逢えないヒト
テスト週間終わったーーーー!!
「なあなあ代理人がいた世界ってなんて世界?」
「ふむ、世界自体の名前は知りませんが住んでた星は地球って呼ばれてました」
「星?」
「ああそっか、エステアには宇宙の概念が無かったですね、まあ、詳しく説明すると長くなりますし世界と同じようなモノとでも思ってください」
「ふぅん、成程。チキュウね……そのチキュウに代理人の大切な人っているのか?」
「まあ、もう逢えませんがね」
*****
――狙撃銃――
ライホウからの強化/派生型として造られたその武器はエステアに於いてまだ一般には知られていない、極秘の武器である。
その正式名称を超遠距離狙撃型雷砲といい、略してエンホウと呼ばれる。
有効射程一キロ、最大飛距離二キロ。現在、この世界で最長の射程を誇る武器である。
「なんで代理人がそんなこと知ってんだよ」
代理屋に向かう道中、リリスがそう話しかけた。
「現在、このエステアにある科学技術のほとんどが私の元居た世界の知識から私が与えたものですよ? あの天才科学者、ハーリック・ワーカーズさんの功績は全部私が手伝ったものですし」
「…………」
マジかよ、とリリスは呟いた。
しばらくして代理屋にたどり着いた二人は、通話用の魔術水晶を机の引き出しから出した。
代理人が触ると込められた魔力が露散してしまうのでリリスが手に取り、魔力を込めた。
リリリ……と水晶から音が鳴る。
しばらくすると、水晶に男の顔が浮かんだ。
異様に痩せた頬に、知的な眼鏡、茶色の髪。
「お久しぶりです、ハーリックさん」
『おお! 【虚偽遣い】じゃないですか、お久しぶりです』
ハーリックは水晶の向こうでお辞儀した。
『ところで何の用ですか? わざわざ貴女が連絡してくるなんて、初めてのことですね』
「単刀直入に言います、超遠距離狙撃型雷砲――エンホウ、盗まれましたか?」
『ギクッ……!』
その反応に代理人はため息を吐く。図星だったらしい。
「……犯人はわかってますか?」
『それが……科学博物館で盗まれたってことしか……』
「博物館……」
展示してたのか、アレ。
「警備はどうしてたんですか」
『……全員、殺されてた』
「!」
『眉間を貫かれて……な』
その言葉で代理人は確信する。犯人は、エンホウを使用してると。
それならば次は盗んだ人の特定、科学博物館に出入りした人、ランド村の村人、全て調査しなければならない。
「忙しくなるなぁ……」
代理人はそう呟いて、通話を切るべく水晶に触った。
ぱぁんっと魔力が弾け、消える。
水晶を仕舞い、部屋を出る。
とりあえず、一番怪しい人に訊くことにした。
代理屋を出て、隣の宿屋に入る、そして、とある部屋の前で止まった。
「リンさん」
コンコンっとドアをノックする。
ガチャッと、ドアが開き、中から深緑の髪の毛と、それを留める鈴が付いた髪留めが印象的な凛々しい女性――リン・スズランが出てくる。
「ちょっと、お話よろしいでしょうか」
*****
時は、少し遡る。
「リン?」
リリスが貼った結界内の草原で代理人を抱えながらリリスはオウム返しのように反復した。
「ええ、つい最近やってきた旅人なんですけど……私はあの人が一番怪しいと考えています」
「どして?」
ダンッと丘から飛び降りる。舌をかまないように落下中は喋るのを中断した。
トンっと無事着地し、会話が再開する。
「まず、時期がジャストすぎます。不自然なくらい殺人事件と被ってランド村に来ました」
「あー、確かにな」
「まあ確率は5%にも満たないですけどね、それでも他に手掛かりが無い以上後で訊き込みしましょう」
「ああ」
エステアにはろくに法律らしい法律は無いから強行しても大丈夫だろう。
「他に候補っていないのか?」
「うーん、この人は無いだろうってのは大量にいるんですがね……」
「例えば?」
「私、リリスさん、魔法学校の教師以外の人全員です」
「随分多いな……てかアタシも代理人も容疑者かよ」
「ランド村は平和ですからね、戦闘能力を持たない人が殆どですから」
