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きみとの3456年――記録の魔物と詠魂曲  作者: 万木きるしゅ
第六章 劇場へようこそ
18/27

記録18 動物の謝肉祭

挿絵(By みてみん)


 ビ――――――――。


 鳴り響くのは、けたたましく長ったるい開演のブザー音。

 ウィストールたちはその音ではっと目を覚ました。


 気づけば、薄暗い空間で椅子に座っていた。


 そこは、劇場だった。

 自分たちがいるのは二階席らしい。眼下には舞台にオーケストラが展開されており、満員の客席も見える。観客たちは、みな動物の姿をしていた――兎の夫婦や、セーターを着た羊たち。カバの頭にはネズミの一家が乗っており、鹿のツノには色とりどりの鳥がとまっている。虎に抱えられて、金魚鉢に入れられた魚までいる。


 そして、舞台装飾までも動物のモチーフが取り入れられていた。

 ひときわ目を引くのは、豪華な垂れ幕だ。優雅な白鳥と、勇猛な獅子のレリーフが刺繍されている。


 しかし、劇場らしからぬ騒がしさに包まれていた。みな酒を飲んだり、鉢に入れた果物を食べたりしながらどんちゃん騒ぎをしているのだ。

 その浮かれっぷりは、まるで謝肉祭カーニバルのように。


 そのとき、舞台袖や通路からお揃いのコートを着た動物たちが出てきた。劇場係員のようだ。

 係員たちは、口々に大声をあげた。

「みなさん、早く! 食べ物、飲み物はだめ!」

「ブザーが鳴っただろう、始まるよ!」

「さあ急いで、急いでったら!」


 動物たちはみなは慌てたように食べ物を食べきったり、あるいは係員に手渡したりしている。食べかすで汚れた通路には、玉転がしのように羊が転がされてゆき、超特急で清掃が完了した。


 先ほどまでの喧騒が嘘のように、劇場には水を打ったような静けさが訪れた。

 みなそわそわしながら、舞台の方を見つめている。

「なんだここは……」


 右隣の席では、アウルも口をあんぐり開けてきょろきょろしている。

 ふと左隣を見ると、巨大なオットセイと目があった。コットンキャンディを食みながら、ぐりぐりの真っ黒な目でこちらを見つめてくる。髭が動くとともにブヒュウ、と息が吹きかけられ、こちらは目が点になってしまった。


 呆然とする間もなく、アナウンスが流れ始めた。



「本日はカルナヴァル劇場へようこそいらっしゃいました。はじめに、劇場でのルールについてご説明いたします。


 1、当劇場は火器、その他危険物の持ち込みは禁止です。


 2、音の鳴るもの、飲食物の持ち込みもご遠慮ください。


 3、隣のお客様を食べないでください。


 4、演奏中の私語、および劇場内での大声はお控えください。


 5、水槽は座席の上、もしくは膝の上に抱えてください。


 6、演奏中はご着席ください。


 7、劇場内の移動は走らず、お歩きください。


 8、金の瞳の者は、特殊な能力の使用は禁止です――」




 動物たちは垂れ幕が上がるのをまだかまだかと心待ちにしているようだ。

「では開演まで、弦楽五重奏による室内楽をお楽しみください」


 それは、不思議な光景だった。

 舞台の上では、楽器が演奏されたわけではない。どこからともなく一冊の楽譜が宙を滑って舞台の方へゆくと、ページが輝いて穏やかに弦楽の音を響かせ始めた。楽譜から音楽が流れている。


 舞台の周りには、他にも楽譜が何冊か浮いていた。

 ――目を凝らすと、ちらほらと楽譜のタイトルまで見えてくる。――『ジョン・ディケンズ』『ソフィ・ウルマン』――……。


「あ」

 楽譜の中に、見知った名前を見つけた。『ルシミア・アヴェスティン』と書かれた楽譜が浮いている。


 どういうことだと思考する間もなく、突然左隣のオットセイがブキャアと鳴いた。ぎょっとして見ると、オットセイはコットンキャンディを落とし、みるみるうちに萎んで小さくなってゆく。

 最終的に手のひらほどまでに縮んだオットセイは、キュウキュウと鳴いて跳ねていたが、オオカミの劇場係員に連行されて見えなくなった。


「おっ? おおお!?」

 戸惑う暇もなく、右隣からもアウルの素っ頓狂な声が聞こえた。


 アウルのポケットがモゾモゾ動き、中からホイッスルやクッキー缶、キャンディにチョコレート、さらにはなぜかカエルまで次々に出てきて、曲に乗って踊るように宙を飛びながら舞台の方へ去っていった。


「ああーん! 僕のクッキー! チョコ! ブルックリンくん! あっ、それはだめっ! ウィズにもらった猫のキャンディー! 返してよー!!」

 アウルは立ち上がって手を伸ばすが、届かなかった。


 アウルはポケットの中身をすべて取り上げられてビイビイ泣いたと思うと、急に目を回してヘナヘナと膝を崩した。

「あれ? あれっ? なんか……はらほろ〜ん……」

「アウル!?」


 支えてやろうにも、猫のようにぐにゃぐにゃに力が抜けてしまっていてどうにもなりそうにない。


 そこでやっと、この霊域について重要なことに気づいた。

「そうか、劇場ルールだ……! はじめに言われたルールに違反すると力を奪われるんだ、気をつけようアウル!」

「プエェ!? な、なんて言われたっけえ!?」

「火器、音の鳴るもの、飲食物の持ち込み禁止。私語と大声の禁止。演奏中は着席して、劇場内は走らずに、隣の客を食べず、水槽は――」

「覚え切れないったら!」


 まったく、なんて有様だ。たったこれっぽっちの内容も覚えられないなんて!


