表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

異世界恋愛の本棚

悪役令嬢の華麗なる肉体改造!〜愛されヒロインと中身が入れ替わったのに虚弱すぎる!ので、わたくしが健康にしてみせます〜

作者: 出口もぐら
掲載日:2026/02/12


 王子と公爵令嬢の政略のための婚約。どこにでもある話でしょう。

 わたくしの婚約者であるルーファス殿下。学園では平等と自由という名分の下、彼がいつも口にする言葉があった。


「マリアンヌ、少しは口を(つつし)め。ここは自由な思考が認められる。このくらいの事でとやかく言うな」

「…………かしこまりました」


 わたくしに向かって、呆れたように言い放ったルーファス殿下。王族たるもの、言動には責任と責務が付きまとう。そんな至極真っ当な指摘も、彼の前では無意味なのでした。


 それは学園を卒業してから数年経った今でも、彼の口癖は治らなかった。王太子となったというのに、自由奔放。――だからこそ、わたくしが婚約者として選ばれたのでしょう。


 さらに――「ルーファス殿下は男爵令嬢のもとへ通い詰めている」そんな噂が立つほどだ。彼に噂の真偽を確かめると「やはり」という答えが返ってきた。


「クロエはか弱い。守ってあげたくなるんだ」

「……そうですの。ですが――殿下、今ではありませんわ」

「ふん! そう言って、僕たちの邪魔をするんだろう? さながら市井(しせい)で流行っている物語の『悪役令嬢』だな、君は」


 吐き捨てるように告げられた言葉。確かに、わたくしの立ち位置からすれば「悪役令嬢」なのでしょう。王子と男爵令嬢、身分差の恋を邪魔する公爵令嬢、という相関図が出来上がってしまいました。


 それに「クロエ男爵令嬢」と、そこで初めて名前を知った。クロエ嬢、彼女はどんな人物なのかしら。ルーファス殿下が「か弱い」と口にするほどです。彼の気を引くための演技なのかしら。そもそも、側妃を迎えること自体は、おかしな話ではないでしょう。


 けれど――、わたくしは聞いてしまいました。


「正妃はマリアンヌで我慢してやる。側妃にクロエだ。だが、王族の役目は全てマリアンヌに負わせる。これでクロエは楽ができるし、僕も自由に過ごせる」


 ああ、ルーファス殿下との婚約なんて望んでいなかったのに――。彼が王太子になってからというもの、その感情が大きくなるのは仕方のないこと。王家と公爵家が決めた婚約。そこに、わたくしの意思はない。


 ()()()()の姿に近付くために魔術も、妃教育も頑張ってきた。その結果が、この扱いだなんて。


「あんまりですわ――」


 呟いた言葉は、悲壮感で満ちていた。けれど、誰にも聞かれていないことだけが救いでしょう。


 そこで、はたと気付いたこと。ルーファス殿下はわたくしを『悪役令嬢』と呼んだ。おおかた、彼の中でのヒロインはクロエ嬢でしょう。か弱くて、身分の低い令嬢。誰もが守ってあげたくなるような愛されヒロイン。


「――どうせ、殿下の気を引くための演技ですわね」


 わたくしはそう思い至り、「はぁ……」と大きな溜め息をついた。それから、『悪役令嬢』が辿る末路と言えば――と考える。

 

「はっ……!? これはヒロインが王子に泣きついて、悪役令嬢が断罪される展開では……!?」


 国外追放? 修道院送り? 最悪の場合は、罪を着せられて処刑?


