松江市内で
明け方に何度か目が覚めたが、それでもしっかり寝たらしい。窓のカーテンの隙間から朝陽が差し込んでいる。時計を見ると六時半である。横を見ると麻由子が普段見ない安心した顔で寝ている。夢ではなく現実に麻由子が横に寝てるんやとチョピリ嬉しくなった。
そっとベッドを出ようと右に少しずれていくと、麻由子の手が私の左の肘を掴み「どこに行くん」と目を開けないまま聞いた。「うんトイレ、まだ六時半やしゆっくり寝てて」そう言ってトイレに立った。トイレを済ませ、窓の横の椅子に座り煙草に火をつけた。軽く吸い、冷たくなってる茶碗に残っているお茶を飲んでカーテンを少し開いて外を見た。もう通勤の人達が動いている。煙草を消してまたベッドに潜り込むと麻由子は待ってた様に私にくっつき頭を私の胸に乗せて「離れたらイヤ」と小声で甘えて言った。私はピクンとアンテナに血が流れて行くのを感じたが、ここは理性でカバーした。ふ~~危ない。
理性を取り戻すための二度寝は起きたら八時半であった。二時間寝たみたいだ。麻由子はまだ私にひっついて寝てる。私は起きる事にして、麻由子からそっと離れてベッドを出た。ベッドに座って背伸びをしていたら「おはよう」と麻由子の声がした。振り向いて、おはようと麻由子を見ると浴衣がはだけて胸の膨らみが見えていた。私はすぐ立ち上がり、窓の側の椅子に座り煙草に火をつけた。
「いい天気だなぁ」すっかり陽が昇って通勤ラッシュが始まっていた。
「ねぇ順ちゃん」と麻由子は横になったままで「今日敦子に会って納得出来たら、その後出雲に連れて行って欲しい」麻由子はそう言ってベッドから起きて座ってる私の後ろから抱き付いてきた。麻由子の無防備の胸が私の背中に弾力良く当たっている。これはマズイと、私は消え行く意識を必死で取り戻しながら、「いいけど、まだ敦子に会えるかわからないやろ、朝ごはん食べたらもう一度敦子に連絡してみたら」私はそう言って危なくなっている体を必死で隠しながらシャワーに行くと言ってバスルームに向かった。熱めのシャワーを浴びて邪念を払い、歯を磨いて髪を乾かし冷静さを取り戻してバスルームを出た。
麻由子は乱れていた浴衣を直して窓から外を見ていた。「まゆちゃんもシャワー行ったら~」と麻由子にシャワーを薦めた。
「うん」と麻由子はバスルームに向かった。
私は着替えてドアの下に差し込まれていた朝刊を取り窓の側にある椅子に座って煙草を吸いながら読んでいた。暫くして麻由子がシャワーを終えて出てきた。バスタオルを巻いただけの姿である。「おいおいそんな格好で出てくるなよ」(関東弁)「だって~浴衣邪魔くさいんやもん、順ちゃんやからいいやん」かなり挑発的である。理解に苦しむセリフを言って鏡の前に座り髪を梳かしている。このままいたら目の前で着替えを始めてしまうかも知れないと思い「じゃロビーのラウンジでコーヒー飲んでるから、着替えたら来て」と言って部屋を出た。初日からこれじゃこの先大変やぁと思いながら、麻由子は私の事をどう思ってるのか、知りたい気持ちにもなっている。1階のラウンジでアイスコーヒーを頼みロビーに置いてあった松江の観光案内を煙草を吸いながら読んでいた。松江は仕事で何度も来ているが観光は、ほとんどした事がない。島根大学や島根原発、県庁で仕事が終わればそのまますぐに帰ってたのだ。そんな事を思い出して観光案内を読んでいたら麻由子が降りてきた。カーキ色のアーミータイプのズボンに黒地に銀色のスカルが印刷されてるティシャツ、白のジャケットに今日は薄いブルーフレームの眼鏡をかけてる。麻由子は眼鏡もかなり似合ってる、実に可愛い。「お待ちどうさま~」麻由子はかなりご機嫌で、ご飯食べに行こうと誘う。私はフロントに鍵を預け朝食の美味しい店を尋ねて麻由子を連れて駐車場の車に向かい、一畑ホテルの裏にある食堂に向かった。徳さん食堂と書かれた看板のある店に入った。二組ほど先客がいたがのんびりとした田舎の食堂と言った感じの店であった。
メニューを見ていたが、先客の食べていた定食が美味そうであったので、同じものを注文した。
注文して暫くして定食が運ばれてきた。輝いてふっくらとしているご飯にシジミ汁、アジの干物それと美味そうなキュウリのぬか漬けそれだけであるけど、とても豪華に見えた。シジミ汁はコクがあってシジミの旨みがしっかりと出ていて、アジの干物も自宅で手作りだと女将さんが自慢をしていたがほんとに絶品であった。麻由子は満面の笑みで美味しいを連発してかなり満足している。これで400円は安い。
麻由子は骨だけ残して完食である。偶然出会った美味しい朝食に二人とも満足して店を出た。私は麻由子を食後のコーヒーに誘い一畑ホテルに向かった。1階のロビーのラウンジで私はアイスコーヒーを麻由子はカフェラテを頼んだ。運ばれてきたアイスコーヒーを飲みながら「まゆちゃん、敦子に電話したら」と言った。麻由子は「うん」と言って携帯電話を持って外に出た。私はガラス越しに電話をしている麻由子を見ながら目の前の宍道湖の風景を見ていた。暫くして麻由子が戻ってきた。麻由子は私の前に座るとニッコリ笑って「明日松江で会うことになったぁ」と 「えっ今日は会えないの」と聞くと麻由子は敦子との会話を説明し、「今浜田市の実家に居るんだって、お母さんがかなり心配してて今日警察に届けに行くらしんだよ」と一気に敦子との電話の内容を話してくれた。「明日ホテルまで来るって」と麻由子は敦子との約束を私に話した。
「今日ヒマになっちゃったぁ」と私に訴える様に顔を覗きこんできた。暫く間があって、「分かった出雲に行くんやろ」「えっ連れて行ってくれるの」だんだんと麻由子の顔が笑顔に変わっていく。「いいよ、今から行けばお昼前には着けるから」「ほんとぉ」麻由子は満面の笑みで私に確認して「やったぁ~」と大きな声を上げてバンザイをした。
近くでお茶をしていた人達やフロントの人達が笑顔で見ていた。
車に乗り9号線にでた。出雲まで一時間ぐらいだと思う、麻由子にそう言うと、昨晩は暗い時に見た景色が今はまた違う感じで目に入ってくるのを楽しそうに見ていた。先ず出雲大社に行こうねと麻由子に言って私も今はのんびりと運転している。麻由子は初めての出雲にワクワクしている様で、鼻歌を歌いながらニコニコと景色と私の横顔を交互に見ている。(幸せやなぁ。)
宍道湖から離れると周囲は急に牧歌的な景色に変わっていく。ほんとにのんびりしていて、日頃の疲れが癒される様だ。(毎日そんなに忙しいのか、と言われそうだが。)
これで青い海でも見えたら宮古島の様でもある。私は麻由子に、明日敦子に会ったら京都に帰るからねと伝えると、「うん、わかってる」と少し残念そうに口を膨らませていたが
敦子に会って話を聞けば納得するからと言って、今度はニッコリ笑って了解した。9号線を大鳥の交差点にあるイズミヤを右折して、国道431号線に入り、あとは一本道である。
B3の共同研究室でビルは施設長の亀本と地震計のチェックをしていた。「亀チャン、モンダイナイナァ。」ビルは相変わらずの関西弁であった。「オーケー、じゃ自動設定にして作業終わるよ」と亀本はビルに言ってから、上で煙草を吸うからと言って階段で一階のテラスに向かった。一階のテラスでは事務長の吉田が煙草を吸っていた。亀本がテラスに入ると、吉田は「どううまく行ってる」と聞いてきた。亀本は問題ないと答え亀本も煙草に火をつけた。「それはそうと、所長は何してるんですかねぇ」と亀本は吉田に聞いた。吉田は青く澄んだ空を見上げながら「分からないねぇ、何してるんだか。島根大に行くと連絡あったけどどうだか。多分、まゆちゃんと出雲大社でも行ってるのと違うかなぁ」(するどい)と諦めた口調で亀本に答えた。「出雲大社ですかぁ、いいなぁ私は行った事がないですよ」と言うと何となく二人は笑っていた。そこにビルがテラスに入ってきた。煙草に火をつけて「何笑ッテル?」と不思議そうな顔をして二人に尋ねた。所長の話だよ。と亀本が答えてニッコリと笑った。ビルは真面目な顔をして「所長ハ嫁サン貰ッタ方ガイイト思ウネンケド。所長ハアア見エテモ、カナリ寂シガリ屋ヤサカイ」ビルは二人の顔を交互に見て少しため息をついた。三人は暫く黙って煙草を吸って、それぞれの席に戻って行った。事務所で書類の整理をしている亀本に設備係りのトミー(富田くん)が笑顔で「亀さ~ん」と呼びながら事務所に入ってきた。トミーは亀本の席まで行き、「亀さん、明日の土曜日ダイビングの予約が入ったよ」と笑顔で報告している。ここでは、週末に限定して研究費を捻り出すために観光客相手にダイビングやシュノーケリング、たまにフィッシングのツアーなどをしている。前浜にあるホテルや平良港にあるホテルと協定して島の観光協会にも許可を取っている。
「そうかぁ、所長も居ないし、久しぶりに潜るかぁ」と亀本は事務長の吉田を見て、「事務長も行かない?」と吉田に聞いた。「そうだね、久しぶりに行ってみるかぁ」と答え、事務の女性達にも行かないかと聞いた。二人ともすぐに行くと答え、事務員の朋子が研究員にも聞いてくると言って下の研究室に降りて行った。トミーはエアーボンベや潜水用具など準備すると言って下の船着場に降りて行った。この研究所は船着場の崖の前に建っていて、一階の玄関及び事務所などがあるフロアは実際は4階なのである。海から見ると、研究所は地上6階地下2階の建造物なのである。しかし玄関のある道路から見ると3階建ての建物なのである。
だからトミーは準備をしに下に行ったのである。吉田と亀本は、テラスで煙草を吸い、準備をしているトミーを見ながら雑談をしていた。朋子がテラスに入って来て、ビルと研ちゃん、由美ちゃんとみつちゃんが行くと吉田と亀本に伝えて事務所に戻った。
「へぇ~、スタッフ側が9名かぁ、久々の大パーティーですね」と亀本。「多い方が楽しくていいじゃない、船は1隻でいいの?」と吉田は聞いた。ブルーアンカーは二十人乗りだから問題無いと言って亀本は船の準備をすると言って下に降りて行った。
吉田はテラスから目の前の青い海を見ながら、今は所長の心配はしないでいようと思った。
大きな鳥居を横に見ながら車を出雲大社の駐車場に走らせていた。すぐに大きな駐車場に着いて車をそこに停めた。なんと無料である。太っ腹と麻由子がビックリしていた。土産屋の横を通り大社の中に、大きな日の丸がたなびいている。たぶん下に下ろせばかなり大きい気がする。麻由子はふ~んと感心して手を繋いできた。境内に入ると直ぐに神楽殿がある。本殿の様な威厳があり、途轍もない大きさの注連縄がある。長さが十三メートル、胴回りが八メートル、五トンあるそうで日本一だそうだ。出雲大社は何もかもが大きい。
その注連縄の〆の子に硬貨がたくさん突き刺さっている。何時からの風習なのかはわからないが、なかなかうまく刺さらない。十円玉は駄目だと言われた。とうえん(遠縁)なのだそうだ。中々面白い、麻由子もへぇ~と関心していたが、硬貨を刺そうと必死に奮闘している。何度も何度も上を向いて〆の子の底に向かって硬貨を投げては落ちてくる硬貨を拾い、また投げる。麻由子は「エイ」と掛声をかけては繰り返し、私は飽きてしまい、境内を見回していたら、「刺さったぁ」と麻由子の大きな声がして、私の袖を引っ張り、「あそこ~あそこに刺さったぁ」と指を指すがかなりの数が刺さっているので全くわからない。私が分からないでいると、「あそこやんかぁ」と必死である。私はわかったからと言って承認してあげる事にして、ここは円く治めた。超ご機嫌の麻由子を連れて本殿に向かった。さすがに出雲大社の本殿である。威厳があり神秘性も漂わせている。皇室も立ち入れない厳格な格式が歴史を感じさせる。何度も訪れているがその度に新鮮で新たな感動を覚える。麻由子もさすがに本殿での礼拝は神妙に手を合わせている。「まゆちゃん、縁結びの神様に何のお願い?」と少し意地悪な質問をした。麻由子はニッコリ笑い、でも真面目な顔をして「御礼参り」と言って私の手を取り歩き始めた。どう言う意味かなと考えながら境内を歩いていると、大きな柱を3本結わえたレプリカが展示してあった。
