが、「ありがとう」と素直に礼を言った。私は調査は吉田とビルと三人でするからと伝え、研ちゃんと由美子と美津子には引き続き京大及び知人関係を調べて欲しいとお願いした。

すると、ベッドルームから「私も行く~」と麻由子の声がして、応接室に走って来た。そして「私も行く」と強い意志を持った声で私に絶対行くと言って聞かなかった。

「駄目だよ、まゆちゃんは。危険過ぎるから

おとなしくこのホテルに居なさい」と私は言ったが、麻由子は「彼らの顔を知ってるのは私だけよ。私が居なければ調査は難しいんじゃない?」と真剣な目で言ってる。そして周りの吉田やビル、研ちゃん、由美子と美津子を見て同意を求めていた。

ビルは「所長、まゆちゃんの方が正しい。連れて行った方が安心なんとちがう」と私に麻由子の援護射撃を撃ってきた。吉田も「一緒の方が安心かもね」と麻由子にウインクをして笑った。

「オーケー、わかった。まゆも連れて行くけど、私の指示に従ってね」と言った。

「分かってるって、ダーリン」とニコッと笑った。ビルが「えっ、ダーリンなん?」

由美子も美津子も「えっ~」と言って笑っていた。麻由子は「順ちゃんは恋人やねん」と宣言してしまった。私は頭を掻きながら「まぁ、それは・・・いいやん」と意外な展開と麻由子との事が露呈した事で少しうろたえてしまった。麻由子は由美子や美津子と手を取り合ってキャキャ騒いでいる。私と麻由子の事で何か盛り上っているのを、私の問いかけで割って入った。「それにしても、彼らの目的は何なんだろう?、人数もわからないし」と皆に問いかけた。すると研ちゃんが「宮川教授や松本教授に関係する施設と言ったら、島根大学か島根原発だと思うんだけど」と言った。

「じゃ、島根大や島根原発で何をしてると思ってるの?」と吉田は研ちゃんに尋ねた。

「それは、わからないけど」と研ちゃんは前置きして、京大で調べた一部だけどと言って

「松本教授はウラン濃縮装置の小型化に成功したと聞きました。彼らはそれを狙っているんじゃないでしょうか」と言うと、吉田は「

でも、どんなに小型化に成功しても、簡単に国外に持ち出す事は、難しいんじゃないかなぁ」吉田は続けて「空も海も難しいとおもうよ。それに新潟の定期船も、まだ入港禁止だしね」と言った。私は皆の話を聞いて「その装置の大きさが問題だよな」と言って、研ちゃんに、調べて欲しいと言った。ビルはいったいどんな方法で持ち出そうと考えてるのかと、皆に問いかけた。暫く沈黙があって、私は、そうだと思い「あるよ、装置の大きさとか、分解可能かによるけどね」と考えを言った。皆はえっと言う顔をして代表して吉田が「どんな方法ですか」と聞いた。私は「水中だよ」と笑って答えた。「たぶん、島根原発の沖合いの海中に潜んでいるはずだ」と言った。皆は「あぁっ、潜水艦」と言って、納得した様に頷いていた。吉田は「所長、でもどうやって水中にいる連中の潜水艦を見つけるんですか?」と不思議そうに聞いた。ビルも「かなり精度の良いソナーがないと無理なんと違うかなぁ¥」と吉田の言葉に続けて私に尋ねてきた。私は「必ず見つける。ビル、嘉手納の友人はまだ基地にいるかい?」とビルに尋ねると、ビルは「はい、まだ居てるけど、彼に何か用事なん?」ビルは驚いた顔をして聞き返してきた。私は応接室に置いてあったメモ用紙に必要な物を書き、「これが手に入るか聞いて欲しい。勿論レンタル料は払うから」とビルにメモ用紙を渡した。ビルはメモ用紙を受け取ると内容を確認した。そしてニヤリと笑い

「オーケー」と言って、携帯電話を上着から取り出し、ベットルームに行って電話をかけた。皆は何を頼んだのか知りたがったが、私は、少し待つ様に言った。麻由子はベッドルームを覗いてビルの電話に耳を澄ましている様だ。暫くしてビルがベットルームから戻って来た。ビルはニコニコしながら「オーケーだよ」と言って「最新型の持ち運びが出来る潜水艦探査器が基地にあるそうで、2台あるから、一台レンタル可能だそうだよ」とビルは電話の内容を皆に説明した。

「良くそんな装置を貸してくれたなぁ」と吉田が感心してビルに聞くと、ビルは笑っていた。吉田は「それで何時レンタルできるんだよ?」とまたビルに聞くと、ビルは「何時でもいいらしいんだが、条件があって、取りに行かないと駄目らしいんだけど」と首を竦めて私を見た。皆は、「そうだよ、誰が取りに行くんだ」とその方法を考えていた。私は皆を見回し、「そんなの亀ちゃんに決まってるやん」と言ってさらに「不測の事態に備えて那覇で待機してるんやろ」と言うと、皆、口を揃えて「あぁ」と頷き顔を見合わせて納得した。私はビルに「今夜か明日の早朝に嘉手納基地に亀ちゃんが器機を取りに行くと伝えてよ。それと、これも聞いて欲しいんだぁ、明日嘉手納から岩国に行く定期便があればそれに亀ちゃん達と器機を載せて欲しいんだけ

ど、聞いてもらえないかなぁ」と費用は払うからと付け加えビルにもう一度電話をする様に頼んだ。ビルは了解して携帯電話を持ってベッドルームに向かった。私はフロントに電話をして、詳しい道路地図の全国版を貸して欲しいと言って、部屋まで届けて欲しいと言って電話を切った。ビルが電話を終わって応接室に戻って来たのと同時に、部屋のチャイムが鳴り、ホテルのスタッフが地図を届けてくれた。私は地図を由美子から受け取りながら、ビルの答えを待った。ビルは「明日早朝に立川に行く便があるそうで、岩国を経由してもらう事が可能か調べてもらってる」と笑顔で答えた。私はビルに礼を言って、引き続き交渉をして欲しいと伝えた。そして、由美子にフロントに行って、明日の出雲か米子行きの飛行機の便を調べて欲しいと言うと、美津子と一緒にフロントに行くとドアに向うと

