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記録6 ささやきの書

 あっという間に一週間が経った。


 魔物との契約の授業は、生徒のほとんどがそれぞれ発見してきた低級から中級の魔物との対話を重ねて、契約を結ぶまでに至っている。

 たいていは、お菓子などの報酬と引き換えに簡単な頼み事を聞いてもらう、といったような代償の軽い契約だ。もちろん、魔物が害をなした時の対処法も教えた。


 中には、『アルミホイルのロール5本と引き換えに、一ヶ月間夜眠る前に歌を歌ってもらう』なんて変わった契約を結んだ生徒もいる。

 ウィストールはこれを良い例の一つとして授業で取り上げ、従来の形式に囚われない自由な発想を大いに褒めた。

 あくまで契約の条件は、魔物との対話の中でお互いが納得のいくように決めるものである。


 生徒たちは自分が契約した魔物を自慢したがり、よくウィストールやリインにも見せに来た。

 先日も、リインとともに廊下を歩いているときに、男子生徒がフェレットのような魔物を抱いて興奮気味に言ってきた。

「先生、先生! 俺が契約した魔物、変身できるんだ! 上級かもしれないぜ」

 魔物が、ン〜と力むと首回りの毛がポポポッと伸びた。

 リインは「うーん、これは変身ではないな。低級か中級だろう」と判断する。

 生徒は「そっかあ」と肩を落としたが、「まあいいや、特別毛並みがいいし、踊れるし」とめげなかった。

 彼らのささやかで特別な出会いに一役買えたのなら、教師冥利に尽きるというものだ。


 そんな中でティルダは、魔物との契約にたいそう苦戦していた。

 座学の小テストはいつも満点だが、実技になるとうまくいかず、明らかに落ち込んでいるようだ。

 秀才タイプの彼女は、今まで努力が報われる人生を送ってきた。成績優秀でたびたび発明コンテストで表彰までされるほどの彼女が、人生初の挫折を味わいかけているのだ。

 パパとしては、低級の魔物との契約が上手くいかないなんて些末さまつなことでしかないのだが、彼女にとっては重大事件らしい。


 それでもティルダは、毎日欠かさずピアノのレッスンをせがんだ。

 放課後のわずかな時間、講堂のピアノの前に並んで座る。久々に演奏を通じた交流ができるのが嬉しかった。



 ❧ ❧ ❧ 



 そんなあるとき、授業終わりにリインが言った。

「なあウィストール。ささやきの書を知っているか?」


 驚いてリインを見返した。ルシミアからその単語を聞いてから、ずっと気になっていたことだ。


「「知ってる!」」

 アウルと声を揃えたものの、言葉だけしか知らないことに気づき「やっぱり知らないや……」と言い直した。

「それって何なんだい?」

 リインはかすかに周囲を気にするように目を走らせた。

「……ここで話すのもなんだ。俺の部屋に来いよ」



 ウィストールとアウルは、リインに誘われるまま西の塔の部屋へ向かった。

 その間も、シャンタナはリインのそばに寄り添っている。まるで自由な王子と忠実な騎士のようだ。


 しかし、そんな二人の印象は部屋に着くとがらりと変わった。


「あー、今ちょっと散らかってるけど、適当によけてくれ」

 リインがそう言いながらひょいひょいと入室した部屋は、驚くほど散らかっていた。足の踏み場もないとはこのことだ!

 シャンタナが部屋に入るなり、空いた酒の瓶やら脱ぎ捨てられた服やらを素早く片付け、汚れたコップを洗ってゆくが、そのそばからリインが羽織りを脱いでは放り、新しいコップを使ってはそこらに置くのだ。


「リイン、客人の前でくらいちゃんとシなさい」

 シャンタナがぴしゃりと怒るが、リインは「それどころじゃないんだよー」と不満げに眉を寄せて荷物の山を引っ掻きまわし始めた。


 アウルがウププと笑って耳打ちしてきた。

「リインって意外とだめなやつなんだね」

「そうだね……」


 この二人は王子と騎士じゃない。悪ガキと保護者だ。


 シャンタナが疲れた様子でアウルに呼びかけた。

「黄金の昼下がり。掃除を手伝っテくれませんか。礼はシましょう」

「ええー、ううーん……」

 掃除が嫌いなアウルはぷうっと膨れたが、新しい友人の頼みを無下にするような性格でもない。結局、くるりと身を翻して三角巾を纏った姿に変身すると、しょぼしょぼしながらシャンタナに加勢した。


