六番目の花嫁
カミラは、野心家の父を持っていた。
国一番の豪商との契約婚約。
それは子爵家にとって、格以上の縁だった。
だが――カミラには、それが理解できなかった。
「格下の男爵との結婚なんて、本当は嫌なのよ。でも、お金持ちっていうから、我慢してあげる」
婚約者は笑った。
「光栄です。子爵家のお嬢様」
だが、その目は笑っていなかった。
カミラの父は野心家だ。
商人との縁を欲しがり、無理に結ばせた婚約。
だが当の本人は、その価値を理解していない。
「このジュエリーが欲しいわ。耳飾りも、髪飾りも。全部よ」
「特別な日でもないのに、これは高すぎる。冗談だろ?」
「何よ、お金しか価値がないくせに」
婚約者は、笑顔を崩さなかった。
心の中で、つまらない、と思っていた。
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やがて学院に入り、婚約者は一人の少女と出会う。
希少な光魔法。高魔力。
「あなた、笑ってるけど本当は笑ってない。怖い人」
婚約者は初めて興味を持った。
「初対面で怖い人か。君は面白い」
それから、少しずつ傾いていった。
カミラは焦った。
「浮気してもいいから、この支払いはして」
「嫌だね。最初からつまらなかったが――今は不快だ。消えてくれ」
婚約は破棄された。
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その日から、カミラの居場所はなくなった。
家でも、外でも。
父はすぐに判断した。
価値のなくなった駒は、別の場所で使う。
王弟に差し出された。
王弟の妻は、長く生きない。
最初は軽い体調不良。
熱が出て、食欲が落ちる。
やがて起き上がれなくなる。
ゆっくりと、確実に。
死ぬ。
五人、死んでいた。
カミラは――六番目だった。
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最初は、ただの疲れだと思った。
体が重い。少しだるい。それだけだった。
だが三日もすると、異変ははっきりした。
腕が上がらない。
指が動かない。
頭ははっきりしているのに、体だけが沈んでいく。
ベッドに押し付けられているような感覚。
(おかしい)
そう思った時には、もう遅かった。
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扉が開く。
王弟が入ってくる。
いつも同じ時間。同じ表情。同じ声。
「調子はどうだい?」
答えられない。
王弟は気にしない。
ベッドの横に座り、カミラの手を取る。
その手は温かい。
指を絡めるように包み込み、ゆっくりと撫でる。
「手が冷たいな」
何度も、何度も撫でる。
乱暴さは一切ない。
「大丈夫だ。すぐ良くなる」
額に触れ、熱を確かめる。
その仕草だけ見れば、優しい夫だった。
だが――
口元にスプーンが運ばれる。
透明な液体。
ほんのり甘く、後に苦味が残る。
「飲めるね?」
拒めない。
口は開き、喉が動く。
飲み込んでしまう。
王弟は満足そうに微笑む。
「いい子だ」
頬を撫でる。
弱っていく体を確かめるように。
「今日は少し顔色がいい」
嘘だった。
昨日より、確実に悪い。
だが王弟は、本気でそう思っている。
「回復している証拠だ」
その声に疑いはない。
⸻
毎日、同じことが繰り返される。
手を握られる。
撫でられる。
褒められる。
そして、飲まされる。
少しずつ、確実に、体は動かなくなる。
まぶたが重い。
呼吸が浅くなる。
それでも王弟は変わらない。
「君は強い子だ」
髪を撫でる。
「きっと良くなる」
何度も繰り返す。
⸻
カミラは理解した。
(この人が、殺してる)
だが声は出ない。
体は動かない。
ただ感じるだけ。
優しい手を。
優しい声を。
(どうして、あの時)
⸻
王弟は今日も微笑んでいる。
「早く良くなってくれ」
その目は、心からそう願っている目だった。
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――そして、七番目の花嫁が選ばれる。
この短編は、乙女ゲームのバッドエンド絵師、ゲーム世界に転生する 〜バッドエンドしかない世界で、運命を捨てる〜の中に出てくるゲームの内容です。




