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きみとの3456年――記録の魔物と詠魂曲  作者: 万木きるしゅ
第七章 人と、人ならざるもの
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記録26 ジグ、ジグ!

挿絵(By みてみん)


 あれから数ヶ月が経った。

 大量に持ってきたセーターが役立つ肌寒さが、学校にも訪れている。

 ウィストールたちが受け持った授業は、今日で終わる。臨時教師は学校を去るときだ。


 ここ数週間は、校長から毎日のように「このまま専属教師として残ってくれ」と口説かれ続けた。

 それもいいと思っていたが、魔術店の方でやりたいことができたため、今年度は断った。

 店を任せていた従業員である、近所の奥様アデリーから電話が入ったのだ。

「ウィズさん、国立病院から手紙が来てるのよぉ。ニャンダフォウ・ワンダフォウは、言語障害がある人が話す手段としても有用なんですって。それで……大量注文が入ってるけど、アレってデザインがアレじゃない? 名前もアレだし……大丈夫かなって」


 ウィストールは、アデリーの機転に大いに感謝した(そして賃上げ交渉には負けてしまった)。

 そういうわけで、医療用への機能とデザインの調整、大量生産、それから医療目的ならお金のない人でも医師の診断書があれば無料で使えるよう、国に申請を出そうと思ったのだ。

 やることは盛り沢山、また忙しくなるぞ!


 ただし、半年後には再び教師として授業を受け持つ約束をした。

 それはリインも同じようだ。


「じゃ、またな!」と、船の都合で一日早く学校から出ていくリインを見送りに行った時、彼は晴れやかに笑った。

「俺はまた半年、シャンタナと旅をしてくるよ」

「行き先は決めているの?」

「なにも! 船で隣国に着いたあとは、導きに従ってあてもない旅さ」

 そばにいたシャンタナは、何かの冊子をサッとリインに手渡している。何かと思えば、グルメマップのようだ。

 リインはあらかじめ開かれていたページを眺めると、片眉を上げてニヤリと笑み、相棒を見上げる。

「……激辛料理が美味い国? なんだシャンタナ、ここに行きたいのか?」

「食堂のメニューは、あなたにはスパイスが足りなかっタかと」

「おまえが食いたいだけだろ! でも、もう激辛を迎える舌になっちまったな。よし、この国を目指そう」

 リインは、「これもまた導きだ」と頷く。

 導き、割と適当だな……と思ったが、ツッコめなかった。


 リインはグルメマップを仕舞うと、手を差し出してきた。

「お互い元気でいよう」

「うん、元気で!」

 ウィストールが差し出された手を握ると、リインはびくっとその手を震わせて離した。

「――今、何かしたか?」

「うん。君にも記録の加護を」


 魔物であるが故に、自身の能力にまつわる恩恵を分けてやれるのだ。

 全員にできるわけではないが、彼はこれからまた破天荒な旅に出るのだろうし、今回お世話になったお礼だ。

「物覚えがよくなったり、怪我しにくくなったりするよ」


 リインは空色の目を見開いてゆき、ゆっくりと息を吸いながら自身の体を見つめる。やがてその空色は、じっとウィストールを向いた。

 首を傾げて見つめ返していると、リインははっとしたように「ありがたいよ、ウィストール!」と礼を言った。

「じゃあ!」

 リインは背を向け、振り返らずに行く。彼らしいさっぱりした別れ方だ。


 アウルも二人の背に向けて、「まーたねー!」と明るく手を振る。

 アウルはお別れは苦手だが、また半年後に会えるとわかっているので、楽しみにしておくことができるのだろう。



 ❧ ❧ ❧ 



 その後、お馴染みになった3階の教室で、ウィストールの最後の授業が行われた。

「この半年で、みんなも魔物とずいぶん仲良くなれたね」

 教室を見回してみる。生徒たちの机、あるいは隣の椅子に、小動物のような姿の魔物が乗っている。生徒たちが心を砕いて対話をし、自力で契約した魔物だ。

 生徒と魔物はそれぞれ顔を見合わせてにんまり笑んだ。

 

 その関係は、一時的な利害の一致かもしれない。

 魔物にとってはたわむれかもしれない。

 けれどそれでもいい。ほんの少しでも心が触れ合える瞬間があれば、それは何より尊いのだから。


 最前列にいるティルダは、机の上の満月ちゃんを撫でている。カミーユも稀に小動物に変身してともに授業を聞いているが、今日はいないようだ。


 ウィストールは生徒たちに言い聞かせるよう、ゆっくり話す。

「初めの授業で言ったことを訂正したい。僕は、魔物を恐ろしくて理解が難しい存在だと強調したけれど、思うに彼らには人間のような複雑性はないんだ。概念から成った魔物は、もっとシンプルな精神構造をしている」


 人間から魔物に成った僕では気づくのに二千年もかかってしまったが、今回のアウルやカミーユを見ていて感じたことだ。

 彼らはたったひとつの想いを生涯抱えたまま死んでゆくような、不器用で、いじらしい存在だ。

 彼らは自分にとっての運命を見つけたとき、それを愛して愛して愛し抜く。

 それは、狂気的な執着にも見えるだろう。

 けれど、彼らはシンプルなだけなのだ。移り気する人間より、よほど純粋だ。


 そう――魔物の愛は重いが、混じり気がなく美しい。


 だがシンプルだからこそ、その在り方が揺らいだ時には存在が瓦解してゆく。

 アウルは体調を崩したのちに復活したが、全盛期には及んでいない。大切な人々の成長を喜び――そして見送るたび、きっとアウルは弱ってしまう。


 ――逆に、僕は? 