 この断罪のレパートリーはテッパンでしょう。わたくしの愛読書にもあります。けれど、わたくしの胸中は違うことで埋め尽くされていた――。

 わたくしは慌てふためいて、さらに声を上げた。


「困ります! ええ、とっても困ります! 王弟殿下を遠目に見守る機会すら失ってしまうなんて……!」


 そう、わたくしの憧れの人、ローガン王弟殿下。王を支える魔術師筆頭。壮年の魅力たっぷりになられたと、溜め息が出てしまう。

 ――俗に言うイケオジです。いつも穏やかな笑みを絶やさず、大人の余裕を感じさせる。キャンキャン子犬のように吠えるルーファス殿下と違って。


 わたくしは魔術の才能に溢れた彼のもとで、腕を磨いたこともあった。今でも、わたくしの初恋の方だ。この恋心は言葉で告げることはなかったけれど、大切な思い出として胸にしまってある。


 今となっては王弟殿下を遠目に見守ることが、わたくしのたったひとつの癒し。妃教育を頑張ってこられたのも、彼という存在のおかげといっても過言ではないでしょう。

 幸いにも、妃教育のために王宮へ出入りする頻度が多く、王弟殿下をお見かけする機会に恵まれていた。その度に、優しい言葉を掛けて下さって――。


(見つめていたら、わたくしに気付いて手を振って下さった! あの、トキメキが忘れられない……!)


 思い出した光景に、胸を躍らせる。密かな楽しみを奪われる訳にはいかない――、と考えるのは必然だった。


 けれど、現状を打開する案が思い浮かばない。クロエ嬢と直接会って話をするのは悪手でしょう。ルーファス殿下に言いつけられて、あっという間に断罪。お手紙も、同じだと予測します。


 ――そこで、頭をよぎった秘策。


「そうだわ! 魔術を使って、魂を入れ替えてしまえばいいのよ……!」


 そう、人々の生活にも馴染み深い魔術。火をおこしたり、水を操って洗浄したり。その用途は様々。けれど、貴族には代々受け継がれている家門独自の魔術が存在する。俗に言う『秘術』。それを使わない手はないでしょう。


 わたくしはさらに計画を練る。


「クロエ嬢になり代わって、ルーファス殿下にうまく助言をして……。わたくしと婚約破棄をしたとしても断罪は可哀想だから――とか」


 それこそ「今までの努力に免じて、王宮を自由に出入りする許可を与えてあげて」なんて、わたくしに都合のいい助言だってできるかもしれない。――これでこそ、悪役令嬢っぽくなくって? 我ながら完璧な計画でしょう。


 そうと決まれば即行動。入れ替わりの魔術の準備を終えるまで、さして時間は掛からなかった。


「入れ替わりは半年間。その間に、ルーファス殿下に助言をして、ことが上手く運ぶように画策するのよ……!」


 わたくしは魔力をこれでもかと込める。きっと、クロエ嬢の魂がわたくしの体に入れ替わったときには魔力切れを起こしているはず。けれど、それすらも好機。しばらく動けなくなるために、すぐに計画の邪魔はできないはず。


 侍女にはわたくしの様子を見に来るよう話してあるから、きっと大丈夫。


「王弟殿下のもとで修行した身ですもの! 『秘術』であっても、わたくしにかかれば、お茶の子さいさいですわ~!」


 (まばゆ)い光を浴びながら、わたくしは声高らかに告げたのでした。


 ◇


 目を開けば、そこは見知らぬ天井。瞬きを数回した。視線を動かせば、見知らぬ部屋が広がっていた。


(ここは……クロエ嬢のお部屋……よね?)


 入れ替わりの魔術は成功したようで、歓喜も束の間。魂が入れ替わった瞬間、そもそもクロエ嬢の体はベッドに横たわっていた、というのは疑問が残る。入れ替わった魂が体に慣れるまで高熱が続く、というのは予測済だったけれど――。


 わたくしは驚きの余り、叫び声を上げた。


「ほ、本当に……か弱いだなんて!?」


 てっきり、ルーファス殿下の気を引くための演技だと思っていたクロエ嬢の「虚弱」さ。けれど、いざ入れ替わった体は数日もの間、熱に浮かされ続けた。ようやく熱が下がると、今度は言葉に言い表せない倦怠感が続いたのでした。


 ベッドから起き上がり、歩けるようになると、痛感するのは体力のなさ。


(な、なんですの……この体! 少し歩くだけで息があがる……!)