「ささやきの書についてなんだが」と、リインは二人に負けじと部屋のものをあちこちひっくり返しながら言う。

「生徒たちの間では有名なものなんだ。この学校にささやきの書は複数存在していて、常に誰かの手元にある。欲しいと思う者の手元に現れる呪いの魔道具らしい」

「呪いの、魔道具……」

「あなたの専門分野だろ」


 やがてリインは「よし、まだあった」とあるものを引っ張り出して掲げた。古びた本に見える。

 リインは書き物机に乗っていた荷物をズサーッと大雑把にどかして本を置いた。

 シャンタナが机の前にせっせと掘り出した椅子を置いてくれたので、リインと並んで座る。


「で、実物がこれだ」

「持っているの!?」

「昨日、やっと入手した。まあ見てくれ」


 目の前にあるのは皮張りの表紙の本だ。タイトルは書かれていない。

 しかし指先で触れてみたとき、思わず「あっ」と声をあげた。皮の表紙に、ぼんやりと文字が浮かび上がってきたのだ。

 


 求めるものに与えられるささやきの書



 リインに目線を送ると、彼はにやっと笑って頷き、本を開いた。中のページは真っ白だ。

 ところが、そのページの上で不思議なことが起こり始めた。あらゆる筆跡の手書き文字が、次々に現れてゆくのだ。それはまるで、今まさにこのノートに複数人の手で書き込まれているように。



 ――薬学の教室臭くない?

 ――北寮のやつが喚きガエルの胆汁たんじゅう溢したらしいよ

 ――今日のアウルちゃん見た? 女の子の姿だったラッキー

 ――今日のリインちゃん先生見た?

 ――今日もあの際どい服です。えっちすぎる

 ――最近、何もない所から音楽が聞こえない?

 ――怖いからヤメテ

 ――食堂のメニュー、急に『特特特特盛り』ってサイズが増えたよね

 ――いったい誰に需要があるのさ

 ――聞いてくれー! 飼育室の! 魚が! 喋ったアアア!!

 ――それ魔物じゃね

 ――あなた疲れているのよ

 ――魔術式の授業わかんないよー。教科書の3ページめのとこ

 ――3ページから!?

 ――僕もわかんない。1年生だし

 ――誰かわかるー?

 


「ん」

 リインが「書け」と促すようにガラスペンを差し出してきた。

「この本に書き込むの?」

「そうだ。今まさに、他のささやきの書の所持者たちがどこかで書き込んでいる。その書き込みが全てのささやきの書に共有されるようだ」


 生徒たちの秘密のコミュニケーションの場というわけだ。

 筆跡から見るに、17人の書き込みが確認できる。授業で受け持っている生徒も数人確認できた。ルシミアが生徒の流行りを知りたいのならささやきの書を探せと言ったのも理解できる。


 ウィストールは努めてわかりやすく、魔術式の組み立てについて解説を書き込んだ。



 ――わ、誰かさん頭いい! ありがとう!

 ――理解できたかな?

 ――フルック先生の授業よりわかりやすかった!



 思わず顔が緩んだ。このささやきの書とやらが、生徒たちの学年を超えた健全な交流の場になっているのなら微笑ましいものだ。


 しかし、ふとリインを見ると真剣な目をして次々更新されてゆく文字を追っていた。まるで、何かを監視しているようだ。


「……この本、まだ何かあるの? あ、もしかしてさっきの君に関する書き込みのこと? 筆跡からしてミザリー・イルコットだね。確かに君の服って変な露出があるけれど、気にしなくても――」

