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記録9 アウルは『相談に乗る』がしたい

挿絵(By みてみん)


 ウィストールは、夕方まで自室のベッドに身を沈めていたが、アウルの「たっだいまー!」という元気いっぱいの声を聞いてわずかに首をめぐらせた。


 目が合ったアウルは、金の目をまん丸に見開いて声を上げる。

「おおウィズったら、すっかりショボショボになって! まるで偽ウミガメのように独りぼっちで悲しげだ。どうしたんだい?」


 アウルはベッドに並んで座ってきたので、ティルダとの向き合い方に悩んでいることを打ち明けた。……少年時代の自分と同じ顔のアウルに頭を撫でられながら話を聞いてもらうのは、なんとも妙な気分だったが。


 聞き終えたアウルは、「フムフムフムフム」と神妙に頷いた。

()()に入れても痛くないほど大事な家族の一大事! どうしたものか!」

「ティルダの機嫌をとってくれないか。大事な話をしたいけれど、なかなか難しくて」

「らじゃっ!」

 アウルは敬礼しながら、アリソンの姿に変身した。

「……なぜアリソンの姿に?」

「なぜって、にんげんの女の子って、おんなじ女の子の姿の方が心の中をたくさん話してくれることが多いから」

 さも当然のように言うアウルに感心した。人間について疎いんだか聡いんだか。


「ようし、がんばっちゃうぞ!」

 密命を帯びたアウルは張り切って部屋を出て行こうとし――ドアから顔だけちょろっと覗かせる。

「僕がいない間にウワキしちゃだめだぞ」

「何言ってるんだよ」

 アウルは眉をクイクイ動かし、顔を引っ込めた。


 アウルはたまに困った奴でもあるが、こういうときに頼りになるもう一人の親でもあった。



 ❧ ❧ ❧ 



 女子寮の部屋を、アウルが訪ねてきた。


 今日はお出かけをしてきたんだ、とアウルがくれたお土産に、ティルダは驚いた。

 花の意匠の髪留めに、色付きリップクリーム、()()()()()()()をやっつける薬。

 まさに欲しかったものばかりで、心の中を読まれたのかと思ったほどだ。ワンドリールの前では、もっと可愛くありたいと思いはじめていたから。


「僕、気づいちゃったんだ。ティルダ、恋をしているでしょう」

 優しくそう問われたときには、自然と打ち明けてしまった。

 ワンドリールのことを。初めて出会ったときのことや、話したこと、もらったもの。優しくて穏やかな声音で、中庭の草木や空の星や、庭の生き物について教えてくれる時間がとても好きだということ――。


 照れながら語っていると、アウルは世界一の幸せ者のようにとろけた顔で見つめてきた。


 やがて時計の長針が一周する頃、アウルはうっとりとため息をついた。

「ああ、なんて素敵なお話なんだろう! やっぱり恋のお話はいいね。それで、ティルダはワンドリールとはコイビトになるのかい?」

「へっ!?」

 ティルダは髪と同じくらい真っ赤になってぶんぶん首を振った。

「そ、そんなの無理だよ! ただの後輩だと思われてるだろうし……気持ちを伝えても困らせるだけだって」

「無理なものか! こんな可愛い女の子を振るやつがいたら、僕がお尻を蹴っ飛ばしてやる!」

「あはは! じゃあ、絶対そうして!」


 アウルはティルダと笑い合うと、一呼吸ついて目を伏せた。

「実は僕もね、その気持ちはよくわかるんだ。……ねえねえ、もっと聞かせて?」

「もう全部話したってば!」


 そうこうしているうち、ルシミアがやって来た。

「ただいま」

「あ、おかえりルシミア」


 ルシミアはアウルに気付くと、「アウルちゃんこんばんは」と会釈えしゃくする。アウルは嬉しそうに立ち上がり、「こんばんは、イェイイェイ」とハイタッチした。


「今ねえ、『相談に乗る』がしたくてティルダに聞いていたのさ。ルシミア、君は悩みはあるかい? この僕が聞いてあげよう!」

「悩み……」

 ルシミアは真面目な顔をして考え込むと、ちらっとティルダを見やって言った。

「魔物との契約の授業についてアドバイスが欲しいです」

「んえ、授業?」


 どうやらアウルが想定していた悩みとは違ったらしい。アウルは舌を歯で噛んで汗をかきはじめた。それに構わずルシミアは続ける。

「私もティルダも、低級か中級の魔物と契約を結ぶという実践課題がこなせていません。クラスの中では遅れている方だと思います」

 ティルダも便乗した。

「そうなの! 魔物たちに報酬とか条件を話しても、全然話に乗ってくれなくて!」


 アウルは「んー」と唸って腕を組んだ。

「二人とも、難しく考えすぎなんじゃない? ウィズは『警戒しろ!』なんて小うるさく言うけれど、ようはまず、お友だちになればいいんだから。そうだ、なんでも慣れることが大事だろう? 僕の分霊を二人につけてあげよう」


