事件の前触れ
「あれ~っ、所長はぁ?」事務長の吉田は内線電話の受話器を置きながら、事務員の下地朋子に眠そうな声で尋ねた。
「あ~っ、忘れてたぁ。京都に行くってメモが玄関に貼り付けてあったんだぁ。すみません!」朋子はぺこっと頭を下げて笑っていた。
「え~っ、そんなぁ。また、京都かよぉ~」
「今日は、調査船が八重干瀬に出る日だろ~」
そう言ってから吉田は、施設長の亀本に向かって、「そうだよなぁ、亀ちゃん」
亀本は、少し困った顔をしながら、でも、口元は笑いながら「仕方ないでしょ。所長は京都大好きだから。」
「そういえば船が一隻無くなってたなぁ。昨日の夕方まであったんだけど」
「と、言うことは、所長は昨晩から船で那覇に向かったんだぁ」「う~ん、またかよぉ、ほんとに困ったもんだよなぁ、所長が、これじぁ、研究所もどうなるかわからんなぁ」
そう言って吉田は、タバコを持ってベランダの喫煙所にむかった。
亀本もそれに続き、ベランダの椅子に座ってもう陽がかなり高くなった東シナ海を見つめてタバコに火をつけた。
「事務長、この研究所は、事務長で以ってる様なもんですよ。」と、笑いながら、事務長の吉田に言った。
「バカなぁ、スタッフみんなが優秀だからだよぉ。」「それに、最近研究員も、いい研究成果出してるしね。」と、吉田は旨そうに、タバコの煙を青く澄んだ空に向って吐いた。
ここは、沖縄県宮古島市にある、海洋環境研究所である。
宮古島の独特な地形や環境を中心に、海洋環境に関する研究を、全国から選ばれた、若い研究員たちが、海洋環境の研究成果を目指して頑張っている施設なのである。
みんなの批判をたっぷりと背中にうけている私は、この研究所の所長、島崎順一です。
私は、今年五十八歳。自分で言うのは少し恥かしいが、アラ還にはどう見ても見えないと思う。(自己満足)いつも丸眼鏡をかけて(実は老眼だけど)、少しくすんだ白い麻のジャケットをいつも着ている。(それしかジャケットはないが・・)。愛車は白のミニでその愛車を平良港に向かってぶっ飛ばしていた。平良港に着くと研究所の駐車場にミニを駐車して、そのまま朝一番の大阪行きの飛行機に間に合うように那覇港に向かったのであるがこれゃ、また事務長に怒られるよなぁ。
この高速クルーザーなら、巡航速度25ノット約8時間で那覇に着く。GPS航法装置で位置を設定し、自動衝突予防援助装置をオンにして、後はオートパイロットに任せた。携帯を取り出し、那覇のJALに電話する。朝一番の七時四十分発の関空行きを予約した。
時計を見たら21時であった。池間島にかかる橋をくぐり外海に向かう、夜が明ける頃には着くだろう。煙草を取り出し火をつける。デッキの操舵席から見る平良港は何故か幻想的に見える。大神島を横に見ていよいよ外海である。これから満潮を迎えるし、特に問題はないが、何ヶ所かリーフがあるので、オートパイロットのデータを何度か確認しながら、後はのんびりとである。
私が、なぜ、そんなに京都が好きなのか。それは大学院が京都で、社会人として初めての仕事も京都であった。三十年近く住んでいた京都は第二の故郷だからである。それに、最近、京都の女子大生と仲良くなり、青春を(何年前やぁ)楽しんでいるのであるが、どうも、友人関係以上には進展しなくて、少し残念な気もするが、それもアリかなと最近は思っている。
その女子大生の広瀬麻由子から、夜8時前にメールが届いた。「順ちゃんお願い!大変なんだよ。すぐ来て欲しい。」
何が大変なのか聞く前に、私はメモに「京都に行く。」とだけ書いて、1階の事務所のドアに貼り付けて、愛車の白いミニに乗って平良港に向かったのである。
私は研究所の3階に住んでいる。この研究所は財団法人ではあるが、基本的には私の個人研究所なのである。だから、「どこで寝ようが関係ないのである。」と、取材がある度に、そう答えてはいるが、客人や記者達に、この質問の答えを事務長の吉田はいつも決まって「じゃまくさがりなだけです」と、キッパリとおっしゃる。(確かに、当たっているだけに反論はないけど・・)
研究所の3階は私の自宅で、2階は所長室応接室・会議室があり、1階は事務所と所員の休憩室、奥のロビーには5メートルの水槽が設置してあり、宮古島の海の生き物が飼育されている。これも研究の一部である。
ロビーの横には外のテラスに通じるドアがあり、そこはヘビースモーカーの天国・喫煙所がある。景色はタバコを吸える施設としては、多分、最高であると思う。
地下1階・2階は研究エリアで全部で10室ある。地下3階は共同研究室及び分析室、実験室となっている。1階からの通路を挟んで敷地内に職員・研究員の宿舎、食堂がある。宿舎の窓からは、東シナ海、右には伊良部島が見えている。夏には水平線に南十字星が見えて、とても環境の良い研究所なのである。
私は京都の大学院を終了すると、京都で環境問題をテーマに、特に水処理技術を研究していた。京都で開催された国際会議が縁で中国の環境局に招かれ、その帰国後、個人的な環境研究所を設立し、中国の環境問題を研究していたのである。