 朝の支度はもちろん、行動した後に訪れる疲労感は次の行動への意欲を奪っていく。

 唯一、楽しみにしていた食事でさえも――。わたくしは苦悶の表情を浮かべながら、静かにフォークを置いた。


(食事も少しだけしか食べられないなんて! 胃が小さすぎますわ!)


 皆で食事をする部屋まで、足を運ぶ体力がないクロエ嬢の体。わたくしは部屋まで運ばれた料理を、泣く泣く残してしまったのでした。


 それから――、しばらくして。


 高熱が続いていたという話を聞きつけたルーファス殿下が、お見舞いに来て下さった。わたくしとクロエ嬢の魂が入れ替わった、なんて彼は想像もしていないはず。けれど、一抹の不安。彼にバレないだろうか、と緊張していた。


 無事に面会を終えて、部屋を去るルーファス殿下を見送ったのでした。


(うまくできたかしら……? それにしても、ルーファス殿下と数十分お話しただけで、こんなに疲れるなんて――!?)


 そう。無事に面会を終えた今、疲労感がどっと押し寄せてきた。クロエ嬢はいつも、このような不調を抱えていたのでしょうか。


「確かに、ここまで虚弱だと殿下も心配になりますわね……!?」


 わたくしの中に芽生えていたのは、クロエ嬢への同情。

 当初の計画通り、クロエ嬢になり代わってルーファス殿下に助言をし、わたくしへの断罪を回避したとしても――。


(こ、こんなの……! 妃教育に耐えられる体じゃない……!)


 そこに辿り着くのは当然のこと。クロエ嬢が妃教育に耐えられなければ、どのみちわたくしを待つのはルーファス殿下の計画でしょう。――絶対に、回避しなければ。


 そうなれば、やることはひとつ!


「この半年間で! この虚弱体質! わたくしがクロエ嬢の体を健康にしてみせます……! 言うなれば『肉体改造計画』ですわ!」


 わたくしは、覚悟をもって肉体改造に励むと宣言したのでした。


 * * *


 翌日。わたくしは早速、計画に取り掛かった。


(まずは足腰の筋力を取り戻すのよ……!)


 わたくしが目にしたのは細く、弱った脚。朝夕のストレッチを欠かさず、体力のあるうちに筋肉を動かす。徐々に体を動かすことにも慣れてきた頃、わたくしは、肉体改造計画を次の段階に移したのでした。

 視線の先には、男爵邸にある階段。わたくしは意を決して、足を踏み出した。


「うっ……! クロエ嬢の体は階段を一往復しただけで、息が上がりますの……?」


 階段の手すりにもたれかかり、呻いたわたくし。これではドレスを纏い、ダンスを踊るなんてほど遠い。下肢筋力の強化に励まなければ――!


「それから、毎日数分の散歩から始めて――日光を浴びる!」


 天気のいい日には散歩をするようになったのでした。数分だけだった散歩の時間も、日を追うごとに長くなり――。


(ルーファス殿下との面会も最小限にして――……体力を温存。その分、違う活動時間にあてるのよ!)


 その思惑のもと、訪ねて来るルーファス殿下を適当にあしらう日々が続いた。もちろん、二人の関係が希薄にならないよう、最低限の交流は続けていたのでした。


 筋力トレーニングと体力増強。基礎は大事だと自分に言い聞かせて早一か月。

 クロエ嬢の健康に対する意識の変わりように、初めは驚いていた使用人や侍女たちも、協力的になってくれたのでした。――クロエ嬢は使用人たちと良い関係を築いているのでしょう。


「やるのよ、わたくし! 自分を超えてみせるのよ! ファイトォーーーー!」


 挫けそうになったときは、こうして自分を励ましたのです。こうして思い出せば、ローガン王弟殿下による魔術修行の方がスパルタでしたもの。


 そうして、三か月目。

 クロエ嬢の体は、ようやく令嬢一人分の食事を摂れるようになったのです。それでもまだ、わたくしの理想量とはほど遠い。


(食事も抜かない! 好き嫌いなんて、言語道断ですわ!)


