――僕はおかしくなった。
異性を見て興奮するし、
彼女に声をかけられると、
恐ろしい衝動に駆られる。
怖くなって、家まで走って帰った。
僕が僕ではなくなってしまった
ように感じ、部屋から出られずに居た。
周りのものをすべて壊してしまいそうで
僕は自分が怖くなった。
それでも僕にはまだ救いがあった。
おかしくなった僕に、
パパが相談に乗ってくれた。
「そんな時期か。」とパパは頷いた。
パパと一緒に町の病院まで行き、
レントゲン写真を撮ったり、
血液検査をしてもらった。
注射はもう怖くはない。
「狼男だね。」
と、医者のおじいさんが言った。
「先生。」と、パパが強く言った。
「あぁ、違ったか。
いまの子は人狼と言うんだね。」
医者の先生が改めたのでパパも頷く。
レントゲンの表示された画面に線を引き、
マウスで数字を書いていく。
「白い部分の肋骨は、
多くの人は12対あるが、
君の肋骨は13対になっている。
まあこれは稀にあるので、
これだけで狼――
人狼とは決めつけることはできない。」
先生が、次には別の画面を映し出した。
難しい外国の言葉や、
記号や数字の書かれた表だった。
「血液が人間のものではあるようだが、
赤血球抗原に人狼特有の反応があり、
診断結果としては人狼と判断できる。」
「人狼って…どうなるの?」
僕は困惑して、パパの顔を見た。
「安心しなさい。昔とは違うからね。」
パパは不安がる僕に優しく言う。
「狼男は夜道に婦女を襲うし、
牧場に侵入しては家畜を盗んだり、
夜に叫んでは迷惑がられたがね。」
「人狼は男に限りませんよ。」
パパは先生を叱るように言った。
「昔は魔女狩りなんてのもあったが、
あれも対象は女に限らなかったな。
ただの人間が相手であっても
理性を失ったゾンビのような群衆が、
魔女だ人狼だと言いがかりを付けて
酷い扱いをする事件も起きた。」
先生はひとりで頷いていた。
「医学が進歩したおかげで、
怪しい裁判や私刑なども減り、
まともな診断が下せるようになった。
いまの子はこれを属性というのかね。」
――属性…。
「自分が何者で、どういう存在かを
知っておいた方が対処しやすかろう。
君くらいの年齢になると、
自他との境界が曖昧に感じ、
不安を覚えるものだ。」
「興奮して叫びたくなったり、
怖い想像があって――
どうしたらいいんですか?」
「僕も昔は勉強ばかりしていたから、
衝動に駆られる時は隣町まで走ったり、
自慰を良くしたね。」
「自慰…。」
僕が言葉を失うと、パパが咳払いをした。
「いまの子は
セルフプレジャーというのかね。
湧き上がる衝動は
別の部分で発散させて、
身体や脳を疲れさせることだ。
多様性が叫ばれる現代だ。
属性を理解し合えば、
助けて貰うこともできるだろう。
無理にとは言わんがね。」
先生はさらに続ける。
「社会との接点を放棄して、
欲望のままに生きるのも否定はせんよ。
まぁ僕は自慰に励んだおかげで、
こうして医者になれたからね。」
「先生。」パパが僕の代わりに呆れている。
「人狼などと呼ばれる通り、
人の身体に狼の血が混ざっている。
おかげで成人になれば、
犬用に献血もできるようになる。
人狼による社会貢献というものだ。」
「狼なのに?」
「犬も元を辿れば狼だからね。」
「狼は元々群れで生きる動物だが、
主従関係を大事にする生き物だ。
まだ若い君は、
父親から学ぶことも大切だ。
外で主従を明確にしたいのなら、
たとえば生徒会にでも入って、
組織を率いるのはどうかな。」
僕は首を横に振った。
想像してみても、誰かの上に立つのは、
僕の性格的には向いていないと思う。
「わしのようにこうして
独立する者もおれば、
組織に属して家族を守る方を
選ぶ者もおるからな。
どこかで誰かの眷属になるのも、
一概に悪いことではない。」
先生はパパを見て、またひとりで頷いた。
パパが僕の肩に手を置く。
「考えて、悩むのも悪いことではないが、
ひとりで抱え込む必要はないよ。
いつでもパパに相談してくれ。」
「ともあれ君ぐらいの年の子だと、
ネットで調べたりAIに訊ねて
都合の良い情報を信じる子も多い。
