嘘吐きじゃない虚偽遣いです
三作目です。
初めてプロットや下書きに挑戦してみました。
「なぁ、代理人」
「何ですか?」
「今日こそは教えろよ、代理人は男なのか? 女なのか?」
「教えませんよ、私のトップシークレットですから」
「むぅ……じゃあ名前を教えろ」
「名前なんて唯の記号です、故に『代理人』で一向に困らないので教える必要はありません」
「あたしは代理人のことを本名で呼びたいんだよ」
「ふーん、そうですね……ジャブルネズティア・リヂネスです」
「……へえ、うん、変な名前だな」
「はい、今思いついたものですから」
「今? じゃあ嘘じゃないか!」
「はい、まごうことなき嘘です。リリスさんはすぐ騙されますね」
「……嘘吐きは嫌いだ」
「おっと、私を卑怯な嘘吐きと一緒にしないでください、私は誇り高い【虚偽遣い】なんですから」
*****
剣と魔法と中途半端に科学な世界、“エステア”。物語はこの世界で紡がれる。
キャロク大陸の西に位置する小さくも大きくもないごく普通の村、ランド村。海に面していて海産物に恵まれたこの村には一風変わった店がある。
活気のある大通りから少し離れた位置にある宿屋の隣、レンガ造りのその店は小屋と言っていい程小さく、薄汚れている。木製の壊れそうな扉には金属の板が張り付けてあり、この世界の文字――エステア語――で『代理屋』と書かれている。
『代理屋』というのは所謂何でも屋みたいなものである。キャッチフレーズは『貴方が抱えている厄介事、面倒事、代理で引き受けましょう』だ。
胡散臭いことこの上ないが、今、その古びた扉の前で唸ってる少女がいた。
栗色の腰まである髪の毛をうなじのあたりで二つに縛り、緑の麦わら帽子のような形をした帽子を被っている。その整った顔は帽子の所為でよく見えないが、思案顔のようだ。それは勿論この胡散臭いレンガ造りの小屋に入ろうか入るまいか迷ってるからであろう。
服装は帽子と合ってる淡い緑色のワンピースに似た服、化学繊維なんてものは使われてる筈もなく、機織り技術もまだ未発達の世界だから若干ほつれや色が違うとこもあるが暑い今の時期にはピッタリの服装だろう。
そんな少女が店の前でオロオロしてると、突然扉が開いて人が出てきた。
中から出てきた人は女の人、赤色の髪の毛は腰どころかくるぶしまで伸びているロングヘアー、顔つきは完ぺきに大人の女性、美少女というより美女といった方が似合う感じだ。服装は黒いコートに赤いシャツ、赤いホットパンツ。そして茶色のレンジャーが履くようなブーツ。
少女は女性の美人な顔と、ホットパンツから伸びたきれいな脚、やや胸が残念だがやけに大人っぽい雰囲気に少女はわずかに赤面する。
女性は少女に気がつくと、「この店に用があるの?」と訊ねた。
少女がコクリと頷いて肯定すると、赤色の女性はパァっと笑顔になった。
「代理人! よろこべ! 一か月ぶりの客だ!」
そう小屋の中に向かって叫びながら女性は中に入っていく。少女もそれにつられるように中に入った。
まず目についたのは久しぶりの仕事だ、と喜んでる赤い髪の女性。次に、部屋の中央に置かれた木製の大きめの机、そしてその奥に座る中性的な顔をした男性? 女性?