 クロエ嬢の食嗜好に合わせた食事。胃に負担がかからないよう薄味で、パン粥を中心にした食事内容だった。副菜も、食べる体力を使わせないような、柔らかいものばかり。けれど、それだけではいけない。

 わたくしは侍女にこっそり「お願い」をしてみた。


「あの……、食事を増やして欲しいのだけれど――。あと、お肉もお魚も……もっと食べたいわ」

「お嬢様……! ほ、本当ですか!? 料理長~~~!」


 侍女は嬉し涙を流しながら、厨房へ走って行った。その後、料理長から食べたいものを質問攻めにされ、侍女からは散歩の時間を共にしたいと詰め寄られ――。


(大騒ぎになってしまいましたわ……)


 けれど、彼らの喜びように、わたくしも嬉しくなったのでした。


 その頃になると、嫌でも聞こえて来る噂があった。それは『公爵令嬢マリアンヌは高熱で記憶を失ってしまった。人が変わったように貴族としての振る舞いができなくなった。品がなく、使用人とも友達のように話をしている』というもの。

 わたくしは予測していた通りの内容に、小さく溜め息をついた。


(まぁ、そうなりますわね……。それにしても、この体の持ち主は肝が座っているようです。朝起きたら、別人だなんて混乱するでしょうに)


 それとも、わたくしの体が置かれている環境がそうさせなかったのでしょうか。答えは分からずじまい、想像の域を出ない話でした。

 肉体改造計画に励む日々。気が付いた時には、元の体に戻るまで残り、二か月となっていた。


 けれど、わたくしは天井をじっと見つめていた。


(うぅ……張り切りすぎて、久々に熱を出してしまいましたわ……)


 体力がついたと高を括っていたのでしょうか。それとも、無理が祟ったのでしょうか。――時に、休息も大事ということでしょう。

 わたくしは観念して、体を休めることにした。すると、熱が下がって数日後。侍女が心配そうに一通の手紙を運んで来た。手紙を受け取ると、目にした封蝋。


(これは――、ローガン王弟殿下の……)


 封蝋に刻まれた印章は、わたくしの憧れの人のものだった。――手紙の内容は、お見舞いとして面会を希望するもの。

 今のわたくしは男爵令嬢。王弟殿下の申し出を断るわけにもいかず、わたくしは面会の日を迎えた。


 ローガン王弟殿下は気さくに話して下さった。


「調子はどうだい?」

「え、えぇ……熱も下がりまして」

「それはよかった。安心したよ」


 和やかな雰囲気のまま、面会を終えた。その時間はわたくしにとって、楽しくもあり、苦しくもあった。――彼が微笑みを向けていたのは、クロエ嬢なのです。

 ローガン王弟殿下はわたくしだと気付かずに、クロエ嬢と楽しくお話をされていた。その事実が、わたくしの胸を締め付ける。


(ああ、彼も……きっと、クロエ嬢のことが――)


 二人はどこで知り合ったのでしょう。ルーファス殿下がきっかけ、という可能性もある。殿下が熱を上げている令嬢がどのような人物なのかを知るために、彼女の元を訪ねたローガン王弟殿下。愛されヒロインであるクロエ嬢でしたら、彼が好意を抱いても仕方のないこと。

 考えれば考えるほど、わたくしの頬を伝うのは涙だった。


「う、ぅう……」


 ひとしきり泣いた後、わたくしは意を決して顔を上げた。――思わずして知ってしまった事実。けれど、憧れの人の幸せを喜ばない、なんてファン失格ですもの。


(わたくしらしく、ありません……。憧れと、恋は別ものですわ!)