麻由子が「私も行く」と言って由美子と美津子の後を追った。ビルの携帯に電話が入った先程の交渉相手である。ビルは頷き礼を言って電話を切った。ビルは「明日の早朝に嘉手納基地の正門に来て欲しいそうだよ。今夜中に書類を作成して、日本人技術者二名と器機を岩国基地まで空輸するとの事でいいよね」と私に報告した。私は上出来だと礼を言って吉田に「亀ちゃんに連絡して、今夜嘉手納基地の・・誰だっけビル?」とビルに尋ねた。

「ジョージ・ハミル少佐、軍事器機開発チームの主任だよ」と言って、電話は私がするからと亀山の携帯に電話をして、詳しい内容を説明した。「今夜9時に嘉手納ロータリー北側の沖縄海邦銀行の近くにある、GILLと言うバーに来て欲しいそうだよ。その時に必要な書類を渡すそうだ」と言うと、吉田が電話を代われと言って携帯を受け取り、「明日岩国基地の前にレンタカーを準備しておくからそれで、器機を持って松江に来て欲しい。詳しい場所は明日連絡するから」と言って、内容を確認して電話を切った。吉田はレンタカー会社に連絡をして、車を明日9時に米軍岩国基地の正門に停めて待っていて欲しいと伝えて、大きめのライトバンの契約を完了した。そして吉田は携帯電話を出して、何処かに電話を繰り返している。何度かの電話が終わり、私に「所長、船の準備が出来たよ」と言った。境港の船舶会社に連絡が付いて、海洋調査と言って島根原発の近くに船を停泊出来る港は無いかと尋ね、その港までチャーター船を移動し待機して欲しいと伝え、了承してもらったと報告した。船の到着は明日の午後3時であると付け加えた。私は吉田を労って、何処の港?と聞いた。吉田は、かなり田舎になるが片句と言う小さな漁港らしいと言った。そこからなら原発まで二十分ぐらいで行けるそうだと言った。器機の受け取りの準備が出来て、その輸送方法も出来た。船も準備できたし、後は我々が移動する手段なんだが。と思っている時に、由美子が二人を連れて帰って来た。由美子の報告では関西からの米子行きは無いらしい。出雲行きであればJALが11時20分発であると言った。私は了解し「それで行こう、席を予約してよ」と由美子に伝えた。すると横から麻由子が「もう取ったぁ」と笑顔でVサインをしている。

私はあらためて、皆にありがとうと言って、

これで準備は出来た。時計を見たら6時半であった。私は「明日からどんな状況になるか分からない。だから、今夜は美味しい物でも食べてぐっすりと寝よう」と言うと、一番に麻由子が「やったぁ」と気勢を上げ、若い連中に連鎖した。各自自室に戻って荷物の整理をして、7時半にロビーで待ち合わせる事にした。私は吉田にフロントで店を探して貰って欲しいと依頼した。私の行きつけの店は日曜日は休みなのである。

各自それぞれ部屋に戻って行き、部屋には麻由子と二人になった。麻由子はこれからの食事にワクワクと心を弾ませ、かなりのご機嫌である。麻由子は座っている私の後ろから抱き付き「何を食べに行くの?」と甘えた声で聞いて来た。私は何でもいいよ、皆の食べたい物を食べに行こう、と答えた。

「私、お寿司がいい~っ」と言って、お寿司お寿司と言っては部屋の中をスキップしている。こりゃ、事件の張本人とも思えませんなぁと、あらためて、麻由子の天然に呆然とするのであった。私はまだ時間があったので、シャワーをして来ると、バスルームに行ってシャワールームのガラスドアを開け、頭からしっかりとお湯を浴びて、心を落ち着けた。

シャワーを浴びて、新しい下着に着替えて、応接室に戻ると、麻由子が洗濯物をランドリー袋に入れていた。下着は今夜お風呂で洗うと言っている。食事の序でに下着と着る物を買ってあげるから、と言うと「やったぁ」と完全に元気を取り戻している。

私は麻由子を誘って、一階のロビーに向かった。既に皆揃っていて雑談をしていた。吉田はフロントで係りの男性と話をしていた。

吉田が話を終えて我々の所に戻って来て、私に「所長、予算は?」と聞いたので、私は今回のお礼とお詫びだと言って「予算なし」と言った。吉田は「それでは、特上のお店にご案内致します」と右手を大きく入口に振ってタクシー乗場に案内すると言って先を歩き始めた。皆、ワイワイ騒いでいる。どんな店?何を食べるん?遠いの?ワイン飲みたい、日本酒がいいとか、まぁそれは好きに喋ってるのを笑顔で聞いていた。

吉田はタクシー乗場で、私に菊の井知ってますよね」と聞いて、知っていると答えると、「ビルと麻由子ちゃんを連れて行ってください、私は残りの彼らを連れて先に行きますから」と言って、研ちゃん、由美子、美津子をタクシーに乗せ先に出発した。私はビルに助手席に座るように薦めて、麻由子と後部座席に座り、運転手に「八坂の菊の井」と言って前のタクシーに付いて行く様に依頼した。

麻由子が「ねぇダーリン、菊の井ってミシェランで三ツ星貰った料亭と違うの?」するとビルが「えっほんと」と驚いていた。私は今日は日曜やから大きな店しかやってないねんと言って、本来は我々が行く様な店やないねん。と言ってから、しかし今日は吉田に任せ様と言って、お腹を摩った。

10分程で高台寺近くの店に着いた。立派な店構えに、由美子と美津子は記念撮影を始めた。ビルも研ちゃんも呼ばれて仲間に入って記念撮影をしている。私は店の方にお願いして全員で撮影した。店に入り二時間半程彼等は京料理を堪能したのであった。静寂な店の外に出るとビルが、「所長、もう少しお酒が飲みたいよ」と言うと、吉田も賛成と言って私の顔を見た。麻由子も「ねぇくらまに行こうよ」と言った。由美子が、そこはお酒を呑むとこ?って聞くと、「感じのいいバー」って言うと、皆行こうと、私の返事を待っていた。私はニッコリと笑い、店の方にタクシーを呼んでもらった。近くなので5分ぐらいでバーに着いた。このバーは麻由子とのデートの場所である。私が京都に来た時は必ず行くデートコースである。