説明書には、平成十二年の調査で発掘された中古の神殿に使われた柱だと書いてある。神殿の高さは十六丈(48メートル)だそうで飛んでもない高さである。上古の神殿は三十二丈(96メートル)だと言う。
建築学的には信じられないと思うが、それが事実の様に思ってしまうぐらい出雲大社は凄いのである。麻由子は私の説明に頭の上に?マークをたくさん作って、全く興味がなさそうに「おみくじした~い」と私の手を引きおみくじ売り場に連れて行った。麻由子がおみくじを買ってるのを見ながら、さっきの麻由子のお礼参りと言う言葉をまだ考えている。
「大吉、大吉」と麻由子ははしゃいで駆け寄って来た。「ねぇ、大吉」とおみくじを私の顔の前に突き出して得意満面である。
私が良かったねと言ったら満足して近くの枝に結びに駆けて行った。無邪気やぁ、それに可愛いし、自然に顔がニヤけてくる。余計にさっきの麻由子の言葉が蘇える。でも、あの屈託の無い麻由子の姿を見ていたらどうでもいい気がしてきた。このままでいいと思った。満足した麻由子と再び境内を散策した。
「ねぇ、順ちゃん。神様はあの本殿に集まるの?」と麻由子は質問をしてきた。私は少し考えて「聞いた話で確かかどうかは分からないけど、あの本殿の真後ろに、素鵞社と言う神社があって、そこに集まるんだと聞いた事があるよ。重文なんだって。」「へ~っ、何でも良く知ってるんやね」麻由子は感心した様に頷く。「で、誰を祭ってるの?」と難しい事を聞いてきた。「スサノウノミコト」と私は答え出口に向かって歩いて行った。立ち止まって考えていた麻由子は小走りに走って来て私の左腕にしがみつき指を絡めてきた。
「お腹空いたぁ」麻由子は私の肩に頭をつけて甘えた声でおねだりをしてきた。「出雲蕎麦食べに行こう」と麻由子の手を引いて駐車場に向かった。麻由子は鼻歌を唄いながらラブ繋ぎの手を前後に振りながら、時々私の顔を見たりして、この小旅行を楽しんでいる。
駐車場を出て正面の路地に入って行く。奥の交差点に店があり、その店の裏の駐車場に車を停めた。歩いて表の入り口に二人で並んで歩いて行く。表に薄い緑の暖簾がかかっていている、古そうな小さな店である。昭和初期の開店らしい。中に入ると壁に色紙がたくさん飾ってあり、麻由子は感心しながら、「有名人がたくさん来てるんだね」と言いながら席に着いた。麻由子はメニューを眺めながら何にするか迷ってる。
私はとろろ蕎麦にした。麻由子は迷った末に三色蕎麦に決めた。出雲割子蕎麦は十割で殻も一緒に挽くため黒い粒々が口の中で面白い食感を感じる。麻由子は少し甘めな出汁が気にいった様で、美味しいを連発していた。
蕎麦湯を飲みながら、これからどうする?と麻由子に聞いた。「この辺にまだ観光するとこある」と麻由子は聞いたが、私はあまり詳しくないので少し考えて、確か近くに出雲のお国の墓があるはずだと言うと、「えっ出雲のお国~、行きた~い」と私が食事代の支払いを待ちきれずに、先に表に出て「先に車のとこいく~」と店を出て行った。
店を出て駐車場に行くと、麻由子は鼻歌を唄いながら車の周りをスキップしていた。
車を走らせて数分で目的地に着いた。階段の下にある狭い駐車場に車を停めて階段を上った。階段を上がり終えると小ぢんまりした墓地があった。お国の墓は直ぐ見つかった。古惚けた石が置いてあるだけの質素な墓であった。お国の墓である事を説明している碑が無ければ分からないかも知れない。
麻由子は両手を合わせお参りをしている。墓の周りにはお国を演じた女優の記念碑が奉納されていた。麻由子は参拝を終わると「何か歴史を感じるなぁ」とお国の墓を見つめていた。さぁ行こうかぁと麻由子に声をかけて、私は階段を下りて行った。
車の横で煙草を吸っていたら麻由子が下りてきた。私は煙草を携帯灰皿に処理して、「帰りは宍道湖の北側を通って帰るね」と、時間があるから違う道で帰る事を伝えると、「お任せ~」と腕を後ろで組んで、少し前屈みになりながら私を見つめて言った。車を発進させ、表の大鳥居の方に向けた。
大鳥居の前を過ぎると右手に古い旅館が見える。「あの右手の旅館、竹内まりあの実家だよ」とプチ情報。「ほんとに順ちゃんは何でも知ってるんやね」と笑いながら、私の左頬を人差指でツンツンしてきた。
暫く走ると旧大社駅跡が左手に見えてきた。私はハンドルを左に切って、旧駅舎の駐車場に車を停めて、中を見学して記念写真を撮った。「この駅舎は重文なんだよ。展示されてる蒸気機関車はD51と言うんだよ」と観光ガイドをしっかりと務めた。麻由子は機関車は初めて見た様で凄いね、と興奮気味であった。再び車を走らせ国道431号線を東に向った。景色は9号線とはまた違った牧歌的な景色が続いた。しばらく田舎の風景を見ながら走っていると左に松江フォーゲルパークが見えてきた。麻由子はあれ何?と聞いたので神戸空港の近くに同じのあるやろと教えてあげた。「あぁ、フクロウとかミミズクとかが居る野鳥園かぁ。前に順ちゃんと行ったとこやんねぇ」麻由子は昨年神戸の花鳥園に行った事を思い出していた。
松江フォーゲルパークを過ぎて暫く走ると、今度は右側にイングリッシュガーデンが見えてきた。ここは昔ティファニー美術館があった場所で、昔、島根大に仕事で来た時に来た事があった。土地契約問題で松江市とトラブルがあって閉館したらしい。麻由子に説明すると「ティファニー?」と不思議そうに建物を車の流れに合わせて見ていたが、あまり興味が無いようである。オーナーは名古屋の人らしいよ、と付け加えた。麻由子はふ~んと順ちゃんほんとに何でも知ってるね、と笑いながら、また頬をツンツンしてきた。
そろそろ松江市内に入る。しんじ湖温泉のホテルが左側に見え始めた。「まゆちやん、もうじき市内に入るよ」と麻由子に言うと一畑ホテルが見えてきた。一畑ホテルが見えたと言うと「やったぁ、宍道湖一周完走」と両手を挙げてバンザイをした。
時計を見たら四時前であった。「松江城に行こうかぁ」と言って、私は431号線宍道湖大橋北詰の交差点を左折し松江城に向った。
「ねぇ順ちゃん」と麻由子が神妙な顔をして「お腹すいた」と甘えて言ったので「じゃ何か食べに行く」と言うと、「ううん、そんなに空いてるんじゃなくて、何か食べたい」とニッコリと笑いながら私を見た。「じゃコンビニでも行く」と聞くと、そんなんはいや、何か他の」と言うので、何が食べたいのと聞いて左右の店を探しながら少し考えて車を殿町の交差点で右折し、細い道に入り山陰中央ビルの交差点を右折し小さな橋を渡って突き当たりを右折、元の431号線に出て「確かこの辺やった思うやけどなぁ」と言って右折して車を停めた。肉屋の前である。「え~っ肉屋さん」と麻由子は納得いかない声で何で肉屋なんと文句を言いたそうであった。そうやけど、ここコロッケ屋さんなんやぁと言って「待ってて買って来るから」と車を降りると、麻由子は「いや~ん、私も行く~」とキャキャ言いながら満面の笑みで車を降りて両手を大きく振りながら私を追って来た。二人で店に入ると何人か客がいてコロッケを買っていた。ガラスケースに並んでいるコロッケや揚げ物を麻由子は大喜びで品定めをしている。私は小さな声で「ここのコロッケは絶品やでぇ」と言うと麻由子は、うんうんと頷きコロッケ3個とメンチカツを2個買った。(私のお金で)
買い物を済ませ車に戻り、再び松江城に向った。早速麻由子は「食べていい」と聞いたが「いいよ」と言う前に一口ガブリと口にほうばった。「美味しい~、順ちゃんメチャ美味しい」と私の口にコロッケを一口大に分けて入れてくれた。「うん、やはりここのコロッケはうまい」と言ってる間に二個目を口に入れていた。かなり気にいったみたいだ。麻由子はコロッケが大好きで、ドライブに行った観光地や繁華街で必ずコロッケを探す。これで私の点数も少しは上がったかなと・・。
松江城の駐車場に車を停め、三個目のコロッケをお持ちになり城の周辺を散策した。「順ちゃんも食べる」と聞いたが、私はいらないと言うと「調子悪いの?、疲れてるの?」と心配そうに聞いてきた。「そんなこと無いよ今はいらない、まゆちゃんが食べて」と言うと、パクッと三個目をお食べになった。
「う~、満足。美味しかった。順ちゃんなんであのコロッケ屋さん知ってるの?」と麻由子はカバンから濡れテッシュを出して口の周りと手を拭きながら聞いた。
以前島根大に来た時に大学の研究員に聞いて買いに来た事があるんだと言うと、「そうなんやぁ」と納得していた。「メンチカツはどうするの?」と聞くとお夜食になさるそうだ。松江城の堀を舟で周遊する事も出来るそうだがもう遅いから無理だからと言って駐車場に戻った。「まゆちゃん、今夜何食べたい?」と聞くと「松江らしいものが食べたい」と言って私にお任せらしい。私は携帯を取り出し、電話帳を開き一軒の店を選択して電話をした。「今夜はまだ席はあいてますか?」と聞いて、二人分なら空いてると言われ6時に行くと予約して電話を切った。私は麻由子に指でオーケーのサインをして席が取れたと伝えた。「順ちゃんはどこの町でもお店知ってるんやね」と感心していた。
車に乗り宍道大橋南を左折してホテルに戻った。車をホテルの駐車場に停めて部屋に戻ったら5時過ぎであった。
麻由子は部屋に入って化粧直しを始めたので、私はトイレに行き、窓際の椅子に座り煙草を吸った。麻由子は鼻歌交じりに念入りの化粧直しである。この化粧でいつも遅刻する曰くつきの行動である。三十分もかかってしまった。「行くよ」と麻由子を急かしホテル玄関でタクシーに乗り「川京」と告げた。
タクシーはホテルを出て右折し松江駅の前を通って次の大きな通りを右折して大江大橋を渡り一筋目を右折して停車した十分程度であったか直ぐに着いた。川京の看板が上がっている。麻由子が支払いを(私の財布から)済ませるのを待って一緒に引き戸を開け中に入った。十人程度で満席になる小さなカウンターだけの店である。既に八席程埋まっていてエル字のカウンターの直角の位置に二席空きがあった。麻由子を左側に座らせ私も席に着いた。先客の人達は少し前に来た様で、料理が次々と運ばれて行く。女性客は出された料理に歓声を上げながらビールや焼酎のカクテルなどを食べたり飲んだりしていた。カウンターの中から女将さんが、来店の挨拶をして
、お酒は何にするかと聞いた。私は李白の冷やを二つと言って、麻由子に何が食べたいかと聞いた。麻由子は店の雰囲気がかなり気にいった様で、「順ちゃんに任せる」とニッコリ笑った。私はお酒の用意をしている女将さんに「鰻のタタキ、鱸の奉書焼き、手長海老の唐揚げ、それとシジミの酒蒸しと伝えた。
女将さんは了解して、料理は少し待ってくださいね、と言いながらお酒と突き出しを置いてくれた。グラスを持ち麻由子と乾杯をした。やはり李白の冷やは美味い。と麻由子を見ると呑まないで私の顔を見てる。笑顔が消え拗ねてる様にも見える。どうしたと聞くと、「私は罠に填められたぁ、順ちゃんコロッケ食べへんかったん分かったわぁ。」と口惜しそうに私を見て詰り始めた。
「鰻のタタキってなに~?」とキツイ声で地団太を踏んでいる。私は笑いながら李白を呑んでいると、女将さんが「貴方の横の方が今食べてるでしょ」と笑いながら麻由子に説明してくれた。それを食べてる女性たちは、美味しいよと言って笑顔で麻由子に油を注いでくれた。「いや~ん、お腹空かして来る」と立ち上がるのを制して、時間はたっぷりあるからゆっくり食べたらいいやんとなだめるのに大変であったが、女将さんや他の客達は大きな声を出して、微笑ましく笑っている。
麻由子は冷静さを取り戻し李白を呑みながら、みんなが食べてるのを観察している。