 残り一か月、体を仕上げなければいけない。『肉体改造計画』は大詰めを迎えようとしていた――。


 そうして――。

 わたくしは鏡の前で、クロエ嬢の体と対面していた。鏡に映るのは虚弱さを微塵も感じさせない、血色のいい顔。やせ細っていた手足ではなく、立派な(たくま)しい手足だ。


「ふっふっふっ……! やりましたわ、やりましたわ……! いくらダンスを踊っても上がらない息! うず高く積まれた本を抱えても、びくともしない体幹と腕の筋力! 理想の体に鍛え上げましたわ~!」


 ただひとつだけ難点を挙げるとすれば、逞しい腕がドレスの袖を通らないこと――でしょうか。元々、クロエ嬢は細身でしたのね。ドレスをほぼ新調することになってしまい申し訳ございません、と心の中で謝罪をしておきましょう。


「さぁ! やるだけのことはやりました。あとはルーファス殿下と彼女が上手く結ばれてくれれば――!」


 そうして、わたくしは入れ替わりの半年を終えたのでした。


 * * *


 次に目を覚ましたのは見慣れた天井。わたくしは久しぶりの自室であることに、ほっと胸を撫で下ろす。小さく息を吐いて、体を起こした途端――掛けられた声。


「おはよう、マリアンヌ」

「え、あの……はい?」

「そろそろ、目覚める頃かと思っていたよ」


 幻聴かしら? ローガン王弟殿下の声が聞こえる。

 わたくしは瞬きを繰り返して、そっと顔を声がした方へ向けると、そこにいたのは――。


(どどどどどうして王弟殿下が、わたくしの部屋に!?)


 動揺して、身を固めてしまった。そもそも、今のわたくし――寝間着姿では?

 王弟殿下の前で、憧れの人の前で、寝間着姿。それがさらに、わたくしを動揺させた。咄嗟に取った行動は頭からシーツを被ることだった。顔だけ出して『レディの寝間着姿を見るなんて』と言わんばかりに、じっとりと彼を見やる。


 ローガン王弟殿下はわたくしの様子を見て、くすくすと声を漏らしていた。ひとしきり笑い終えた後、彼はゆっくりと尋ねた。


「君の思惑を聞かせてもらえるかい?」

「へ……?」

「家門に伝わる魔術を使って、男爵令嬢と魂を入れ替えたことだ」


 ――ローガン王弟殿下には見破られていたのだ。

 わたくしは目を見開き、言葉を失った。代々家門に伝わる魔術『秘術』は、魔法塔からの依頼がなければ使用してはいけない。特に、我が家のような「魂の入れ替わり」という、諜報や敵地潜入に使用されるような魔術は――。


(ああっ……! すっかり忘れていましたわ……! そ、そもそも! この秘術が使われたのだって、もう百年前の話じゃなくって……!?)


 わたくし、悪役令嬢ですもの。ここで開き直ってしまえばいいのです、と無言を貫いた。けれど、ローガン王弟殿下はこともなげに言葉を続けた。


「あぁ、不思議そうな顔をしているが、これでも私は管理する立場でね」

「管理……ですの?」

「そう。家門ごとに伝わる魔術を、ね。魔術が盛んになってきた頃の名残だ。魔法塔の筆頭魔術師が管理、監視するようになっている」


 なるほど、分かりました。その監視に、わたくしのしたことが引っかかってしまった、と。

 けれど、ローガン王弟殿下は目元を綻ばせて、わたくしの手を取った。ぱさり、と被っていたシーツがベッドに落ちる。彼はわたくしと視線を交えて、ゆっくりと口を開いた。


「そうでなくとも……君と会ったとき――すぐに分かった」


 それは、わたくしの体に宿ったクロエ嬢のことでしょうか。でも、そこで入れ替わりがバレたというなら、どうしてクロエ嬢の肉体に宿ったわたくしに会いに来たのでしょう。疑問は尽きないままだ。

