いや、殺します
「そういえばさあ、代理人」
「うん? 何ですか?」
「あのクリームウェーブの髪のやつのこと、えーと……ふわふわフリフリワンピースキチガイ女だっけ? なんでそんな罵る感じの呼び方なんだ?」
「ああ、実はあの女私の実の妹でして……」
「ええ!」
「嘘です、あんなふわふわフリフリワンピースキチガイ女が妹だったら自殺しますよ……いや、殺します」
「……そんなにふわふわフリフリが嫌いなのか?」
「はい、着るとしても見るとしても吐き気が催してきます」
「そうなのか……じゃあ間違っても着ないようにしなくちゃな……」
「ええ、おねがいします」
*****
「科学博物館?」
赤色の美女――リリスが口にした疑問に、美幼女――スズがうん! とにっこり笑った。
あの魔獣事件は不可解な出来事により幕を閉じた。
突然、魔獣が消えたのだ。全て。それこそ一匹の例外も無く完膚なきまでに消えた。
……まあ、十中八九あの、ジャックら三人が関係してるのだろうが……もう関係ない。
関係なんていらない。
「ここ最近で突如頭角を現してきた天才科学者、ハーリック・ワーカーズが生み出した最新科学の集約とも呼べる博物館のことですよ。一般家庭でも実用可能な空調装置や、小型の暖房器具などさまざまなものがあるらしいですよ」
「そこにね! 魔法学校の遠足として行くんだ!」
「へー、興味あるな」
リリスはあごに手を当て感心したように頷いた。
代理屋。
今ここには四人の人間がいる。正直狭い。
【虚偽遣い】とリリスとスズと魔法学校の教師だ。
「そこでリリスさんにお願いがあるんですが……護衛を頼みたいのです」
魔法学校の教師が言う。ちなみに六十代くらいのおばあさんだ。
「護衛?」
疑問符をあげたのは代理人。
魔法学校の教師は丁寧な口調で答えた。
「はい、最近……魔獣やなんやらで色々物騒でしょう? 科学博物館がある町は森を抜けた先なのですが……魔獣を倒せるような人物が今魔法学校には私以外いなくて……そこでリリスさんに護衛を頼みたいのです。勿論、町に着いたら帰る時間まで好きにしていいですし科学博物館に行くのであれば入場券もあげます、どうですか?」
「行く!」
リリスは即答した。
「あ、代理人さんはどうしますか? 何なら入場券余ってますけど……」
「いえ、お誘いは嬉しいのですが遠慮しておきましょう」
そりゃまあクーラーとかストーブとかは代理人には見慣れたものだろう。
おばあさんはそうですか……と呟いてリリスに視線を向けた。
「じゃあ明後日、村の出入口のところに集合です。時間は6でお願いします」
「分かりました!」
「楽しみだね! リリスおねーちゃん!」
「うん、一緒に回ろうねスズちゃん」
美女と美幼女が手を取り合ってはしゃいでる様子を見て、代理人は目の保養ダナーっと思った。
「嘘だけど」
そう、代理人は日本語で呟いた。
*****
エステアの時間の表し方は、ほぼ地球と一緒だ。
地球にとっての一時は、1とだけ書き、二時は2、三時は3と……まあ時が無くなっただけである。
分も同一で、一分は1、二分は2と表す。
一時一分は1・1(イチイチ)と表す。
そんなこの世界の基礎を思い出しながら、代理人は一人になった代理屋でくぁっと欠伸を漏らした。
(……暇だ)
暇だ。暇だ。大事なことだから二回言った。
「いや、三回か……」
括弧内も入れれば三回だ。
代理屋は基本暇である。それこそどこぞの万事屋のごとく。
たまにある仕事が無ければ完全完壁ニートである。
代理人が本日何度目かの欠伸を漏らしかけた時、ノックの音が鳴った。
誰ですか? という代理人の言葉が出る前に、古びた木の扉はバンっという音と共に開いた。
ついでにバキンっという音も鳴って、傾いた扉がギィギィと音を立てて閉じたり開いたりしてるが、まあ後で怒ることにした。
入ってきた人物の特徴を一言で表すと、『ガリ』である。
肉という肉を削ぎ落としたような細身で、頬がこけている。
だが背が高く、顔も中性的であるためもうちょっと肉が付けば女性からモテるであろう。
服装はこの世界にしては――いや、地球でもか――異端で、漫画で科学者が……マッドサイエンティストが着るような白衣である。
茶髪のその男は、代理人を見たとたん眼鏡の奥の目を大きく開き、口元に笑顔を浮かべた。
「やぁ、ハーリックさん、とりあえず扉を弁償してください」
男――ハーリックに代理人はやや低い口調と黒い笑顔でそう言った。
「すみません……つい興奮しちゃって……」
来客用の椅子に座りながら、ハーリックは頭を下げた。
「いえいえ、ちゃんと前のドアの二~三十倍の金をかけて弁償してもらえればそれでいいですよ」
「何気に怒ってますね……」
「ついでに貴方が作ったクーラーをください」
「むちゃくちゃ怒ってますね……まあそれぐらいならいいですけど……」
それに――、とハーリックは続ける。
「クーラーは……というか僕が【天才科学者】と呼ばれるようになったきっかけの作品は全部アナタのアイデアじゃないですか……」
「そうでしたっけ?」
以前、代理人はこの長身痩躯の科学者に前の世界での科学知識を与えたのだ。
何時何処でどういった経緯で何故与えたとかは問うだけ無駄である。
どうせ無意識に吐いた虚偽から始まったことなのだから。
「記憶にぼんやりとしか残ってませんが……」
記憶力が悪いわけじゃない、ただ単に無意識だっただけだ。
「とにかく、ドアだけは最低限弁償してくださいね」
代理人は念を押すように、そう言った。
「や、クーラーもあげますよ……、と、そうだ、本題を忘れるとこでした」
「本題?」
「ええ、ちょっと二つほどお願いが――」
その“お願い”を聞いた代理人は、楽しげに頬笑み、片方を断り、片方を承諾したのであった。