「本国と連絡はとれたか?」

「ハッ、先程取れました。現在の所、問題は無いと報告致しました」

「よし、わかった。そのまま待機」

そう言うと、ミン上佐は椅子に座らせている

敦子に向かって、流暢な日本語で「君の友人はどんな友達関係がいるのだ。まるで007ではないか」ミン上佐は敦子に答えを求めていた。敦子は「彼女は普通の女子大生です。たぶん、男の人は普通の科学者です。その男性の事は詳しくは知らないんです」敦子はそう言うと下を向いてしまった。

「う~ん、しかしあの手際は、かなり場慣れしていると思うのだが・・」敦子は黙って下を向いたままである。ミン上佐は続けて「明後日には、装置を本国に移送しなければならない。人質としての君の役目は、父親達に装置の完成を急がせる事だ」敦子は下を向いたまま泣いている様であった。さらにミン上佐は「君を人質にして父親を誘き出す事も、友人の科学者を拉致して装置の製作をさせる事までは上手く行っている。しかし、君の友人がしつこく嗅ぎ回るから、暫くの間大人しくしていて貰おうと誘拐したのに、逃げられるとは想定していなかった。まぁ、仕方ない、どおせ彼らには何も出来はしないのだから、いいか、父親に作業を急ぐ様に言うのだ」

ミン上佐は敦子に父親に電話をする様に言って、電話型無線機の受話器を手渡した。

「あっお父さん・・・うん、大丈夫。早く装置を完成させる様にって言ってる。・・・・判ってるけど、完成させないと私もお父さんもそれに松本のおじさんも殺されてしまうよぉ・・・わかった、そう伝える」そう言って敦子は受話器をミン上佐に手渡した。「後、三日はかかるそうです」そう言うとまた下を向いてしまった。ミン上佐はそうかと満足した様で、電話型無線機を持って、敦子を監禁している部屋から出て行った。島根原発の沖合い300メートルの海底40メートルに、サンオ型潜水艦の黒い船体が、横たわっていた。全長35メートル、幅4メートル弱の小型潜水艦で乗員は19名である。沿岸用潜水艦であるため、島根原発まで航海するのはギリギリの距離であった。そのために、予備の燃料を積んだドラム缶が甲板に固定されている。指揮を執っているミン上佐は総参謀部偵察局第586部隊の精鋭であった。彼の任務は核燃料濃縮装置の小型化に成功した松本教授を誘拐し装置を製作して本国に持ち帰る任務であった。その為に松本教授の共同研究者である宮川教授を拉致する必要があった。教授には娘がいて、京都の大学に行っている敦子である。先ず、敦子を誘拐し父親を拉致する、そして、松本教授を誘き出し拉致したのである。装置の完成まで、後三日である。

ミン上佐の懸念材料は敦子の友人の広瀬麻由子とその男友達であった。何人かはそれらの調査に京都に派遣したが、今の所自宅には帰っていない様である。このまま何もトラブルが起こらない様に願うだけであった。

島根原発の敷地の隅にある倉庫の地下作業場に宮川教授と松本教授は北朝鮮の若い兵士や技術員と装置の製作を急いでいた。装置の大きさは大きなダンボールぐらいの、特殊な回転装置で濃縮が短時間で行える装置である。従来の濃縮装置と比べると20分の1の大きさであった。遠心分離装置の回転軸に特殊な制御を与え安定した超高速を生み出し、スクープ管を改良し、自動向流制御装置と合わせる事により、遠心分離装置の中心部にU235を効率良く集積させ、濃縮が出来るのである。分解すればダンボール3個分で1ユニットになる。これを自国で大量に生産すれば、短時間で高濃縮ウランが、製造されるのである。

松本教授は実験機は完成させたが、実機の製作はまだであった。松本教授は「ほんとにこの装置を彼らに渡すのか?」と宮川教授に手を休める度に聞いていた。

宮川教授は「何か手を考える」と言って娘の事や松本教授の事も心配であった。宮川教授は「しかし、日本って言う国は、スパイに対して全くの無防備な国だ」と諦めた様に言った。「そうだね、まさか原発の施設に潜入して国の重要な技術や装置が盗まれるんだからね」ともう完全に諦めた口調で松本教授は力なく言った。二人は黙り作業を続けた。

作業場の鉄製のドアが開き、作業を監視している警備部隊のキム少尉が入って来た。

「装置は明後日の深夜に移送する。それまでに完成させるんだ」と流暢な日本語で言って

装置の製作状況を作業台の周りを歩きながら確認していた。北朝鮮の技術者も腰に拳銃を携帯している。チェスカーズブロヨフカ75である、兵士達は中国製のCQ311を構えている。この装備から見て彼等は精鋭部隊である事は間違いない。もしかして、RPG7対戦車ロケットも持っているであろう。

宮川教授は「こんな状態では逃げる事もできんな」と独り言を言って、無事に開放される事は現実的なんだろうかとも考えていた。

秘密を知っている我々を生かしておくはずは絶対に無いと思っている。こんな重要施設の敷地に潜入して誰も気がつかないのは、もう笑うしかなかった。日本も、もう終わりだと思った。この施設の職員も警察も公安もそして日本の政府もこの事実は知らない。後三日それまでに行動しなければならない。

部隊長のミン上佐は偵察局の中でも、異常に金日成を敬愛している人物である。最近の北朝鮮は金正日体制が綻びてきている。若い優秀な軍人たちは、長老達を無視し、さらに6家国協議も無視して、若いアフリカの精鋭部隊と手を組み、新しい国作りを模索しているのである。何故、ミン上佐が宮川教授に目をつけたのか?それは、敦子の友人で、京都で活動している若い同志が、敦子との雑談の中で、父親の研究や松本教授の研究を聞いていたのである。その内容は、逐一本国に報告され、情報の一部が、ミン上佐が知る事になったのである。作戦は、既に潜入している同志達の支援があれば、問題が生じる事は無かった。しかし、敦子を拉致して、父親の宮川教授の誘拐も簡単であったが、敦子を自由にしなければ、自害すると抵抗し、ましてや、松本教授を誘き出す事の手助けは絶対にしないと、ミン上佐を困らせたのである。宮川教授が作業を受諾した大きな理由は麻由子の誘拐であった。敦子の友人であると言うだけで、全く関係のない人間である。その麻由子を助けると言う条件を出したのである。敦子達は麻由子が救出された事をまだ知らないのだ。

