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きみとの3456年――記録の魔物と詠魂曲  作者: 万木きるしゅ
第四章 アウルのとっても重い愛
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記録14 緑の袖と謎の記録

挿絵(By みてみん)


「う、ううぅ……っ」

 ウィストールは呻き声をあげて身を起こした。


 夢と言うには、あまりにもかつての記憶のまま。過去の体験の再生と言っていいほどのリアルな映像と音声は、脳髄に鮮烈なダメージを与えた。


 あの時の体験は、アウルとの出会いの記念であると同時に、トラウマでもある。

 変わり果ててしまった兄のこと。

 そして二千年先の今のことまでは見通せず、永遠を約束した若き日の愚かな記憶。


 しばらくの間、脳裏からあの映像や声音を追い払おうと頭を抱えて突っ伏していたが、生来の記憶力故になかなかかなわない。


 やがてふと、ここはどこだろうと周囲を見回す。

 いつの間にやら自室のベッドの上にいたようだ。

 だるい体で身動ぎしたとき、膝の上に重みを感じた。


「あっ」

 膝の上で、アウルがぐったりと身を崩していた。白目をき、緩んだ口元から舌とよだれを垂らし、完全にダウンしている。

 アリソンの姿であまりその表情は見たくなかったが、そんなことよりもアウルの様子が明らかにおかしい。

 状況から見るに、彼は自分も体調が悪い中で無理して僕をここまで運んでくれたのだろう。


「アウル。……アウル」

 軽く呼びかけても起きないので、そっとベッドから抜け出し、アウルを代わりに寝かせてやった。休めば多少はマシになるはずだ。


 ――観測中に観た女性の映像については、思い当たることがある。

 ささやきの書に書き込んでいた魔物――グリーンスリーヴスと名乗った存在だ。

 おそらく観測途中でグリーンスリーヴスに関連のある物品を読み取ってしまい、それに気づいた相手からの干渉を受けたのだ。


 観測の際のことを細かく思い出していく。

 そして、とある場所の観測中にノイズが入り、あんな事態に陥ったのだと気づいた。


 図書室だ。


 グリーンスリーヴスの手がかりにしろ、ルシミアたちの捜索にせよ、調べるべきだろう。


 ウィストールはアウルの周囲に、彼のお気に入りのぬいぐるみたちを並べてやった。布団も肩までかけ直してやる。

 アウルの体調はかなり悪そうだ。

 永遠であるアウルは、物理的ダメージは全く受けないが()()()()()()()を傷つけられると体調を崩す。

 それでも、ここまではめったにない。


 近頃アウルに感じていた違和感が確信に変わった。

 ――アウルは、昔に比べて弱っている。


 アウルの紙のように白い顔を撫でた。死んでいるかのように反応がない。

 ――何よりもまず、アウルをどうにかしてやりたい。いつだって笑顔でいてほしいのだ。

 原因として怪しい場所があるなら、確かめてみなければ。


「……待っていてね」

 語りかけるように呟き、床に落ちていた杖を手にする。

 ウィストールは、まだ重たい体を引きずるようにして、ひとり部屋を出た。



 学舎のどこもかしこも、痛いほどの静寂に包まれていた。

 廊下に響く物音はウィストールの引きずるような足音と、荒い呼吸音だけだ。


 図書室は一般にも開放されているため、出入りしやすいよう一階の突き当たりにある。特に魔術に関しての蔵書量は国内トップクラスであり利用者も多いが、現在は封鎖されている。


 扉は、物理的な錠と魔術による封印が二重で施されていた。

 扉に杖で軽く触れ、詠唱もなしにあっさりと解く。杖がこちらの意を汲んでくれているのだ。


 図書室は湖に面した窓があるため、いつもなら読書スペースは自然光が程よく入って明るい。だが悪天候の今、窓は薄暗い灰色の空を映し、鋭い雨に叩かれていた。


 数々の書架を通り過ぎ、やがて鎖がかけられたエリアの前で足を止める。観測中にノイズが入ったのはこのあたりだ。


 床の上に、ぽつんと何かが落ちている。

 悲しげに沈んだ緑色――拾い上げてみると、それは女性用の付け袖だった。片腕ぶんしかない。

 大昔の流行を思い出す──かつて、想い人同士が付け袖を交換する文化があった。そのことから、愛や恋心のことを緑の袖(グリーンスリーヴス)と呼ぶように転じたのだ。


 杖を当てて解析をかけてみると、奇妙な物体だということが判明した。


 これはただの衣服だ。同時に魔物の気配もある。

 ただし、単独では活動できないらしい。誰か宿主を必要とする『取り憑くタイプの魔物』といえる。身につけさえしなければ無害だ。

 ささやきの書に書き込んでいたときは、生徒の誰かに取り憑いていたのだろう。だからこそ学生寮の中から魔物の気配がした。


「――君がグリーンスリーヴスだね」

 呼びかけると、袖が生き物のようにぴくっと震えた。

「ささやきの書に『運命の相手を見つけます』と書いていたね。それが君の力かな?」


 付け袖は、身につけて欲しそうに手首のあたりにすり寄ってくる。しかし司る概念が判明していない今は、流石に許可できない。


 ここにグリーンスリーヴスだけで落ちているということは、宿主の生徒に何かあったのだろう。

 実のところ、ささやきの書に書き込んでいた筆跡からして宿主の生徒が誰であるかはあたりがついていた。


 ルシミア・アヴェスティンだ。


 グリーンスリーヴスは干渉してきた際に「あなたを助けます」と言ってきた。つまり、ルシミアたちを探す僕たちの味方であるということだろう。


 つまり――ルシミア失踪の原因は、グリーンスリーヴスではないということだ。別の存在が関わっている。

 果たしてそれはシャンタナか? あるいは別の何者か?