私が五十歳を迎えた頃に、中国で知り合った投資家に、資本金を出すから、本格的な研究所を設立しないかと持ちかけられ、この宮古島に研究所を設立したのだ。
何で宮古島なのか?の質問に「彼は宮古島が第三の故郷なんですよ。」と前述の投資家は、笑いながら答えるのである。
何度も航行してる慣れた航路であるから翌朝6時前に那覇港に着いた。研究所に割り与えられた場所に船を着けロープをしっかりと結んで、管理事務所に報告し、タクシーで急いで那覇空港に向かう、早めに搭乗手続きを済ませ、ゲート前のベンチで一息つく、関空まで2時間のフライトである。少し、寝ておかないとね。飛行機は定時に離陸し、9時35分に関西国際空港に到着した。昔は宮古から伊丹までの直行便があったのだが、赤字路線で廃止になってしまった。機内では爆睡だった様でCAに起こされるまで、全く気がつかなかった。
急ぎ足でのJR乗場まで行き、十時十六分発の「関空特急はるか14号」に乗り込み自由席に座った。京都は終点であるから一時間少し寝る事にする。出発して橋を渡り終えるころには目を閉じていた。爆睡から目が覚めると西大路駅を通過するとこであった。
定時に京都駅に到着しホームに降りると麻由子が待っていた。
「順ちゃ~ん!」麻由子は大きく手を振って私を迎えてくれた。「おぅ。」軽く右手を上げてそれに答える。
「迎えに着てくれたんやぁ。ありがとう」
改札を出て駅前のタクシー乗場に行く。
「三条までいこう。」
そう言って、麻由子を先にタクシーに乗せた
「三条烏丸の新風館!」麻由子は運転手にそう告げた。タクシーは堀川通りから五条通りに向かい五条通りを左折して烏丸通りに入り三条烏丸に向かった。
「まゆちゃん、何があったの。大変だって・・。」島崎は禁煙のタクシーの中でタバコを弄びながら麻由子に尋ねた。
「うん、大変なんだぁ、敦子が居なくなったんだよぉ」三日前から連絡しても、携帯切れてるし、マンションにもいないし、敦子の仲の良かった子にも聞いたんやけど知らないって言うし。実家にも連絡したんやけど帰ってないって言うし・・もう心配になって、順ちゃんに連絡したの。ごめんなぁ。」
島崎はタクシーの天井を見つめて、そして大きく息をはいて「ごめんされとくわ~、彼氏んとこでも行ってるんとちゃうの~」
「もうビックリやわ~、そんな事で呼んだんかぁ?てっきり、まゆちゃんのピンチやと思って飛んで来たんやでぇ」(ほんとに、飛んで来たので、言ってる事に間違いはない)
タクシーは十五分程で三条烏丸に着いた。私は麻由子に小銭入れを渡し料金を払わせて
大垣書店の前で先にタクシーを降りた。私は「スタバでもいいかぁ」と麻由子に聞いて、麻由子も「うん。」と頷いた。私は三条通り側の真ん中のテーブルに座り「アイスの中」と言ってタバコを取り出し火をつけた。京都も喫煙者にとっては、住難い街になってきた。この近辺も全面禁煙地区に指定されてる。宮古ではかんがえられないけどなぁ。ウィークディだからか、三条烏丸の人通りは多い。サラリーマンや学生たちがバタバタと歩いている。車も相変わらず多い、宮古島にある車が全て集まった様だ。そんな景色を見るともなしにタバコを吸ってると麻由子がアイスコーヒーを持って来てくれた。
「はい、アイスコーヒーの中!」
「サンキュウー、まゆちゃんは何にしたの?」「私はカフェラテ!」
「もう、順ちゃんだけよ~スタバでアイスの中って言うの。」「私恥ずかしいんやからねぇ。」と少し小言を言われた。でも、自分でも分かるが、鼻の下が少し伸びた。
「ごめん、ごめん。僕らの時代には大・中・小しかなかったから!」と訳のわからんことを言ってしまった。
「もう一度電話してみたら。」私はタバコを吸いながら話題を変えた。
「うん、してみる。」麻由子は素直に携帯を出して、リダイヤルを押した。
「だめやぁ、やっぱり切れてる」敦子の携帯は相変わらず電源が入ってないようである。
「そうかぁ、じゃ仕方ないよな。今日は(4月)15日の木曜やし、今週いっぱい待って見たら?」
私は麻由子にそう言って妥協案を出した。
「そうやなぁ。」と言いながら「でも、そしたら連絡取れなくなって一週間になるしなぁ。」とも言って、心配してる事はハッキリと伝わってきた。「それに彼氏も今はいないし、行先全くわからへん。」麻由子はふ~っと息を吐いて烏丸の通りを見つめている。
時計を見ると十二時五十分であった。
「あっ、もう一時前やん、何か食べに行こう。昨晩から何も食べてないから、お腹空いたぁわ~。」
私はそう言って、麻由子を見た。麻由子はあまり食欲はなさそうだったが、お腹をさすってるのを見て、「うん、食べに行こう。何食べる?」と、いつもの様に元気よく答えてくれた。
「そうやなぁ、あまり遠くは行きたくないし、この辺で食べよ。」ここは三条烏丸交差点。ここを中心に半径五百メートル内に食事をする所は山盛りある。グルメのメッカと言ってもいい。宮古島では、研究所から車で三十分は走らないと食堂はない。それも営業してるかどうかもわからない。それでも島の人達はあまり困らないんだからほんとにのんびりした島である。