 アウルはポケットの中身だけで二つ、立ち上がったことで一つルールを破ったことになる。


 そこでふと、嫌な予感がした。

 その予感は当たってしまい、アナウンスが流れる。


「演奏中の私語、および大声はお控えください」


「うわっ、やっぱり!?」

 ぐん、と体から力が抜けてゆく感覚に、思わず「ぐっ……」とくぐもった声をあげた。ふざけた霊域ルールのくせに、持っていかれる力は一人前だ。

 アウルなんて元々体調が万全ではなかったのだ、これはキツいだろう。


 最後のルールも気になる。『金の瞳の者は能力使用禁止』だなんて、明らかにアウルが名指しで警戒されている。


 ウィストールは、ぐにゃぐにゃのアウルをなんとか席に座らせてやって囁いた。

「……アウル。まずは席に座っていよう。騒がないように」

 アウルは泣きべそかきながらも、こくりと頷いた。

「ここは劇場だ。この霊域でうまく過ごすコツは、()()()()()()()()()()()のはずだから」


 ところが、そう思惑通りにもいかなかった。


 弦楽五重奏の演奏が終わり、拍手が沸き起こる。

 それぞれの動物の手が合わさる音はばらばらで、今までに聞いたこともない拍手音だ。ウィストールとアウルも、周囲に倣って拍手をした。


 舞台袖から、誰かが歩んできた。

 すると、その人物を歓迎するように拍手がより盛大なものになる。


 目を凝らして舞台を見下ろす――金に輝く指揮棒を持った、羽毛のような白い髪の男だ。

 シャツに派手な高襟をつけ、カラフルなベストにコートを纏っている。


 男は満員の客席を見回すと、優雅に一礼し、歌うような美声で言った。

「紳士ならびに淑女のみなさま。恒温動物、変温動物、性別不明不定型生物のみなさま。今宵はお集まりいただきありがとうございます。んんー、素晴らしい。あらゆる種族が集い、圧巻の景色でございます! まるで多重合奏のようですねえ! 一ヶ月前から告知していたこの演奏会、楽しみにカレンダーを捲ってくださいましたか?」


 動物たちはそれぞれ歓声をあげて手を叩いた。

 男は演技がかった仕草で大袈裟に「それは光栄!」と喜んでみせる。

「わたくしも今宵のためにとっておきのプログラムを組んでまいりました。それでは早速一曲目を奏でましょう――ささやかながら生命力溢れるソナタ。曲名は『ティルダレッテ』――」

「……え?」

 つい声をあげてしまった。聞き間違いかと思いたかった。


 演奏が始まる。

 きらきらと弾ける星のようなピアノの音をメインに、管弦楽を添えた音楽。

 聴いたことのない旋律なのに、なぜか胸の奥から『この曲を知っている』という気持ちが溢れんばかりになる。


 舞台の幕がおごそかに上がってゆく。


 舞台の椅子に腰掛けているニンジン色の髪の少女を見て、ウィストールとアウルは立ち上がって叫んだ。

「ティルダ!!」


 途端に、ぐんと体から力が抜ける。

 うう、と唸りながらも二人は手すりにすがり付いて立ち上がった。ティルダは舞台の椅子の上で眠るように目を閉じており、その足先から透けて徐々に消えていっている。いてもたってもいられず、一階席に通じる階段を駆け下りようとした。


 演奏の途中だが、アナウンスが流れる。

「ご着席ください。劇場内は走らないでください」


「ッあああ――!」

 さらに力を奪われ、二人は階段で倒れ込んだ。アウルはもう自力で立ち上がることができないようだった。アウルはそれでも、悔しそうに声を漏らして泣きながら、手足に力をいれようと震えている。


 まだ動けるウィストールがガクガクと震える体を杖で支えながら立ち上がろうとしていると、目の前に気取ったブーツの足先が見えた。

 見上げると、あの羽毛の髪の男が薄ら笑いを浮かべていた。


「よお」

 と、男はさっきまでの演技がかった優雅さはどこへやら、軽薄な調子で話しかけてきた。

「この顔で会うのは初めてだな、7番とその主人。ようこそ、俺の劇場へ。それにしても、自らここへ飛びこんで来るとは恐れ入ったよ」


 まるでその物言いは、この姿以外では顔を合わせたことがあるかのようだ。今までどこに紛れていたというのだ。


 予想以上にこちらの事情を知られていることにぞっとしながらも、声を絞り出して問う。

「――おまえは、いったい誰だ」


 男は襟を正し、慇懃無礼いんぎんぶれいな態度で腰を負った。

「俺は、『動物の謝肉祭しゃにくさい』。世界を旅する、しがない音楽家さ」


 そこで、やっと気づいた。


 学園に着いた時から、あらゆる動物たちがそばにいたことに。

 そして動物たちのネットワークを通じて、この魔物にずっと監視されていたということに。


 動物の謝肉祭は、金の指揮棒を柔らかな動きで高く構えた。


「さあ、奏でよう。生命の詠魂曲アニミリズムを!」


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