ミン上佐が今優位に立っているのは、それだけであった。麻由子の事がもしも知れたら作業を拒否し、命に代えて装置の完成を阻止するであろう。ここは、慎重に対応しなければならない。装置を本国に持ち帰り、大量生産をして、早急に核兵器を完成させなければならない。わが国に核兵器が存在しない事が世界に知れたら、それだけで国は滅亡してしまうのだ。この作戦は必ず成功させなければならない。


21時を少し回った頃に、亀本とトミーはビルから紹介してもらったジョージ・ハミル小佐と嘉手納のバーで、明日の手順を打ち合わせしていた。亀本は装置の大きさや特徴などを質問したが、明日機内で説明するからと言って、バーボンのストレートを美味しそうに呑んでいた。書類上複雑になるので本人が直接同行した方が簡単だと言って岩国まで同行してくれる事になった。ジョージ小佐とビルはアメリカの大学が一緒で、環境関連の学問でビルが生物学、ジョージが電子工学を専攻していたらしい。今回ビルの無理を聞いてくれたのは、近い将来研究所で研究をさせて欲しいと言う希望をビルが所長に頼んでくれる事が条件であった。二人とも「なるほど」と納得したのであった。やはり裏にはこんな話があったんだと笑ってしまった。しかし、この装置が今回の事件で大きな貢献をする事になるのである。22時を過ぎて亀本とトミーは、明日早朝7時に嘉手納基地の正門で待ち合わせをすると言う事でジョージと別れた。ジョージはもう少し呑んでから帰ると言ってバーボンのお代わりをした。亀本は帰りのタクシーの中で、トミーに「今回の事件は、かなり厄介な事になりそうだな」と小さな声で言った。「そうですね、まさか、あんな装置が必要になるなんて思ってもみませんでしたよ」とトミーは苦笑いをしていた。トミーは「所長は潜水艦を見つけてどうするつもりでしょうね」

亀本に聞いた。亀本は「分からないよ、でも所長の事だから、何かとんでもない事を考えていると思うよ。まぁ、行ってみたらわかるよ」何か亀本は今回の作戦を楽しんでいる様であった。


日曜の夜10時のバーは暇であった。

カウンターに皆が並んで座れた。私が一番奥に座り左隣に麻由子がそして吉田、ビル、由美子、美津子そして研ちゃんである。

私は一杯だけ呑んだら帰るからと言って、ジョニィウォーカーのブルーをロックでダブルと注文した。麻由子と由美子、美津子はイチゴのスムージーカクテルを、吉田はジントニック、ビルと研ちゃんはヤルデン・エルロムとレバノン、シャトーケフラヤの赤ワインをどちらにしようか迷って、ケフラヤをボトルで頼んだ。全員の注文した飲物が来て、吉田が「じゃ明日に」と言って乾杯をした。皆話が弾み、話題は研究所の事が中心であるが、私と麻由子の話題が、一番賑やかであった。

マスターは今日まで親子だと思っていたらしい。予定通り一杯で済ませた私は先に帰るからと席を立った。麻由子はもう少し居ると言って「皆と一緒に帰る」とリラックスしている様であった。私はじゃそうしなさいと言って、吉田に麻由子の事を頼んで店を出た。

生暖かい風が頬を掠めて行く。縄手通りに向って歩きブティックに入った。そこで、ビキニタイプのお洒落なブラと下着を5セット、ブランドのTシャツを5枚、色違いのパンツを2着、靴下を5セット。可愛いプラダのスニーカーを一足買って、これで暫くは大丈夫だろうと、大きな荷物を持って、縄手通りを北へ、白川を越えたところにあるコンビニで私の下着を買って、縄手を御池通りまで出てホテルに着いた。時計は11時半を指していた。部屋に入って荷物を置き、シャワーを浴びて、新しい下着に着替えホテル備え付けのパジャマを着た。窓側の椅子に座って煙草を吸っていると麻由子が帰って来た。吉田が送って来た様で、ドアの隙間から「おやすみ」と手を挙げているのが見えていた。麻由子はご機嫌で帰って来た。いい事である、これから始まる真相を追究する行動がまた麻由子を苦しめるかも知れないから。私は麻由子にシャワーをして、早く寝るように言った。

麻由子は沢山の荷物を見て「それ何?」と聞くと荷物の点検を始めた。「あっ、忘れてたぁ、ダーリン覚えていてくれたんやぁ」と大喜びをしてシャワーに行くと言って、服や下着を脱ぎ散らしてシャワールームに入った。

私は脱ぎ散らかした下着や服を纏めて椅子の上に片付けておいた。直ぐに麻由子は出てきた「早いねぇ」と言うと「髪を洗ってないから。朝洗う」と言って裸の身体をバスタオルで拭きながら応接室に来た。麻由子は新しい服や下着を全て試着し、納得して満足した顔で「ダーリンありがとう」と言って私の首筋に抱きついてきた。私は「はいはい、分かったから、今日は早く寝なさい」と言って麻由子を放し、寝るように言った。麻由子は何かを期待していた様だが、今はその時ではないと思っている。だから、麻由子には物足りないかも知れないが、ここは我慢してもらうしかないと思っている。でも、麻由子は大人しく寝てくれた。


朝7時、米空軍嘉手納基地の正門でタクシーを降りた。正門にはジョージ小佐がジープで待っていた。ジョージ中佐が衛兵に何か言うと、敬礼して入門許可してくれた。亀本とトミーはジープの後部席に乗り込みそのまま基地の奥へと入って行った。トミーは「広い、とにかく広いですね」とビックリしている。亀本も何も言わないが、驚いている様である。くねくねと基地内をジープで走り、第390情報隊の司令部に着いた。そのまま、裏手の研究棟にジープを横付けし停めた。

