記録11 ルシミア対シャンタナ
「ティルダ。今度、大切な話があるんだ」
翌朝の授業前、ウィストールがそう言うと、ティルダは「んん……」と唸って顔を逸らした。そして、小さな声でもしょもしょ言う。
「わかってるよ、パパが何を話したいか。……でも、その。私のパパは、パパだけなの。だから聞くのはまた今度」
「それはいつ?」
「私が大人になったら」
ウィストールは唇を尖らせて頬を膨らませている娘を愛おしく思いながら、少し前にもよく同じ表情を見ていたなと思い出す。
それが彼女の幼少期のことだと気づくと、時の経つ早さに愕然とした。
成長することは、僕から離れてゆくということだ。
「じゃあきっと、すぐだね」
永遠に子どものままでいてくれたっていいのに。
そんな、アウルのようなこともつい思ってしまう。
けれど一瞬一瞬が変化してゆくティルダは眩しく輝いている。永遠の存在になれば、彼女の流星のきらめきは失われてしまうだろう。
アウルと仲良しのティルダこそ契約の後継者には相応しいと思いつつも、その輝きを失わせるのは惜しい。
ウィストールの思考を知らず、ティルダは気まずい空気がリセットできてほっとしたのか、ニパッと花が咲くように笑った。
「ね、パパ。今日の騎士クラブ来てよね。一緒に観戦しよう!」
「もちろん。リインにはサポートを頼まれているしね」
ティルダが言っているのは、放課後に予定されている騎士クラブの一大イベントについてだ。
ルシミアとシャンタナの模擬戦が行われるのである。
騎士クラブにおいてのルシミアの成長は目覚しかった。元々戦闘術の素養があったのか、あっという間にクラブのエースになってしまったのである。今や彼女のローブには、騎士クラブのバッジが光っている。
メンバーのほとんどが中級の魔物やおふざけモードのアウルを練習相手としている中で、シャンタナとの模擬戦を許されたのはルシミアただ一人。
ティルダは親友の晴れ舞台にそわついているのだ。
近頃は雨が降ったり止んだりと安定しない天気だったが、今日は奇跡的に雲間から陽光が差していた。
やがて放課後、夕日に染まるオレンジ色の時間。
騎士クラブのメンバーはもちろん、そうではない者も噂を聞きつけて、もみの木の森を切り拓いた演習場に集った。
演習場と言っても、軽く均された剥き出しの土が広がっており、その周囲を森の木々が囲んでいる自然を活かしたフィールドだ。
みなこぞってルシミアとシャンタナがよく見える位置をとりたがり、ざわめきたっている。
その中心にリインが歩んできて、二人の顔と群衆を順繰りに見回すと、開始の挨拶をした。
「これより、ルシミア・アヴェスティンと特級の魔物・シャンタナの模擬戦を行う。ルールは簡単、相手を身動きできない状態や戦闘不能にすれば勝ちだ。それから、特殊な条件についても説明しておこう。――ウィストール先生!」
ウィストールは「はーい」とのんびり返事をしながら群衆の最前列に進み出で、杖を軽く地に立てた。
演習場の範囲数十メートルを円形に取り囲むように、光の壁が出現する。
それについては、リインが代わりに説明をした。
「ウィストール先生が張ってくれた結界だ。中での戦いが外側に影響しないようになっているから、二人は存分に暴れていい。観戦する人は、今のうちに外に出てくれ」
そしてリインは、結界の範囲内の木々を示した。
「気づいていると思うが、このフィールドには身を隠せる場所も多い。逃げ、隠れ、騙し討ちも大いにけっこう! 生き汚い戦いも高く評価するぞ」
模擬戦の目的は、あくまで『万が一、危険な魔物に出会っても生き残るためのすべを磨く』というものだ。正々堂々は求めていないということだろう。
次にリインは、シャンタナの手首をとり掲げさせた。シャンタナの両腕には、重そうな太い銀の輪が3つずつ嵌められている。
「これは魔力を抑える封印具の一種だ。これにより、シャンタナの力は6分の1程度に抑えられている。そして霊域の展開も禁じた。とはいえ上級より遥かに手強いから、油断は禁物だ――わかったね?」
リインはルシミアに確認するような目線を送った。ルシミアは緊張して強張った顔で頷き、挨拶をする。
「よろしくお願いします、シャンタナさん」
「……ええ、よろシく」
油断などしたくてもできないだろう。シャンタナのつまらなそうに伏していた目がふとこちらを向いた時には、本能が「逃げろ!」と警鐘を鳴らすほどだから。
ウィストールはルシミアの緊張を想像して、まだ始まってもいないのにはらはらしてしまう。
隣のティルダなどは、祈るように顔の前で手を組みながら、目を細めて変な顔をしている。
「それでは、位置について――……」
両者が距離をとり、ルシミアは銀の杖を構えた。
群衆が見守る中、ついに開始の宣言がなされた。