性別が皆目見当もつかない程に中性的な顔つき、黒髪黒目で肩まで髪が伸びている。人によってはイケメンというだろう、人によっては美人と呼ぶだろう、人によっては三枚目と呼ぶだろう、人によっては美少女というだろう、そんな顔。
体格で判断しようにもそんなもの着て暑くないのかと思えてくるぶかぶかの黄色い服、胸が膨らんでるかどうかすら判らない。ちなみに少女の位置からは判らないが下は短パンだ。
「あの……」
少女は声を絞り出す。
「貴方が“代理人”さんですか……?」
そして『代理人』と呼ばれた人物は答える。
「はい、私が代理人です」
にっこりと笑う代理人、少女はまたもわずかに赤面した。
*****
「ペット探しね……」
少女がいなくなって代理人と赤色の美女だけになった小屋の中で赤色は呟いた。
「なんかあたしの出番は無さそうね」
「そうですねー、リリスさんの出番はおそらく無いでしょう、ですが万が一の時のために一応私と一緒にいてくださいね」
代理人はそう言いながら手を上に伸ばし欠伸をした。
「さっきの女の子……リオちゃんでしたっけ?」
「ん? 確かな」
「可愛らしい女の子でしたねー、あんな子に飼われるペットが羨ましいですよ」
「……何ソレ」
「嘘ですよ」
可愛かったのは本当ですけどねーっと代理人は笑った。
赤色――リリスはジト目で代理人を睨んだ。
「そんな可愛い貌で睨まないで下さいよ」
「可愛っ……!」
「嘘ですよ、凛々しいです」
「…………」
はぁっ……とリリスはため息を一つ吐いた。
「おっとリリスさん、ため息はいけませんよ? ため息は幸せを逃がしてしまうのです。ついでに婚期や出会いも逃しま……っとすいませんごめんなさい調子こきました、だからその馬鹿みたいに魔力が込められた黄金の右手を下げて貰えませんか? いや、ホント……」
「……次に婚期とか出会いとか言ったら殺す」
「あれ? そのセリフ三日前にも言ってませんでしたっけ?」
「え?」
「嘘ですけどね」
「死ね!」
「あべらっち!」
代理人は奇声を上げて椅子から転げ落ちた。リリスの左手ビンタを食らったのだ。とりあえず黄金の右手じゃなくてよかったと代理人は密かに安堵しながら机に手をついてよっこらせと立ち上がった。
そして机の上に置かれた一枚の紙を手に取る。依頼人の少女――リオが書いたペットの特徴が書かれた紙である。
「黒毛の蒼眼……耳は尖がってて尻尾は身体の半分ほどの長さ、体長は30cmほどで、鳴き声は『ニャン』……完全にネコですね」
最後の一節はボソッと呟いた。
「とにかく色々と訊き込みに行きましょうか。何か知ってる人がいるかもしれません」
「そうだな」
リリスが同意するのを見て、代理人は紙を四つ折りにして短パンのポケットにしまった。
その時突然木製の古びた扉をノックする音が聞こえた。
「む?」
「どなたですかー?」
代理人の呼びかけに扉の向こうの人物は答える。
「ワシじゃ、村長じゃ」
代理人が扉を開ける。そこには白い髪とヒゲを生やした老人がいた。この人の名前はジョック・ハリスワード、此処――ランド村の村長である。
「何の用ですか? 村長。私たちはこれから仕事なので手短にお願いします」
代理人が言う。
「あー……、ワシも仕事を持ってきたんじゃがなぁ……タイミングが悪かったかのう」
「へぇ、どんな依頼ですか?」
「魔獣退治じゃよ」
*****
――代理人は異世界人である。
それは別に特別隠していることでは無いし、村では周知の事実である。しかし、勿論そのことをいつもの嘘だと思ってる村人も多々いるし、本当に嘘かもしれないことである。
だが、それは【虚偽遣い】として生まれてから9割以上の物事に嘘を吐き、真実を隠し、嘘に嘘を重ねてきた代理人にとって至極久しぶりに吐いた真実であった。
まあそれはさておき……。
「魔獣退治かー」
リリスが呟いた。
「今度は私の出番が無さそうですね」
「そうじゃな」
代理人の軽い口調に村長は深刻な顔で答える。
事実、代理人は魔獣退治にひどく不向きである。
まあそれは【虚偽遣い】としての口八丁が通じないことと、前の世界――日本での平和主義の所為で戦闘能力が低い所為なのだが……。
「――まあ、代理人の出る幕はねぇよ。この最強の魔法使い、リリス・レッドバードに勝てる生物なんて代理人以外存在しねーよ」
リリスが自信満々にそう言った。
そして――まるで自分が王者と言わんばかりの笑みを浮かべた。