 ローガン王弟殿下は握った手に、少しだけ力を込めた。


「まぁ、理由はそれだけではないのだけれど」

「……?」

「私はずっと、君を見ていたからね」

「わたくし――か、監視されていましたの……!?」


 わたくしの言葉に、ローガン王弟殿下は声を上げて笑い始めた。

 一体、何がおもしろいのでしょう。わたくしは憤慨して、声を荒げる。その勢いのまま、先程の疑問を口にした。


「で、でも! 床にふせった、わたくし――ええと、クロエ嬢のもとへお見舞いに来て下さったではありませんか!」

「いいや? 私は彼女と顔も知らないような仲だったが?」

「えっ……?」

「それに君は、私からの手紙だと一目見て分かったのだろう?」


 ――確かに。

 魔法塔の所長、それも王弟殿下の封蝋を実際に目にする者は少ないはず。それを知る者は限られている。と、いうことは――。


(は、恥ずかしい……! 王弟殿下にはバレていたなんて……!)


 クロエ嬢としてローガン王弟殿下と接していた、あの日。ボロが出ないよう差し障りのない会話を選んだり、慎重に慎重を重ねていた。ずいぶん空回りな努力をしていたということになる。――それも、彼は目の前のクロエ嬢が、わたくしだと気付いていたはずなのに何も告げなかったということだ。

 遅れてやってきた羞恥心に襲われていると、ローガン王弟殿下は思い出したかのように語り始めた。


「話を進めると――秘術を使用した反動で、君は一ヶ月眠っていた」

「え、えぇ!?」

「その間に、色んなことが起きてね。男爵令嬢の方は直ぐに目覚めたらしいのだけれど」


 彼の言葉に、わたくしは「それは良かった」と胸を撫で下ろした。


「彼女、自分の体がえらく健康になったと涙を流して喜んでいたそうな。折を見て、君に感謝を伝えたい、とまで言っていた」

「そんな――」

「おおかた、かけ違いになっていた魔力回路が魂の交換によって整理され――。君の肉体改造が功を奏し、魔力回路の補強及び強化につながって――」

(難しい話が始まってしまいましたわ……)


 ローガン王弟殿下の魔術語りが始まってしまった。けれど、握られた手が離されることはなかった。

 彼はそのまま言葉を続ける。


「それと彼女、『か弱い女性が好きな王太子殿下のお眼鏡にはかないません』と、ルーファスにはっきりと断りを入れたそうだ」

「え……?」

「――逞しい腕を見せつけながら。ルーファスは情けなく泣きついていたようだけれど……」


 思いもよらない話。わたくしは目を丸くして、理解しようと必死に頭を働かせた。


(あの二人、両想いではなかったの……? そうだとしたら、男爵令嬢という立場から王太子の申し出を断れない……彼女に言い寄っていただけ……?)


 その結論に至ったとき、わたくしは怒りに唇を戦慄(わなな)かせた。


「なんて、卑劣な……! いいえ……、わたくしも危うく片棒を担ぐところでしたのね……」

「ふ、ふふ……」

「……殿下、なんだか楽しそうですわね」

「もちろん」


 ローガン王弟殿下は声を弾ませながら、ここ一か月で起きたことを語った。

 

「兄上の愚息がやらかし放題。流石の兄上も、目を瞑っていられなくなったようでね。尻拭いをしてきた私も、ついにお役目を放棄した訳だ」

(と、棘のある言い方ですわ……!)


 わたくしは心の内で突っ込みを入れた。けれど、それだけ周囲も、ルーファス殿下に手を焼いていたということでしょう。

 ローガン王弟殿下はじっと、わたくしを見据えて言葉を続けた。


「まぁ、私も正直あきれていた。君を正妃、男爵令嬢を側妃にして、王族の役目は全て君に押し付けようとしていたあの話には」

「ご存知でしたのね……」

「自白魔法で――おっと、失礼。それに、私は君の頑張りをずっと見てきたからね。――腹立たしかったよ」


 わたくしの頑張り。その言葉に、胸がじんと熱くなる。途中、物騒な言葉が聞こえた気がするけれど、気にしないでおきましょう。――ローガン王弟殿下、あなたに憧れて魔術も妃教育も頑張ってきましたの。でも、それを彼に告げる勇気は持っていなかった。