「ち、が、う! 最近流れているこの書の噂についてだ!」

 リインは声を荒げて説明した。

「生徒の軽い記憶喪失が相次いでいると校長から聞いていてな。調べていくと、ささやきの書が関連していることがわかった」

 やはりリインは校長から頼まれて調べ物をしていたようだ。

「あなたには、信憑性を確かめてから話したくて」とリインは上手く言い訳をし、続けた。

「夕方頃になると、ささやきの書に『運命の相手を見つけます』と書き込みがあるという。その書き込みに応じると、運命の相手の目の前まで連れて行ってくれるそうだ。代わりに少しばかり記憶を失う――まるで()()()()()()だろ?」


 ごくりと生唾を飲み込む。

 もしも言語を操る魔物が関係していて、実害が出ているのならば生徒の手に負えるものではない。せめて危険性や正体が判明するまでは、監視しなくてはならない。

 リインが言いたいのはそういうことだろう。


 それからしばらく、ささやきの書とにらめっこの時間が続いた。

 生徒たちは噴水広場の出店のことや、先生の悪口、授業の愚痴やアドバイス、ペットの自慢など様々な書き込みをしてゆく。

 ウィズ先生の咳払いがヘン、という書き込みがあったときには、リインは笑いながら同意の文を書き込んでいた。泣きそう。


 そんなことをしているうち、ベッドの方からミャムミャムと変な声が聞こえた。毛玉のような小さな黒猫が転がっている。アウルお気に入りの変身パターンのひとつだ。

 アウルはいつのまにか掃除に飽きてしまったらしく、人様のベッドだというのに鼻提灯はなちょうちんをつくってぷうぷう寝こけている。怠けものめ。


 シャンタナはといえば、熱いお茶をいれて机に置いてくれていた。

 彼の普段の態度からは人間には全く関心がないという印象を受けたが、リインとともにいるからか僕にもそれなりに気を払ってくれているようだ。


 スパイスの効いた不思議な味わいのお茶をちびちびいただきながら、書き込みを見守ること数時間。


 そのときはついにきた。



 ――運命の相手を見つけます。



「出たっ!!」

「ほ、本当だ……!」


 リインは立ち上がりざま短剣のような銀の杖を抜き、鋭く指示を飛ばす。

「ウィストール、書き込みに生徒が応じないように思いとどめさせながら、情報を引き出してくれ! 俺は書き込みの主の居場所を探知する!」

「わかった!」

 ウィストールは率先して書き込んだ。



 ――興味あります。本当に運命の相手がわかるの?

 ――はい

 ――あなたは誰? 魔物?

 ――運命の相手を見つけたければ、グリーンスリーヴスと書いてください



 そこで、他の生徒が割り込むように書き込んできた。



 ――待って、私が先。ずっとチャンスを待ってたの! グリーン



「だめだ! ――あっつっ!」 

 焦ってつい身を乗り出した拍子に、お茶を机にぶちまけてしまった。

 お茶はささやきの書もろともビシャビシャにしてしまった。ところが、お茶はインクと同じように他の生徒たちの持つささやきの書にも伝播でんぱしたようだ。



 ――ちょっと! ……誰……んな……零して……

 ――書き…めない……

 ――おい! な……こ…匂い!



 読み取れないほどにじんだ文字がたびたび浮かぶが、言葉にはならぬまま消えてゆく。

 咄嗟とっさにリインの分のお茶も本にぶちまけた。一時的に生徒たちの書き込みを止められるはずだ。


「――掴んだ!」

 リインが叫んだ。

「捕らえるぞシャンタナ!」

「はい」

 シャンタナが両手を合わせ、広げながら赤く輝く糸のようなものを出現させる。魔力から編み出した糸のようだ。彼ほどの魔力の持ち主が編み出したそれは、どんな魔物だろうと到底破れないだろう。

 リインはすかさず糸を受け取り、部屋から駆け出て行く。


「待っ……、僕たちも行くよ!」

「んえ、ウィズどうしたの? わあっ!」

 寝ぼけている猫アウルを引っ掴んで部屋を出た。


 リインと並走しようとしたが敵わなかった。本校舎へ続く渡り廊下に飛び出たリインがわずかに屈むとともに、彼の足が青い魔力光を帯びた思うと、ぐんと一足で果てまで跳んでいってしまったのだ。身体強化の術だろう。あっという間に豆粒大だ。


