ひひらぎ
「日本が、元を追い返した!!!」
叫び声が、町中に響き渡った。
≪私≫は、叫び声が聞こえた方を振り向いた。
其処には、多くの人々が集まっていた。
人々は不安、喜び、驚き、憤り、戸惑いなど、色々と混ざりあった複雑な表情をしていた。
皆が、口々に話していた。
「元?
元とは、なんだ?
聞いたことも無い」
「元は日本の海を越えた大陸の北方に在る国だ」
「その元を追い返したとは、元は日本を攻めに来たと言うことか?」
「そうだ」
「初めて聞いた」
「私もだ。
そんな話、聞いたことも無い」
「私は、聞いたことがある。
七年前にも、元は日本を攻めに来たことがあった」
「七年前?
私は聞いたことが無い」
「私も無い」
「何故、七年前、元は日本を攻めに来たのか?」
「日本を支配下に置く為だ」
「日本を支配下に置いてどうするつもりだったのだ?」
「日本に南宋を攻めさせるつもりだった」
「南宋?」
「南宋とは、日本の海を渡って直ぐ近くに在る国だ。
元は南宋を手に入れて、更なる領土を広げるつもりだった」
「元は領土を広げて、どうするつもりだったのだ?」
「属国とした国の資源や土地や人間を確保し、有事の際に利用するつもりだった。
他国の資源や土地や人間を確保しておけば、有事の際に属国の人間を自分達の思う通りに利用できる。
軍事的にも経済的も利用できる」
「では、元は日本を支配下において日本に南宋を攻撃させて滅ぼし、南宋を元のものにしようとしたと言うことか?」
「そうだ」
「私は其の話を全く知らなかったが、七年前に元は日本を攻撃する為に来て、日本は其れを追い払ったと言うことか?」
「そうだ」
「そして今回、再び日本を攻めに来たと言うことか?
其れは日本を支配下において、南宋を再攻撃させる為と言うことか?」
「南宋は、二年前に元のものとなった」
「おかしいではないか?
南宋は、既に元のものとなった。
何故、今回、元は日本を攻めに来たのか?」
「そうだ。
何故だ。
海の向こうと言うのなら、七年前と同様に元は船に乗ってきたはずだ。
そんな危険を冒してまで、何故わざわざ日本を攻めに来た」
「フビライ・ハンが、日本に貢物を要求してきたからだ」
「フビライ・ハン?」
「フビライ・ハンは、元の皇帝だ」
「皇帝?」
「君主の事だ。
元で最も権力のある者だ」
「つまり今回、元の皇帝が日本を元の完全なる属国にする為に日本に攻めて来たと言うことか?」
「突然、攻めて来たわけではないらしい」
「どういうことだ?」
「始め、元の使者が日本に国書を送って来たと聞いた」
「国書?」
「元と言う国からの公式の書状だ。
しかし幕府の執権である北条時宗様は、国書を持参した元の使者を斬ったらしい」
「何故だ?」
「国書とは言っても、日本は元の属国になれと言う文章が其の中には書かれていたと言われている。
国書を読んだ時宗様は、元と戦う決意を示す為に使者を斬ったと言われている」
「つまり時宗様は元と交渉するつもりはないと使者を斬ることによって、はっきりと示されたということか?」
「そうだ。
時宗様は南宋から渡来してきた臨済宗の僧侶、蘭渓道隆や無学祖元から元と言う国について知らされていた。
特に今回の元の襲来の際、時宗様は無学祖元から『ある言葉』を与えられたと言われている」
「『ある言葉』?」
「『驀直去』」
「『驀直去』?」
「『憂いや迷いを断ち、覚悟を決めて困難に立ち向かい、信じることの為に突き進むべきである』と言う意味だ。
そして時宗様は、元との徹底抗戦を決断されたと言われている」
「つまり時宗様に使者を斬られた元は日本に軍を向かわせ、日本は元と戦って見事勝利したと言うことか?