 そんなわたくしの想いとは反対に、ローガン王弟殿下は楽しそうに話の先を語った。


「思わず、杖を出しそうになった。兄上が慌てて頭を下げなかったら、城が氷漬けになっていたかもしれないな」

(さ、流石……、魔法塔のトップ。筆頭魔術師ですわね……)


 氷漬けの王城――その場面が容易に想像できてしまった。思い浮かべた光景に、わたくしも肩をすくめる。

 すると、ローガン王弟殿下はとんでもない言葉を発したのでした。


「あ、そうだ。ルーファスは廃嫡されたよ」

「へっ……?」

「王族の役目を放棄し、真の愛を謳うのならば平民として生きよ、と()()仰せられた」


 まさかの結末。告げられた事実に、わたくしは素っ頓狂な声を上げてしまった。――けれど、彼のしたことを考えれば、妥当でしょうか。

 廃嫡するまでに至ったのは、周囲の意見やルーファス殿下を傀儡としようとした派閥の急激な成長があったのかもしれない。それを上手く「身分差の恋に溺れた王子の末路」として片付けたのでしょう。


 ローガン王弟殿下は目を細めて、意味深に告げた。


「その点、()()()は安心だ。その両方を手にしている」

(……ん? 私たち?)


 わたくしが彼の言葉を理解するよりも前に、彼は次の言葉を口にした。


「これ、覚えているかい? 君がまだルーファスの婚約者ではなかった頃の」

「あ、それは――」


 言われて初めて気が付いた。彼の胸元を彩る装飾品。


(わたくしが差し上げたブローチだわ。わたくしが自分自身の恋心に別れを告げるための……。ただの贈り物として、お渡ししたはずなのに)


 ルーファス殿下の婚約者に選ばれたとき、わたくしがローガン王弟殿下の魔法塔の所長就任祝いに贈ったものだ。――彼はずっと、それを身に着けてくれていたのだ。

 ローガン王弟殿下は悪戯な笑みを浮かべる。さらには小悪魔のように首を傾げてみせた。


「私はね、君が思う程いい大人ではないのだよ。こうして虎視眈々と機会をうかがっていた」

「ひょえ……」


 あまりの破壊力に、わたくしは間抜けな声を上げてしまった。それすらも、彼はおもしろいと言わんばかりに、笑いを堪えている。


「君が『秘術』を使用したことは不問とさせていただこう。ただし、条件がある――かな?」

「条件、ですの……?」


 恐る恐る尋ねたわたくしに、ローガン王弟殿下は意気揚々と告げた。


「君は王太子の婚約者のままだ。――そうだな、私が王太子となったのだから」


 悪役令嬢が趣味を奪われないために断罪を回避しようとしたら『推し』に囲われる、まさかの展開が待っていました。


ご覧いただき、ありがとうございました^^

一度は書いてみたかった悪役令嬢(?)もの、筋トレ令嬢でした。

イケオジを推していたはずが、そのイケオジに囲われて。実はイケオジが腹黒でしたね。どうしてこうなった……?私にも分かりません、ノリと勢いでお楽しみいただけたのでしたら、とても嬉しいです^^


★★★★★評価・感想・レビューなど、いつでも待ちしております!

頂けると今後の執筆活動の励みになりますので、ぜひ~!


また、他にも異世界恋愛(短編)や書籍化進行中の【web版】、異類婚姻譚(長編完結済)などを執筆していますので、そちらもご覧いただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
とっても面白かったです(*´ェ`*) マリアンヌちゃんが、そっち!? みたいな方向で、 状況を打破しようとするのが可愛くて、悪役令嬢になりきれない感じが堪りません。 >「私はね、君が思う程いい大人で…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