「そうやなぁ、パスタは昨日食べたし、魚は一昨日食べたし、今日は肉系かな。」
麻由子はニコッと笑って私の顔を見た。
私は少し考えて、「う~ん、肉系かぁ。じゃトマトのハンバーグでいい?」と麻由子に聞いた。
麻由子はすぐに、「うん、いいよ、いこ~」と席を立ち、空の容器をゴミ箱に捨てに行った。
「私、トマトのハンバーグ、久しぶりやわ~」
(ここで解説しておくが、トマトと言う店のハンバーグで、決してトマトで出来たハンバーグではない。)
二人は烏丸通りを渡り、三条通りを東に向かって歩いて行く。
麻由子がいつもの様に自然に手を握ってくる。私もそれに答えて指を絡めラブ繋ぎをして、ゆっくり三条通りを歩いて行く。
郵便局の前に鞄のお店が出来ていた。前は陶器屋だと思うのだが、三条通りも変わって行く。有名な予備校の前にトマトはある。
ドアを開けて中に入る。いつもの様にカウンター左側の隅に腰掛ける。ランチ時間になれば、近所のサラリーマンで満席になるのけどランチ時間を過ぎてたので席は確保出来た。
少し、体格のいい奥さんが、注文を聞きに来た。「まゆちゃん、何にする?僕はおろしハンバーグにする。」と言うと、麻由子も「私も~、同じのでいい。」と、ニコッと笑っていた。(可愛い)
おろしハンバーグセット二つを注文すると、真上にあるTVをかなり窮屈な姿勢で見ていた。上海万博のニュースで、日頃TVをあまり見ないのだが、仕事の関係で中国の話題に敏感になっている。麻由子の方をみると、携帯を見ていて、気分はランチどころではない雰囲気である。
心配でしょうがないのであろう。敦子の事はよく知らないけど、麻由子が一回生の時、寮の部屋が一緒だったと聞いた事がある。島根県の浜田市の出身らしい。
今はどうしてあげる事もできないし、どう言って慰めたらいいか考えていた。麻由子は最後に送られてきた敦子からのメールを真剣に読んでる。
何かヒントをと必死なのであろう。
「はい、おまちどうさまぁ」と少し体格のいい奥さんが、ハンバーグセットを運んで来てくれた。(おろしである。)
いつも思うのだが、美味そうなハンバーグである。だが今の麻由子には辛いランチかも知れない。と思って麻由子をそっと見た。
「頂きま~す!」「美味しそう、久しぶりやから感激やわ~」と大きな声を出して、一口サイズに切っては口に運ぶ。「うまい!」と大きな声で言って「やっぱりハンバーグはトマトやねぇ」と少し体格のいい奥さんは、ニコニコ笑って、ありがとう、と言っていた。
きっと、この娘には悲しみと言うものや、心配と言うものは、食べる物の前では存在が無くなるではないかと納得してしまった。
「美味しいね。」と私は麻由子に言った。
麻由子はハンバーグを小さく切って、大根おろしを起用に絡めて口にはこぶ。その度に笑顔になる。
本当に食べてる時の麻由子は愛らしいし、可愛いと思う。
三十分程で食事を終えて食事の礼を言って、会計をして席を立った。入れ違いにサラリーマンが3人ほど入ってきた。若いサラリーマンで3人とも麻由子の方を振り返って見ていた。やはり、誰が見ても可愛いのだと満足度が体のどこかに溢れている。???
「ご馳走様でしたぁ~。」いつもの様に麻由子は食事の礼を言った。麻由子は必ず、私が支払いをした時は、しっかりと礼を言うのである。
麻由子は学生だし、社会人の私が支払いをするのは当然なのであるが・・・・。
三条通りをぶらぶらと東に向かって歩いていく。ラブつなぎである。
「イノダでお茶していく?」と言って麻由子をイノダに誘った。
店内に入るとタイミング良く円形カウンターに二人分の席が空いてた。すぐに案内され、私はいつものアイスコーヒーブラックを、季節に関係なくいつも私はこの注文をする。麻由子はレギュラーホットをミルク、シロップ入りで頼んだ。イノダのスタッフは、テキパキと仕事をする。カウンターの中のスタッフの流れる様な作業を見ているうちに注文したものがカウンターに運ばれてきた。この店では無言でも自然である。この店の円形テーブルは近所のご隠居たちの憩いの場所である。好みのコーヒーを頼み、新聞を広げ、顔見知りがいれば世間話をしている。スタッフも好みを心得ていて無言の対応が素晴らしい。アットホームな、のんびり出来る数少ない場所である。少し苦味のあるアイスコーヒーブラックを少し口に含む。「あぁ~、宮古にはない味やぁ~。」私はそう言って麻由子を見た。麻由子は何か一点を凝視している。何を見てるのかと思い、麻由子の視線に目を向けて見た。
円形カウンターの麻由子の正面に座っている中年の女性が、美味しそうなロールケーキを食べていた。麻由子は視線を逸らさずにそれを見たままで無言である。
私は 麻由子に「ロールケーキ食べる?」と優しく聞いた。もちろん答えは「うん。」である。
スタッフに、ロールケーキを注文する。
すぐに、麻由子の前にロールケーキがきた。