 そのとき、ぐいっと力強く首根っこを掴まれ体が浮いた。

 突然のことでしばらく何が起こったのかわからなかったが、気づくと高速で過ぎ去る天井を見つめていた。シャンタナに雑に抱えられて移動しているらしい。景色が逆さまで過ぎ去ってゆく上に、顔に物凄い負荷がかかって酔いそうだ。


 たった数秒でリインに追いつき、逆さまに顔を合わせる。

 リインは「抱えられてどうした、怪我でもしたのか?」と目を丸くした。

「いや……」

 君が俊足すぎて追いつけなかっただけ、とは言えなかった。

「まあいい、もう近いぞ。気を抜くな」

「うん」

 キリッと顔を引き締めたつもりだったが、胸に猫アウルを抱いて運ばれているこの格好では間抜けに見えることだろう。


 凄まじい身体能力のリインとシャンタナは、塀も柵も窓すらも飛び越えて進んでゆく。

 やがて校舎を出て中庭を突っ切り、生徒たちの寮が近づいてきた。


 唐突にリインが息を飲んで足を止めた。

「――切られた」

「なんだって?」


 リインはしばらく杖を周囲に向けて警戒していたが、やがて諦めたように眉間にしわを寄せて首を振ると、シャンタナに目で合図を送った。それを受け、シャンタナがウィストールたちを雑に地面に放る。


 リインはやりきれなさの滲む声音で言った。

「相手に気付かれて逃げられたようだ」

「……相手は魔物だった?」

「探査の結果は間違いなく魔物だ」


 ウィストールは体勢を直すと腕の中のアウルを見下ろした。アウルは金の目をドーナツのように丸くしてこちらを見上げ、あんぐりと口を開けている。


 言語を操るほどの魔物となれば、強い概念を持っているはずだ。近くにいれば特有の気配が感じ取れそうなものだが、全く気づけなかった。

 この事態は異様だ。


「まだ近くにいる?」

 聞くと、リインは学生寮を見上げた。石造りの建物は、暗くなりかけた空の下で影のように黒くたたずんでいる。

「学生寮のどこかにいたようだ。だが気配が完全に消えた。今夜は出直そう」

「……学生の中に魔物が紛れているかもしれない、ということ?」

「そうだ。人間に紛れるのがうますぎる」


 心臓がどくんどくんとうるさく脈打つ。

 アウルのような最強の魔物と契約を結んでいるとはいえ、強い魔物に対しては未だに恐怖心を拭えない。

 言葉が通じたとしても、人間の倫理が通じない恐怖。対応を少しでも間違えれば、相手の気分ひとつで簡単に苦しめられてしまうだろう恐怖。


 学生の中に、未知の魔物が紛れている――。


 恐怖を煽るように、鳥の群れがバサバサとうるさく羽音をたてて飛び去ってゆく。シャンタナは苛ついたのか、空の鳥の影を睨んだ。


 リインが冷えた目で呟く。

「『番号を冠するもの(アルタージ)』だ」

「――へ!?」

 考え事をしていたので、素っ頓狂な声をあげてしまった。


 リインは自室へ向けて歩きながら話し出した。

「俺の一族では子どもの頃から何度も言い聞かされる。単独で世界を破壊可能とされる7つの存在がいて、1から7までの番号を冠していると」


 そのとき、腕の中でアウルが歌うように大声をあげた。

「そうそう! 何を隠そう僕こそがナンバーななば……」

「うぉわあああ!!」

 慌ててアウルの口をむぎゅっと塞ぎながら「へへ、えへ」と誤魔化すように笑う。リインとシャンタナは訝しげに見つめてきたが、追及されないように話の続きを促した。

「は、初耳だよー! それで、そのアルなんちゃらがどうしたって?」

「……俺はそれを追っているんだ」

「へえ。で、見つけたらどうするの?」

「滅ぼす」

「「……へ?」」


 鋭いナイフのような殺意と言葉の重みに、ウィストールとアウルはぽかんと呆けた。数秒ののち、「ほ、滅ぼす? なんで?」と蚊の鳴くような声で聞いた。

「言っただろ。アルタージは、単独で世界を破壊可能な力を持っている。危険だ。存在するだけで世界を脅かすものなんていない方がいい」

「ひえ……」


 腕の中でアウルがマッサージ機のようにブブブブと震えている。ウィストールもガクガク共振しながら言葉を失っていたが、リインは独自に推論を述べた。


「中でもアルタージ2――『記録の魔物』は、人に紛れるのがうまいらしい。ささやきの書という記録媒体を用いていたことと、人間の記録ともいえる記憶を奪うらしいことからも、俺は学校の中に記録の魔物がいると考えている」