 ティルダはルシミアと顔を見合わせ、「分霊?」と聞き返した。


「僕の魂の端っこをちょいと切り分けるのさ。小さくなるけど、自律型にできるよ。どんな姿がいい?」


 その提案は、まるで子どもの頃に初めておもちゃ屋さんを訪れて、「どれか一つ買ってあげる」と言われたときのような気持ちを思い起こさせた。

 ティルダはルシミアと手を取り合ってきゃあきゃあ言いながら「どうしよう!」「可愛いのがいいよね!」と話し合う。


 ティルダが先に手をあげた。

「じゃあ、はい、はい! 小さくて羽のある妖精みたいなのがいい!」

「まっかせて!」

 アウルはムンと意気込んで、両手のひらをねた。手のひらの上でインクが花のように広がり、ひとつの命を織り成してゆく。


 その小さな小さな命は、姿が定まると微かに呼吸をした。


 ティルダはまじまじとアウルの手の上に載っている()()を見つめた。

「……妖精みたいなの……?」


 手の上で呼吸をしているのは、丸々とした毛玉のような黒猫だ。羽はあるが、たった指の先ほどのサイズしかなく、体に対して比率が小さすぎる。

 アウルは得意げに「猫の妖精だよ!」と言った。

「猫の妖精……?」


 生まれたてのミニアウルが金の目を開いた。そのまま起き上がり、小さな羽を震わせてプィーとひと回り飛ぶと、そばの机にこてんと着地して挨拶する。

「こんちは、てぃりゅだ!」

「こんにちは! カタコトだけど喋っているから、中級ね」

「チュッキュ!」


 それを聞き、生み出した張本人であるアウルがびっくりしたように「そんなまさか!」と叫んだ。

「特級たるこの僕の分霊が中級なものか! ほら、変身してごらん!」

「むり!」

「なんだとう! 僕の分霊なら変身も宙返りも、歌も踊りも詩の暗唱もできるはずだよ! やってみせて!」


 ミニアウルは首を傾げると、おごそかに数歩歩いて口を開いた。

「むかし、むかし、あるところに、カップケーキがいました」

 宙返りでもしようとしたのか、ぴょこんと飛んで転んだ。転んだまま言った。

「……おしまい!」

「……なんてこった、ただのとっても可愛いだけの僕を生み出してしまった」


 アウルは「まあいっか」とあっさり切り替えると、ミニアウルをつまんでティルダに手渡した。

「この子は、ティルダの見るものや感じるものを共有できるんだ。大切にしてね」

「ありがとう! よろしくね」


 ティルダはミニアウルを手に載せて撫でてやりながら、ルシミアがずっとぷるぷる震えていることに気づいた。

「ルシミア?」

「かっ……かっ……」

 ルシミアは目を輝かせてミニアウルを見つめながら震えている。やがて息荒く「可愛い……!」と叫んだ。

「わ、私も猫ちゃんの姿がいいです! あ、ツノ! ツノがあっても可愛いと思う! あと牙も! 色は緑で口の中はピンク!」


 興奮しながら捲し立てるルシミアに向けて、アウルは「ようしきた!」と胸を叩く。再び手のひらを捏ね、小さな命を織り成す。

 緑の藻のような毛玉がアウルの手の上で起き上がった。ツノはあるが、丸っこくてほとんど毛の中に埋れている。ミニアウル2は、ンニィとギザギザの歯を見せて笑った。


 ルシミアはついに息を吸ったまま吐くことを忘れてぷるぷる震えている。

 ミニアウル2は、主人ルシミアの反応を見て「ヘゲ?」と首を傾げた。アウルが「初めは挨拶をするものだよ!」と教えるが、「フニャ?」と焦点のあっていない目で首をコテンとするばかり。