麻由子はニッコリと笑い「ありがとう」と言ってロールケーキに集中した。美味しそうに食べる麻由子はほんとに可愛い。しっかりロールケーキを完食して「ごちそうさまぁ」。麻由子の別腹を満足させて、又、三条通りをラブ繋ぎ。三条通りから河原町を渡り、鴨川に出た。木屋町側から鴨川の河原に下りた。四条に向かって鴨川の河原を四条に向かってのんびりと歩く。久しぶりの鴨川の散歩である。麻由子に河原に少し座って休憩しようと提案する。川端通りを見ながら石畳に座って、鴨川の流れを見ていると、私の携帯が鳴った。吉田からである。
「はい、島崎です。」私は、また小言を言われると覚悟して電話に出た。
「所長、いい加減にして下さいよ。今日は海洋調査の日でしょ。みんな困ってますよ。」
やはり、小言であった。
「悪い、わるい栄ちゃん。急用出来たから、明日帰るから。」そう言うと、事務長の吉田は畳み掛ける様に、「明日は何もスケジュール入ってないから、月曜日に帰ってきてください。」と、いつもとは違う優しいお言葉。
「えっ、日曜までこっちに居ていいの?ありがとう。」私は満面の笑みで答えた。
「そうじゃなくて、今日こちらに居ないなら、所長の仕事は月曜までないってことです。」なんと、きついお言葉。でも、仕方ないか。研究所の運営は全て吉田に任せてあるのだから・・。「わかった栄ちゃん。今回は借りだから。」私は機嫌を取りながら電話を切ろうとすると、吉田が「まだ、用事があります。」と、またきつく私の胸に棘を挿すように言った。「ビルが、地震計の設置場所の確認をしてますよ。」「すぐに、ビルに電話をしてください。彼は現場近くの海上に待機してますから。」「わかった。すぐに電話するからね。じゃ~。」と電話を切り、すぐにビルに電話をした。ビルは、アメリカ人の研究員で海洋生物の遺伝学を研究している。3回コールしてビルが出た。
「やぁビル。島崎です。ごめんねぇ、急用できて今日参加出来なくて。」と、ビルに丁重に謝罪した。
「かまへんよ~、それより、測定器どこに設置するねん?」と、相変わらずの関西弁である。
「ラビレンスⅠの北側に離れ岩がふたつあるやろ、その岩と岩の中心に設置して欲しい。」「わかるかなぁ~」
「わかるよ、心配ない。センサーの深さはいつもと同じでいいか?」
「オッケーそれで頼むよ。月曜には帰るから、みんなに宜しくなぁ」私はビルに指示を出して電話を切った。
麻由子は私を見て、ニコニコしながら会話を聞いていた。
「ビル?」麻由子は聞いた。
「そう、この前地震があってね、調査のために地震計の設置をするからとみんなに言っておいたのをすっかり忘れてたぁ」私は少し公私混同かもと反省をしていた。
「ごめんねえ、順ちゃん。私が無理に来させて。」麻由子は申し訳なさそうに言った。
でも、今は麻由子は私しか救いを求める相手が居ないのだ。・・そのはずである?。と思う。
「いいよ、気にしなくて。ビルがあとはしっかりとやってくれるから。」
「それと、亀ちゃんも一緒だから心配ないって。」私は麻由子に優しく、もう心配するなと言って、寺町に買い物に行こうと誘った。
四条に向かってラブつなぎ。
「寺町で何買うの?」麻由子はラブつなぎの指を少し強く握って聞いた。
「宮古にないハードディスクとかメモリーとか買って帰ろうと思うんだ。」吉田にお土産を買って帰って、少しご機嫌を取ろうという魂胆である。。
「うん、行こう。私もUSBメモリ買うから」麻由子ははしゃぎながらラブつなぎの手を大きく振って歩いてく。もう、私の鼻の下はデレデレで伸びきってる感じだ。
四条に着いて交番の横から四条通りに上がった。やはり、三条と違い四条通は行きかう人が多いなぁと思った。四条通りを阪急に向かって渡り、今度は高島屋に向かって河原町の信号を渡る。高島屋の店内を寺町まで横切ると言う方法もあるけど、デパートの中を麻由子を連れて歩くのはかなり危険である。
だから四条を烏丸に向かって南側をのんびりラブつなぎである。
「ねぇ、順ちゃん。」
「ビルって、何の研究してるの?」麻由子の突然の質問に、少しびっくりして、何でビルの事を聞くのかと少し疑問はあったが、遺伝子学と答えた。
「何でビルの事を聞くの?」
「ビルに興味でもあるの?」とモタモタと聞いてしまった。・・ジェ・・ジェラシーだ。
麻由子は笑いながら、「あのねぇ、前に順ちゃんがビルの話をしてたでしょ。とても、面白い人やなぁと思って、そんな人が順ちゃんの研究所で研究してるんやと思ったら可笑しくてぇ」麻由子はほんとに可笑しいと、笑いながら、私を見つめていた。
私は、麻由子の私を見つめる目を少し意識しながら歩き始めた。
「ビルの何を話したっけぇ~?」
あかん、関東弁になってる。私は緊張すると言語が関東弁になる習性があるのだ。
「あのね、ビルは何人かって話しぃ~」
「あぁ、彼の人種の話ね」
これは、麻由子との二度目のデートの時に、何を話したらいいか分からず、繋ぎのつもりで話した内容である。
ビルが初めて研究所に面接に来たときに、事務長の吉田が、ビルに質問した内容である。
君のお父さんは、イタリア系フランス人で、お母さんはスペイン系ドイツ人で国籍はアメリカなんだが、いったいビルは何人なんだい?」こんな質問だった。