ジョージ小佐は「さぁ急いで荷物を載せるぞ」と言ってジープを降り、建屋に入って行った。ジュラルミンのケースを4個積み込み輸送機の格納庫に向った。格納庫前にはC130がプロペラを回して待機していた。急いでジュラルミンケースを積み込み亀本、トミーそしてジョージ小佐が乗り込み直ぐに滑走路に向かい嘉手納基地を出発した。10時頃に岩国基地に到着するはずである。輸送機の中でジョージ小佐は装置の取り扱いの説明を始めた。亀本とトミーは顔を見合わせて笑った。


久し振りに気持ちよく目が覚めた。7時だった。私は起きて応接室に行き煙草を吸った。

麻由子は良く寝ている。9時の空港行きリムジンバスに乗るから、暫くしたら麻由子を起さないといけない。私は体を解すためにシャワーを浴びることにした。少し熱めのお湯でしっかりと身体を温める。全身に活力が戻って来た感じがする。バスタオルを首から掛けて裸で応接室に戻ると、ベッドルームから、麻由子が「おはよう」と起きていた。私は起きて準備をしなさいと言って下着を着け様とすると、麻由子が「来てっ」と言って両手を広げて、ベッドまで来いと、合図を送っている。私は裸のままベッドに行き、横に座って麻由子に「時間無いよ」と言って、おでこにキスをして応接室に戻り、下着を着け服を着た。

麻由子は、何かゆとりでも出来たのか大人しくベッドから出て、笑顔でシャワーに行くと言って裸になり、私の前をバタバタと通って行った。もうお互い裸の姿は意識しないでいい様である。変に気にすると、余計におかしな心境になる気がした。

そんな麻由子を無視して私は吉田に電話をして、京都八条口9時10分発のリムジンバスに乗るから8時40分にロビーで待つ様に伝えた。

麻由子がシャワーを終えてタオルで髪を拭きながら応接室に入って来て、どの下着にするか迷っていた。私は「後30分したら出かけるからね」と急ぐ様に言った。

麻由子は、卑弥呼の黒いサテンのシンプルなビキニを選び鏡に映してご満悦である。白の極細のスキニーデニムに白の白雪姫のTシャツでプラダのピンクベージュ、ラバーソールのスニーカー、それにビームスの黒ジャケットの出立ちで、なかなかのお洒落であった。荷物の確認をして必要ない服や下着等は麻由子の実家に宅急便で送る事にした。

フロントで宅配の手続きを済ませ、研ちゃん達の部屋を確保して吉田と簡単な打ち合わせをして、タクシーに乗り京都駅に向った。研ちゃんや由美子、美津子が早起きして見送りに来ていた。麻由子は「行って来ま~す」と、まるで旅行にでも行く笑顔で手を振っている。

皆、それを見て、それぞれ顔を見合わせて笑っていた。15分程で京都駅八条口京阪ホテル前の空港リムジンバス乗場に着いた。

チケットを購入すると、直ぐにバスが到着した。乗客は半分ぐらいでのんびりと座れた。

吉田とビルは一番後ろに座り、私と麻由子はその前の席に座った。麻由子は座ると直ぐに手を握って指を絡め、頭を私の左肩に乗せ目を瞑った。振り向いて吉田とビルを見ると二人も目を瞑っていた。これからの事を考えて今は心も身体も休めて於かなければと、私も目を瞑った。伊丹空港までは50分ぐらいである。伊丹空港には10時に着いた。吉田はチケットを受取りにJALのカウンターに行った。ビルはコーヒーを飲もうと2階を指差した。私は吉田に、コーヒーを飲む真似と煙草を吸う動作をして2階に行くと指差した。

吉田は「了解した」と軽く手を上げ手続きをしていた。この空港のコーヒーラウンジは煙草を吸える店は限られている。でも、コーヒーの味は普通だが・・。煙草を優先した。

席に着いて注文を済ませた時、亀本から連絡が入った。「今、無事に岩国の米軍基地に到着しました、これから書類検査をして荷物をレンタカーに載せて出発します。到着は3時過ぎになると思います。所長、この装置見たらかなり感激すると思いますよ」と笑いながら言って電話を切った。

「亀ちゃん、今岩国、これから装置を車に載せて松江に向うそうだよ。それと、装置がかなりイケテるみたい」と皆に報告した。ビルは「噂しか知らないけど、ジョージはかなりレベルの高い装置を作った様だね」と同級生の自慢が出来て満足している様である。

かなり緊迫した内容を会話しているのだが、麻由子は「お腹空いたぁ、何か食べていいかなぁ?」と姫は状況をまるで無視して仰しゃる。私の答えは「好きな物を召し上がれ」と言うしか答えはないのである。麻由子はホットケーキを注文し満足顔であった。

私は吉田とビルに何か食べる?と聞いたが、空弁を買うからいいと、笑っていた。

それでは、そろそろ行こうか、と言って金探

ゲート通って搭乗口に向った。待合ラウンジで搭乗開始を待つ間に吉田とビルは空弁を買いに行った。麻由子もトイレに行くと言って

ゆっくりとトイレに歩いて行った。

私は吉田とビルが買物から帰って来てから、私も空弁を買いに行った。時々買うセントレアの「穴子わっぱ」が売っていたのでそれを買った。これは美味い物が手に入った、と一人ほくそ笑んでいた。皆の所へ戻ったら、搭乗開始になり、それぞれ搭乗を始めた。私は麻由子にチケットを渡し控えを受け取った。席は主翼の少し後ろの左側で吉田とビル、その後ろに私と麻由子が座った。定時に飛行を開始し、15分後シートベルト解除のランプが点灯した。吉田とビルは空弁を開けて「おっ美味そう」とか言って、結構楽しんでいる様である。麻由子は眼下の瀬戸内海を窓から覗き込んでいる。私も空弁を出して、包みを開けて穴子わっぱを楽しもうとした時、左隣から悪魔の手が伸びてきて、私の穴子わっぱは連れ去られてしまったのである。「まゆちゃん、それ私の弁当」と言っても「聞えませんバリア」を張って、黙々と私の穴子わっぱを蹂躙している。私は諦めペットボトルのお茶を出して空腹を紛らわせたのである。