「まあ確かにそうだな……、魔法学校の生徒は? あそこはライホウ科もあるぜ?」
「まだ子供でしょう、そんな遠距離からの狙撃なんて首席らしいスズちゃんでも無理ですよ」
「そだな」
*****
回想終了。
そんなわけでリンの宿にお邪魔した代理人とリリスは、とりあえず中に入れて貰った。
内装で特に描写することはなかった、それはそうだ、代理人と同じ宿なんだから。
「適当におかけください」
リンはベッドに二人を誘導し、座るように言って自分は椅子に腰かけた。
「それで、訊きたいこととは何でしょう」
チリンと鈴が鳴る。
「じゃあ単刀直入に訊きます、貴女、連続殺人事件の犯人ですか?」
「直球過ぎだろ!」
すぐさまツッコミを入れるリリス。
勿論今のは代理人も正直な答えが返ってくるとは思ってもいない、軽いギャグだ。
――しかし、その一言で部屋の空気が変わった。
ギャグによってほのぼのとした空気……ではなく、殺伐とした戦場のような空気に。
「……っ!」
「……これはこれは……」
リリスが息をのみ、代理人が珍しく額に汗を流しながら諦観の笑みをこぼした。
「どうして……」
バリン! と窓が割れる音。
リンの拳が、窓ガラスを貫いていた。
その手には――破片が一欠けら。
――――それで、リン・スズランが使用する武器としては充分すぎた。
「どうしてそのことを知っている……!」
腕が振るわれる。
二人は、ただただ本能的にしゃがんでいた。
ピキっとドアが歪んだ。
そこからだんだんと壁が歪んでいき、リンが振った腕の軌跡にそって斬れていく。
その速度はどんどん加速していき、やがて宿の二階、全てが斬れて、ずれた。
強い。それもリリス並みの。
「リリスさん、これはどうやら……」
「ああ、大当たりみたいだな。となると狙撃銃はあの細長い鞄か……」
再びリンの腕が振るわれる。今度は縦。
だがリリスが瞬間的に距離を詰め、リンの腕を取ることで防いだ。
チリンと、鈴が鳴る。
リリスは腕を取ったままの態勢で全力で拳を振るう。
しかしそれは首を傾げるという行為でいとも簡単に避けられ、リンの手刀がリリスの首を襲う。
その手刀は空を切った。リリスがしゃがんだからだ。
ズバン! とリンの放った手刀の延長線上にある、宿屋の外の木が真っ二つに切れた。
その距離、約50m。
「……おいおい、アタシよりも身体能力高くねえか?」
冷や汗を掻くのは何年ぶりだろう。再び繰り出された、ガラスの破片も持っている方の腕から振るわれた斬撃をかわしながらそう思った。
その時――――
――――チリイィィィィィィィィィィィィン
あの音が、響いた。
「え」
割れた窓から走ってきた雷光、その光は無慈悲に、躊躇いもなく、リンの額を貫いた。
数瞬の硬直の後、リンはリリスにもたれかかるように倒れ込んだ。
チリンと、鈴が鳴る。
心音は、聞こえない。
「――――ッ! 代理人! 鞄は……!」
「空っぽです。何のために持ち歩いてたんですかね?」
代理人は立てかけてあった細長い鞄を片手でひらひらさせながら言った。
「くっそ……! 射程は二キロくらいだよな?」
「はい」
「行くぞ!」
リリスは代理人の首根っこをつかむと、身体を一気に強化、跳ぶ。
そして部屋にはリンだけが残った。
しばしの静寂が流れ、唐突に静寂が終わる。
「んっ……つぅ……」
額に穴を開けながら、リンは平然と立ち上がった。
「痛ぅ……やっぱ頭に穴開くのは痛いですね……一体何なんだったんでしょう……」
シュウゥゥゥゥゥっとビデオの逆再生みたいに穴が塞がっていく。
数秒後、穴は完全に塞がった。
「再生にも時間がかかりますしねえ…………しかし、彼女らは何であのことを知ってたんでしょう? ……まあ、いずれにしろもうここには居られませんね」
落ちてた鞄を拾うと、リンは窓に足掛け呟いた。
「さて、どうやって世界を壊しましょうか」
そして、リンはランド村から去った。
後日滅茶苦茶になった宿屋を見て女将さんが嘆いたのはまた別の話。