ビルは少し困った顔をして、でもすぐに「関西人!」と答えた。何でも主食は粉物らしい。
そんな話をした覚えが確かにある。
「でもビルは優秀な研究者だよ。」
「私は期待してるんだよ」
私はそう言って寺町を下がって行った。
(京都は南北を、北に行くのを上がる、南に行くのを下がると言う)
寺町を(電器店街)何件かの店を覗いて、目的の品物をゲットした。
麻由子も2Gのメモリースティックを買うのに、どの色にするか散々迷った末にオレンジ色のを買った。(自分のお金で)
ほんとに電子機器は少し見ないうちに、どんどん進化していく。
田舎である宮古島に居たのでは、なかなかついてはいけないけど、最近京都に来ることが増えたのでまだましかなぁ。
電気店を出て、四条通りに戻り、新京極を三条に向かってラブつなぎ。
ロンド焼きの店の前で、麻由子はロンド焼きを2個買っている。その時、麻由子の携帯が鳴った。
麻由子は店の横に移動して「あっ、敦子だぁ~」と言って電話にでた。
ロンド焼きの代金を私が代わりに払いながら会話を聞いていた。
「どうしたん?心配してたんよぉ」
麻由子が少し泣きモードで話している。
「ごめんなぁ、心配かけてぇ。今、松江にいるねん。」敦子も泣きモードらしい。
「えっ、松江って、島根県の松江ぇ?」
麻由子は今度はしっかりと強く尋ねた。
「そう、お父さんの事が心配で、こっちに来たんやけど、お父さんどこにいるのかわからへんのぉ。」
麻由子はびっくりした様子で、「お父さんどうしたん?何かあったん?敦子は大丈夫なん?」
麻由子はかなり心配してる様子で、敦子に何度も質問している。
「わからへんけど、おかしい気がするんよ。お父さんこんな事初めてやし、お母さんもオロオロしてるし、警察に届けに行くって言ってたぁ。」
「もう一週間も連絡ないし。」敦子もどうしたらいいかわからないようだ。
「敦子も連絡とれなっかったけど、何でなん?」麻由子は敦子を責める様に聞いた。
「うん、ごめんなぁ。お父さんに関係ある施設に行ってて、お父さんの事いろいろ聞いてたんやけど、その施設では携帯の電波が入らなかったんよぉ」
「今日、松江市内に戻ってきて、実家に連絡したら、麻由子が心配してるって、お母さんから聞いて連絡したの。ごめんなぁ。」敦子は今にも泣き出しそうな感じで話をしているらしい。麻由子も「うん、うん。」とうなずき、連絡がついて安心したらしい。
「それで、これからどうするの?」と麻由子は、敦子に聞いた。
「お父さん一週間前に京大の友人と松江で会ってから、行方が分からなくなったらしいんだよぉ。」と、父親と関係ある施設で聞いたとその内容を麻由子に話していた。
「だから、もう少し松江で調べてみようと思うんだぁ。」敦子はしっかりした口調で話している。
「大丈夫なん?一人で。」麻由子は心配して聞いた。
「何かわからんけど、胸騒ぎするし、もう少し調べてみる。」
敦子は一人娘でよく一緒に父親と出かけていたと聞いたことがある。敦子が大学で京都に来てからも、父親は母校の京大へ時々出張に来ていたらしい。その時は必ず一緒に食事をするらしく麻由子も何度か一緒に食事をしたことがあると言っていた。
「わかったぁ、敦っちゃん。」
「気をつけてねぇ。携帯切らんといてねぇ。」麻由子はそう告げて電話を切った。
麻由子は不安な顔をして私を見ていた。私の手を強く握り、今にも泣きそうな顔をして、でも、何も言わずに、私の顔を見て私の言葉を待っているようであった。
「どうしたん?敦子、大丈夫やったん?」
私は落ち着いた声でそっと麻由子に聞いた。麻由子はそれでも何も言わずに私を見ている。私は路地に麻由子を連れて入り、そっと抱いた。麻由子は微かな声で泣いていた。
小さな肩が少し震えていた。
私は麻由子の頭を優しく撫でながら、ただ抱いているだけであった。
私は、そんなに心配なのかと聞いた。
麻由子は首を振りながら、「順ちゃんがいるから安心してる。」「でも、敦子何か変やった。」と、麻由子は何か思い出すような顔をしてそう言った。
「何が変なん?」私の胸に埋めていた顔を、両肩を持って私の胸から離し、両肩をもったまま麻由子に聞いた。
「いつもの敦子やないねん。」「何か隠してる感じがするし、お父さんの事も何かある。お父さん何んかの事件に巻き込まれたんと違うかなぁ。」
麻由子はそう言うと、顔をまた私の胸に埋めた。
たぶん、路地にいる私たちを見て横を通る人たちも、新京極を通る人たちも、中年のオッサンが援交の女子大生を泣かしてると思っているやろなぁ。と思いながら麻由子が気が済むまでこのままでいいかと思っていた。
すると、麻由子はハッと何か閃いた様子で、私の胸から顔をあげて、「私、松江に行くから。」と言って私から一歩離れた。
