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第7話 冒険者界隈


 目を覚ますと、セーラー服の猫耳が紺色のスカートの上で何か縫い物をしていた。


「ニャ、おはようございます。玲斗さま」


「……うん」


 あくびをして庵の外を見ると、空はまだ明るい。


 昼過ぎってとこか。


「よし。じゃあガランの滝へ行ってみるか。さと子、場所わかる?」


「だいたいなら……」


 だいたい?


「清十郎さまと何度か行ったことがありますから、近くまで行けば匂いでもわかると思いますニャ。ただ……」


 さと子は少し困ったように耳を垂らす。


「東の方は山道が入り組んでいるんです。魔物の解体のこともありますし、冒険者の案内があった方がいいと思います」


「なるほど」


 そうなりゃライラだな。


 彼女には聞きたいこともある。


 源蔵に魔力変換とやらをしてもらったあと、実際にどう魔法として使えばいいのかが問題になるはず。


 見るからに物理系の女戦士だったライラも、森では探知や身体強化の魔法を使っていたらしいし……


 そこらへんを教えてもらおうという魂胆もあった。


「メシでもおごれば教えてくれんじゃねーかな」


「ニャ」


 そんなワケで、俺たちはまずイールの街へ向かった。


「ライラさんでしたら、今は街にいませんよー」


 冒険者ギルド。


 いつもの受付嬢にそう言われた。


「つい先ほど、ソン村へ向かいました。あちらの街道で盗賊が出るそうで、その調査です」


「えー……」


 さっそくアテが外れた。


「帰り遅くなりそうかな? どのへんにある村なん?」


「街を出て東です。ガランの滝へ向かう道から、少し南へ入ったところですね」


「あ、俺たち。その滝に行こうと思ってるんだけど」


 受付の女は、少し困ったような顔になった。


「ガランの滝ですか……非常に入り組んだ山道になりますよ。それに、時おり姿を消すという噂もあります」


「滝が?」


「はい。前に見つけた場所へ行っても、何もなかったという方がいらっしゃるんです」


 あー、なるほど。


「滝が消えることについてはおそらく大丈夫だ」


「へ……? はあ。そうなんですか?」


 受付は首をかしげながらも続ける。


「ライラさんは不在ですが、誰か冒険者を護衛にお付けしましょうか?」


「護衛か……」


 魔物の相手だけなら、自分でなんとかできるだろう。


 でも山道の案内はしてほしいし、魔物を倒したら解体してくれるヤツもいた方がいい。


 ライラにはずいぶん助けられたからな。


「じゃあ、一人頼もうかな」


「はい。ええと、料金は4万ボンドになりますが」


 4万ボンドは硬貨だと銀貨1枚ぶんだそうな。


 安いもんだ。


「いいよ。道案内と魔物の解体が得意なヤツを頼む」


「かしこまりました」


 俺が代金を払うと、受付の女は向こうのテーブルで酒を飲んでいる男たちの方へ向かって呼びかけた。


「護衛のお仕事でーす。誰か行けますか?」


「おう」


 立ち上がったのは、ゴツい革鎧を着た大男だ。


 腰には大きな剣。


 そして、まるで世紀末のような赤いモヒカン頭をしている。


「オレが行く……」


「わかりましたー。頼みますね、ボウズさん」


 ややこしいな……


 モヒカン頭のボウズという男は、ギロリとこちらを見下して言った。


「お前らがライラさんのお気に入りって噂の二人か?」


「お気に入りかどうかは知らんけど……この前、街を案内してもらってさ」


「ふんッ、あの人も面倒見がいいからなあ」


 なんだか引っかかる言い方だが、ライラの面倒見がいいのは確かだ。


「ボウズ。あんたもライラとは知り合いなん?」


「知り合いも何も……ここらで冒険者やってて、ライラさんに頭の上がるヤツはそういねえよ」


 へえ。


 かっこええな、ライラ。


「だからって調子乗るんじゃねえぞ? わかってんだろうな?」


 なんかすごんでくる。


 大丈夫かな、コイツ。


「俺は玲斗。で、こっちはさと子。道案内と解体、よろしくな」


「ニャーす」


「……チッ、滝が見つかるかまでは保証できねえが、近くまでは連れてってやる」


 そう言って、男はさっさと出口へ向かう。


「もう行くの?」


「当たりめえだろ! 山で暗くなったら面倒だぞ!」


 口は悪いが、まあ、道は知っているんだろう。


 俺たちはモヒカンの背中を追いかけた。



 ◇



 イールの街から東へ進む。


 はじめは馬車も通れそうな道だったが、やがて登り坂が多くなり、道の両側に木々が迫ってきた。


「猫耳の嬢ちゃん」


 ボウズは振り返ると、さと子を見た。


「疲れたら早めに言えよ。いきなり倒れられちゃ困るからな」


「ニャ、平気です」


 さと子はしっぽを揺らしている。


 妖怪だしなぁ。


 たぶん、俺たちの中じゃいちばん元気だぞ。


