第1話 マーケティング・コンサルタント
「石神さんもああいう案件を持って来てくれたらうれしいんだけどねぇ」
駅へ向かう帰り道、石神達也は、さっきクライアントの社長から言われた言葉を思い出していた。「ハハ……」と、その場では苦笑して誤魔化した。しかし、内心では少し苛立っていた。
隣を歩く秘書兼恋人の美由紀が、石神の顔を覗き込む。
「イヤなやつだったねぇ」
「まぁあの社長とは長い付き合いだしサ。軽口と多少のイヤミを言われるのも仕事のうち」
「それにしても、面白い話だったね」
「まぁ……な」
YUZUNOKIとサニーズという二つのスーパーマーケットのM&A。そしてその上場話。その裏には、兄弟間の相続問題まで絡んでいたという。それだけならよくあるM&Aの話で終わっていたのだが、それをまとめ上げたのが、一介の経営コンサルタントだということだった。
それを聞いたクライアントの社長が、同じくコンサルタントの石神に、半ば冗談、半ば本気で「アンタもそういう話の一つや二つ持ってきなさいよ」という意味を含めて言ったのだった。
M&Aや上場だけの話なら単なる世間話だ。聞き流していればそれで済む。しかしそこに同じコンサルタントの話を持ち出されると話は違ってくる。アンタより他のコンサルタントの方がいいんじゃないのか?と言われた格好だ。
「私はマーケティングが主ですから、M&A案件は分野が違いますよ」
そう言って逃げることもできたが、それは言わなかった。そう言ってしまうと、見縊られてクライアントから契約を打ち切られることはともかくとして、顔を知らなければ名前も知らない同業者に負ける気がした。
「それで、どうするつもり?」
「どうもこうもないッ。そういう案件がゴロゴロと転がっているわけがないし、何より個人でやってる気楽なマーケティング・コンサルだぜ?分野も違うし、そんな案件あるわけないっつーの」
「そりゃそうよねー」
「と言ってもああ言われてなにもしないってわけにゃいかないわナ」
石神はそう言ってスマホを取り出して電話をかけた。かけた先は、石神の元上司である山中武志である。