「――はじめッ!」
「光よ輪郭を溶かし、真実よ霧に沈め!」
リインの宣言にほとんど被せるような形で、ルシミアは目眩しの呪文を叫んだ。一瞬の強烈な閃光が視界を白く焼くと同時に、辺り一帯に爆発的な霧が立ち込める。
ルシミアはあっという間に霧の中へ姿を消す。正面からまともに食らったシャンタナの目はしばらく使い物にならないだろう。
だが何ら問題ないようだった。
霧の中で、長い髪の男の影が静かに蠢き、ゆらりと首を巡らせる。嗅覚で獲物を探る蛇のように、その鎌首は一方向をまっすぐに向いて止まった。
だんだんと霧が薄まってきた中で、シャンタナは寝起きの散歩でもするかのような足取りでフィールド外周の木へと歩む。やがていくつも並んでいる木の中の一本の前で足を止めた。
それはまるで、突然の嵐だった。
シャンタナは、ふうっと風に身を任せるような動きで片腕を広げたと思うと、そのしなやかな肢体からは考えられない膂力で木をなぎ倒したのだ。
木は太い幹の根本から音を立てて倒れ、後ろに隠れていたルシミアの姿を顕にした。
「炎よ狂え、敵を飲み込め!」
ルシミアが杖から炎の波を放ったが、シャンタナはそれを片手を軽く払うだけで弾き飛ばす。
有り余るほどに魔力が高い者ほど、身体に魔力を纏って相手の術をキャンセルさせるなんて芸当ができる。シンプルに魔力と身体の能力差が激しい。
シャンタナは攻撃のことごとくを埃でも払うかのように無効化しながら、ルシミアの元へと歩んでゆく。
「くう……!」
ルシミアは再び目眩しの術を放ち、どこかへ走り去った。
シャンタナは首を巡らせ、リインの方を向いて言った。
「リイン。そろそろよろシいですか」
リインはそれまで戦いの様子を厳しい目で見ていたが、諦めたように目を閉じ、ため息をついた。
「怪我はさせるなよ」
「はい」
シャンタナはたった二歩跳躍しただけで、フィールド内の端から端の木まで移動し、勢いそのままにあたりの木を軒並みなぎ倒した。ルシミアはそこにいたらしく、短く悲鳴をあげて倒木から身を守ろうと頭を覆っている。
シャンタナはそんなルシミアのローブを掴み、土の方へ投げる。体を打ちつけたルシミアは体勢を立て直そうとするが、それより早くシャンタナがルシミアの顔を乱暴に掴み、手に持っていた杖を取り上げる。
「あなたが生徒でなけレば、もう三度は首を噛みちぎっテいます」
「う……」
ルシミアはもう震えて動けなくなっていた。
リインは鋭く「それまで」と叫んだ。
シャンタナはルシミアから興味を失ったようにあっさり手を離し杖を放る。
観客たちは、落胆の声を漏らす。見応えのある勝負を期待していたのに、実際はただの一方的な蹂躙でしかなかった。
そんな空気にお構いなしにリインはルシミアの元へまっすぐ歩み、手を差し伸べて起こした。
ルシミアが「すみません」と顔を背けて謝るが、リインは屈んで目線を合わせながら言った。
「君は全力を出さなかったね。なぜだ?」
「え? でも、私は本気で……」
「君はまだ隠し玉を持っているだろ? それを出す練習をしなければ、いざ本番がきたときにも実力を出す前に死んでしまう。……今の戦闘を、ただの模擬戦でしかないと思っていただろう。どうせ死ぬことはない、偽物だと」
「それは……。はい」
「特級と試しに戦える機会なんて、この先二度とないぞ。この機会を無駄にするな」
リインはまるで洗脳でもするかのように空色の目でルシミアを覗き込んだ。
「君ならできる。すべての力を出し切って、シャンタナを――殺してみろ」
ルシミアが目を閉じて深呼吸をする――目を開いたとき、その目つきは兵士のように殺意を帯びたものに変わっていた。ルシミアはローブとシャツを脱ぎ捨て、体にぴったりしたインナーだけの軽装になった。
リインは「よし」と頷く。
「良い目になったね。じゃあもう一度だ。……やれ!」
二度目の戦闘では、明らかにルシミアの動きが変わっていた。
ルシミアは銀の杖を構え、鋭く叫ぶ。
「炎! 攻撃! 拘束、拘束!」
先ほどより明らかに術の発動が早い。
閃光の波がシャンタナ目掛けて襲う。先ほどは片手で術を払っていたシャンタナが、微かに眉を寄せ両手で払い始めた。
リインは楽しそうに目をらんと光らせ、「上手い!」と叫んだ。
「隣国の言葉だね。呪文を自国言語に置き換えた上で、ショートカットを杖に覚えさせているのか!」
ウィストールはルシミアの杖に注目した。攻撃の時は赤の宝石が、拘束の時は緑が、という具合に術に応じて杖の宝石が光を放っている。
魔術師における杖は、魔術の補助道具だ。なくても上級者は魔術を行使できるが、日常的に魔術を扱う機会が多ければ、まずあった方がいい。術の出力を補助してくれる上、魔力を溜めておけるのでたくさん術を使っても魔力切れを起こしにくくなる。