 グリーンスリーヴスはウィストールに取り憑くことを諦めたのか、表現方法を変え始めた。ウィストールに掴まれたまま、ぐいぐいと鎖の先へ引っ張ろうとする。そちらへ行けということだろう。

「……わかったよ」


 鎖の先には、地下へと続く狭い階段が伸びていた。

 近くの壁に貼られている注意書きを見る限り、この先は一級魔術師の資格か、魔術書取扱検定の資格を持つ者しか立ち入れないようだ。鎖の他に、強めの封印術も施されている。扱いの難しい危険書か呪本でも保管されているのだろう。魔術書は術式や陣が記されるため、時に書自体が力を持つこともある。


 周囲の壁に触れて解析をかけ、10秒もしないうちに封印を解いてしまった。

「おじゃまします……」

 誰に向けるわけでもなく呟き、鎖を潜って地下への階段を下った。一段降りるごとに暗闇に纏わりつかれ、やたらと冷たい空気が肌を撫ぜてくる。やがて階段を下りきって真っ暗の中で、杖先に明かりを灯した。


 年季が入った書架に、あらゆるタイトルの書が無造作に並んでいる。


 その中で一冊の古びた本に目線が吸い寄せられるように向かった。

 ――『エルスタッツ史5』。

 間違いない、グリーンスリーヴスが見せたかったのはこの本だ。


 ざっとページをめくってみる。魔術書というより、貴族政治時代の郷土史に近い内容だ。特に魔術式や陣が記されているわけでもない。


「……ふ、う……」

 呼吸が苦しくなってきて、思わず胸を抑えた。普段ならなんてことなかっただろうが、体調の悪い今はこのエリアにいるだけで少しずつ魂を吸われてゆくような感覚がある。長居はできない。

 付け袖と本を手にして、図書室を出た。


 廊下まで出たところで座り込み、本を観察し直す。

 手漉きの紙と革張り装丁の本で、最後に綴られている記録ですら百年以上前のものだ。

 特に呪いめいた力は感じない。記録資料としてはやや異質で、挿絵も多い。


 警戒しながら本を読み進めた。

 全体的に、領地内で起きたトラブルのことや、伝染病のこと、収穫の良し悪しなど無難なことが綴られている。

 その中で目を引く記述があった。



 獅子が伯爵夫人とお子を追い払いしこと



「――……」

 記述を読み進める。内容を要約するとこうだ。




 伯爵が治めていた辺境でのこと。

 伯爵の後妻と息子が、年若い長男を「病のため隔離」という名目で塔に閉じ込めていた。

 高く高く聳える塔は、狭い一室しかない。そして一日に二度、壁の隙間から粗末な食事を差し入れる以外は一切の人の出入りもなかった。

 ――長男は前妻の子で、さらには誰もが認めるほどに賢かった。

 だからこそ、なんとしても自分の子を跡継ぎにしたい伯爵夫人にうとまれ、悪辣あくらつな環境でしいたげられていたのだ。


 ところが、あるときから閉じ込められているはずの長男が領内のあちこちで見かけられるようになる。

 しかし、伯爵夫人が何度塔を確認しても鍵は固く閉ざされており、開いた形跡すらない。出られる場所があるとすれば窓がひとつあるが、そこから出ようものなら真っ逆さまに墜落ついらくして命はないだろう。


 やがて、その日は突然訪れた。

 長男はどこからともなく巨大な獅子の背に乗って現れ、伯爵の城の正面から乗り込んできたのだ――鹿や馬や兎などの動物や、鳥の大群をも引き連れて。


 それはまるで、近隣の動物たちをすべてかき集めてきたかのようだった。空など鳥に埋め尽くされ、あたり一帯が薄暗くなった。

 領民も、城の兵士たちも呆気にとられて阻むことはできなかった。


 巨大な獅子は人間の言葉を操り、「真の支配者は長男である」と告げ、後妻たちを言葉巧みにおびやかした。

 たまらず後妻たちは恐れをなして、着の身着のまま逃げ出した。


 その後、長男と獅子は領民たちをも驚かせてしまった詫びとして、盛大な宴と演奏会を開いた。領民たちはみな、長男こそが時期領主にふさわしいと口々にはやし立てた。




「んー……」

 ウィストールは首を傾げた。

 この記述は、他に比べてあまりに異質だ。歴史の記録上でたびたび見かける「超自然的な存在に王権を認められた・与えられた」という王権神授説の伝承にも似ている。

 しかし、現実的な統治の記録の中に突如、おとぎ話のような真偽のあやふやな伝承を混ぜるだろうか?


 そこである仮定にたどり着いた。

 ――この記述は、本当にあったことなのかもしれない。


 例えば、この言葉を操る獅子というのが中級以上の魔物だとすれば、あり得ない話でもない。

 かつてこの国のどこかで、魔物と心を通わせ契約を結んだ少年がいたとしたら。


「……動物」

 記述の中で目立つのは、動物に纏わる怪奇現象である。

 思えば、この学校へ来てから魔獣脱走事件に始まり、動物の奇妙な現象が続いている。


 ――記述の中に登場する魔物と同じ魔物が、学校にいる?

 グリーンスリーブスがこちらに干渉してきてまで伝えたかったのは、そういうことではないだろうか?


 付け袖を取り出して聞いてみたが、ついにうんともすんとも言わなくなってしまった。


 まだ情報が足りない。この記述について、国立図書館でも調べてみよう。

 今は、できることからやっていかないと。


 ウィストールは手がかりを求めて、曇天どんてんの中へ繰り出した。

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