私は李白をお変わりし、三杯目を呑んでる時に、鰻のタタキが運ばれてきた。女将さんは「はい、お待ちどう様」とニッコリ笑って麻由子の前に置いてくれた。
「わ~い、やったぁ」麻由子は大喜びでジッと感激して見てる。「食べてごらん」私は麻由子を促して食べるように進めた。麻由子は少し小さく摘んでそっと口に運んだ。「ウマイ!」「メチャ美味い」続けて何口か食べて李白で口を洗う。周りのお客も良かったねぇとニコニコしてワイワイと盛り上がっている。次に鱸の奉書焼き、そして手長海老の唐揚げ、最後にシジミの酒蒸しが運ばれるともう大変である。キャ~キャ~言っては食べて、食べてそして李白で洗うを繰り返している。厨房の奥からご主人が「そんなにうまいか」とぶっきら棒に麻由子に聞いた。「うん、美味しい~」と麻由子。「どこの娘だぁ、関西か」麻由子は「京都~」ともう止められない。アクセル全開である。周りに居たお客は「えっ京都~、いいなぁ、憧れるよぉ」ともう皆でワイワイ大盛り上がりである。ご主人はカウンターから出てきて、入り口を開け、暖簾を仕舞った。「今日はもう閉店、客は入れないから楽しくやりましょう」と店を閉めてしまった。女将さんは珍しいとか初めてだとかニコニコしていた。
この店のご主人はかなりの変人でめったに客と会話をする事はないらしい。
それからは、東京から来た女性達や横浜から来ていた親子、米子から来た若夫婦、それぞれが話題を提供しながら会話が弾む。ご主人も昔話をしたり、女将との馴れ初めを話したりもうもう大変であった。私が宮古島から来た事を話したらもう絶叫であった。それに追い討ちをかける様に麻由子が「このおじさん恋人やねん」と言った時が最大のボルテージであった。最後に皆で記念写真を撮って9時にお開きとなった。それぞれタクシーを呼んでホテルに帰って行った。私も麻由子を連れてタクシーに乗りホテルへと帰った。
麻由子はタクシーの中で楽しかったの連発である。
ホテルに着いて部屋に入っても麻由子はご機嫌であった。私はジャケットを脱いで、靴下も脱いで窓際の椅子に座り一息ついた。
麻由子もトイレから出てきてベッドに足を投げ出して座り、「楽しかったねぇ」とまだ余韻を楽しんでいる。私は久しぶりにたくさん日本酒を呑んで、まったりとしている。麻由子はむくっと起きて「お風呂入る」と言って服を脱ぎ始めブラも外して下着だけになった。(うすいグレーのヒモパンであった)その下着姿を見て、「あっ下着買うの忘れたぁ」と私は言って、仕方ない明日買うかと下着姿の麻由子に笑って言った。
「ほんまやぁ、すっかり忘れてたねぇ」麻由子もニッコリ笑って、お風呂入ってくると言ってバスルームに行った。私は上の空で「あぁ」と言って煙草に火をつけたが、もう一ヶ所火が付いてる場所があるのに気がついたが、大きく深呼吸して消火した。私は明日麻由子が敦子に会って話をすれば、この魅力的な旅も終わりだと考えていた。チョッピリ寂しい気もしている。私は麻由子の事をどう考えているんだろう。麻由子は「恋人」と言うがあまりにも歳が離れている。テレビをつけてニュースを見ていたら睡魔に襲われ少し寝ていた様である。麻由子がバスルームから出てきた。バスタオル一枚である。「順ちゃんも入ったらぁ」と鏡の前に座り、髪を梳かしている。うん、と私は言ってバスルームに向かった。私は湯舟の中で座り、温いシャワーを頭から浴びた。心地良い酔いと、麻由子への思いとで身体がリラックスしていてシャワーが気持ち良かった。
お酒はやはり楽しく呑むと薬になるらしい。体調も良いし気分も良好である。しっかりと身体を温め湯舟から出たら、浴衣を持って来てない事を気が付いた。下着は洗ってしまったし、私は麻由子を呼んだ、何度か呼んだが返事がない。私はそっとドアを開けて部屋を確認すると、麻由子は寝ていた。私はバスタオルを巻いて部屋に入り、浴衣を取ってまたバスルームに戻った。浴衣に着替えて部屋に戻り、下着を干して麻由子を見るとぐっすりと寝ていて小さく寝息が聞える。やはり疲れもあるし、お酒も呑んだから眠たかったのだろうと思った。私は静かに歩き窓側の椅子に座り煙草に火をつけ、大きく煙をはいた。少し首を回し首筋を解したりして、水を少し飲み、空いているベットで寝ることにした。
何時だろう良く寝た。微かな音で目が覚めたのだが、部屋の中で鳴っている。その音を探しにベットから出て、麻由子のショルダーを開けて中を見ると、麻由子の携帯が鳴っていた。私は携帯を取り出すと麻由子を起こし、携帯を手渡した。麻由子はまだ目が覚めてない様で状況が理解できてないようである。私は椅子に座り煙草に火をつけていると、携帯と格闘していた麻由子がやっとボタンを押して電話に出た。「あっ敦子~、おはよう」電話は敦子だったようだ。私は時計を見た、8時過ぎであった。カーテンを開けると陽が差し込んできた。外はもう通勤が始まっている。麻由子は分かったと言って電話を切った。「順ちゃん、おはよ」麻由子は目をこすりながら半分布団に入って座って私に朝の挨拶をした。私もおはようと言い麻由子を見たが、麻由子の上半身は何も付けてない。しっかりと割と大きな形の良い胸が全開である。
アカン、たぶん下も何も着てないことは簡単に想像できる。私は朝から元気のいい一部に冷静になれと脳中枢にある指令所から指示を出し続けるのであった。
昨晩シャワーをしてそのまま寝たようである。私は麻由子に背を向けたまま、「まゆちゃん、何か着た方がいいよ」と言ったが、麻由子は「いやぁ、もう少しこのままでいるぅ~」とベッドに潜り込んだ。
私は「好きにしなさい」と言って煙草を消しシャワーをしてくると言ってバスルームに向った。「早く準備をしなさいよ」と言うと、「は~い」と麻由子は機嫌よく返事をしていた。少し温めにして湯舟に座り、頭からシャワーを浴びて先程の麻由子の上半身の姿を消し去ることに集中した。ふ~っと息を抜き心の落ち着きを取り戻したその時、バスルームのドアが開き麻由子が入ってきた。「順ちゃん、私も入る~」と言ってバスルームのカーテンを開けて湯舟に入ってきた。私の後ろに座り足を広げて私を挟む様に前に投げ出し、後ろから抱き付いてきた。「おいおい、駄目だよ、じゃ私は出るから」と言ってシャワーを止め様とすると、「いやぁ~一緒に入る」と言いながら、頭からシャワーを浴びて「あぁ気持ちいい~」と言ってピッタリと私の背中に胸を押し付けてくる。私はこれはマズイと思い、挟まれている身体を起こし、そのままの状態で立ち上がり、シャワーヘッドを広角にして麻由子にしっかりお湯が当たる様にしてやり、下を向くと私の一部はとても元気で、どうしょうと考えている油断が、まずかった。麻由子は、後ろから私の腰を持って「えぃ」と向きを変えられてしまったのである。クルリと意図も簡単に私の身体は麻由子の方を向いてしまった。座っている麻由子の顔の辺りに私の元気のいいモノが露になってしまった。「いや~ん、立ってるぅ」麻由子は満面の笑みで私の元気のいいモノを手で触り、口にもって行こうとしたので、私は慌てて「駄目」と言って湯舟を出た。バスタオルと浴衣を持って急いでバスルームを出て行った。バスルームを出ると、頬を2,3度叩いて我に返り身体を拭いて急いで着替えた。
シャワーを浴びている麻由子に「ラウンジでコーヒー飲んでるから、用意出来たら来なさい」と言って煙草と財布を持ち、部屋を出て行った。ドアを閉める時に「は~い」と言う返事が聞えた様な気がする。私はもうそれどころではなく、あたふたと廊下をエレベーターに向って歩いていった。ロビーでは何人かの宿泊者がチェックアウトの手続きをしていた。私はラウンジに行き、アイスコーヒーを頼んだ。冷たいアイスコーヒーを一口飲み、少し冷静になった。
危ないとこだった。理性がなければ、今頃私の元気のいいモノは麻由子の思いのままにされていたと思うと、残念な気持ちも少しはあった。やはり麻由子は私の事を恋人と思っているのだろうか。そんな事を考えながらフロントに行って時刻表を借り席に戻った。ページを捲りながら、敦子が10時半に来るなら昼から京都に帰れるなと考えて、お昼過ぎの岡山行きの列車を調べてみた。13時01分発の特急やくも18号があった。岡山に15時38分着だ。岡山から、16時03分発ののぞみ180号に乗り継げば、17時07分に京都に着ける。麻由子が敦子と会っている間に松江駅で切符を買えばいいなと考えて、煙草に火をつけ時計を見ると10時過ぎであった。
やっと麻由子がやって来た。今日はオレンジのTシャツに金色のティアラがプリントされている、それと黒の細身のズボンである。眼鏡の奥から光ってる大きな瞳が印象的だ。
「おはよ」と言って私の向かいに座った。
ホットコーヒーを頼み、「何で放っていったん。洗ってあげたのに~」少し膨れた顔をして言った。「常識やろ、僕達はそんな関係じゃないやろ」私は少し苦笑いをしながら行った。「ウソ~、私は恋人やと思ってたのに~
違うの?」と先ほどより膨れていた。
「えっ、僕達はキスもしてないんやでぇ」
私は1時過ぎの列車に乗るからと話題を変えて、その列車で京都に帰るからと麻由子に伝えた。麻由子はまだ不満そうな顔であったが、「うん」と返事をして、運ばれてきた」コーヒーを飲んだ。
私は麻由子に、敦子と二人だけの方が話しやすいだろ。と言って、部屋に戻っているからと鍵を麻由子から受け取り、12時半過ぎにはホテルを出るからね。と言って私は麻由子を残して部屋に戻った。
麻由子はわかったと言って手を振っている。少し機嫌が治ったようだ。
部屋に戻り、室内を整理しゴミを集めてゴミ箱に。麻由子の荷物を整理して、窓側の椅子に座り煙草に火をつけた。「恋人なんやぁ」と独り言を言って、ニッコリと笑っている私がいた。少し寝ようと椅子に座ったまま足をベッドに置いて目を閉じた。
4月17日土曜日、宮古島は快晴であった。
風もないし、海も凪であった。4月の中旬水温も上がり始め絶好のダイビング日和である。
研究所の前の桟橋では、亀本が若い研究員とエアボンベやジャケット、その他の荷物を舟に積み込んでいた。女性達は船室の掃除や整理をしている。吉田は何もする事がなく、みんなの作業を見守りながら研究所の壁にもたれて煙草を吸っていた。
今回のメンバーは、事務長の吉田、施設長の亀本、設備の冨田、事務の朋子、安子。それと研究員の研ちゃんとビル、由美子と美津子である。スタッフ全員で9名、それと今トミーが迎えに行ってるゲストが6名で総員15名である。船は55フィート、台湾にも行けるブルーアンカーである。
研究所には船が3隻ある。今日ダイビングに行く「ブルーアンカー」と、木曜から無断で所長が使用して那覇港に停泊している高速クルーザー「ドラゴン」それに外洋調査船「八重干瀬」である。あと二人乗りの水上バイクが4台ある。
亀本、トミーはインストラクターで、ビル、研ちゃん、由美子に美津子もマスターダイバーである。もちろん、朋子も安子も国際ライセンスを持っている。吉田も宮古島の研究所の事務長に就任した時に宮古島でライセンスを取得している。私は大学時代二十歳の時から潜っている。当時はライセンスは無かったし、特別な趣味でもあった。私はライセンスなどいらないと言っていたが、麻由子と付き合い始めて五十過ぎて麻由子と一緒に京都で取得したのである。
今回のゲストは万全なサポートが約束されているわけで、楽しいダイビングが出来ると思う。
研ちゃんが、のんびりとみんなの作業を見ていた吉田の所へ来て横に座り「いい天気ですねぇ」と少しまぶしそうに吉田に言って煙草に火をつけた。
「だよねぇ、今日はのんびり出来そうだ」と笑いながら答えた。「所長もいないしのんびりだ」と久しぶりに楽しそうである。
研ちゃんは「所長また京都に行ったんですって」と吉田に言った。吉田は「あぁ」と頷き