それはかなり強い決意のようで、私は少し驚いた。私は「松江に行ってどうするの?」と聞くと、麻由子はわからないけど、でも行くと言って新京極を三条に向かって歩きはじめた。私はその後をついて行きながら、麻由子の今の気持ちを考えてみた。でも一人で行かせて敦子に会えればいいけど、やはり一人で行かせるのは心配で、麻由子の家族にも心配をかけるし、どうしたらいいのかわからないまま、「まゆちゃん、どうしても松江に行くの?」と聞いた。麻由子は私の二歩先を歩いている。急に振り向いて、そのまま後ろ向きに歩きながら「うん、行く。でないと気がすまない。」「学校も来週まで休みやし、行ってみる。」
「行ってどうなるかわからへんけど、何もしないより、京都にこのままいるより気分が落ち着くし。」麻由子は一気にそう話すと、また、前に向き直って歩き始めた。
私は少し考え「わかった。私も行くよ。」
私は麻由子にそう言うと携帯電話出して研究所に電話をした。一回のコールで事務員の朋子が出た。
「あっ、島崎です。事務長はいるかなぁ?」と事務長の吉田を呼んでもらった。
「はい、吉田ですが。」
「あっ栄ちゃん、島崎です。これから松江に行くから。」「えっ、松江って島根県の松江ですか?」
「うん、そう。島根大に用事が出来て、打ち合わせに行くつもりなんだぁ」
事務長の吉田は、突然の私の電話に理解が出来ずに唸っていた。
「何の打ち合わせですか?」吉田は唸りながら聞いた。
「キトサンの研究の新しい成果が出たらしく、今後の環境問題でどう応用が出来るか、その打ち合わせ。」と、言って日曜には帰るが、変更になったらまた連絡するから、と伝えて電話を切ろうとすると、ビルが測定器の設置を無事に済ませたと言って、シブシブ了解して電話を切った。
私は麻由子の顔を見て、「一応日曜まで時間あるし、これからすぐに行こう。」
麻由子は涙目になって「うん、ありがとう順ちゃん。でも、ごめんねぇ。我がままばかり言って。でも、ほんとに心配やし、ごめんねぇ。」と、今度はしっかり涙を流して、泣きながら、私の胸に顔を埋めてきた。
あぁ、これが昼間の新京極じゃなければ、もっとムードがあったのに。と、思いながら周りをを気にし、麻由子の涙を拭いてやった。再びラブ繋ぎで、三条を越えて御池通りまで歩いて、麻由子に「じゃ、まゆちゃん、マンションに帰って必要な物を用意して、四時に八条口新幹線の改札口で待ってるからねぇ」
と言ってタクシーを止めて麻由子を乗せた。
麻由子は、出町柳駅の近くの女性専用マンションに住んでいる。麻由子の乗ったタクシーを見送って、私もタクシーを止めて京都駅と告げた。
車内から携帯電話でレンタカー会社に連絡して、広島駅から松江までのレンタカーの予約をした。
それが終わると、松江の東急ホテルに連絡して、今夜から日曜までの予約を、到着が深夜になると付け加えて電話を切った。
時計を見たら3時前であった。京都駅は団体客が何組かいて、少しざわついていたが、その集団を掻き分けて、みどりの窓口に行き、三人ほど待って、広島までの「のぞみグリーン」を2枚買った。四時十三分発である。私は携帯を出して麻由子に四時十三分発である事を伝え四時までに八条口のいつものコーヒーショップに来るようにと言って電話を切った。
私は八条口の東にあるコーヒーショップに入り、アイスコーヒーを注文した。このコーヒーショップは、数少ない喫煙可能なお店である。京都駅を利用するときは、時々使っている。
煙草を取り出し火をつけ、アイスコーヒーを飲みながら、先程の麻由子と敦子の会話を思い出している。「お父さんが事件に巻き込まれた?」これは、何か嫌な感じがする。
もし、麻由子に危険が少しでもあると判断したら、すぐに連れて帰ろうと思った。
でも敦子の父親が行方不明になってから一週間、敦子に連絡が取れなくなって三日、そして今日敦子からの連絡。父親が松江で京大の研究者と会ってから行方が分からないということ。その研究者が誰なのか、敦子の父親はどんな研究をしてたんだろう。敦子が訪ねた施設はどこなんだろう。松江にそんな施設があるなんて聞いた事がない。大きな施設は原発しかないと思うが・・次から次えと疑問が湧いてくる。三本目の煙草に火をつけて、どこを見るともなしにボ~ッとそんな事を考えていたら、テーブルの横に麻由子が立っていた。
麻由子は私の向かいに座りアイスティーを注文した。スニーカーにジーパン、薄いグレーのティシャツに白のジャケットである。
トミーのキャップを深めにかぶって、黒のプラダのカバンを自分の横に置いて「待ったぁ」とニッコリ笑ってご機嫌である。
私が一緒に行くのが余程嬉しいらしい。
そういえば、二人だけで旅に出るのは初めてだ。私はこれからのスケジュールを説明し、深夜になるけど今日中に松江に着くのはこれが一番早いからと伝えた。それに車の方が便利だからとも伝えると、麻由子は「うん、うん。」とニッコリ笑って肯いている。
麻由子は私の顔を覗き込むように「初めてやねぇ。」と言って、ストローをくわえ又ニッコリと笑った。「えっ、何が・・」と聞き直すと、「お・と・ま・り」と今度は満面の笑みで私を見つめている。