 僕は記録であり、ひいては歴史だ――時を、記録を重ねるほどに概念強度が増すという理屈になる。実際、時を経るごとに力が強まるのを感じている。

 もしもアウルが弱ってしまったら、力を分け与えてやることだってできるかもしれない。アウルが僕を永遠にするのなら、僕だってアウルに恩恵をあげられるはずだ。


 ウィストールはそんなことを考えながら、生徒たちに魔物の素晴らしい部分を説いた。

「みんなも相棒を大切に思うなら、その気持ちをしっかりと伝えて。彼らは純粋だからこそ、みんなの言葉を生涯心に刻み付けてくれるだろう」

「ウィズ、僕は、僕は?」

 アウルは期待を込めた眼差しでアピールしてくる。なので照れながらも、はっきりと言った。

「永遠に最高の記録対象あいぼうだよ。かけがえのない存在だ」

「イヤッフォーウ!」

 教室内が笑い声で溢れた。

 あ、何人か古びた本に物凄い速度で書きつけている生徒がいる。ささやきの書で僕らのことを噂しているのだろう。恥ずかしい。


 授業を終わりの鐘が鳴ったとき、ウィストールは言い足した。

「みんなに配ったニャンダフォウ・ワンダフォウはそのままあげる! 大切にしてね! じゃあまた半年後!」

 手を振って教室を出ようとすると、生徒たちは次々に立ち上がって拍手をしてくれた。


「ウィズ先生、アウルちゃん!」

 ティルダの隣にいたルシミアが、本来は小さいはずの声を張り上げた。

「半年間ありがとうございました! これ、みんなからです!」

 ルシミアは代表して手紙の束を渡してくれた。分厚さからしてクラス全員分かもしれない。

 涙脆いウィストールは「わあ…!」と泣きながら受け取った。

 アウルが「僕、絶対にお返事書くね!」と声を弾ませる。「そしたら絶対、またお返事を書いて! そしたらまた僕がお返事を書くから! そしたらまた……」

 アウルの言葉がエンドレスに続いてゆくので、生徒たちが「アウルちゃん!」と遮る。授業中によくあったお約束の光景だ。


 結局二人は次の授業の鐘が鳴るまで、長いお別れをした。



 ❧ ❧ ❧ 



 ティルダがまだ騒がしい教室から出ると、カミーユが待ち構えていた。

「よう、お嬢」

「カミーユ。何してたの?」

「散歩」

「知らないだろうから教えてあげるけど、もうリイン先生とシャンタナはいないよ」

「本当か!」

 カミーユは心底ほっとしたように叫んだ。

 あれ以来カミーユは、あの二人を恐れて隠れまくっていたのだ。ようやく怯える日々から解放されたというわけである。


 カミーユはやたら美声で歌うように言った。

「踊りたいくらいに良い気分だ! お嬢にも特別に俺のおやつを分けてやる。腹減ってるだろ? 人間はすぐに腹を空かすからな」

「別にぃ」

「そうかよ。じゃあこのプディング、俺が全部食っちまうぞ」


 カミーユが抱えているMMM(メリミニミアン)と書かれた袋を見て、つい「あっ」と声を出してしまった。人気店だが、噴水広場の支店ではすぐ売り切れてしまうので、まだ食べたことがなかった。

「た、食べる」

 欲に勝てずに言うと、カミーユは「やっぱりな」と口角を上げた。

「人間の子どもは、だいたい甘い菓子が好きなもんだ」

「頼んでもないのに、やるじゃない。……でも、子どもじゃないし」

「子どもだろ!」カミーユはそう言って肩を竦めた。「しばらくは子どもだろ? 顔にシワだってない」


 カミーユにとっては、顔にシワが入り始めた頃からが大人なのだろうか?

 ティルダは今後カミーユに人間のことを教えていく苦労を思って頭を抱えた。


 カミーユはまだ、ワンドリールを探している。

 学校の中で見つからないので、彼が旅にでも出たのだと信じている。

 ……いつかカミーユが真実を知ったときのことを思うと、今から胸が痛い。

 ワンドリールは、とんだ置き土産をしてくれたものだ。

 文句を言いたくても、あれ以来どこを探しても彼を見つけられなくなってしまった。


 そんな心境を察せないくせに、カミーユは案外、ティルダの機嫌の良し悪しを伺うのはうまいのだ。

「……菓子食って元気出せよ」

 プリンは二つ入っていた。カミーユは少ない小遣いで、最初からティルダのために買ってきたのだろう。

「はあ、なんで私が落ち込んでるかも知らないくせに」

「知るもんか、知りたくもない」

「音楽とラジオ番組以外にもちょっとは興味持ちなさいっての。そうね、例えば歴史とか、道徳とか――」

「お嬢は難しく考えすぎだっての」

 カミーユはティルダを真似てそう言い、足先で軽快なステップを踏んで見せた。


踊れ(ジグ)踊れ(ジグ)! 自由に、気ままに! 生命あるもの、それでたいていなるようになる!」

「なにそれ、ヘンな飛び方。鳥みたい!」



 少女と魔物は、ふざけあって廊下をぴょんすか跳ねながら歩いた。



ついに次回で最終話!

ぜひ最後まで見届けてくださいませ。

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