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きみとの3456年――記録の魔物と詠魂曲  作者: 万木きるしゅ
第一章 ウィストール、教師になる!
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記録4 リインの授業

 数日後。学舎は静寂から目覚めたように、休み明けの生徒のざわめきであふれていた。

 ついに新学期が始まったのだ。

 生徒たちは、数百年の伝統がある黒のローブに身を包んで行き来している。低学年など、その裾を引きずりそうにちょこまか歩いていて可愛らしい。


 そんな校舎の3階の教室に、ウィストールたちはやってきた。元々は城主のプライベートスペースだったというだけあり、日のたっぷりと入る窓がある広々とした教室だ。これからここで『魔物との契約』の授業が行われる。


 初日はリインの授業から始まり、それを受け継いでウィストールが授業を交代する。

 内容は打ち合わせているものの、ウィストールも参考としてリインたちの授業を聞くことにした。


 教室の一番後ろ端の席に座って全体を見渡してみる。

 3年生から参加できる選択授業のため、生徒の学年層はバラバラ。席はすべて埋まっている。


 そんな中、最前列にニンジン色の長い髪がぴょんぴょん跳ねている女子生徒を見つけた。

 少女がチラッと振り向いたので、アウルとにこにこしながら手を振る。

 しかし少女は、薄緑の目を細めて「ウヘェ!」とでも言いたげに口を動かすと前に向き直ってしまった。そして、隣に座っている銀と緑の派手な髪色の女子生徒となにやらひそひそ言い合っている。

 ……恥ずかしいのだろうか? せっかく久々に会えたのに。


 少女――ティルダレッテは16年前、赤ちゃんだった頃に事情があって引き取った子だ。彼女がこの学校に通っていることも、教師となることを決意した一因だった。

 ちょっと前まで甘えんぼだったのに、最近は思春期とかいう人生で一番難しい時期らしく、人前では素直に話してくれなくなってしまった。

「よし……!」

 ウィストールは小さく拳を握って決意する。

 教師として素敵に振る舞って、カッコイイパパだと思ってもらうぞ!


 そうこうしているうち、授業開始を告げる鐘の音が響く。


「――授業を始めます」

 鐘の音とともに、リインがシャンタナを伴って登壇とうだんした。

 今のリインは、儀礼用の短い羽織りを着ていた。動くたびにしゃらしゃらと音をたてる鏡と金属のきらびやかな飾りは、まるで異国の王子のよう。

 一方シャンタナは、美しい褐色の肢体を惜しげなく見せつける衣装を纏い、リインの隣に寄り添っていた。


 彼らは登場しただけで生徒たちの目を釘付けにした――彼らの登場のインパクトは『成功』だ。

 仕立てたばかりの服で授業に臨むつもりだったが、それではリインたちに勝てる気がしない。カッコイイパパになるためにも、いつもの魔術師のマントを纏って授業を行うことに決めた。


「はじめまして。俺はリイン・ファライラ。今日からこの授業を担当する教師だ。よろしくな」

 リインが明るい笑顔で告げると、緊張していた生徒の面持ちが幾分和らいだ。

 彼がこれから行うのは、授業に興味を持ってもらうためのオリエンテーションだ。


「では、俺が恐ろしい魔物と出会った話から始めよう」


 それは衝撃的な冒険譚だった。


 砂漠の星詠みの退魔師の家系に生まれ、厳しい修行を経たリイン。

 修行が終わった途端、9歳にして一人旅に放り出されてしまった。

 幼いリインは、人助けと危険な魔物の退治という使命を帯びて各地を旅した。


 半年ほど旅をした頃、とある密林の集落を訪れたリインは、旅人として異様なほど歓待を受けた。にこやかな人々が、食べ切れないほどのごちそうや、果実のジュースを振舞ってくれたのだ。

 だがそれは、とんでもない罠だ――食事には薬が仕込まれていたのだ。

 

「俺は眠っている隙に、人を喰う邪神への生贄いけにえにされてしまったんだよ。次に目覚めた時は、洞穴の中。……とても寒い場所だ。そこには毒花の浮く泉があって、おびただしい白骨が沈んでいる……」