何故、元を追い払う事が出来たのか?」
「準備をしていた」
「準備?」
「海岸線に防塁を築いていた。
七年前の戦で元の軍事力を知った時宗様は、再び襲来される時の為に防塁を築いて防御を固め、元が上陸することを防ごうとした」
「何故、上陸させなかった?
日本は、陸で戦った方が有利なのではないか?」
「元は、集団で攻撃して来る。
対して日本は、名乗りを上げて一騎ずつで戦う戦法だった。
集団と一人では、一人に勝ち目はない」
「日本は、相手の首を取った分だけ恩賞が貰える。
しかし七年前の戦では、首を斬っている間に攻撃されて命を落とす者が多数いたと聞く」
「上陸を阻止する理由は、他にもある。
上陸した者達が散らばり、誰かを人質に取り、隠れて攻撃する可能性もある。
だから、断じて元を上陸させてはならなかった。
しかし、やはり完全に防御することは出来なかった」
「では、どうしたのだ?」
「上陸した元に対して、日本は迅速に対応した」
「だがやはり、防御だけでは攻撃を完全に防ぐことは難しいのではないか?
守るだけでなく、攻めなければ、限界が来て何れ日本は敗ける」
「その通りだ。
だから日本は七年前の元との戦を経験して、戦い方を変えることにした」
「戦い方を変えた?」
「日本は元を日本に上陸させない様にし、海上戦に持ち込んだ」
「海上戦?」
「夜襲だ」
「夜襲?」
「そうだ。
夜、日本は小舟で元の船に向かい、乗り込んで元を攻撃した」
「射程距離の長い弓矢を用いて陸から元の軍船を攻撃したとも聞いたぞ」
「だから、元を上陸させずに日本は攻撃することが出来たのか」
「日本は前の元との戦いを通して戦い方の違いを知り、学び、修正し、進化し、実践して今回勝利することが出来た」
「私は、〖神風〗が吹いたと聞いたぞ」
「〖神風〗?
何だ、其れは?」
「〖神〗が起こす嵐のことだ。
〖神風〗が元に甚大な損害を与え、元を撤退させたと聞いた」
「本当か?
そんな都合よく〖神風〗など吹くだろうか?」
「そうだ。
〖神〗が日本を救ってくださったと言うのか?」
「では、日本は〖神〗によって守られているのか?
有事の際には、〖神〗は〖神風〗を起こしてくださるのか?」
「分からない。
其れは、誰にも分からない。
もしかしたら、本当に〖神〗がこの国を救ってくださったのかもしれない。
しかし、もしそうだとしても、〖神〗のお力だけではない。
しっかりと準備をし、確たる意志と決意を持った御家人や武士が命懸けで戦ってくれたからこそ、日本は守られた」
「そうか。
日本は、守られたのだな。
では、もう安心だ」
「安心ではない。
勝利した喜びに浮かれたままでいると、再び元は日本を攻めに来るだろう。
憎しみは、憎しみを生む。
必ず、元は復讐に来る。
今度は、異なる方法で」
「異なる方法で?」
「悪意を持って日本に潜伏し、見えないところで日本を内側から少しずつ蝕んでいくだろう。
真実は闇に葬られ、日本は何れ自壊する」
「では、互いを監視して取り締まりを強化すれば良いのではないか?」
「そんな事をすれば、信頼関係を築けなくなるぞ?」
「信頼を得たいのであれば、言葉と行動で示せば良い」
「私の周りには、日本人と共に生きようとする南宋から来た人間もいる。
其の人達までもが同じと見做されて良いのであろうか?」
「良い日本人、悪い日本人がいる様に、良い外国人、悪い外国人もいる。
外国人だからと言って、一括りにして良いのだろうか?」
「其の者が良いか悪いかなど、直ぐには分からない。
ならば、一括りにした方が楽だ」
「味方だと思っていた者が、敵である可能性もある。
何処で、誰が、何を聞いているか分からない。
だからこそ、言葉と行動は慎重でなければならない」
「もしかしたら此の中にいる誰かが、悪意を持つ人間の一人なのかもしれない」