苦笑いした。「そう言えば昨日京大の友人から京大の教授が行方不明になってるとメールがきてましたよ。警察に届けを出して捜索してるんですって」と研ちゃんが言うと、吉田は、そうなんだと言って、何か問題でもあったのかと聞き返した。「何でも松江に行くと言って大学を出たらしいんですよね。松江って島根県でしたよね」。えっと吉田は少しビックリした顔をして、所長の顔を浮かべた。
「偶然だと思うけど、所長今松江にいるんだよね」と小さな声で言った。研ちゃんも、凄い偶然ですよね。と声を落として答えた。
「研ちゃん、この事はみんなには内緒な。みんなそんな話大好きだから」と笑いながら言うと、研ちゃんは、笑いながら指で丸を作りオーケーサインをした。
トミーがゲストを連れて桟橋に着いた。吉田と研ちゃんは、トミーに手を振り、一緒にいるゲスト達は軽く会釈をして、笑顔で歩いている。奇麗な海とか、大きな船とかキャキャ言いながら桟橋の方へ歩いて行った。トミーのエスコートはさすがである。吉田もニコニコしてそれを見ている。
横に座っていた研ちゃんが「そうだぁ、事務長に聞きたい事があるんですが」と少し遠慮ぎみに口を開いた。「なんだい、聞きたい事って」吉田は笑顔で答えて、研ちゃんの顔を見た。「所長って、刑務所に行った事があるんですって?」と吉田に聞いた。
「あぁ、そうだよ懲役三年」と即座に吉田は答えた。
「やはりそうなんですか。あの温厚な所長が刑務所なんて、何の罪なんですか?」吉田は笑いながら、「う~ん、罪名は詐欺なんだけど、ある事件に巻き込まれて最後に自分で責任を取って罪を一人で被ったらしいんだ」
「事件の当事者達は家庭があり、子供も幼く、それを守るために単独犯だと頑なに言いはって、罰を一人で受けたらしいんだよ」「私もびっくりしたんだが、所長の意志は固く弁護士も解任して何も反論しなかったんだよね。京都拘置所に面会に行った時に、所長はかなり痩せていてね痛ましい程だった。」と吉田は言った。
「当時、所長には婚約者が居たんだけど、逮捕されて一週間後に弁護士を通じて婚約解消を伝えて来たらしいんだ。その時に所長は全ての気力や意欲を失くしたらしいんだ。それで弁護士を解任し完全に無抵抗になったみたいだよ。」と吉田は一気に話した。
「そうなんですかぁ。じゃ、無罪とかの可能性もあったんですよね」と研ちゃんが聞くと「うん、無罪かどうかはわからないけど、所長が真実を話していたら、起訴猶予とか不起訴とか、仮に判決を受けたとしても、執行猶予にはなると未だに思ってるよ。」
「出所した時、私は何も聞かなかったけど、あの繊細な所長が三年もの間刑務所にいたのは、想像出来ないくらい辛かったと思うよ」と吉田は話を続けた。
「婚約者の事も私は頭に来て、冷たい女だと所長に怒ったんだけど、所長は笑いながら、二つのタイプがあって、待てる女性と、待てない女性があると、どちらも正論でどちらも誤りではないと。彼女は待てなくて犯罪者とは一緒には暮らせないと自分を守っただけだなんだ、だから恨む事も嘆く事もないんだと言って悟った様な言い方するんだよね。私は口惜しくて納得いかなかったけど所長の事を考えてそれ以上、何も言わなかったんだけど所長は三年間相当苦しんだと思うんだ」そんな答え方が出来る様になるまではね。と吉田は思い出す様に研ちゃんに話した。だから、再婚も恋愛もしないんだと言って、かなり寂しい生活をしてると思うよ。話終えると、研ちゃんは「凄い人生ですよね、だから地味な研究も忍耐強く出来るんでしょうね」と関心して「やはり、尊敬できます」と研ちゃんが言うと、「同感だね、私も所長の事は尊敬してるよ、それに、スタッフ全員所長を尊敬してるしね」と笑って研ちゃんを見て、二人でまた笑った。
トミーが出発しますよ~と呼びに来た。二人は腰を上げて「さぁ、今日は楽しもうぜ。」と大きな声で言うと、「はい」と大きな声で研ちゃんは答え、二人で小走りにブルーアンカーに向かった。
ブルーアンカーは総勢15人を乗せて研究所の桟橋を出発した。左に来間島が見えてくる正面にはその来間島と宮古島を繋ぐ来間大橋が見えてきた。この橋は宮古島道だが、建設当時は農道であった。1995年3月に完成し、1690メートルで農道では日本一の橋である。橋の下にはパイプラインが併設されていて、水や電気を宮古島から来間島に供給している。
来間大橋の下をくぐり、右手に前浜が見えてくる。前浜の横にはリゾートホテルがあり、前浜の白いビーチと併せて宮古島の観光スポットになっている。トミーが大きく手を振っている。前浜にあるホテルのビーチに昔の仲間がいたのだ。トミーはこのホテルのマリンレジャー担当であった。ブルーアンカーはこの島では知られている。前浜のビーチを過ぎて平良港を右手に見ながら池間大橋に向かって行く。平良港には、所長の白のBMWミニクーパーが停まっている。やはり、船で那覇港に向かったんだとみんなは顔を見合わせて無言で笑っている。
池間大橋が目前に見えてきた。池間大橋の宮古島側に白い風力発電用の風車が見える。2機あったのだが、数年前の台風で1機は根元から折れてしまい、残りの1本も羽が無くなっている。観光客は面白い灯台ですねと必ず言うのが、当たり前になっているのが可笑しい。池間大橋の中央を慎重にくぐり、右手に大神島を見ながら、本日のポイント八重干瀬に向かう。
八重干瀬は(現地ではヤビジと言う)南北17キロ、東西7キロの広大な珊瑚礁である。
旧暦の三月三日の大潮では、島の様な珊瑚礁が現れるのでも有名である。ダイビングスポットとしては、国内でも上位に入る素晴らしいポイントである。亀本はデッキの上の繰舵席で軽快に船を操っている。デッキからの景色は最高である。海の色が青色のグラデーションに変わるのが一目で見れるし、波の上を渡って来る風を存分に感じ、毎回違った感覚を感じる。亀本はスロットルを押してスピードを上げていく。風が強く身体に当たり始め、白波が立ち、水しぶきが飛んで来る。
下のフロアに居てクルージングを楽しんでた6人のゲストに上のデッキに上がる様に吉田は薦め、トミーを呼んでゲストを迎えに来させた。6人のゲストはデッキへの梯子を登って行き、操舵席の前の長椅子に座った。下のフロアとの景色や臨場感の違いに歓声を上げている。由美子と美津子は舳先の安定している場所に陣取り波しぶきを受けながらワイワイ騒いでいる。皆楽しそうである。吉田は船尾の椅子に座り流れて行く、スクリューで作る白い波と泡を見ながら、所長も一緒なら良かったのにと思いながら煙草を吸っていた。
周囲の海原を見渡し時計を見て40分程経っている。そろそろかなと思っていると、トミーがデッキから降りてきた。「事務長、亀さんが今日のポイントはエメラルドガーデンとホワイトシティーに行くそうです。」と報告に来た。「そう、今日は6人だし、人数も多いから良いかもね」と答えると、またデッキに上がって行った。吉田は煙草を消し、もう一度周囲を見渡した。島影も船影もないけど
何となくもう時機だと思っていた。
トミーがまた下りてきた。「事務長、もう着きますエメラルド」と言って、腰にウェイトベルトを巻き始めた。マスクを着けて、フインを装着しロープの端を持って船尾のデッキから足を外に出して準備を完了した時に、上のデッキからビルが下りてきて、トミーのアシストの準備をしている。トミーは上の操舵席にいる亀本に「亀さんオーケー」と大きな声で合図を送った。ビルもロープを持って準備している。船は微速になり、前進、後進を繰り返している。亀本の腕の見せ所である。何度かそれを繰り返し亀本は「トミーここだぁ行け~」と大声で指示を出したと同時にトミーは海に飛び込み、そのまま海底に向かって行った。ビルがロープをどんどんと送り込んでる。トミーは海底の岩に固定している船を固定するためのアンカーロープの輪に持って行った船のロープを通して来るのである。
(基本的には珊瑚礁では、アンカーは珊瑚の保護のために打たない)
そうすると船は、安定して停泊出来るのである。水深は5~6メートル、場所によっては10メートルもある。直ぐにトミーは上がって来た。手にロープの端を持っている。そのロープをビルに渡し、ビルは急いで引張って船の上にロープの輪を作って行く。
トミーは船に上がり、フインを取って、ベルトを外し、ビルと一緒にロープを手早く引いていく。引き上げたロープを隅に丁寧に収納しロープを固定した。ブルーアンカーはピタリと八重干瀬に停泊した。すると今まで波で良く見えなかった海の中が水族館の様に澄んで見えて来た。下のフロアに降りてきたゲスト達は絶叫に近い歓声をあげ、八重干瀬の美しさに驚いていた。エンジンを停止し亀本や他のスタッフが下に降りてきた。「亀さん、さすがだね」と吉田が言うと「毎度の事ですから」と笑いながら謙遜している。
6人のゲストはまだ海底を覗いている。みなライセンスを持っているから初めてのダイブではないのだろうが、八重干瀬は初めてだから珊瑚礁のスケールにビックリしているのだと思う。
亀本を先頭にスタッフ達が機材の準備を始めた。朋子、安子、由美子、美津子は自分の準備を先に始め、研ちゃんとビルがゲストのスーツを着る手助けをしている。順番にジャケットにエアボンベを取り付け、エアの確認をして、マスク、シュノーケルを着け、ウエイトベルトを装着し船尾に集合してフインを足に取り付け準備完了。女性スタッフはそれぞれ準備出来た者から海に飛び込んで行く。ジャケットに少しエアを入れて浮いて待っている。
亀本とトミーは短パンにTシャツでボンベを背負って先に下で待ってるからと言って海に飛び込み海中に消えていった。女性スタッフも海中に消えて行き、海中にセットしたガイドロープの途中で待っている。ビルと研ちゃんは6人のゲストを次々とガイドロープの途中に待機してる女性スタッフに引継ぎ研ちゃんが最後の一人を連れて潜って行くと、ビルが吉田に準備オーケーですから、事務長も来てください。と言って海中に消えた。
吉田は足を前後に大きく広げジャイアントスタイルで海に飛び込み、一気に海底へと向かった。水深は10メートルぐらいで、珊瑚礁の間にある砂地で全員待機しているのが見える。吉田が到着してから、亀本は指で合図を出し、ポイントに向かって泳いで行く。
スタッフはそれぞれゲストの横に寄り添い亀本の後に付いていく。何時見てもこのポイント、エメラルドガーデンは、名前の通り太陽の光でエメラルドの様に美しく透明度が高くそれに魚もたくさんいて、モンガラカワハギやフタイロハナダイ、ナンヨウハギなどが群で泳いでいて圧巻である。ほんとに素敵だと吉田は思いながら、今日は楽しもうと思っていた。*
私は良く寝た様である。大きな欠伸をして時計を見た。12時である。「あっ、もうこんな時間、切符買うの忘れたぁ」周りを見渡したが麻由子はいない。まだ帰って来てないのだろうか?まだ敦子と話をしてるのだろうか。そう思いながら麻由子に電話をした。私はえっと思った。麻由子の携帯がドライブモードになっている。
どう言う事?私は慌てて1階のラウンジに向かった。
ラウンジには何組か客がいたが、麻由子は居なかった。奥にあるレストランにも行って見たが、そこにも麻由子の姿は無かった。
「外に出て行ったのかなぁ?」と考えながらフロントにいき、麻由子の事を尋ねた。女性のスタッフは、「お待ちください」と言ってフロントの置くの事務所を覗き、上司を呼んだ。呼ばれて出てきた男性のスタッフは「島崎様ですね」と確認し、そうだと答えると、「伝言を預かっております」と封筒を渡してくれた。私はそれを受け取り、フロントを離れ、封筒の中のメモを読んだ。