「ああっ」と言葉にもならない返事をしてしまった、今これしか言えない私は、駄目な男だなぁと思ってしまった。時計を見ると四時である麻由子を促してレシートを持ってレジに行く。外に出ると「ご馳走様~」といつものセリフである。改札口の前で麻由子に切符を渡し改札する。改札を通った麻由子から切符を受け取り、ホームに向かう。どんな場合でも切符は私がいつも管理している。それが二人のルールでもあった。環境学会で出かけた横浜で、麻由子が切符を失くしたことがあって、それからのルールである。ホームに上がると麻由子は水を買いに行った。広島までは一時間半の行程だ。8号車は私たち以外に3組の客であった。
私は席に着くと「少し眠るから」と言って広島の手前で起こす様に言って目を閉じて眠りについた。昨晩からバタバタといろいろあったから少し疲れたようで、すぐに睡魔は襲ってきた。六十手前のおじさんだから仕方ないよな、なんて思いながらうとうととしていたら、麻由子が「今福山過ぎたよぉ」と私の体を揺すりながら起こしてくれた。
麻由子に水をもらい一口飲んで大きくあくびをして「もうじきだね。」と言って、短い時間だったけど良く寝たようだ。これからの行程を考えたら少しでも寝てないと、この睡眠は大事だと思った。
定時に広島駅に着いて、すぐに駅前のレンタカー会社に行き手続きを済ませ、車は松江で返すと伝え契約し、ナビを松江にセットして広島駅を六時過ぎに出発した」。
広島から松江まで中国地方を横断である。4時間程かかる行程であるが、麻由子は二人の夜のドライブが余程嬉しいらしく、鼻歌でかなりご機嫌である。ラジオから流れる音楽に合わせて首を動かしながら、流れる景色を窓から眺め、私が話す通過する町の歴史や観光案内を楽しそうに聞いていた。暫くは敦子のことを忘れてくれそうである。
私も麻由子に通過する町や夜景を説明しながら運転しているのでまったく疲れないし眠くなかった。
これが二人の初めての旅だと言うこともあるのかもしれない。麻由子とは知り合ってから半年が過ぎた。未だにキスもしてないし、そんな雰囲気にもなったことがない。なんとなく付き合い始め、麻由子が私の事をどう思っているのかも聞いた事もないし、思ってもいなかった。確かに三十七も離れ親子のようでもあるし、しかし、友人以上の感情はある気はする。私はだが・・・
広島から三次に向かい、五十四号線で出雲に進路を変える中国山地を抜ける山道である。昔、釣に行くのに良く通った道である。当時は若く元気であったが今はアラ還でもあるし体力も落ちてるから昔の様な軽快な運転は望めないのは仕方ない事だと思っている。9時過ぎに9号線に出た。山陰道である。右折して松江に向かう。
暫くすると左側に宍道湖が見えてきた。月の明かりで湖面がキラキラと輝いている。麻由子は初めて見る宍道湖を黙って見ていた。
「宍道湖はね、大国主尊が狩をした伝説があるんだよ。」「狩?」」そう、宍は猪の古い言い方で、宍が良く通る道と言う事で宍道湖なんだよ」「ふ~ん、面白いね。」
「でも奇麗やね、宍道湖。」と私は麻由子に問いかけると、麻由子は運転席の私を見て、「何かロマンチック。」「この宍道湖の側にある出雲大社に全国から神様が集まるんやろ。神秘的やね、それに歴史も感じるし。」そう言って、又宍道湖を眺めている。何か良く分からんけど感激はしているらしい。
「あと三十分ぐらいで松江に着くからね。」と言って麻由子を見た。麻由子は「うん。」と答えて私を見て、また窓の外を見ている。
少しづつ通過する道路にビルや人家が増えてきた。玉造温泉を過ぎればもう松江である。
県立美術館を左に見て暫く走り左折すればJR松江駅である。ホテルはその松江駅の前にあった。駐車場に車を停めて、麻由子のプラダのカバンを持ってホテルのロビーに向かった。地方都市のホテルだから、そんなに大きくないけど、清潔さは保持されているホテルの様だ。フロントで手続きを終え、8階の部屋に向かった。エレベーターを降り左側に進み一番奥の部屋であった。ツインの部屋はそれ程広くはないけど、寝るだけであれば充分であった。麻由子は窓のカーテンを開けて「うわ~川が見えるぅ。」と言って喜んでいる。
私はカバンをテーブルに置き、時計を見た、十一時前であった。「お腹空いたね。何か食べに行く。」麻由子は、そんなに食欲ないと言って、近くのコンビニのおにぎりでいいと、笑いながら言った。
「じゃ、何か買ってくるよ。部屋でのんびりしててよ。」と、私はドアに向かった。麻由子は「私も行く~。」と私を追いかけてきて私の腕をつかんで甘えた声で「私も行く」とニッコリと笑った。私は笑みを浮かべ軽くうなずき麻由子と一緒に廊下に出た。エレベーターに向かう私に麻由子はそっと手を繋いできた。
外は少し肌寒く、車も人もかなり少なく、駅前なのにとても静かであった。駅前にはタクシーが何台か客待ちをしていて、車の外に出て煙草を吸っていた。私達はホテルの前を渡り、地元のデパートの裏へと歩いて行き、NTTの横にあるコンビニに入った。全国展開しているコンビニであるから中は京都と同じである。私は山陰中央新報と言う地方紙を買い、コーラと水を買った。麻由子はおにぎりを何個か買って、プリンとアイスラテを買っていた。私はやはり少し何か食べておいた方がいいと思い、小さな地元の弁当を追加した。麻由子は満足そうに私の財布から支払いをしている。