「しかし、其の者の中には洗脳され、脅されて罪を犯した者もいるかもしれない」
「其れは、気の毒だとは思う。
しかし、被害を受けた人間にとって其れは関係のないことなのだ」
「そうだ。
どんな理由があろうとも、犯した罪は消えない。
罪は罪。
日本人であろうが外国人であろうが、罪は償わなければならない」
「本を正すことが出来れば良いのだが・・・」
「其れは、難しいだろう・・・」
「悪意を持った人間が、内側と外側から再び日本を攻めて来たらどうすれば良いのか?」
「手遅れとならない様に、再び攻められても迅速に対応出来るよう日本は常に備えておかなければならない。
正に防塁を築き、国を豊かにし、有事の際にも直ぐに対応出来る強い力を持っておくのだ。
其の強い力は自ら攻める為のものではなく、自らを守る為のものだ。
強い力を持つことは、防衛力と抑止力になる」
「今、多くの噂話がある。
私は、どの噂話が真実であるか判断がつかない」
「噂話の中には真実もあると同時に、感情を利用したり不安を煽る為の虚偽もある」
「私は、どうしても自分に都合の良い噂話や自分の興味関心があるものに耳を傾け、其れを信じてしまいがちだ」
「其れは、自分で判断するしかないだろう」
「どうやって?」
「出来るだけ多くの様々な情報を得れば良い」
「情報が多過ぎたらどうする?
多過ぎる情報の中から、何を選べば良いのだ?」
「其の情報から正しい情報を選ぶ知識と智慧、経験、能力を得る必要がある」
「どうやって?」
「偏らず、様々な人と関わり、多くの意見を聞き、多種多様な情報を得て、自分で考え、何を、誰を信じることが出来るのか、信じるべきか、誰が信頼できる人間かを見極める能力を身に付けなければならない。
其の為には、決して人との繋がりや関わりを絶ってはならないのだ」
「もう二度と、同じ過ちを繰り返してはならない。
誘惑や流言に惑わされない強い心と、いつでも対応出来る強い体を保ち続けなければならない。
其の為には感情のままに動くのではなく、冷静になって原因を追求し、
『何に問題があったのか?』
『これから何を、どうすべきか?』
『何を続けなければならないのか?』
を考え、実践し続けなければならない」
「我々自身が、この国を守らなければならない」
「過去と今と未来、そして我々自身を守ることが出来るのは、今を生きる我々と未来を生きる人々だ」
「そうだ。
自分の国も自分達も、自分の大切な人達も、自分達で守らなければならない」
「もし再び元が攻めて来て日本が元のものとなれば、日本の言葉も、文化も、歴史も、伝統も、自然も、誇りも、先人たちから託された想いも、意志も、全て消される。
日本は、日本人は、いなくなる」
「そうだ。
日本は、日本人は、日本を守らなければならない」
「無関心であっては、忍び寄る脅威に気付かない。
常に内側と外側からの脅威に対して危機意識を持って準備と警戒をしていなければ、知らぬ間に近づいてきた脅威に足を掬われる」
「常に関心を持っていれば変化の兆しに気付き易く、逸早く危険を察知して其の危険を回避することが出来る」
「『新しいもの』が入って来ようとする時も、今までの情報を基に其れらに対して判断、対処することが出来る。
『新しいもの』を受け容れる時こそ熟考し、慎重でなければならない。
安易に受け容れてはならない」
「『新しいもの』が、必ずしも『良いもの』であり『安全なもの』であるとは限らない。
其れが、『悪意』や『脅威』である可能性もある。
受け容れない『勇気』と『選択』も必要だ」
「何かは分からないが、『目に見えない脅威』こそが『本当の脅威』なのかもしれない」
≪私≫は其の言葉を聞いて、少し怖くなった。
そして、他の意見を聞きに其の場を後にした。