「き、記録の魔物……」


 リインはこちらの震えて冷えきった肩を叩いてきた。

「協力してくれ、ウィストール。あなたが力を貸してくれたら心強い」

「う、うん。学校にそんなやつが紛れているとしたら、放って置けないからね……」


 空色の瞳がじっと覗き込んできた。

 何かを見透かそうとでもいうようなその目が恐ろしくて、アウルをぎゅうっと抱きながら見つめ返す。それはほんの数秒だっただろう。けれど何十秒にも感じられるほど重苦しい時間だった。


 リインは普段の快活さからつい忘れそうになるが、きっと多くの魔物をほふってきた退魔師だ。命の重みも、それを奪う罪業ざいごうすらも熟知してなお、命の選択を行える人だ。

 彼の強さは頼もしい反面で、間違って敵に回してしまったらと思うと泣きそうなほど怖い。


 やがて、リインはにこっといつもの笑みを取り戻した。

「助かるよ。頼りにしているぜ」


 こくりこくりと頷いたところで、その日は解散となった。もう夜も遅いし、明日も朝から授業がある。


 自室に戻る前に、もう一度学生寮を見上げた。

 先程はリインの殺気にされてまともに思考できなかったが、冷静になってやっと事態の重さが理解できた。


 学生の中に紛れているかもしれない魔物。巧みな言葉で学生たちを翻弄し、退魔のプロであるリインの追跡まで逃れる狡猾こうかつさ。未だ姿すらわからないことも不気味だ。

 リインの推測通りに特級であったら特にまずい。霊域を展開される前に対処しなくては。


「生徒が……ティルダたちも危ないかもしれない」

「うん」


 アウルはぴょんと腕から飛び降りると同時に、美しい少女の姿をとった。

 月明かりを浴びて肌は青白く輝き、闇のようなエプロンドレスがふわりと広がる。まるで彼の周りだけ重力がないかのように黒の髪がゆっくりとなびいた。

 そしてさっきまでの怯えはどこへやら、つぼみのような唇から「ふふ、ふふふ」と妖艶な声を漏らし、おかしそうに笑う。

「任せて。きみの相棒がどんなに最強か忘れてしまったのかい? 大事な人たちにちょっかいかけるやつなんて、捻って潰してこねて焼いて、苺のタルトにして食べてあげよう」

 アウルは猫のように金の目を細め、ぺろりと舌舐めずりをする。


 その不敵な笑みは、永遠の魔物『黄金の昼下がり』としての――()()()()()()()()としての恐ろしさに満ちていた。


 彼はその気になれば、世界のほとんどの魂を自らの霊域に閉じ込めることができる。

 永遠に永遠に、幸福な夢を見せ続けることができる。

 閉じ込められたことすら、みな気付けない。

 そうして幻想の世界に生きたまま、現実の世界は機能しなくなり滅ぶのだ。


 そうならないために、アウルとの契約後にはとある約定を結んでいた――許可をするまで、決して誰も閉じ込めてはならない、と。

 約定を結んでからは、アウルもそれを守ってくれている。


 その信頼があるからこそ、アウルが時に見せる恐ろしさにも、ある意味で慣れていた。

 

 ウィストールはアウルに縋り付いて嘆いた。

「まずいよ。魔物を探しながら、リインにも気をつけないと。()()()だって!」

「んっんー」

 可愛い顔をくちゃっとさせてアウルがうなった。

 しかし、自信家な7番様はへこたれない。すぐに形の良い唇は弧を描き、いたずらっぽく囁く。

「それに、記録の魔物も気をつけなくちゃね?」

「……うん」

「ふふ、ぜーんぶ僕に任せなさい! 僕、何があっても死なないもの!」


 こうして、さらに忙しい日々は始まった。

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