まぁ、こうなる事は予測はしていたから、やはりなと思っている。まるで日本橋の秘密倶楽部の感触である。私の境遇を前に座っている吉田とビルが振り返って笑っている。私も笑うしかないのであった。隣では美味しそうに、また嬉しそうな顔をして食べている麻由子を見ているのが楽しいのだからどうしようもないと思っている。

飛行は順調で定時の12時20分に出雲空港に到着した。空港ロビーで吉田はレンタカー契約をしている。予約をしているので、契約は直ぐに終った。車は空港玄関前に停めてあった。車は吉田が運転した。ビルは助手席、私と麻由子は後部席に座っている。出雲空港から宿泊地のしんじ湖温泉一畑ホテルまでは40分ぐらいである。麻由子はこんなに早く宍道湖を再訪するとは思ってもいなかった。過ぎ行く町並みや全ての景色は、全く違った印象を受ける。緊張、緊迫感そして期待感。

麻由子はこれで、ここに来て事件の全貌が明らかになると確信していた。麻由子の見る景色に焦点は一度も合わなかった。

ビルは初めての土地で全てが珍しいものであった。ビルは山陰地方に来るのは初めてらしい。ビルは宍道湖をはじめ全ての景色を記憶する様に見つめていた。車は吉田の安定した軽快な運転で1時半過ぎに一畑ホテルに着いた。ここは松江しんじ湖温泉と言う温泉街である。ホテルに着いてチェックインをして、6階の洋室ツインを三室確保する事が出来た

私は直ぐに港に出かけるから各自部屋に行って荷物を置いて来る様に言って、ロビーに集合して欲しいと言って、私は亀本とトミーの部屋の手続きをするからとロビーに残った。

直ぐに皆降りてきて、出かける準備が出来たが、2時前であった。ホテルで尋ねると、その港までは30分くらいで行けるそうであった。私は皆に申し訳ないけど何か食べてくると言うと、麻由子は「私も行く」と言って駄々を捏ねる。この前の食堂に行きたいと煩いので「分かった、連れて行くから」と負けてしまった。ビルが麻由子に、その食堂は美味しいの?と聞いて、麻由子が「イケテル」と言ったものだから、ビルも行きたいと言い出した。私は「分かりました、皆で行きましょう」と言って吉田に車で行って、そのまま港に行くからと行って、吉田を食堂に誘った

ホテルから車で2~3分の距離である。

食堂のおばさんは私と麻由子を覚えていてくれて、白菜とキュウリの漬物を大盛りでサービスしてくれた。今日のアジの乾物も美味しかった。ビルも吉田も満足している様である

20分ぐらいで食事を終えて、車に乗り込み予めナビにデータを入力していたので、港に急いだ。私は携帯を出して亀本に電話を入れた。島根原発の西側の半島の付根に「片句」と言う漁港がある、その一番奥に着て欲しいと伝えて、現在地を聞いた。出雲市に入った様である。3時前に狭い道を通り抜けて、小さな漁港に着いた。赤い瓦がやけに目立つ小じんまりとした集落であった。

奥の波止に鳥取ナンバーのベンツが停まっていた。吉田はそのベンツの後ろに停めて、車の中にいる中年の男性と話をしている。

何かの書類にサインをして車に戻ってきた。

「契約完了」と言って、もう直ぐ船が到着するそうだと報告した。あのベンツは船に乗って来るスタッフを迎えに来た船会社の社長らしい。3時を過ぎて正面の少し突堤で狭くなっている港の入口から20フィートクラスのクルーザーがやって来た。波止場に横付けされたクルーザーから二人の若者が下船して来た。我々は軽く会釈をして麻由子と船を見に行った。ブルーアンカーよりも二周り小型である。麻由子は後部デッキの椅子に座って小さな漁港を眺めている。気がついたらベンツが帰って行くのが見えた。そのベンツの姿が消えてから暫くして、山口ナンバーのシルバーライトバンが此方にやって来た。亀本達である。私と麻由子は船を降りて彼らを出迎えた。二人は車を直ぐに降りて来て、麻由子に「無事で良かったねぇ」とトミーが両手で麻由子の手を握手して、良かった、良かったと何度も言っていた。麻由子も「心配掛けてごめんなさい」と頭を二人に下げた。

亀本が「所長、大変でしたね」と笑いながら言って、「調査部の行動開始ですね」と私と吉田を見た。私は「よろしく」と真面目な顔をしてそれに答えた。

私は亀本に「装置はどれ?」って聞くと、トミーが「ビル手伝って」と言ってライトバンの後部ドアを開けて、ジュラルミンのケースを4個下ろし、船に積み込んだ。

車を作業の邪魔にならない様に停めて、全員船に乗り込み、亀本が計器のチェックをしてエンジンを起動する。トミーが舫いを外し、ゆっくりと方向を変えて微速前進である。

漁港の防波堤を抜けると外海である。夕方になり少し海風が吹いている。波はそれ程高くはない。最初の半島を迂回し、二つ目の半島を越えた時、右手に前方に島根原発は見えて来た。私は亀本に二つ目の半島の先端から300メートルの位置で船を停船して欲しいと言って、トミーが用意してきた双眼鏡で島根原発を確認した。トミーはアンカーを打って

ロープを固定した。亀本がデッキの操舵室から降りて来て、トミーと二人でジュラルミンケースを開けて装置を組み立て始めた。

三十分で装置は組み上がった。私は初めてみるタイプだと思った。ビルも見た事が無いと言っている。装置はメインコントローラー部とジョイスティック部、モニターと水中探査機の4つで構成されている。私は亀本にこの辺は水深何メートルかと聞いた、亀本は魚探を確認して40メートルですと答えた。

私はテスト開始と告げると、トミーがオレンジの水中探査機の内臓スイッチをオンにして水面に浮かべた。亀本はモニタースイッチを入れて、ジョイスティックコントロールの電源を入れた。するとモニターに水面が映ったのだ。皆「凄い」と言って水面に浮かんでいるオレンジの探査機を見た。亀本はいくつかのスイッチを入れて、ステックを前に倒すと

水中探査機は水中に消えて行った。同時にモニターに海の中が映っている。亀本は「この装置の特別な仕様は探査機が相手のソナーに反応しないんです。ゴーストなんですよ」とジョージ中佐の説明を紹介してくれた。

