花一匁荘
♦︎登場人物
月野うた(32)無名の小説家
大家さん(35)(性別不明)
黒崎蓮人(29)編集者
緑川つとむ(みどりかわつとむ)(29)蓮人の友人
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花一匁荘に住む月野を訪ね、黒崎と緑川がやって来た。
黒崎と緑川はスーツをピッと決めている。
坂を登った崖にも近い場所にある小さなアパートだった。
門のところに、ある人が立っているのが見えた。
「どちら様だい?」
ウェーブがかった長い髪の大家らしき人が訪ねる。
化粧は少々濃いめで花柄のワンピースを着ている。
だが、口調も声も明らかに男性だ。
「え!?男性!?」
「そうだよ。」
「編集者をやっている黒崎です、こっちが緑川。」
「何でお前はそんな平静なの!?」
「喋る前からなんとなく気付いていたから。」
「僕、喉仏出にくいタイプなんだけどバレてたか。」
「この辺りに樹菜々(きなな)という方はいらっしゃいますか?」
大家が「知らないな」と言おうとすると、
後ろから声が聞こえた。
すると、化粧気のない女性が現れた。
「樹菜々は私のペンネームですが・・・。」
大家さんはそのことは知っていてうたを応援してくれていた。
「俺達、あなたに小説を書いて欲しくて来ました。」
編集者か。
「でも、どうしてこの辺りに私がいると?・・・。」
「近くのカフェであなたの小説が紙に書かれて飾られていました。無料開放で。名前も書かれていて。
そこで、この辺りに住んでいるのかもと勝手に・・・すみません。」
「もちろん、あなたの住む場所を公表したりしませんからどうか安心して下さい。」
「黒崎の奴が樹菜々さんに会ってみたいと聞かなくて。
めちゃくちゃ作品に見入ってたんですよ。」
「こんな無名の私の作品をですか?・・・。」
「俺、あなたの作品をもっとちゃんとした形で皆んなに知って欲しいんです。」
「お気持ちは嬉しいですが・・・私、売る気はないんです。自由にのんびり書きたくて。
こじんまりとした活動にしたいんです。」
「あーあ、振られてやんの。」
背伸びをしながら言われ、黒崎が軽く睨む。
「うるさいぞ。・・・樹菜々さん、そうだったんですか・・・。」
「あれ、というかこのアパート、共同キッチンあるんですね。」
その時、緑川が空気も読まずに看板の横に書いてある共同キッチンの文字を読んだ。
「あるよ。これからご飯作るけど、二人も良かったら食べて行くかい?月に一度、皆んなで集まって食べてるんだ。」
大家が優しく声を掛ける。
「え?いや、さすがに部外者が入るわけには・・・。」
申し訳なさそうに言う黒崎の隣で目をキラキラさせながら緑川が言う。
「え!マジ!俺腹減っていたんですよ!」
「つとむ、少しは遠慮ってもんを・・・。」
「大家の僕が良いって言ってるんだからいいのさ。
さ、入った入った。」
二人は大家に押し込まれる形で半ば強引に共同キッチンへと案内された。
♦︎
食事の場には、
大家、月野、少年が二人、編集者の黒崎、その友人の緑川がいるという異様な空間が広がっていた。
「うわぁ、カレーうまそ〜!!」
「ちゃんと頂きますしろよ。」
はしゃぐ緑川にすぐさまツッコミを入れる黒崎。
「いただきます!」
それぞれが手を合わせ、食べ始める。
「うま!!」
「大家さん、美味しいです。」
「そうかい?それは良かったよ。沢山作ったからどんどん食べておくれ。」
「なんだか、いいですね。こういう賑やかなの。」
「そう?そう言ってもらえて良かったよ。
無理矢理連れて来ちゃったからさ。」
少年二人はわいのわいの言いながらカレーを美味しそうに頬張っている。
その横で大家とうたが二人を見ながら微笑んでいる。
そんな人たちを黒崎がもう一度見る。
「いいえ、凄く楽しいです。」
緑川は、嬉しそうに目を細める黒崎をチラッと見ると
また食べ始めた。
♦︎
緑川に勧められるがまま、
二人で外を散歩しながら話をすることになった。
近くには川が流れていてその両側に菜の花が咲き誇っている。
「俺、月野さんに会えて良かったです。
どんな方か気になっていましたから。」
「すみません、せっかく来て下さったのに、こんな何の取り柄もない地味な女で・・・。」
「そんなことないです。月野さんが温かい人だと分かりましたから。」
「それは・・・どうもありがとうございます。」
「またあのカフェに行きます。なので、また作品見せてくださいね。」
「はい。私の作品で良かったらいつでも。」
♦︎
「で、どうだった黒崎?顔に惚れたって書いてあるんだけど。」
「うん。」
「結婚してなくて恋人もいないみたいだったな。」
「うん。」
「で、どうすんの?」
「好きになってもらう。」
「ひゅー、イケメンがイケメンなこと言ってるわ。」
「茶化すなよ。」
「へいへい。」
「けどさ、本当に良かったな。」
「急にどうした?」
「いや、なんつーか、賑やかな食卓っつーの?
黒崎知らないって言ってたじゃん。
嬉しそうにしてるお前見てたら、なんだかこっちまで嬉しくなっちまってさ。」
「正直、羨ましかった。
家族じゃなくても、あんな風に温かい場所って作れるんだなって知れたし、
それはきっと、あの場にいる人たちが優しい人たちだからそう思うんだろうなって思うよ。」
「感想も100点満点だな。」
「そういう"つとむ"も楽しそうだったじゃないか。」
「あー、まぁな。俺も家族で食事はしてたけど、
あんな和やかな空気じゃなかった。
カレー美味かったなー、また食べに行きたいわ。」
「少しは遠慮しろよ。」
黒崎は苦笑するとまた歩き出した。