私はレジ袋を受け取り先に外に出た。
麻由子が出てきて、手を繋ぎのんびりとホテルに帰って行った。ホテルの駐車場で車の中に荷物を入れて、水を持って麻由子に「少し散歩しようか」と言って手をとり、くにびき大橋に向かった。橋の真ん中で遠くに見える宍道湖を眺めながら、「あの宍道湖につながっている塩水湖があっちにあるんだよ。」と宍道湖とは反対の方を指差して麻由子に言った。
麻由子は橋の欄干に肘をついて、その手に顎を乗せ、月明かりでキラキラ輝いてる宍道湖を見ながら「ふ~ん」と興味なさそうに生返事をしている。麻由子は満足したのか、振り向いて「寒くなったから帰ろう」と私の手を取り自分の指を私の指に絡ませ大きく振りながら歩き始めた。麻由子は頭を私の肩に摺り寄せて体を寄せてくる。私は手を強く握り「早くかえろ~」と麻由子の手を引き走り始めた。麻由子は「いゃ~ん」と言いながら笑みを浮かべて一緒に走った。
車から荷物を取り、部屋に戻った。十一時半であった。私は麻由子にお風呂に入りなさいと言った。だが麻由子は「順ちゃん先に入ってよ。私時間かかるから」と私に先に入るように勧めた。私は了解して先に入る事にした。ジャケットとズボンをハンガーに掛けてシャツも脱ぎこれもハンガーに掛けた。靴下と浴衣を持ってバスルームに入った。
頭を洗い体を洗って靴下と下着を洗濯した。それをハンガーに掛けてドライヤーで髪を乾かしそれが終わると浴衣を着て下着と靴下を持ってバスルームを出た。「あぁさっぱりした。これで良く寝れそうだぁ」と言いながらクローゼットの中に洗濯物を干して、窓側の椅子に座って地方紙を読んでいた麻由子に「まゆも入りなさい」と言うと「はい」と答え地方紙を置きながら、先に食べてていいからね」と言って服を脱ぎ始めた。
「おいおい、ここで脱がないでよ、浴衣を持ってバスルームで脱ぎなさい。」(あかん、関東弁や)少し強めに言うと仕方なさそうに「は~い、順ちゃんやし別にいいのに~」と笑いながら、分かった、分かったと言いながら浴衣を持ってバスルームに入って行った。
私はテレビをつけて深夜のニュースを見ながら弁当を食べた。冷たくてそんなに特徴があるわけではないけど、余程お腹が空いていたのか、あっと言う間に完食してしまった。
ニュースはあまり興味のある内容ではなかったし、疲れもあったのかボーッと見ていた。
コーラを開けて喉を潤して一息ついた。テレビの音に混じって麻由子のシャワーの音が聞えてくる。麻由子もやはり疲れているのだろうと思いながらリモコンでチャンネルを変えるが関西の若手芸人の番組ばかりで見るものは何も無かった。私はテレビを消して地方紙に目を落とした。煙草に火をつけて新聞を読む。地方紙はいつ見ても面白い。都会でのニュースと違い、地域に密着したユニークな記事がたくさん掲載されている。広告も面白いし、こんな店があるんだとか、こんな商品があるんだとか思いながら最後のページを読んでいると麻由子がバスルームから浴衣に着替えて出てきた。
髪をタオルで拭きながら「あぁさっぱりした、なんか疲れ取れるわ~」と言いながら私の飲みかけのコーラを一気に飲んだ。ふ~っとため息をついてベッドに座って私を見た。
私は麻由子に何か食べる?と聞いたが麻由子は「明日の朝、美味しい物を食べるから」と言って冷蔵庫からラテを出してきて呑み始めた。「もう十二時回ったから寝ようか」麻由子にそう言って最後の煙草に火をつけた。麻由子はうんと頷き、ラテを呑んで、歯を磨くと言ってバスルームに向かった。歯を磨きながら部屋に入ってきて、「順ちゃん、下着洗ったんだぁ」と言ってクローゼットの中を見てた。「明日下着を買うから、取り合えずは、明日は洗ったのを履くよ。」と説明した。「そうかぁ、着替え無かったんだね、私は着替え持ってきたけど」「ごめんね、気がつかなくて」麻由子は申し訳なさそうに言った。「気にすんなよ、こんなのいつもの事だよ。中国なら十日は着替えなしやで~」と言うと、「そんなん私耐えれへんわ~」と笑いながら口を濯ぎにバスルームに行き、交代して私も歯を磨きにバスルームに行った。歯を磨き終えて「あぁさっぱりした。さぁ寝ようか。」と言って、麻由子にベッドは窓側か壁側かどちらにすると聞いた。麻由子は少し考えながら「順ちゃんの横。」と答えた。「えっ」と言って少し間があいて、ベッドは二つあるんだから、別々の方が良く寝れるよ。と言ったんだが、麻由子は私の横を譲らず、窓側のベッドにすべり込んで、右手でベッドをポンポンと叩いて、ここに来てと無言で言ってる。私は仕方なく麻由子の右側に布団を少し上げて滑り込んだ。少し間を空けて横になった。麻由子はすぐに私の胸に顔を埋め、体をピッタリとつけてきて、「おやすみ」と言って目を瞑った。私は電気を消して、お休みと答え、さぁこれで寝れるのか心配になってきた。私は目だけをそっと麻由子に向けた。小さく寝息をたてて、疲れたのだろうもう寝ている。私も明日の事があるので、ここは冷静に寝る事にした。*