 リインの語り口に、ウィストールは生徒たちと一緒になって身を震わせる。


 リインはそんな洞穴で、恐ろしき邪神と相対する――上半身は美しき黒髪の人の姿で、下半身は大蛇の邪神と。邪神として恐れられてはいたが、それは強力な力をもつ魔物。


「邪神は『毒で痙攣する人間の舌触りが良い』とか言うんだぜ。もう殺されると思ったね。――でも、俺は諦めなかった」


 幼いリインは、機転を利かせて謎かけの勝負を切り出した。勝負に勝ったら喰わないでほしい、と。

 邪神は面白がってそれに応じた。


 勝負は、七日七晩続いた。永く生きる邪神の知恵もあなどれなかった。


「結局、謎かけ勝負には負けちゃったんだよな」


 リインは、ついに丸呑みにされかけた。

 そこで、最後の手を使った――泉の毒花から密かに精製した、強烈な毒。

 何百倍にも濃縮された毒をくらわせれば、邪神もたまらず身を崩した。


 そうして、見事邪神を打ち倒したのだ――。



 リインはそんな冒険譚を、ドラマティックに、かつエンターテイメントとして面白く語った。

 もちろん、オチもつけてくる。


「邪神は毒だけでは死ななかった。でも俺を認めてくれて、契約を結んでくれてな。その邪神の名はシャンタナ。そう、ここにいる俺の相棒だ」


 生徒たちはどよめいた。リインのそばに控えていたシャンタナは、蛇のような瞳を薄く笑ませて生徒たちを静かに見つめている。


 ――なるほど、リインは興味を持たせて引き込むのがうまい。この教室内で、今やリインの話に耳を傾けていない者は一人もいない。授業の掴みとしてばっちりだ。


「さて。それではそんな俺の体験談も交えながら、授業を進めていこうと思う。俺にもシャンタナにも、気軽に質問して。ああ、心配しなくてもいい。もうシャンタナは人を食べないよ。多分ね」

 茶目っ気たっぷりにブラックジョークを飛ばしつつ、リインは講義を開始した。


 リインが教えることは、初回授業ということもあり基礎の基礎だ。


「この星には多くの魔物が生息している。具体的な統計は未だ取られていないが、学者の中には魔物の生息数は数億にも及ぶと言う者もいる。君たちも幼い頃から、小さな魔物が視界の隅を横切るのは幾度も見て来たはずだ。ではずばり、魔物とは何か?」

「はい!」

 前方で、ニンジン色の髪の少女が手を挙げる。

「おっ、積極的だね! どうぞ」

 リインにうながされたティルダがつんと胸を反らし、つらつら答えた。

「魔物とは、何かしらの概念が形と意思を得たものです。元になった概念にこだわった思考を持ち、それを元に行動することが多いとされます。

 姿形は様々で、大抵は小動物のような姿ですが、山より大きな個体や、人間の姿をした個体もいます。……まれに、通常の生物、あるいは物体が後天的に概念を被って、魔物へと変生へんじょうする例もあります。

 そして、強力な概念を持つ個体は、まるで魔法のような特別な能力を持っている場合があります」

「――満点以上の回答だ!」

 リインが拍手し、周りもそれに続いて拍手した。(ウィストールは、アウルがスタンディングオベーションをしようとしたのを必死に止めた)


「そう、魔物は概念に行動指針も姿も力も左右される。生物や幽霊とは基礎の部分からして違うものだ。そして……」

 この国の文字に不慣れであろうリインは、黒板に奇妙なバランスで『低級』『中級』『上級』と書きつけた。

「この国では、魔物はレベル別に分類されている」



 ・低級――言語を解さず、力は弱く無害。そこらへんにいる。


 ・中級――簡単な言葉と身振りで意思疎通が図れる。力は中型野生動物程度。


 ・上級――言語を解す知能と、変身能力をもち、個体によっては人型もとる。概念にちなんだ特異な能力を持つことも。危険。駆除、保護観察、もしくは情報を登録し定期的な監視が推奨される。



「近年はもうひとつ分類が追加された」

 リインは、上級の隣に書き足した。


 ――特級。


「長らく伝説とされていた存在だ。だが近年、研究が進み、存在が明らかとなった。はい、少し長いけれどきちんと板書して」

 リインはそう言いながら、懸命に文字を書きつけてゆく。



 ・特級――言語を解し、必要に応じて人型をとることも可能。概念にちなんだ特異かつ強力な能力を持つ。『霊域れいいき』という独自結界を展開することができる。非常に危険! 発見した場合はすみやかに避難後、通報が義務付けられている。



