最後の晩餐と、神様の気まぐれ
「もう、無理だ……」
蓮見拓也は、薄暗い自室のパソコンの前で、ぐったりと項垂れた。時刻は深夜3時。画面に映るのは、未だ終わらない企画書。ここ数ヶ月、朝から晩まで働き詰め。週末も返上し、食事もまともに摂れない日々が続いていた。ベンチャー企業のシステムエンジニアとして、常に新しい技術と情報に追われ、身体は限界だった。
趣味だった家庭菜園も、今やベランダの枯れ果てたミニトマトを見るたびに、胸が締め付けられる。最後にゆっくり土をいじったのはいつだったか。
「俺は、何のために生きてるんだ……」
ポツリと呟くと、虚しさだけが胸に広がる。せめて、最後くらいは美味しいものが食べたい。
スマホを取り出し、デリバリーアプリを開く。こんな時間に開いている店は限られている。唯一見つけたのは、個人経営の小さな洋食店だった。
『本日限定、特別なオムライス』
メニューを見て、拓也は少しだけ頬を緩めた。たまごはふわとろ、デミグラスソースは濃厚。幼い頃、母が作ってくれたオムライスに似ていた。
それが、彼にとって最後の晩餐となることを、この時の拓也は知る由もなかった。
食べ終わると、急激な眠気に襲われる。思考が朦朧とする中、ふと、昔読んだ異世界転生ものの小説を思い出した。
「もし、俺が……次の人生を送れるなら……」
望むのは、チート能力なんて大層なものじゃない。
「土いじりができて……美味しいものを食べて……ゆっくり暮らしたい……」
そんな願いが、誰に届いたのか。
拓也の意識は、ふっと途切れた。
目が覚めると、拓也は真っ白な空間にいた。
「ああっ お目覚めになられましたか、拓也様!」
プラチナの髪を持つ可憐な少女が膝をついて顔を覗き込んできていた。彼女は透き通るような肌を持ち、神々しい光を放っている。
「あなたは……?」
拓也の問いに、少女はにこやかに答えた。
「わたくしはエリアナ。
あなたをこの世界に招いた者です。……実は、手違いであなたの魂を回収してしまいまして……」
エリアナは気まずそうに目を逸らした。
「本来であれば、あなたの寿命はまだ残っておりました。本当に申し訳ありません」
まさかの展開に、拓也は呆然とする。
死んだ!? 自分が死んだだと? そして、神様の手違い。。。
「……それで、俺はどうなるんですか?」
「はい!そのお詫びとしまして、あなたには新しい人生をご用意いたしました!あなたの望み通り、ゆっくりと、美味しいものを食べながら暮らせる世界です!」
申し訳なさそうな感じだったエリアナはぱっと顔を輝かせて説明を始めた。
「そのために、特別に3つの能力を付与いたします!まずはこれ!」
エリアナが指を鳴らすと、拓也の頭の中に膨大な知識が流れ込んできた。
「現代のあらゆる科学技術、農業技術、建築技術、衛生知識……地球上の知恵の結晶です!これを活用すれば、新たな世界で大いに役立つでしょう!」
あまりの情報量に、拓也は思わず膝をついた。
「そして次です!」
エリアナが楽しそうに手を振ると、拓也の視界に『物質変換』という文字が浮かび上がる。
「これは、特定の物質を別の物質に分子レベルで変換できる能力です!あなたの知識とイメージ次第で、不可能を可能に変えられますよ!」
「さらに、最後です!」
次に浮かんだのは『超高速成長』。
「これは、植物の成長速度を異常なまでに加速させる能力です!あなたの家庭菜園の夢も、これがあればあっという間に叶えられますね!」
エリアナは満足げに頷いた。
「さあ、拓也様!素晴らしいセカンドライフをお送りください!」
拓也が何かを言う間もなく、彼の身体は光に包まれ、真っ白な空間から消え去った。
「ふふ、今度は失敗しませんように……」
エリアナは、拓也が消えた空間で、ひとり呟いた。