「順ちゃん、敦子と一緒にお父さんに会いに行ってくるね。部屋に戻って順ちゃんに伝え様と思ったんだけど、良く寝てたから起こさないでメモをフロントに預けておきました。心配しないでね、12時までには帰るから。麻由子」私はメモを読み終えて、敦子のお父さんに会いに行ったのか。それに12時までに帰ると書いてあるし、暫くここで待っていようとラウンジに行きアイスコーヒーを頼んだ。煙草に火をつけながら、何でドライブモードなんだろうと考えてみるが良くわからない。知らない町で運転はしないと思うし、間違えて設定ボタンを押したのだろうかと考えていたら、12時半になっていた。
もう一度麻由子に電話してみる。やはり、ドライブモードである。おかしい、何かあったのだろうか。私は部屋に戻り麻由子の荷物を調べた。財布やカバンもある、ジャケットもクローゼットに掛けたままだ。鍵は私が持っているから部屋に入るのは無理だし、でも全く連絡無いのは何故だ?麻由子の性格からして、連絡が無いのは絶対におかしい。
財布があるのだから遠くに行ったとは考えられない。ましてや敦子も一緒なのだから。
私は寝込んでしまった事を悔やんでいた。
麻由子に何かあったら私の責任だと、イライラしながら考えた。椅子に座り、メモ用紙を取り、今までの敦子の情報を纏めてみた。
①敦子が4日前から連絡が取れない。
②敦子から連絡があって、敦子の父親が一間前から行方不明。敦子は松江にいると言っていた。行方を聞きに何処かの施設にも行ったらしい。
③父親は京大の友人と松江で会ってる。
④昨日、浜田市の実家にいると連絡が取れて今日会う事を約束している。
⑤今朝敦子から連絡があり、今日の10時半にホテルで会う約束をしている。
そして、敦子は麻由子を連れて父親に会うと言ってホテルを出た。
全く意味が分からない。それに敦子の父親がどんな理由で姿を消さなければならないのか
京大の友人の教授がそれにどう関係しているのか。敦子は何を知ったのか、何故一人で父親を探しているのか。不可思議である。
時計を見たら15時半であった。このホテルは土曜まで宿泊予定にしてあるから問題はないし、レンタカーも、日曜日までの契約である。問題はこれからどうするかである。
麻由子は何処に行ったのか、何か事件にでも巻き込まれたのか。私はかなり動揺しているのがわかる。責任を感じている。連絡が全く無いのは異常である。
私は、そうだと思い出し、麻由子の携帯は電源が入っている。GPSだと閃いた。
前に麻由子とお互いの位置を知らせる事を設定しようと、お互いの携帯電話にGPS機能を設定し、そのまま設定は継続しているはずである。直ぐに携帯電話の重役である友人に電話をした。事情を話し、相手の応答をクリアして位置を特定して欲しいと伝え、5分後に私の携帯に麻由子の位置を送信すると協力してくれた。通常は相手の承諾が必要で、承諾が無ければ位置は確認出来ない。
暫くすると私の携帯に地図が表記された。境港である。私は携帯電話会社の友人に確認出来たと告げて礼を言って電話を切り、麻由子のショルダーを持って急いで駐車場に行き車のナビの電源を入れた。携帯に表記されている場所を打ち込んでナビのスタートスイッチを押してナビの指示通りに車を走らせる。
40分程度かかるとナビは表示している。私はかなり動揺し焦っているのか珍しく車の中でおまけに運転しながら煙草を吸っている。こんな事は殆どない。緊張もしているのか、煙草を持つ指が震えている。麻由子の無事な姿を見るまではきっと収まらないと思った。
まるで公道レースの様に車を走らせ、カーブはドリフトで抜けて行く。中海の道路をアクセルベタ踏みであった。信号も上手くすり抜け江島大橋に25分で着いた。ナビではかなり近くなっている。大手のスポーツメーカーの工場を左折して運河に出た。ナビは目的地近くと告げている。車のスピードを落としながら周囲の建物を探る様に車を進める。古いビルの前でナビは目的地到着と告げた。
車を運河沿いに停め、エンジンを切った。目の前に古びた2階建ての事務所の様な建物が見える。私は車を降りてトランクを開けた。工具入れからスパナと軍手を取り、ゆっくりとトランクを閉める。軍手をはめて事務所の前に行きドアのノブを回してみる。鍵がかかっていた。建物の右側に路地がある。私は慎重に少し緊張しながら路地を建物の裏手に回る。裏口があった。ドアのノブを回す、やはり鍵がかかっている。木のドアで雨風でかなり傷んでいる様だ。私はドアを斜めに押したり引いたりしてみた。鍵の部分が腐っていて取れた。(器物破損)マズイと思ったが仕方ないと思い、そっとドアを開ける。暗い廊下が見えている。スパナをしっかりと持ち直しゆっくりと廊下を進んでいく。(不法侵入)表の部屋に出た。事務所の跡らしく机や椅子が雑然と並んでいる。
右手にコンクリートで出来てる階段があった。床を目を凝らして見ると、足跡がたくさんあり二階に行く階段に続いていた。私はそっと足音をさせない様に階段を一歩づつ慎重に登っていく。二階には部屋が3室あった。
先ず手前の部屋のドアを開けてみる。何もない部屋であった。続いて次のドアを開ける、椅子とテーブルがあるだけであった。この建物ではなかったのかと思いながら奥のドアを開ける。鍵がかかっていた。おかしい、この部屋だけ鍵がかかってる。私はドアに耳を当て中の様子を窺った。何も音がしない、何もないのか。私は携帯を出して麻由子の番号をリダイアルしながら、ドアに耳を当てた。微かにバイブの音がして切れた。やはりここに居ると確信して、階段まで戻り、この建物に誰も居ない事を確かめて奥の部屋まで戻り、体重をかけてドアに体当たりをした。ドアは二度の体当たりで開いた。部屋に入ると隅に麻由子が猿ぐつわされて縛られ横になっていた。私は急いで駆け寄り麻由子の口に貼られたガムテープを外し、息があるか確かめた。
弱いけど確かに息をしている。生きてたぁ。
安堵感と緊張が交錯して足が震えている。直ぐに我に返り手と足のロープを外して声をかけた。「まゆ、まゆ「身体を揺すっても目が覚めない。薬を嗅がされているのだろう。
私は麻由子を負ぶって部屋を出て階段に向かった。階段の上から下の部屋を確認し安全を確認して下に下りて裏口から外に出た。
路地を歩き、表通りまで行き、左右を確認する。車の通行もない、誰もいない。私は車のキーを車のドアに向けてドア解除のスイッチを押す。ドアは開きもう一度左右を確認して道路を麻由子を背負ったまま車まで走る。リアのドアを開け麻由子を押し込むと運転席に乗り込みエンジンを駆けて取り合えず人がたくさん居る場所まで車を走らせた。何処をどう走ったのかわからないけど9号線に出た。
暫く走ると大きな駐車場のあるコンビニがあったので車をそこに入れて一番奥に停めた。
その瞬間力が抜けて脱力感を感じた。
ふ~っと息を吐き軍手を外し、煙草に火をつける。
麻由子を無事に救出出来た事と愛する女性を守れた事の安堵感が一気に襲ってきた。私はコンビニに行きハンドタオルと水を買ってきた。ハンドタオルを水で濡らし麻由子汚れていた顔や手を優しく拭いてあげた。麻由子は気がつき薄目を開けたが、まだ焦点が合って無い様で、また目を瞑った。私はまたハンドタオルで顔を拭き、ハンドタオルをもう一度冷たく濡らし、麻由子のおでこに乗せてあげた。麻由子は再び目を開け何か私に言いたそうであった。「順ちゃん」と今にも消えそうな小さな声で私の名を呼んでいる。
私は涙が出るかと思うぐらい安堵感と麻由子の無事が嬉しくて「うん、うん」と、それしか言えない状態であった。麻由子は、何か言いたそうで、虚ろな目をして必死に話そうとしている。私はこれ以上無いと言う優しい顔と声で「どうしたぁ、どこか痛いの?何か欲しいの?」と聞いた。私は耳を麻由子の口に近づけ聞き取れない声を聞こうと神経を私の耳に集中した。麻由子は微かな声で言った。「順ちゃん、おしっこ!」「はぃ↑~いぃ」
私は声が上ずって語尾がかなり上がってしまった。私は真剣に怒ったが、そこは大人、冷静に「取り合えず歩ける?」と聞いたが、頭を横に振って甘えておられる。
「ふふっ」とニッコリ笑っている麻由子を負ぶって、車のドアをロックしてコンビニに入った。「すいませ~ん」と店員に声をかけて、「トイレ借りま~す」店員はどぉ~ぞ」と許可をもらい、足が悪いので介護で一緒に入ります、と言って麻由子を背負ったままトイレに入った。麻由子に終わったら、ドアを叩いて知らせてね。と言ってトイレを出た。
丁度店内には他の客は居なかった。私はトイレの礼とナゲットとコーラを買った。
トイレから麻由子の「終わったぁ~」と元気のいい声がした。麻由子を背負って、手を洗わせ、ペーパータオルを取ってやって手を拭かせた。「エィ!」と麻由子は使い終わったペーパータオルを丸めて、ゴミ箱に投げ入れた。「いいかぁ」と麻由子に聞いてコンビニを出た。車まで麻由子を背負って歩いていると、麻由子が顔を私の首筋に押し付けてきたり、腕をマフラーの様に私の首に巻きつけ、安心しきっているのが背中から伝わってくるのがわかる。車の後部座席にドアを開けて座らせると、前がいいと自分で後部座席から助手席に這う様にして移った。
麻由子にシートベルトをしてやった。「大丈夫かぁ」と聞くと、麻由子は薬の効力がかなり薄れてきた様でかなりしっかりしてきている。「話はホテルに帰ってから聞くから」と言って、少し寝なさいと言って、頭を優しく二度さすってやった。
麻由子は「うんこもしたからスッキリしたぁ~」と言ってニッコリ笑い「お腹すいたぁ」と言ったので、私はナゲットとコーラを渡してやると、一気に食べてしまった。コーラで口の中のナゲットを流し込み「ふぅ、少し落ち着いた」と言って「寝るぅ」と言って目を閉じた。
そんな麻由子を見ていて、私はほんとに安心して、誰もいなければ涙を出していたかも知れなかった。車をゆっくりと動かし、車を松江に向かって走らせた。途中何も考えずに運転していたら40分ぐらいで松江駅の近くに来ていた。空は薄暗くなり、時計を見ると7時であった。車をホテルの駐車場に停めて、
麻由子を起こした。麻由子は大きく欠伸をして「あぁ、スッキリしたぁ、もう歩けると思う」とドアを開け車を降りた。少しまだふらついている様だが、何とか歩ける様である。
私は麻由子のショルダーを持って、麻由子の腰に手を回し、支えながらホテルに入った。
麻由子をロビーで待たせ、フロントに行き鍵を受け取り、麻由子を支えながら部屋に向かった。部屋に入りドアを閉めたとたんに、麻由子は私に抱きつきワンワンと大きな声で、大きな粒の涙をいっぱい出して泣いた。
抱きしめてやると、身体が震えていた。我慢していたものが一気に噴出したのだ。泣きながら「順ちゃんが絶対助けに来てくれるって信じてたぁ。だから、我慢できたぁ」と言ってまた大きな声で泣き始めた。私は強く抱きしめて頭を撫でてやった。今の私にはそれしか出来なかった。
暫く泣いた麻由子は少し落ち着いたのか、泣き声が小さくなり、身体の震えも止まった。
すると麻由子は急に私の肩を手で押して少し離れ、私の顔を見て「鼻かむぅ」と言ってテーブルに置いてあるティッシュを何枚か掴み一気に「ブ~ン、ブブ~ッ」と大きな音を出して鼻を噛んで、「あぁすっとしたぁ」とティッシュをゴミ箱に捨ててまた私の胸に顔を埋め、頬をスリスリして甘えている。
「順ちゃん、ありがとう。」麻由子は私の胸に顔を埋めたままで小さな声で言った。私は頭を撫でながら「うん」とだけ言った。麻由子は「ごめんね、巻き込んで。でも命の恩人
さすがはまゆの恋人やわぁ」とまた甘えた声で私の顔を見て言った。
私は麻由子を椅子に座らせて、私もベッドに座った。そして麻由子を見ながら「まゆちゃん、携帯ドライブモードにしてたやろ、私にピンチを知らせようとしたんやろ」とニヤリと笑って聞くと「やっぱりわかってくれたんやぁ」
麻由子は完全に頭の中身が元に戻った様だ。
「私の携帯はドライブモードにするとバイブになるから相手に気付かれないと思ったんだぁ、それにいつもしない設定をすれば、順ちゃんは絶対納得する回答を探すだろうと思ったの」その通りである。私は必ず納得できる事しか受け入れない。「正解やねぇ」