「ボウズ、ソン村にも行ったことある? ガランの滝へ行った後に寄りたいんだが」


「問題ないが……ライラさんへのあいさつか?」


「まあ、そんなトコ」


「ふんッ、媚びていやがる。でもその頃には盗賊をふん縛って、街へ戻ってるかもしれねえけどな。あの人は仕事が早いからよ」


 それもそうか。


 会えなかったら、村でメシでも食って帰ろう。


 そんなことを考えながら、さらに山道を進んでいった。


 やがて、人の通った跡よりも獣道の方が目立つようになってくる。


 これは案内を頼んでおいて正解だったな。


 そう思った矢先。


 茂みから緑色の魔物が三匹出てきた。


「ゴブリンだ! 下がってろ!」


 ボウズが大剣を抜く。


 あっという間に一匹。


 返す剣でもう一匹。


 逃げようとした最後の一匹も、背中から斬り倒した。


「おお」


 思ったよりちゃんと戦ってる。


「へへッ、ざっとこんなもんだ」


 ドヤ顔のボウズ。


 威張らなきゃもっといいんだがな。


 さて、その後もボウズを先頭に道を歩いていったのだが……


「玲斗さま……」


「ああ」


 さと子の耳が、ぴんと立った。


 妖気のような気配。


 けっこう強い……?


 前の曲がり角の奥だ。


 ――バキ、バキッ……


 枝の折れる音とともに、大きな人影が木々の間から出てくる。


 いや、人じゃない。


 頭はブタのようで、口から太い牙が突き出ていた。


 身体はボウズよりもさらにひと回りデカい。


「チッ、オークか。離れていろ」


「あ、待て……」


 制止しようとするが、ボウズはまた大剣を抜き駆けていく。


――カッ! ごおおおお……!!!!


 その時、ブタ頭の魔物が持つ杖から、火炎放射器のような炎が発射された。


「なっ……」


 ボウズは間一髪足を止めて、炎から逃れた。


「上位種? オーク・メイジか? この辺に出るような魔物じゃねえぞ……!?」


 困惑するボウズをよそに、ブタ頭が杖を掲げる。


 再び、先端に赤い光が集まり始めた。


「おい、オマエ。嬢ちゃんを連れて、来た道を戻れ」


「え? あんたは?」


「オレが足止めする」


 さっきまでの横柄な口調が、妙に静かになっていた。


「倒せそうなのか?」


「……無理だ」


 剣を握る手が震えている。


「なら、オマエ逃げた方がいいんじゃね……?」


「いいから行け!」


 覚悟の上か。


 根はマジメなヤツなんだな。


 見直したわ。


 ――チュイーン……


 魔物が持つ杖の先の光がふくれ上がっていく。


「うおおおおお!」


 放射される炎を前に、ボウズは剣を構えた。


 ――チュイーン……ごおおおおお……!!


「かあちゃーん! うわああああ……!」


 断末魔のような声を上げるボウズ。


 が……


 彼に攻撃は一ミリも当たっていない。


 魔物が放った炎は、何もない空間に押しつけられたように平たく広がり、そのまま上へ流れて消えていったのである。


「……あ?」


 ボウズは剣を構えたまま固まっている。


 身をすくめていた首を、そろそろと起こした。


「なんだ……今の……」


「結界だよ」


 そう。


 ボウズのモヒカン頭の上には、俺の霊力で形成した盾が展開されている。


 コイツには見えてねえみたいだけど。


「もう大丈夫だから、ちょっとどいてくれ」


「へぁああ……?」


 肩に手を置いて横へずれてもらう。


 俺は財布から護符を取り出し、魔物へ向けた。


「禍津、祓え!」


 ――ちゅどーんッ……!!


 巨体が、地面から浮き上がる。


 そのまま道の向こうへすっ飛んでいくと、木々をなぎ倒してそのまま倒れた。


「こんなもんか……」


 気配は完全に消えている。


「さと子、どうだった?」


「ニャー! カッコいいですニャー」


 猫又はセーラー服の胸の前で両手を合わせてピョンピョン飛び跳ねていた。


 かわいい。


「これくらいの魔物はちゃんと解体しておいた方がよさそうだな。ボウズ、頼む」


「……」


「おい?」


 ボウズはなんか知らんけど固まっている。


 怪訝に思って「おーい」と手など振っていると、彼はガバッといきなり頭を下げた。


「すんませんッした、兄貴!」


「ぁあ?」


「そんなケタ違いの実力者とは……とんだナメた口を利きましたッス」


 豹変しすぎだろ。


 せっかく見直したのになあ。


「これからは兄貴と呼ばせていただくッス!」


「にゃー。玲斗さま、かわいい家来ができましたね」


 かわいいのはオマエだ。


「また一つ鴉丸家再興に近づきましたニャ!」


「おー!」


 ワケもわからず喜んでいるガラの悪いモヒカン。


「どーでもいいけど、アレの解体頼むってば……」


 俺はため息をついて、そう言った。


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