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第1話 名門鴉丸家


 平安時代からつづく退魔の名門、鴉丸(からすま)家。


 戦国時代に妖怪大戦争を沈めた功績が特に有名で、その後、昭和の半ばまで日本の裏側へ多大な影響を与えてきた。


「いらっしゃいませー」


 しかし、その最後の末裔である俺は、ショッピングモールでモップを握っているワケだが……


 そう。


 あらゆる困難が科学で解決するこの令和の時代……妖怪や悪霊の棲(す)む闇なんてほとんど消えてしまっていた。


 もはや霊能力はカネにもならない。


 そんなことはガキの頃からわかっていたから、勉強して大学へ行き、そこそこ良い会社に入りはしたんだけどねー。


 結局なじめず5年でヤメてしまった。


 それからはずっとバイトで生計を立てている。


 時給は1090円で、内容はモール内の清掃だった。


「鴉丸くん、上がっていいよ」


 社員の人がそう言うので、俺は「どうもー」とあいさつしてバックヤードへ足を向けた。


 はぁ……


 正直バイトで毎月の生活費を稼ぎ続けるのはキツイ。


 このまま年だけ取っていくのかと考えると、ちょっと落ち込む。


 でも幸い、住むところだけは家を相続していたから、そこはマジ助かっているんだけどね。


 ――スポポポポポ……


 俺は原チャリで山道を登り、一軒の古い屋敷の前で停まった。


 これが俺んちである。


 同時に、鴉丸家最後の財産だ。


「ただいまー」


 と言って玄関を開けるが返答はない。


 この屋敷に一人暮らしだからな。


 俺は鍵を閉め、カバンを放ると、冷蔵庫から炭酸水を取り出して居間へ向かった。


「〇谷はまたホームランかぁ」


 だだっ広い居間。


 疲れた身体で座椅子にもたれ、テレビのチャンネルを回す。


 そんな時だ。


「……」


 誰もいないはずの部屋の隅に、ふと気配を感じた。


「誰だッ!」


「あ、ええと、その……」


 振り返ると、そこにはセーラー服を着たおかっぱ頭の少女が立っていた。


「ここは鴉丸家でよかったでしょうか……ニャ?」


 しかし、その頭には猫の耳が生え、プリーツスカートのお尻からもふわふわな尻尾が生えている。


「いかにもそうだけれど……アンタは、猫又か?」


「はい」


 返事をすると猫耳がぴょこんと伏せる。


「へえ。妖怪なんて久しぶりだなあ。で、なあに? かたき討ちか?」


 俺が指先に霊力を集めると、猫又はあわてて言った。


「にゃあっ!? ち、違います! 私は清十郎さまの式神で、さと子と言います。決して逆らいませんニャー」


 なんかビビり散らしている。


 少なくとも敵意はなさそうだが……清十郎?