そう言うと立ち上がりベッドに座っていた私の所へ駆け寄り抱きついてきた。私は麻由子を受け止めたが、そのままベッドに後ろ向きに倒れてしまった。麻由子が私の上に乗っている状態になって、麻由子は私を見つめそして、そっとキスをしてきた。私はビックリしたが、優しく麻由子の頭の後ろを撫でながら
麻由子のキスを受け入れた。(初めてだぁ)
暫くベッドで抱き合っていたが、私は麻由子を放し、窓の椅子に座った。煙草に火をつけて麻由子を見た。麻由子は横になったまま、次の展開を期待してた様で少し口元が膨れている。そんな麻由子を無視して、ゆっくりと落ち着いた声で「まゆ、それでどうなってるの~、これって犯罪だよ。略取誘拐罪。警察に届けないといけないんだよ。」「分かってるぅ?」麻由子は真面目な顔に戻り、「うんわかってる。私も犯罪やと思ってる。でも何か変やねん、聞いてくれる?」と敦子と会ってからの事を話し始めた。
「時間通り、10時半に敦子が来たの。敦子は近くにお父さんが来てるから一緒に行こうって言うから、じゃお財布とジャケットを部屋に取りに行くって言ったの。敦子は財布もジャケットも要らないよって言ったけど、順ちゃんに言わないといけないと思って、敦子にジャケットだけ取りに行かせてって言って強引に部屋に戻ったの。部屋の呼び鈴鳴らしたけど応答が無かったから寝てるんだと思って、エレベーターまで戻ってホールの内線電話に備え付けてあったメモ用紙にこの事を書いてフロントに預けたの。敦子にはジャケツと汚れてて落ちなかったから置いてきたって言って怪しまれない様にしたんだけど、どうかは分からなかった。敦子は私が一人で来てると思ってたから。」私は呼び鈴で起きなかった事を恥じた。「それからどうしたの?」
私は麻由子に続きを話す様に促した。
「駐車場の車に行ったら黒いワゴン車で、黒いスーツを着た男の人が3人待ってたの。
運転席と助手席にも男の人が居て敦子と男の人が三列シートの一番奥に座って、私は真中のシートに男の人に挟まれて座らされたの。
少し怖い気がしたけど敦子も一緒だしとおもったから・・」「それはマズイやろぅ」と
私は言って「それでどうしたの?」と話を続けさせた。「うん、それでね、私は敦子に何処に行くの?って聞いたの。敦子は直ぐ近くだからと言ったんだけど、声が上ずってたし、少しオドオドしてた様にも思うんだぁ。
「この人達は誰?とも聞いたけど、お父さんの知り合いとだけしか言わないの。私が前に座っている人の会話を聞いていたら、後ろから布で顔を抑えられたの。敦子はごめんねって言った様にも思うんだけど気がついたら順ちゃんの顔があったぁ」私はう~んと唸り、やはり警察に届けた方が良いかも知れないねと言って、他に気が付いた事は無いの?と麻由子に聞いた。麻由子は考えながら暫くして
「そう言えば、前に座っていた二人の会話が少しおかしいと思ったの」「おかしいって何がおかしかったの?」と麻由子にその理由を聞いた。「確か、ハングル語だった気がするんだぁ」ハングル?私は聞き直し、ほんとかともう一度麻由子に聞いた。「うん間違い無いと思うよ。実家のお母さん韓流ファンで、実家に居る時、しょっちゅう韓国のDVD見てたから、あのイントネーションは間違い無いと思うよ」麻由子は自信有りげに私にハッキリと言った。もし、それが事実ならこれはかなりマズイ状態である。もう今頃、麻由子が居なくなった事に気付いているだろう、捜索を含め何か行動を起こすだろうと思った。
今の状況では警察に行ってもどうしようもないだろう。表立っては事件は起きていない事になる。確かに麻由子は誘拐されたが証拠がない。あの拉致されていた事務所も後始末されているだろうし、目撃者も居ないのだ。麻由子には怪我もないし、縛られていたロープも確か柔らかい素材であったし、きつく縛られてもいなかっいた。だから証拠は現在何も無いのだ。でも今は動けない。誘拐も簡単に実行出来る連中である。夜は絶対に動く事は出来ない。このホテルも危ない、でもどうする事も出来ない。麻由子をこれ以上危険に晒す事は出来ない。私は考えた、そして状況を分析した。煙草の火を消し部屋の電話を取った。フロントに電話し、部屋は空いてないかと聞くとキャンセルがあり、一部屋空いていると言う。私はフロントに頼み、鍵を部屋まで持って来て貰う事にした。暫くするとホテルのスタッフが鍵を持って来た。書類にサインをして鍵を受け取る。ホテルのスタッフには仕事をするので・・と言っておいた。同時に新しい部屋に移った事は内緒にして欲しいとお願いした。私は麻由子に部屋を移るからと言って支度をさせた。私と麻由子は急いで部屋を移った。偶然にも斜め右の部屋であった。部屋に入って麻由子が落ち着くのを待って、私は食事も食べに出る事が出来ないからコンビニで何か買って来ると言って、何かリクエストは無いかと聞いた。
麻由子は首を振って「ないよ、順ちゃんに任せる」と言ってベッドに横になった。
私は鍵を取り、私が出たらチェーンロックをしておきなさい。と言って部屋を出た。
廊下に出ると、チェーンをかける音がした。
私はホテルを出ると松江駅に行き、駅の横にあるベンチに座り携帯を取り出した。時計を見ると9時であった。何回かコールして吉田は出た。「もしもし、栄ちゃん?」吉田は騒がしい雑音の奥から聞き取り難そうに応答している。「栄ちゃん、悪いけど静かな場所に移動してもらえない」と言って静かな場所に移動して貰った。「もしもし、所長どうしましたぁ?「ぶんみゃ」でスタッフと食事してたんですよ、どうもすみません」と言いながら、どうしましたぁ。と言って笑っている。
「麻由子さんと喧嘩でもしましたかぁ?」と聞いたので、そんな事は無いよと答え、話があると声を落として言った。
吉田は私が普通ではない事に気付き、直ぐに真面目に話し始め「どうしました、何かありましたか」と尋ねた。私はゆっくりと順序良く、京都に行ったこと、松江に来たこと、そして今日あった事件のことを詳しく話した。
「それって、かなりマズイんじゃないですかぁ」とかなり慌てていた。私も「だろう、兎に角今夜が山だと思うんだよ。夜は動けないから明日朝に移動するよ。だから、携帯切らないでよね」と言って私は吉田への電話を切った。私はコンビニに行き適当に食料や飲み物を買い、念願の下着を買った。麻由子のためにプリンも買っておいた。ホテルに戻り部屋の前に着くと、携帯から麻由子に電話をした。「部屋の前にいるからドア開けてぇ」と言って電話を切った、同時にドアが開き麻由子の笑顔がそこにあった。麻由子はコンビニの袋を受け取りテーブルに置いて、鍵を閉めている私の後ろから抱き付いて来た。麻由子は、抱きついたままで「順ちゃん、おかしな事に巻き込んでごめんねぇ」と泣きそうな声で申し訳なさそうに言った。「何言ってんの~、まゆは恋人なんやろぅ、好きな女の事心配やないのんは、アホやろぅ」私は笑って言った。麻由子は「うん」と言って少し明るくなった。
私は「兎に角今夜だけは乗り切らないとね」
私は麻由子に、今の内に食べておこうと行って、椅子に座り今はお腹をいっぱいにする事に専念した。
お腹を満腹して、麻由子をベッドに寝かせ、椅子をドアの前に持って行き、私は部屋のガードを始めた頃、宮古島では緊急の会議を始めていた。
吉田はタクシーで研究所に向かっていた。
タクシーの中で吉田は事態の収拾をどうすれば良いのか考えていた。同乗している亀本とビルに無言で聞いている。
三人は黙っていた、後ろに続く2台のタクシーの中も同じである。皆、所長や麻由子の事を考えているのである。15分で研究所に着いた。
研究所に着くと、皆2階の応接室に入った。
この部屋は研究所で唯一部屋の中で煙草が吸えるからである。皆それぞれ椅子に座り黙っている。吉田が煙草を消して話始めた。
皆、吉田の話に耳を傾け集中している。
「先程、所長から連絡があって、事件に巻き込まれたそうだ」と言って、吉田は所長から聞いた事件の内容を話し始めた。「それで、所長は無事なんですよね、麻由子さんも無事なんですよね。事務長」亀本は吉田が話し終えると直ぐに尋ねた。皆同じ考えの様である。それぞれ頷き、吉田にその答えを求めている。「あぁ、今は無事だ。でも、所長の話では今夜が山だと言っているし、私もそう思うんだが・・」皆それぞれ意見を言い合い雑然としている。「ノースコリア」とビルが言った。それを聞いて皆、会話を止めた。吉田は煙草に火をつけ、ふ~っと一気に吐いた。
研ちゃんが京大の教授は松本って言って、プルトニウムの濃縮技術の研究をしてるって聞いたよ。」と先日の京大の友人からのメールの内容を話した。「それってかなりヤバイんじゃない」とトミーが大きな声で言うと、研ちゃんが「確かに大変な事に巻き込まれていると思うけど。所長は危険な事はしないでしょうね」と吉田に聞いた。「たぶん。一人だったら何をするかわからないけど、今回麻由子ちゃんが一緒だから無茶な行動はしないと思うよ」と答えた。吉田は「所長の話から想像すると、麻由子ちゃんの友達の父親は島根大の関係者か島根原発の関係者だと思う。その京大の教授が核の研究をしているなら間違いないと思う」するとビルが「じゃノースコリアは核の何かを奪いに来たのか?」と聞くと吉田と研ちゃんはそろって頷いた。
皆またざわざわと話始めた。吉田は暫く考えて「兎に角、今は所長をどうするか考えてみよう」と皆を見渡し言った。すると由美子が「事務長、警察に話したらどうですか?」と思いついた様に言った。美津子も同意する、朋子も安子も同意して、警察に話そうと言った。他の研究員も、その方が良いんじゃないかと言っている。亀本も「事務長、警察に友達が居ますから話してみましょうか」と言って吉田を見た。吉田は少し考えて、「いや駄目だよ。所長が言ってたけど、証拠があれば所長がとっくに警察に電話してるよ。現実には誘拐された事実は無いんだと言ってたし、ただの誘拐じゃないとも言ってた。下手に騒げば麻由子ちゃんの友達やその子の父親、京大の教授にも被害が及ぶかも知れないから様子を見てると言ってるんだ。それにこんな事件を起こす連中だから、もう、とっくに誘拐の証拠なんかは処分してると思うよ。麻由子ちゃんの友達やその父親、その友人などの事は家族が警察に届けを出さないと意味がないからね。それに今日研ちゃんが言ってたけど京大の教授は大学から捜索願いを警察にもう出してるだろ。日本の警察は事件性が無ければ行方不明だけで捜査はしないと思うよ。麻由子ちゃんの件も、所長が普通の考えじゃなかったから行動して救出できたんだよね。出なければ麻由子ちゃんはどうなっていたかわからないよ。あの連中も動揺してると思うんだよね。誘拐し監禁した人間がいなくなったんだからね、ビックリしてると思う。必ず麻由子ちゃんを探し出して、もう一度誘拐するはずだと所長も言ってたからね」「うわ~それじゃどうすればいいんだよ~」と亀本が皆を代表する様に言った。吉田は「先ずは所長を救出する事が最大の優先順位だ。そして体勢をを整えて、警察に報告するか決めたら良いと思うんだが・・・」と力強く皆に言うと、朋子に一番早い大阪行きは何時か調べてくれと言って直ぐに調べる様に指示を出すと大阪出身の研究員の真田が「伊丹から出雲まで飛行機があるけど本数が少ないし、どうかなぁ」と朋子に併せて調べてくれる様に頼んだ。暫くして朋子が事務所から戻って来た。
「事務長、早く着く乗継便を探しても夕方にしか出雲には着きません」と申し訳なさそうに報告した。やはり宮古島は田舎である、航空会社も赤字路線で便数を減らしていて、急な時にはどうしようも無いのである。だから所長も船で那覇まで行ったのである。