家族に相談したのが良かった。
お父さんは良い教育をされている。」
僕の行動でパパが先生に褒められて、
僕はそれだけで嬉しくなった。
自分の属性が分かると、
不思議と不安は薄れた。
僕はおかしくなった理由を知らせたくて、
家に帰ってからすぐに山に走った。
僕の家は過疎な田舎にあって、
山の麓にある隣の家まで
徒歩でも10分程の距離がある。
そこにはカミラという、
僕と同い年の子が住んでいる。
彼女の家は山の中腹に建てられた
古いお屋敷で、広い敷地は槍の形をした
背の高いフェンスに囲まれている。
「属性がわかって良かったわね。」
カミラの言葉に僕は頷く。
広い廊下を歩いて呼吸を整えながら、
僕は彼女の部屋に招かれた。
白い肌は血管が透き通るほど薄く、
人形のように輝く赤い瞳が僕を見つめる。
線が細く、それでいて柔らかな身体が、
僕の奥底にある食欲を掻き立てる。
僕は彼女を見て、また興奮していた。
でもこれは人狼という属性のせいで、
走って来たからいつもよりも
衝動は抑えられている。
カミラとは子供の頃から一緒だった僕が、
人狼だったと告白しても驚いたり、
拒絶もせずに受け入れてくれた。
「私とあなたの関係は、
属性のひとつで変わったり、
絶たれたりはしないわ。」
彼女は僕の身体を抱き寄せて、
優しく肩を撫でてくれた。
「ここに座って。」
彼女の言葉に従って僕は椅子に座ると、
カミラは机から小さな道具を取り出した。
「これは見たことあるかしら?」
長方形をした半透明の器具。
なにか分からず、僕は首を横に振った。
「穿孔器といって、
耳にピアスの為の穴を開ける道具よ。
私も14歳になったから、
ママに買って貰ったの。」
「カミラが耳に穴を開けるの?」
「私ではなくて、あなたの耳によ。」
「僕の?」
鏡の前で、彼女は僕の耳に触れて摘む。
「きっと似合うわ。あなたは可愛いもの。」
彼女は黒髪から耳を出して、
銀のピアスを僕に見せてくれた。
「すごく似合ってるよ、カミラ。」
「ありがとう。
属性が分かった時に開けたの、私も。」
「カミラの、属性?」
彼女は少し照れて頷く。
「私の属性は吸血鬼だから。
私の初めての相手はあなたが良いわ。」
「カミラが、吸血鬼?」
「ママか、あなたのお父様から
聞かされてなかったのね。
私はあなただから教えたのよ。
首にするチョーカーも
あなたになら似合うけれど、
あなたを私の眷属にするには、
私が血を吸う必要があるんですって。」
「僕が、カミラの、眷属に?」
赤い唇が小さく微笑する。
彼女は細い指で消毒液の容器を摘み、
僕の耳を拭いていく。
「あなたを噛んで傷つけるのは、
私も心が痛むもの。」
彼女は耳元で囁き、息と熱が伝わる。
柔らかな手が、僕に穿孔器を渡す。
「カミラの眷属になると、
僕はどうなるの?」
「私の眷属になれば、
あなたは人狼の衝動に
悩まされることは無くなるのよ。」
彼女は僕の手を握り、
指を交わらせる。
「大人になっても互いの属性に関係なく、
一緒に居られるようになるし、
あなたは今よりももっと魅力的な
あなたらしくなれるわ。」
それはとても良いことだった。
僕は穿孔器を見て、
消毒された耳たぶに当てる。
注射と同じでもう怖くは無い。
ステンレスの針が肉を穿つ。
「痛くはなかったでしょう?」
不思議と痛みはあまり感じなかった。
「僕も、カミラと
ずっと一緒に居たいから。」
僕はカミラを疑ってはいない。
幼い頃から僕達は一緒だったし、
これからもずっと一緒だと信じている。
「私を受け入れて。」
カミラがまた僕の耳元で囁き、
柔らかな唇が耳たぶを覆う。
彼女の熱が、感触が、唾液が
身体に入り込む感覚に包まれる。
僕が、彼女に、食べられる。
――僕はおかしくなった。
でも変わってない。
彼女こそが僕の主で、
僕の命に代えても守るべき存在。
彼女の胸に頭を抱かれると、
身体の内側から激しい熱を発する。
「これで私達はずっと一緒よ。
私のママの眷属になった
あなたのお父様みたいに。」
僕の欲望は満たされ、
彼女の赤い唇を見て、
次の命令を静かに待っていた。
(おしまい。)