 名前にピンときた俺は、隣の部屋の和室の押入れを開き、一つの巻物を引っ張りだした。


 代々伝わる家系図である。


「ええと、俺の親父の、親父の、そのまた親父……」


 清十郎は、俺のひいじいさんにあたった。


 そうだ。


 たしか、俺が生まれる前に『異なる次元の世界』へ行って、そのまま帰って来なかったひいじいさんがいるって聞いた覚えがあったな。


「あなたが現在の鴉丸家ご当主ですか? にゃ?」


「そうだ。ここの玲斗(れいと)ってのが俺だよ」


 俺は巻物の一番最後に書かれた名前を指す。


 猫又は「ニャ……」と考え込むと、こう続けた。


「それでは申し上げます。この度……清十郎さまが異世界の地でお亡くなりになりました」


「……はあ? つーか、今まで生きてたのか?」


「はい。享年103歳ですニャ」


 すげえ。


「葬式とかある?」


「いらないと言っておられましたが、ささやかながらお墓を作りました。ご案内いたしますニャ」


「ああ。頼む」


 セーラー服姿の猫又――さと子は、しっぽをひるがえすと、屋根裏へ続く梯子の下へ向かった。


 そこは普段、古い座布団やら壊れた掃除機やらを突っ込んでいる物置同然の空間だ。


「こちらですニャ」


 さと子はそう言って、俺がずっとただの板壁だと思っていた、なんでもない場所に指をかける。


 ――ズズ、ズズズズ……


 板壁は、何食わぬ顔で横へ滑っていった。


 その向こうには真っ暗な洞窟のような場所が見える。


「……この屋敷にこんな謎空間があったんだな」


 俺は玄関からクツを持ってくると、そーっと足を踏み入れた。


「どっかに繋がってんの?」


「すでにここは異世界です。あちらから外へ出られますニャ」


 たしかに、向こうの岩壁が薄ぼんやりと照らされている。


 そんな洞窟空間を抜けると、そこは陽の光にあふれた野原であった。


「うーん、たしかに異世界のようだな……」


 そう。


 家の外はすでに夜だったはずだが、ここはどう見てもまっ昼間だ。


 草木も日本のものとは微妙に違う。


 それに……


 心なしか霊力が湧き出る感じがした。


「のどかな野原だな」


「にゃー」


 スペースは小さく、辺りは森に囲まれている。


 はじっこには小屋が一つ建っていて、その隣にはお墓らしきものがあった。


 小さな石に、黄色い花がお供えされている。


 俺たちは二人並んで手を合わせた。


「清十郎さま……」


 となりの猫又は、少しさびしそうに見えた。


 家系図の中の名前でしかなかったひいじいさんだけれど……


 ちゃんとここで生きて、死んだのだ。


「ありがとう。ひいじいさんのお墓、お前が作ってくれたんだな」


「にゃー……」


 そう言っておかっぱ頭をサラサラと撫でてやる。


 さと子は目を細めていたが、それでも尻尾の先だけは、少し元気なく揺れていた。


「猫又……さと子だっけ? お前、これからどーすんの?」


「私は鴉丸一族の式神ですニャ。清十郎さまが亡くなった以上、主(あるじ)は現当主。どうかお仕えさせてください……」


「俺かぁ」


「ニャ……ダメですか?」


「いや……」


 ダメじゃないんだけどな。


 猫又は超強力な式神である。


 それだけに『幻想』の余地がない現代日本へ連れて帰っても、長くは存在を保てない可能性もあった。


 実際、妖怪なんて近ごろとんと見ない。


 じゃあ……


「俺もひいじいさんみたいに異世界で暮らしてみるか……?」


 日本じゃ退魔師なんてもう商売にもならないし、モールの床を磨く代わりならいくらでもいる。


 少なくともこの異世界は、さと子が存在できるような幻想の余地があるっぽい。


 なんなら、俺のうだつのあがらねー人生だってやり直せるかもしれない。


 ただ……


「それじゃ鴉丸の屋敷が維持できないってとこがネックだな」


 そんなふうに、まだ答えの出ないことを考えていた時だ。


 ――ドーン……!!


 ふいに、低く大きな音と、地面の揺れを感じた。


「なッ、地震か?」


 いや、違う。


 妖気……のようなモノを感じる。


「近いぞ。あっちだ!」


「にゃー!」


 俺は妖気の方へ駆けていった。


 すると、森の木々を超える巨大なトカゲみたいなのが見える。


「なんだあの妖怪は……」


「あれはこの世界の魔物、グリーン・ドラゴンですニャ」


 ドラゴンか……


 確かに妖怪とは毛色が違う。


 さらに近寄ると、そのドラゴンの前に、人が立っているのが見えた。


 槍を持った金髪の女で、ぴっちりとした水着型アーマーを装備している。


 まるでファンタジー系のRPGの戦士のようだ。


「あの女は?」


「おそらく冒険者ですニャ」


 どういう職なのかはよくわからんが、プロか。


 しかし……


「マズいな」


 女は必死に槍を振っているが、ドラゴンの身体があまりにデカすぎだ。


 攻撃が通っている気配が、ほとんどない。


「なんで逃げないんだ?」


「ニャ……ヤツは足も速い。逃げだせばすぐにやられてしまいますニャ」


「そうか。やれやれ……」


 俺はため息をついた。


 異形のモノとの戦闘なんて小学生の時の悪霊退治以来だな。


 なまってねえといいけど。


「おい! こっちだブサイク野郎!」


 俺は道へ飛び出して、怒鳴った。


 ドラゴンの背中が、怒気で膨らんでゆくのが見える。


「なっ……よせッ!! 巻き込まれるぞ!」


 槍を持った女が叫ぶ。


 一方で、ドラゴンの鼻先がゆっくりとこちらを向き、大きな口を開けた。


 ――グオオオオ……!


「へえ、頭悪そうなのに悪口言ってんのはわかるんだな」


 俺はそう言うと、指先に霊力を集めた。


 同時に、ドラゴンの大きな牙が襲いかかって来る。


「玲斗さま……! 避けてニャ!」


 避けない。


 ドラゴンの牙は、俺の頭上でピタリと止まってしまったからだ。


 ――グ、グオ……?


「無駄だよ。結界だ」


 頭上に展開した霊力の盾。


 ヤツにはそれが見えないようだ。


「オマエに恨みはないが……人を襲うんじゃしょうがない」


 俺はポッケから悠々と財布を取り出し、一枚の護符を出すと、敵へ向けた。


「禍津、祓え!」


 次の瞬間、ドラゴンの巨体が宙に浮いた。


 ――ブオオオオッン……!!


 それはすぐさま数十メートル後方へ吹っ飛んでいき、森の木々をメキメキとなぎ倒してゆく。


 後にはパラパラ……と砂ぼこりだけが舞っている。


「なッ……!?」


 振り返ると、槍を持った勇ましい女がぽかんと口を開けていた。



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