「困ったなぁ、どうしようもないな」吉田は煙草を吸いながら迷っていた。せめて昼には松江に着かないと問題である。救出の意味がないし、我々が行く意味もない。吉田は「皆も何かプランないか考えてくれ」と困り切った顔をして言った。全員無言で考えている。トミーが「所長みたいに船で那覇まで行くしかないでしょ」と言うと、朋子が「そうなんだけど、那覇で予約取れるのが、8時20分発の関空行きで、関空10時05分着なの。出雲行きは伊丹からしかないのよぉ。それも11時20分発で間に合わないと思うんだ。
その後の便だと夕方になっちゃう。」と落ち込んだ顔をして話した。「う~ん、例え那覇まで船で行ってもむりかぁ」亀本は口惜しそうに吉田を見た。その時ビルが時計を見ながら「事務長、少し費用かかってもいいかぁ」と聞いた。「お金で済むなら幾ら掛かっても構わんよ」とビルに言った。「電話して来るから」と言って応接室を出て行った。亀本とトミーは顔を合わせ応接室から出て行くビルの背中を見ていた。暫く沈黙が続き、皆それぞれ所長の事を考えていた。
ビルが電話を終えて応接室に帰って来た。
「事務長、私が大阪でお世話になっていた会社の社長に電話して、伊丹空港にある個人の航空会社に連絡してもらい、ヘリを貸して貰える様に頼んだら、有料で正式にチャーターするのなら問題ないが、今パイロットが全て仕事が入ってるから無理だと言われたんだけど、私が操縦すると言ったらオーケーになったよ」と一気に話した。ビルはヘリコプターの国際ライセンスを持っている。
「ヘリで行けば、那覇8時20分発のに乗れば、関空に10時05分着だから、準備に一時間掛かっても昼には松江に行けるよ」と両手を挙げてバンザイをした。皆感嘆の声を出して、行ける行けると笑顔で喜んでいる。
吉田は「よし、それで行く。亀ちゃん、トミー船の準備。朋子那覇からの飛行機予約。」と力強く指示を出した。朋子は「事務長、チケット何枚?」と聞いた。吉田は「ビルと私の2枚だ」と言うと、研ちゃんが「事務長、私も行きます。京大の事も調べたいから」と言うと、由美子と美津子が顔を見合わせ「私達も行きます」と言った。「麻由子さんの事もあるし、女性がいた方が良いでしょ。それに研ちゃんと京大調べます。大学院に友達が居ますし、女性の方が聞き易いと思うし」と言って、一人では心配だから二人でいきますとも付け加えた。吉田は危険だぞ、と制したが、絶対行くと聞かなかった。吉田は「分かった、じゃ頼む。直ぐに部屋に帰って支度をしなさいと言って、船の準備が出来たら直ぐに出発すると支持を出した。皆それぞれ了解して部屋に戻って行った。応接室には吉田と朋子、安子が残った。吉田は二人に帰りなさいと言ったが、出発するまで居ると言い、今夜は研究所に停まると言って、二人は自宅に電話をしていた。
吉田は部屋に戻って支度をして来るとと言って研究所の敷地にある自室に戻った。
三十分後に皆準備をして再び応接室に集まった。吉田は皆に今回の事で迷惑をかける事の侘びを言い、それぞれに、役割の指示を出した。「私とビルが関空から松江に行き所長と麻由子ちゃんを救出する。研ちゃんは由美子と美津子で京大を調査してくれ。研ちゃん達の調査の結果が重要になるからね。亀ちゃんとトミーは那覇港に着いたら港に停泊している、所長が使った船で待機していて欲しい。無事に救出が済んだら、皆で船で宮古に帰るから。他の者は研究所で待機。皆ご苦労だが所長のピンチだぁ協力をお願いする」と言って「亀ちゃん、じゃ行こうかぁ」と全員席を立ち桟橋に向かった。
桟橋に歩きなが亀本が吉田に「所長は昔逮捕された時以来の大ピンチですね」と言った。
吉田は「そうかもね、でも無事でいて欲しいよ。所長はやっと素敵な女性と巡り合ったんだから、幸せになって欲しいからね」と桟橋の奥に広がる海を見ながらそう言うと時計を見た。11時過ぎであった。
吉田は携帯を取り出し電話をした。「所長、変わりはありませんか?これから船で那覇まで行って昼過ぎには松江に行きますから、それまで部屋で待機していてください。詳しい事は明日の朝にまた連絡します。それでは気をつけて」吉田はそう言って電話を切った。皆を乗せたブルーアンカーは来間大橋を潜るところであった。
ドアの前で監視をしてまだそんなに時間が経っていないのに少し疲れを感じる。緊張はそんなに長くは続かないものだと思った。
後ろを振り返り、麻由子の様子を確認する。
ベッドで良く寝ている。私は窓の側に行き外の様子を確認していると携帯のバイブが振動した。吉田からの電話であった。私は低い声で電話の対応をした。明日の昼までに松江に行くと吉田は言っている。今那覇に向かって船で移動しているとの事だ。吉田が松江に到着するまで部屋から動かないで欲しいとの事だが、ほんとに昼までに松江に来れるのか?
とも思ったが、指示に従う事にした。
電話を終えて時計を見たら11時であった。
私はドアの前に戻り、また椅子に座ってドアの監視を続けた。床に置いていた灰皿を取り
煙草に火をつけた。今のところ何もない。私の考え過ぎであったのか。現実にテレビや映画の様に過激な攻撃や襲撃の様な事は起こるはずはないのであろうか。しかし、白日に誘拐をしているし、油断は出来ないのかも知れない。朝まで何もなければ、私の考え過ぎであると実証出来るのであるが、それが証明されるまでは警戒し慎重な対応は必要であると思っている。
先程の吉田からの電話の内容を思い出してみた。昼までに松江に来ると言っていたが、現実的に難しいと思う。京都に行くのなら可能性はあるとは思うが、松江である、電車でも数時間はかかる。飛行機?出雲か米子空港だが、上手く乗継が出来るのか?でも吉田が行くと言っているのであれば方法を確立しているのであろう。私は吉田を信じる事にして、もう考えるのは止めた。
気を抜いたらお腹が空いてきた。私はテーブルに置いてあった麻由子のお夜食であるメンチカツを取り、ペットボトルのお茶と一緒にドアの前の椅子まで持って行き空腹を満たした。お茶を飲んでいると麻由子が起きた。私は身体を捻り麻由子を見た。麻由子は私の方を見てニッコリ笑って、何か言いたそうにしている。私はベッドまで行き、麻由子の側に行き、指を口に当てて「シーッ」と無言で言った。麻由子は小さく頷き私を見て私に腕を差し出してきた。私は、「どうしたぁ」と聞えないぐらいの声で言いながら麻由子の顔に私の顔を近づけた。
麻由子は「私のメンチカツ食べたやろ」と言って、私の首に腕を回し引き寄せキスをしてきた。「メンチカツの味がする」と麻由子は恨めしそうに私を見てニッコリ笑い「美味しかった?」と聞く。私は「美味しかった」と優しくそれに答え、「寝なさい」と言って麻由子の腕を外し、ベッドを離れてドアの前の椅子に戻った。椅子に座りまた廊下の様子に集中した。
何事も起こらず私は時計を見た。午前二時であった。大きく欠伸をして眠気を払っていると、廊下に人の気配が感じられた。神経を廊下に集中する。確かに人が歩く音がする。
目を閉じ、その足音に聴覚を集中させる。複数の足音である。慎重に音を立てない様に歩いている様な気がする。私の心臓はドキドキと鼓動が早くなり、その音が廊下に聞えるのではないかとヒヤヒヤしていると、足音が斜め前で止まった。先程まで私たちが居た部屋の前である。小さく鍵を開ける音がした。ドアが開かれ足音は部屋に入って行く。暫くして廊下に人が出て来た様な気がした。部屋に誰も居ない事に気がついたのであろう、少し慌てた様な足音で非常口の方へ廊下を歩いて行き、そして足音は消えた。やはり部屋を移って正解であった。そして、彼らが強行手段は簡単に実行出来る連中である事もハッキリとした。かなり注意しなければならない。
吉田が来たら警察に届けを出しに行こうと思った。ホテルのフロントには部屋を移った事は言わない様に依頼しているので、この部屋が特定される事はない。でも、安全では無い事も事実である。吉田が来るまでは、動く事は無理であると思った。私は椅子をドアのノブに斜めに立てかけ、しっかりと固定して窓側の椅子に座った。最後の煙草に火をつけ、お茶を渋めに入れて飲んだ。麻由子は良く寝ている。私も眠たくなったが、渋いお茶をもう一度飲んで眠気を覚ました。事件の背景や事実だけを考えて、今回の事件を振り返ってみる。どうしても、外国人の関与が理解出来ないでいた。やはり情報が少な過ぎる。
そして、何時間が過ぎた。時計を見ると朝の5時であった。窓のカーテンを少し開けて外を見ると、暗いが景色の輪郭は見えてきている、夜明けはもう直だ。あと2時間はこのまま様子を見る事にした。クローゼットにかけてあるジャケットから新しい煙草を取り、火をつけ、椅子に座って渋いお茶を飲んだ。吉田も心配してるだろうから、もう少ししたら電話をしてみようと思った。
朝の6時、目の前に沖縄本島那覇港が見えている。無事に予定通り到着しそうである。
ビルが研ちゃんと一緒に船室から出てきた。
「事務長、おはよう」と朝の挨拶をして「もう着きますね」と港の方を見ていた。良く寝たかと二人に尋ねて、ぐっすり寝ましたと返事があって、吉田は「さすがに神経が図太いね」と笑っていた。ビルと研ちゃんは、苦笑いしながら、頭を掻いている。
吉田は研ちゃんを呼んでカードを渡した。「経費がかかると思うから法人カードを渡しとくよ」と研ちゃんにカードを渡した。
「暗証番号は研究所の電話番号だから」と言って「必要があれば一度に300万は出せるからね」と付け加え、無駄遣いはするなよ、と釘を刺しておいて、笑っていた。
研ちゃんは、カードを受け取ると「ヒェ~」と声をあげて「このカードプラチナだよぉ」とビックリして、凄いを連発していた。
トミーが上の操舵席から降りてきた。「おはよう」と皆に声をかけて「缶コーヒー貰います」と言ってホットボックスから缶コーヒーを2缶取り、上の操舵席に戻った。そしてトミーは上から「あと10分で着きますからと言った。
ブルーアンカーは那覇港に入った。浄化センター近くにある契約している漁港に入る。
所長が乗って来た研究所の高速船が停泊している。亀田はその横にブルーアンカーを並べて停泊した。6時半に那覇に着いた。
吉田は亀田とトミーに「ご苦労様」と癒しの礼をして、二人はここで、次の行動まで待機して於いて欲しいと言い、予約しておいたタクシーに分譲して乗り那覇空港に向かった。
那覇空港に7時過ぎに着いた。由美子と美津子は先に3階の全日空カウンターに行き、チケットを受け取って来ると言ってエスかレターで3階に向かった。我々もエスかレターにで3階に向かう。3階に着いて吉田は携帯を出し電話をした。「今那覇空港だよ。8時20分発だから、10時過ぎに関空に着くから予定通りだから」と言って、「どう、何もなかった?」と聞いた。「わかった、それじゃ予定通りに昼まで部屋に居てください」と電話を切った。吉田はビルと研ちゃんに、やはり夜中に来たらしい、でも今の所は問題は無いらしい」と伝えると、「ヤバッ」と研ちゃんは言って「良く部屋を変えるなんて思いついたなぁ」と感心していた。兎に角今は大丈夫だけども油断は出来ないと吉田は二人に話した。由美子と美津子がチケットを取って戻って来た。時間はまだゆっくりである。吉田は朝食を食べようと皆を4階のレストラン街に誘った。
飛行機は予定通り離陸した。吉田は、ビルに「ヘリは予定通り問題ないね」と尋ねた。
ビルも「大丈夫、関空に着いたら係りの人が案内してくれるよ。舞洲ヘリポートから関空まで迎えに来てくれて、関空で私と操縦交代する事になってるよ。帰りは伊丹空港にヘリを返す事で社長と話出来てるから」ビルはそう言うと機内に備え付けの地図を熱心に見ていた。吉田は「どう、早く着けそう?」とビルに聞いた。「山が多いから、ある程度高度を取らないと駄目だけど、何とか一時間で行くよ、私の腕を信じなさい」とビルは自分の腕を二度叩いた。皆、その言葉を聞いて苦笑し、配られ飲み物を飲んだ。