「それは面白い」私は満足していた。ビルも喜んでいる。亀本はモニターを見ながら探査機を操作している。5分程で海底にゆっくりと到達した。海底は砂地であった。小魚がたくさん群れている。時折鯛やグレ、ハマチ等の大型魚もモニターに映っている。私は亀本にそのまま東へ進めて欲しいと言った。この探査機の受信可能範囲は5キロであるそうだ

暫く、ゆっくりと前進する探査機の映像を見ていた。その時私の後ろでモニターを覗いていた麻由子が「あっ、何かある~」と大きな声で言って、私の肩を何度も叩いた。

確かに前方100メートル程に何か黒い物体がモニターに映し出されている。亀本は慎重に探査機を前進させる。だんだんと黒い物体は鮮明になってきた。30メートルまで近づいた時、それが潜水艦である事が全員理解出来た。「こんなに早く見つかるとは・・」

ビルは「ジョージは凄い装置開発したなぁ」

と感心していた。私はそれよりも突然の発見に、これからどうするか決めかねていた。

亀本に「もう少し、近づいても大丈夫か?」と聞いた。亀本は「問題ないよ」と言って、微速で探査機を前進させた。「たぶん、少し大きな魚ぐらいとしか分からないと思うよ」

「動力が水流式だから、モーターやエンジンの音はしないし、水が流れる音しかしないんだよ」と自信満々であった。探査機はゆっくりと潜水艦の周りを探査した。国籍や船名等も分からない。亀本に「このモニターは録画は出来るのか?」と聞いた。答えは「録画はもうしてる」であった。この装置は凄い。

何度か潜水艦の周囲を探索し、探査機を船に戻した。「今日はここまでにしよう」と言って、「こんなに早く見つかるなんて、ビックリやなぁ」私は驚いた顔をして皆を見た。麻由子も「ほんまやね」と言って、映画の世界が現実に起こった事を実感していた。

現在位置をGPSに記憶させて、その場を少し離れて機材をジュラルミンケースに収納した。それが終ると亀山に港に帰る様に伝え、

船を片句漁港に向けた。20分程度で漁港に着いたが、その間誰も口をきかなかった。

漁港に船を着けて、荷物を降ろして車に積み込んだ。亀山と吉田が漁港の組合長に挨拶に行って来ると漁連事務所に出かけた。

私は車に麻由子と乗って待っていた。トミーとビルは海を見ながら何か話しているが、内容は良く分からない。でも、さっきの海底で見た事では無いようである。今は皆現実逃避している様である。私も同様であった。

吉田と亀本が帰って来た。漁港に使用料を支払い、停泊許可を3日間貰ってきた。全員車に乗り込み、ホテルに戻り打ち合わせをする事になった。30分程で一畑ホテルに到着した。5時半であった。


「警部、ほんとにこの道でいいんですかぁ」

「ナビが指示してるんやから、間違いないやろ」「もう、県警に頼めばいいのに」

「お前なぁ、こんな場所に県警に出張らせて

嫌味言われるだけや、黙って運転せぇ」

警部と言うのは、京都府警捜査一課の村井警部、文句を言われているのが、村井警部の部下の林田巡査部長である。二人は京都府警本部長の特命を受けて島根県松江市に調査に来ているのである。島根県警に依頼せず、わざわざ京都からお刑事が二人、調査に来た理由は、京都大学の松本教授を捜索に来たのである。松本教授は京都府警本部長と京大で同級生でり家族的な付き合いもしていて、松本教授の家族が府警本部長に捜索を頼んだのである。府警本部でも面子の問題が生じ、島根県警に捜索を依頼する事をせずに優秀な刑事を捜索に派遣したのである。

長いトンネルを抜けると目の前に異様なコンクリートの建造物が現れた。

「あっ、ありました警部」

「わかっるわぁ。俺も目はある」

二人の乗った車はゲートで停まった。

林田巡査部長が窓を開けて、守衛と話している。その会話に村井警部が割って入り、「京都府警やけど、この施設の責任者に会いたいやが誰かいてますかぁ」と質問する、守衛は少し待ってと言って電話で連絡していた。

守衛は電話を置くと、「所長が居られますのでお会いになるそうです」「この横の建物の前に車を停めて、玄関からお入りください」と村井に伝えた。二人は礼を言って横の事務所棟の前に車を停めて中に入った。

玄関を入ると職員が待っていた。二人は職員に案内されて二階の応接室に向った。職員がドアをノックしてドアを開けて二人は部屋の中に案内された。中には所長の豊田満夫が待っていた。豊田は二人に椅子に座る様に薦めて、煙草も自由にどうぞと言って、自分も煙草を出して火をつけた。

「わざわざ京都からご苦労様です。それで、どの様なご用件でしぅようか」豊田は煙草の煙を吐きながら二人に尋ねた。村井は「京大の松本教授をご存知ですか」と尋ねた。

「えぇ、松本教授なら、良く知ってますよ」

「この原発の基本設計者ですし、年に何度かお見えになりますからね」豊田はそう言うと

内線電話でコーヒーを頼んだ。

「実は京大から松本教授と連絡が取れないと相談があり、府警本部として捜索に訪問したのですが、松本教授がどこに居られるかご存知ありませんか」村井は形通りの質問をして豊田の答えを待った。豊田は「う~ん、そうなんですか。でも松本教授はこちらにはおみえではありませんよ。所内の事は全て私に報告が入りますから」と答えた。村井は「やはり来て居られませんか。分かりました、申し訳ありませんが、私共もこのまま帰るわけにはいきませんので、所内を見学を兼ねて捜索をさせて貰えないでしょうか」と村井は所長に頼んだ。「えぇ、いいですよ、誰かに案内させましょう」と言って内線電話で職員を呼んでいた。暫くするとドアがノックされ、職員が入ってきた。広報部の長井課長であった

豊田所長は長井に「このお二人を、危険区域以外は全てご案内して差し上げてください」

と指示をした。長井は二人に軽く会釈をして

「それでは、このバッジを胸に着けてください」と二人にフイルムバッジを渡した。見学が終了した時に被曝量を測るのである。

豊田所長は「それでは私は用事がありますのでこれで失礼します」と言って松江市内の観光もして帰ってくださいね、と言って二人を送り出した。二人は「ご協力感謝致します」と頭を下げて部屋を出た。事務所棟を出て、