 ティルダは白い目でミニアウル2を見つめた。

「なんか、より頭が悪そうじゃない?」

「ハァ?」


 しかし、ルシミアはやっと正気を取り戻すとミニアウル2を両手に載せて「可愛い! 可愛い! よろしくね!」と頬擦りした。ミニアウル2もウニャウニャ言葉を返す。

「るちみあ、ボクカワイー?」

「可愛い!」

「カワイイ!」

「可愛い〜」

「カワイイ〜」

 ティルダは「この空間にいたら知能が下がりそう」と頭を抱えた。


 しばらく三人は新たな命を愛でていた。

 ルシミアはミニアウル2を『小さな藻草ちゃん(リリパットアウジェ)』と名付けた。略して『リリーアウ』らしい(ヘンな略し方、とティルダは思った)。


 ルシミアは顔をふにゃふにゃにしてデレていたが、やがて壁時計を見て言った。

「ティルダ、そろそろ時間じゃない?」

「ほんとだ! じゃ、じゃあ行こうかな……」


 ティルダは慌てて鏡を覗きながら念入りに前髪を整え、もらったばかりの髪飾りをつけたり、リップを塗ったりし始めた。


「ティルダはどうしたの?」

 アウルが小声でこっそりとルシミアに問うと、ルシミアは「ボーイフレンドに会う時間」と耳打ちした。


 アウルはにまにましながらティルダの身支度を手伝ってやった。

「これで良し。とびきり素敵な女の子だよ!」

「えへ、ありがとう」

 アウルとルシミアはそれぞれ手を振って送り出した。

「グッドラック!」

「早めに帰ってきなさいよー、じゃないと迎えに行っちゃうから」

「うん、じゃあね!」


 唇を薄桃色に色づかせ、肩にミニアウルを乗せたティルダはスキップするような足取りで部屋を出て行った。


「……ん?」 

 アウルは、ふとルシミアを見て声をあげた。

「どうしたの? なんだか寂しそう」

「……いえ、別に」


 ルシミアは小さく首を振り、指先でリリーアウを撫でた。



 ❧ ❧ ❧ 



 ウィストールはしばらくそわそわしながらアウルの帰りを待っていたが、小一時間しても帰ってこなかった。ティルダとは深く話せているのかもしれない。


 思えば昔から、アウルはティルダの親であり兄弟でもあり、時には同性の友人のようでもあった。

 自分などは、ティルダが年頃の女の子に成長しているというのに細やかな配慮に欠けていて――というのも、どうやらティルダ用の化粧水やら下着やらは、いつのまにかアウルが揃えてくれていたようなのだ。

 それにしてもなぜアウルが思春期の女子の心には詳しいのか、てんでわからなかった。


 アウルはティルダとの生活のことを、「コンペイトウを入れた紅茶みたい」とたとえた。「甘くて、きらきら音がするんだ」と。


 永遠を愛するアウルは、ティルダを引き取った当初、彼女も永遠の存在にしたがった。

 けれど僕が止めたのだ。もう少し成長を待ってから、自分で選んでもらおうと。


 それからアウルはティルダの成長を喜んで見守っている。

「ティルダが素敵に成長していって、僕はとっても嬉しいんだ。いちばん輝いているときに永遠にしてあげようと思っていたけれど、どんどん違った輝きを見せてくれるから、いつがいちばんなのか、わからないよ」と言って。


 気づけばティルダは16歳。アウルがよく変身するアリソンと同い年だ。

 アリソンの姿はあれ以上成長しない。僕の記憶の中に、16歳から先の彼女はいないから。――彼女は、16歳で死んでしまったから。


 アリソンは僕の親友だった。

 そして、アウルの前の契約者だ。


 アウルは常々アリソンのことを「さっさと永遠にしてあげれば良かった」と悔やんでいた。

 だからこそ、ティルダをいずれ永遠にするという意思は固いはずだ。そのうち僕たちはティルダを交えて重大な話し合いをすることになるだろう。


 けれどティルダがどんな道を選んだとしても、アウルは最終的には彼女の意思を尊重してくれるはずだ。以前に比べて、彼は人間に寄り添うことを覚えてくれたから。


 逆に、僕はティルダの決定を尊重してあげられるだろうか?

「――……」 


 ……生粋の魔物であるアウルと比べても親として劣っている気がして、どんどん気が滅入ってきた。



 このままベッドで寝転んでいては負の感情から抜け出せないと思い、気分転換に食堂へ向かうことにした。

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