私は少し、うとうととしていたらしい。時計を見ると7時であった。カーテンを少し開けて外を見た。快晴である、私は大きく伸びをして、お茶を入れて飲んだ。苦いが頭が冴えてくる気がした。携帯が鳴った(バイブ)吉田であった。「もしもし、あっ、栄ちゃん。何とか無事に朝を向かえたよ」と吉田に言った。「それは良かった、安心したよ。こちらは今那覇空港だよ。10時05分関空着で行くから。着いて正確な事が分かったら連絡するから、兎に角昼間ではホテルにいてよね、必ず行くから」と言って電話を切った。
また、窓から外の様子を窺いながら、煙草に火をつけて椅子に座った。
後ろから麻由子が「おはよう」と言って、私を見ていた。「起きたの?良く寝たぁ?」と聞くと、「うん、順ちゃんいるからぐっすりと安心して寝たよ」と言って両手を広げて差し出し“来て”の合図である。私は側に行って優しく、今回は私の方からキスをした。
今回は少し長めで濃厚であった。アカン、血液が特定場所に輸送されて行く。限界で麻由子から離れた。「電話だったの?」と麻由子は聞いた。「あぁ、吉田事務長からだ」
「10時に関空に着くと言ってた。昼間でに松江に行くから、それまでホテルに居て欲しいそうだ」「え~っ、そうなん。でも10時に関空やろぉ、松江に来るって言っても、早くても3時か4時になるんと違う?」「こっちに来る飛行機もそんなに無いし、上手く乗継出来ても、昼までには来れへんよぉ」
「そうだよなぁ。どんなに早くても3時にはなると思うんだけどね」と私は吉田の計画が理解出来ないでいた。煙草に火をつけ少し考えてみた。問題は誰と来るかだ。もしビルが一緒なら・・・「わかったぁ」少し大きな声で私は言って、部屋の電話を取りフロントに電話をした。私は松江市内の詳しい地図を部屋に持って来て欲しいと伝え、朝食のサービスを頼んだ。「なかなかやるじゃない、栄ちゃん」と言ってニャリと笑い麻由子を見た。
「順ちゃんキモイ」麻由子は笑いながらシャワーして来ると言ってバスルームに行った。
麻由子は昨日の服装のままで着替えてなかった。三十分程して、ドアのチャイムが鳴った。私はドアの覗き穴から外の確認をした。
メイドさんが朝食を運んで来たらしい。
チェーンを外し、ドアを開けて朝食がのったワゴンを中に入れて地図を受け取った。
メイドさんは食事が終わったらワゴンを廊下に出すか、若しくは部屋に置いていても構わないと言って戻って行った。
私はワゴンをテーブルの横まで押して行き、椅子に座って地図を開いた。地図には、このホテルの位置が印されていた。煙草に火をつけ、地図を詳しく目で探った。このホテルに近くて広い空地がある場所。私はある場所を見つめ、ここならいけるかも、と思った。
距離を測っていたら、バスルームのドアが開き麻由子が出てきた。長めのシャワーは、やはり疲れていたんだと思った。ショックも残っていただろうし、気分を落ち着かせるには長めのシャワーは効果的だと思う。
「あぁ、さっぱりしたぁ。汗掻いてそのまま寝たから、ほんとにスッキリしたぁ」と弾んだ声で言いながら、バスタオルで髪を拭きながら私の側まで来た。私は地図を見ながら、それは良かったね、と言いながら顔を上げて麻由子を見た。“うっ。”麻由子は裸であった。何も着けていない、スッポンポンなのである。私は驚いたが、もう抵抗するのは止める事にした。私は意識しながら、冷静な声で
「朝食来てるし、温かいうちに食べよ」と言って、テーブルの上を片付けた。麻由子はテーブルの上に朝食を並べ終えて、バスローブを着て椅子に座った。私はコーヒーをカップに入れて、麻由子のためにミルクを多めに入れてあげた。私はアイスコーヒーである。麻由子はトーストにジャムをたっぷりとぬって
私に渡してくれた。麻由子はミルクのたっぷり入ったコーヒーを飲み、「やっぱり、朝はミルクたっぷりがいいねぇ」と何時に無くにこやかである。私は機嫌がいいねって麻由子に聞くと、「だってぇ、初めてやん、部屋で二人で朝食するの」と少しハニカミながら、若い女の子らしい表情をした。私も笑顔でトーストを食べた。
食べ終わったテーブルの上を麻由子はテキパキと片付け、ワゴンに載せる。麻由子がコーヒー残ってるけど飲む?って聞いたのでブラックでと頼んだ。私は地図を見ていた。麻由子はワゴンをドアの方に押して行き、私の前に座った。「順ちゃん、何してるの?」と不思議そうに聞いた。「地図を見てる」と答える。広い空き地を探してるんだよ。と言うと麻由子は笑いながら首を傾げ「空き地で何するん?」と聞いたので、京都に帰る準備をしてるとだけ答えてナイショと地図を閉じた。
「いや~ん、教えてよぉ」と麻由子は甘えた声で聞きたがったが、私はニヤニヤしながら「だ~めぇ」と答えた。時計を見たら8時半であった。あと3時間くらいだなぁ、と思い
麻由子に携帯の電源切ってるねと聞いた。
麻由子は、うんと答え、ショルダーから携帯を出して確認した。私が考えるくらいだから、当然あの連中もGPSで麻由子を探すくらい簡単な事だと思っている。だから電源を切らせているのである。このホテルはチェックアウトが12時であるから、それまでは部屋に居る事にした。私は携帯を取り、レンタカー会社に電話をし、12時過ぎにホテルに取りに来て欲しいと伝え、鍵はフロントに預けて於くと言って電話を切った。「まゆちゃん
荷物はそれだけだね」とプラダのバックを指指して聞いた。あと、京都で買った電気屋の紙袋があると麻由子は言った。
部屋の中をもう一度確認して、麻由子に少し休んでおこうよとベッドに横になる様に薦めた。麻由子は「もう寝たくない」と言ったがベッドの上でゴロゴロしている。その度にバスローブがはだけ、肌が見えている。
次に吉田から連絡があるまでには、まだ時間があると思い、シャワーをして来ると言ってバスルームに向かった。
湯舟に座り、足を伸ばして頭から温めのシャワーを浴びて、力を抜き緊張を解す。昨日からの、いろんな事が頭の中を駆け巡る。危ない事件に巻き込まれ、何とか無事でいる事を安堵し、そして吉田が救出に来てくれる事を感謝し、暫くシャワーを浴びて動かないでいた。目を瞑り、壁に頭をつけて、一瞬寝ていた様であった。私は力を振り絞り立ち上がって身体を洗い、新しい下着を着けてバスルームを出た。バスタオルで頭を拭きながら部屋を見ると、麻由子がバスローブを脱いでベッドに入っていた。麻由子は両手を差し出して「来て」の合図である。私は覚悟を決めて麻由子の側に横になった。布団の上に左を下にして側臥位で麻由子を見つめ、大丈夫か、と聞いた。麻由子は、心配かけてごめんと謝り私に布団の中からしがみ付いてきた。
布団一枚が国境であった。確かにこの国境の下には麻由子の素晴らしい若い身体がある事はしっかりと伝わって来る。女性の経験はかなりあるはずであるが、このドキドキ感は久し振りであった。老練な私は無意識に身体をコントロールが出来る。余分な血流を押さえ冷静にさせている。麻由子と長いキスを交わし、優しく首筋にキスをしていく。麻由子は仰け反り、微かに声を出している。私は麻由子を放し、布団に身体を滑り込ませた。
布団の中には、やはり裸の麻由子がいた。
私は麻由子をもう一度引き寄せ身体を密着させる。麻由子の膨よかな形の良い乳房が私の身体に食い込んでくる。麻由子は布団に潜り私の下着を取り去ると、また、私に身体を密着させてきた。しかし、老練な大人の私は、ここでもまだ冷静さを維持していた。
麻由子は身体をくねらせ、私を求めている、麻由子の身体は準備が完了している事を温もりを通じて知らせてくる。やはり、私も男である、麻由子の若い勢いには少し身体の一部が反応し始めている。麻由子の腕が布団の中で私の下半身に伸びてくる。私の一部を触りながら、先程より大きく喘ぎ始めてきた。
お互い我慢の限界を超え、私の右の指が麻由子の下半身に少し触れた時、・・私の携帯が鳴った(バイブ)。私は麻由子を放し、ベッドから飛び起き、テーブルに置いていた携帯を取った。やはり吉田である。私はベッドの上で唇を噛んで、私を恨めしそうに睨んでいる麻由子に電話を手で押さえ「吉田から」と言うと同時に枕が「バカァ」と言う言葉と同時に飛んできた。枕を避けながら、私は脚を少し開き、左手で携帯を耳に当て、右手を腰に当てて電話に出た。「所長、今関空です。今からそちらに向かいますが、所長にお願いがあります」と言った。私は吉田の次の言葉を制して「この近くで広い空き地を探しておくんだろ」と自信たっぷりに言った。吉田は唸りながら「さすがですねぇ、ビルと二人で向かいます。予定では11時半頃になると思いますが、近く迄来たらもう一度連絡しますから、何処の場所なのか指示してください」と言って電話を切った。
私が電話を終わると、また枕が飛んで来た。
私の下着も飛んで来た。麻由子は投げながら「も~ぅ、いややぁ、アホゥ、バカァ。も~ぅ、も~ぅ」と牛さんになっていた。そんな麻由子を完全に無視して、電話をテーブルに置き、そして投げつけられた私の下着を着けて再び麻由子を見ると、仰向けになり、「もう、もう、キライ」と言いながら足で空中をキックしていた。私の顔を見ては、空中をキックして、両手でベッドを叩き、ベッドの上で大暴れをしているが、今はそんな我侭な麻由子を無事に京都に連れて帰る事に専念しなければならない。麻由子との大事な行為は、暫くはお預けである。私はゆっくりと服を着た。
関空に定時に到着し、吉田達一行は到着ロビーに出た。ビルは迎えに来た伊藤航業の社長と挨拶をして打ち合わせをしている。吉田は研ちゃんと由美子、美津子に京大での調査の指示を出している。ビルは打ち合わせを終り駐機場へ行こうと吉田を呼んだ。吉田は三人に気をつける様に注意をして、ビル達の後を付いて行った。研ちゃん達は、はるかの乗場に急いだ。
空港の外れにあるホバーリング地に、ヘリは駐機してあった。白の機体に黒で龍が描かれていた。ベル407である。最高速度260キロ、一時間で松江に到着する。ビルは書類に、帰りは3時半で伊丹に着陸する条件を確認してサインをした。ビルは右の操縦席に座り、吉田は左に座った。インカムヘッドホンを装着し、シートベルトをして、吉田はビルにオーケーのサインを出した。ビルはスターターを可動させると、ゆっくりとローターが回転を始めた。ビルは各器機のゲージを確認しコレクティブスティックを引き上げ、ラダーを微妙に踏みホバーリングする、そのままでさらにコレクティブスティックを引き上げ地上からある程度高度が取れた位置で、サイクリックススティックを前に倒し、各スティックのバランスを取りながら飛行を開始していった。大阪湾を北西に進路を取り、豊中から六甲山に向かい、中国山地を縫って飛行をして行った。ビルは「少し揺れるけど、500メートルの高度で飛行して最短距離でいくからね」と言って、「所長驚くかなぁ」と笑って吉田の顔をチラッと見た。吉田は笑みを浮かべて「もうバレてる」と、ビルに言うと「えっ、バレてるって、事務長が話したんやろぉ?」と、ビックリして聞いて来た。
「所長の感だよ。さすがに驚いたよ私も」と
吉田が言うと、ビルは「怖い!」と肩を竦めて笑ってた。飛行は順調であった。
麻由子は、ベッドでゴロゴロして、やっと諦めたのか「吉田さん、何て~」とやや不満顔で聞いて来た。「予定通りに行くからと言ってた」と答えて、そろそろ帰る準備をしないとねと言って、確認のためにもう一度地図を見た。麻由子は洗ってくると言ってバスルームに行った。何を洗うのかは想像できるが、今は考えないでおこうと思った。
私はロビーや駐車場が気になっていたが、麻由子を一人にするわけにもいかないし、連れて行くのも危険だから、今は安全を祈るだけであった。バスルームからは、鼻歌が聞え、機嫌が良くなっているのか、麻由子はほんとに素直な自然児だなぁと感心してしまった。