「特級の魔物が上級までと大きく違うのは、霊域を持つこと。霊域というのは現実を一部塗り替えてしまうほどの強力な結界で、抜け出すことはほぼ不可能だ」


 生徒が一人、挙手して質問をした。

「なぜ特級は今まで見つからなかったんですか?」

「そりゃ、今まで特級に出会った人間は誰一人生きて帰らなかったからだろう。霊域を展開された時点で詰みだ」

 ごくあっさりと答えたリインに、教室は静まりかえった。

「大丈夫。もしも君たちが特級に出会ってしまっても生還できるように教えるのが俺の役目だ。現にシャンタナは特級だしね。……魔物と関わるうえでの、最も大切なことを教えよう」


 リインは、先ほど語った冒険譚を例にあげながら、「事前準備もなしに魔物と戦うことは命取りである。低・中級の魔物でもなければ、正面から戦っても絶対に勝てない」ということを主張した。

 あくまでも魔物は、恐ろしい存在である。


 魔物と出会ったときに大切なポイントは三つ。



 Ⅰ 敵対しないこと。


 Ⅱ 相手を楽しませるコミュニケーションをとり、味方にすること。それが困難なら、やはり対話しながら時間稼ぎをする。対話の中で、相手の情報を引き出せればなお良し。


 Ⅲ 契約は、本来は戦闘の末ではなく、対話・交渉の末であることが望ましい。双方納得の上でないと、後々の契約関係が破綻はたんする。



 ウィストールは、対話を重んじるリインの教えの全てにうんうんと激しくうなずいた。それらはまさに、かつて初めてアウルと敵として相対した時に、地味なようで最も有効だったものだ。

 まあ、あの頃のアウルは僕の話を聞かずに強制的に幻想を見せて閉じ込めようとしてきたので、結局は()()する形になってしまったが。


 講義を聞いている生徒の中には、どこかに落ちないという表情の者も見受けられる。かっこよく魔物を使役する魔術師になれると思って授業を受けている者からすれば、この教えは逃げ腰に感じるだろう。


 それを察したらしいリインは、苦笑しながら言った。

「期待していたのは、魔物との激しい戦闘だったかな? でもこれも立派な戦いだ。もちろん、最終手段として魔物との戦闘についても教えてゆくが、中級以上とは戦わないのが無難だ。正直なところ、戦闘よりも魔物を楽しませるための話術を学んだ方がよほどいい。

 そして相手を楽しませるためには、ある程度の価値観の違いは知らなければならない。――それについての授業は、このあとウィストール先生から行われるからしっかり聞いてくれ」


 そこで、タイミングよく終業を告げる鐘の音が鳴り響いた。

 途端にざわめき始める教室の中で、リインが明るく声を張り上げる。

「じゃ、初めの授業はここまで! 質問があれば、次の授業までの間に聞きに来て!」


 親しみやすい雰囲気のリインは、すぐに生徒たちに囲まれた。

 一方で無口で恐ろしげに見えるシャンタナにも、勇気ある生徒たちがおずおずと声を掛けに行く。

 一呼吸の間だけ――生徒に声を掛けられたシャンタナが口を開く前に、主人に確認するような目線を送り、リインはすっと氷のように冷えた目線を送り返したのを見逃さなかった。それはまるで、「主人の望むとおりに振る舞えよ」とでも言うような、主従関係をはっきりさせるやりとりだった。

 それまで黙っていたシャンタナはそのやりとり以後、生徒たちの問いかけに答えるようになった。


「もう人は食べないんですよね? 今でも食べたいですか?」

「……食べまセん。あるじが望むので」

「髪の毛とっても綺麗ですね。シャンプーは何を?」

「主の手作リの石鹸です」

「少しカタコトに聞こえますけど、この国の言葉は難しいですか?」

「私と主は、翻訳魔術によっテ言語を変換しています。主曰く、私は纏う魔力が高く術が作用しずらいタめ、そう聞こえるそうです」


 そんなシャンタナたちを横目で見つつ、ウィストールは慌てて支度する。

 そうしているうち、次の授業開始を告げる鐘の音が響く。


 ウィストールはアウルを連れて教壇に立った。

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