向かいにある、一号炉棟から捜索を始めた。

宮崎鼻側にある三号炉の捜索が終ったのは二時間後であった。確かに広い施設の中を全て捜索出来た訳ではない。でも、秘密の内にこの施設に入って滞在するなど不可能である。

少なくともこの施設には居ない事は確かである。別に怪しい事は無く、問題は無いと思われる。被曝の恐れのある施設以外は殆ど調べた。二人は事務所棟の駐車場まで戻り、案内をしてくれた長井課長に礼を言って別れた

二人は車に乗り、とりあえず松江署に行く事にした。「村さん、原発には何もありませんでしたね」と林田が言った。「あほ、たぶん施設の半分も見てないわ~。その気になったら何処でも隠れるとこは、あるんとちがうかぁ」「でも村さん、隠れる意味がわかりませんよ」「そやから、行方不明なんやろがぁ」

「まぁ、適当に捜査して、早ょう京都帰ろ」

村井はそう言うと、松江署に向う様に林田に言った。

二人は松江署で松田教授の捜索依頼をして今夜の宿泊の手配を考えていた。村井は松江署の前で煙草を吸いながら暮れ行く宍道湖を眺めていた。何でもこの位置からの夕陽は最高らしいのだが村井にはそんな事はどうでも良かった。早く用事を済ませて京都に帰りたかったのである。のんびりと煙草を吸っていると、林田が村井の所に戻って来て、「村さんホテルは一畑ホテルがいいそうです。予約しておきましたよ」と報告した。村井は「それじゃ今夜はのんびりと温泉でも入って、明日市内を一回りしたら帰るかぁ」と言って林田にホテルに行こうと言った。時計を見ると5時になっていた。ホテルに到着してチェックインの手続きを済ませ、ラウンジでコーヒーを飲むと言ってラウンジの椅子に座りのんびりと煙草を吸っていた。


我々はホテルに到着するとトミーとビルが、ホテルで台車を借りてジュラルミンのケースを部屋に運びに行った。私は吉田と亀本、麻由子達でフロントに行き、亀本とトミーの宿泊手続きをしていた。その時後ろから私の名を呼ぶ声がして振り返ると村井がいた。

「島崎さん、久し振りやけど、面白い場所で会うねぇ」と言って手を挙げて挨拶をしていた。私は少し間を於いて「あぁ、村井さん、ご無沙汰してます。その節は大変お世話になりました」と型どおりの挨拶をして、京都府警が松江に何の用事かと尋ねた。

村井は笑いながら「野暮用ですよ」と逆に私に、松江で何をしてるのかと尋ねた。

私も「野暮用ですよ」と笑って答えた。まさかこんなとこで京都府警の刑事に会うとは思っていなかったので、事実少し驚いていた。

村井警部との再会は、私が逮捕されて送検されて以来であるから、5年ぶりの再会であった。私は名刺を出して「今はここで仕事をしてます」と言うと、村井も名刺を出して、「私もねぇ、今はこちらですわぁ」と名刺を私に渡した。「おっ、警部じゃないですかぁ。出世ですね、それに府警本部の一課じゃないですか」と当時は所轄の巡査部長であったから、かなりの出世である。「まあね、島崎さんのお陰ですわぁ」と言って、「でもねぇ、その警部が野暮用で松江に来る様では府警もお終いですわ~」と笑って言った。横で麻由子が心配そうに見ていたので、「この刑事さんが私を逮捕した方だよ」と教えてあげた。

吉田は思い出した様で、亀本に何か話していた。麻由子は、不思議そうに、そうなんやぁと言う顔をしていた。吉田が手続きが終ったと横から言ったので、「それでは」と村井に言って、我々は部屋に戻った。

部屋に入ると、直ぐに皆私の部屋に集まって来た。吉田は「思わぬ人に会いましたね」と言ってビルとトミーに説明していた。

私は食事は19時でいいかなぁと、皆に確認して、その時間にロビーに集合する事で、それぞれの部屋に戻って行った。

部屋に麻由子と二人になると、麻由子は側に来て「刑事さん、何しに来たん?」と尋ねてきた。「さぁ、何しに来たのかわからんけど

警部が来てる以上、重要な事件だと思うよ」

と麻由子に説明してあげた。

麻由子は、少し心配している様であったが、

「今回の事件、相談してみたら」と言って、

私の顔を見た。

「そうやねぇ、でも、今は我々だけで対応した方がいいと思うよ」と言って「敦子やその

家族に危険がある以上は内密に捜査はした方がいいと思うんだけど・・でも、危険がある様であれば相談してみるよ」と麻由子に心配しないでいいからと、頭を撫でて外出の準備をする様に言った。

麻由子はシャワーして来ると言って、服を脱ぎ下着だけになって、バックから着替えを出している。私は椅子に座り、煙草を吸いながら、村井が何の捜査に来たのか考えていた。

あまりにもタイミングが良過ぎる。もしかして京大教授の捜査かも知れないと思った。

しかし、今はあの潜水艦の録画を見せるのは事を大きくしてしまうと考えていた。

先ずは、行方不明の者達の発見と、この状況の背景を調べて確認する事が優先であると思っていた。


村井はラウンジにいる林田がいるテーブルに戻った。「村さん、誰ですか?」と林田が尋ねた。「昔、逮捕したヤツで、今はここで働いているらしい」と名刺を見せた。

「へ~っ、この研究所って結構有名ですよ。

どの雑誌だったか、少しお堅い雑誌に掲載されているのを読んだ事があります」

「そうなんやぁ、まぁ、もともと犯罪とは関係ない人間やからな、真面目にしてるんやったら俺には関係ないから、しかし、野暮用と言ってたが、あのジュラルミンのケースはなんやろ」と言って煙草に火をつけた。

「チラッとしか見てないけど、確か英語の刻印があったなぁ、マークもあった」と言って手帳を出して話し始めた。「まぁ、今の俺達には関係ないか」と手帳を仕舞うと「さぁ、温泉にでも入って美味い飯を食ってのんびりするかぁ」と言って席を立ちエレベーターに向った。


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