より術者と相性が良い杖ともなると『意思を持つ』とも喩えられ、適当な術式を組んでいても術者の意図を汲み取って術式補完を行ってくれることすらある。
初めから相性の良い既製品が見つかることはほぼないため、たいていは既製品の杖、もしくは杖の元となる木を探して育ててゆく。
少しずつ自分の魔力を馴染ませたり、別の木や骨や宝石を組み込んだりして、自分好みにカスタマイズしてゆくのだ。
ウィストールの杖などは二千年かけて育ててきたので、意思を持っている――それどころか、今ではアウルと紅茶を飲む仲だ。
ルシミアの杖は、それぞれの宝石に術を覚え込ませているらしい。
あの杖は完全なる武装礼装だ。
宝石に術を覚えさせるのは難しくないが、一つの石に複数の術を覚えさせるには向かないため、あれほどの武装礼装に仕上げるには単純にお金がかかる。一介の学生が持つものとは到底思えない。
「すごいね、彼女。いったい……」
ウィストールがこっそりティルダに問うと、ティルダははらはらとルシミアを目で追いながら「うん」と頷いた。
「ルシミアね、あれで隣国の貴族なんだよ。国に帰って大人しくするのが嫌なら、魔法騎士になるか、貴族の通う士官学校の教師になれって言われているんだって」
「そうなんだ」
今度ルシミアともじっくり話をしてみたいものだ。
皆が息をするのも忘れて見守る中で、ルシミアの猛攻はどんどん激しさを増してゆく。
「攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃!!」
閃光が、豪雨の如く放たれる。
何発か被弾したシャンタナは、ダメージこそないようだが鬱陶しそうに顔を歪めた。
そしてその唇は、何か言の葉を紡ぐ。
「―――」
異国の響きだ。よほど旧い言葉なのか、翻訳魔術が機能せず聞き取れなかった。
「っああ、あああああ!」
それまで攻勢一方だったルシミアが突然、目を覆って甲高い悲鳴をあげた。
「何っ!? ルシミアは大丈夫!?」
ティルダが身を乗り出すのを止めながら、ウィストールは呟いた。
「幻惑術だ。シャンタナは魔術まで使うのか」
魔物が魔術を使うのは珍しい。そも使わずとも、圧倒的な魔力と身体能力だけで事足りるからだ。アウルのように幻想を見せたりと特殊な能力を使うことはあっても、それは人間の編み出した魔術とは別物だ。
……おそらく特殊な出自か、変遷を辿っている。ますます得体が知れない。
ルシミアは半狂乱になって悲鳴をあげながら後退り、体の周りの何もない場所を払い続けている。恐ろしい幻覚を見ているのだ。
流石に教師として介入すべきかとリインの方を伺うが、リインは冷静な目でルシミアの様子を見つめていた。
「心を強く持て! 幻惑の払い方も教えたはずだよ、思い出せ!」
ルシミアはびくっと体を震わせ、怯えながら周囲に目線を走らせた。ティルダの頭の上で、リリーアウがどちんどちんと跳ねながら叫ぶ。
「るちみあ、がんばえー!」
ルシミアは唇を噛みしめて血を流しながら、その場から離脱した。木々に向かって駆けるルシミアをすかさずシャンタナが追うが、ルシミアは振り向きざま目眩しの術で姿を消した。その足音すらも何らかの術で消し去っている。
立ち込めた霧の中から、牽制のための閃光がシャンタナに飛ぶ。
「――ふむ」
目を閉じたシャンタナは首を巡らせ――これまでと違い、二つの方向で迷っている。一方は、先程ルシミアが脱ぎ捨てた衣服だ。シャンタナはまもなくそれが偽の気配であると気づくと、ルシミアを探して身を翻す。
ルシミアは結界の外周すれすれの木々の間を縫うように走り抜けながら、次々に攻撃を放った。
「攻撃、拘束、攻撃! ――攻撃、拘束!」
激しく鋭い攻撃は、それなりの魔力を消費する。ルシミアの額には汗が浮いていた。シャンタナはフィールドの中心に陣取り、四方八方から飛んで来る術を弾いている。
ウィストールはふと気がついたことがあり、「ん」と声を上げた。
呪文を唱えた数よりも、シャンタナに向かって飛んでいく光の方が少ない。
ルシミアの狙いが読めてきた。それがうまくいくよう、固唾を飲んで見守る。
シャンタナは焦れたのか、勝負を決めようとした。恐ろしい声をあげて牙を見せ、木の後ろにいるルシミアに向かって跳躍しようと姿勢を低くする。
そのわずかな瞬間に、ルシミアが叫んだ。
「大拘束!」
周囲の木々から一斉に魔力光が伸び、フィールドの中心部にいたシャンタナの身体に絡みつく。
木々を駆け巡っていたのは、この罠を仕込んでいたからだろう。
シャンタナは蜘蛛の巣のように自身を縛る光を見回し、大蛇の如く威嚇の声を上げた。
バキ。
硬く不気味な音が響く。
バキバキ、バキン。
音はシャンタナの腕輪からだ。腕輪は亀裂が走り、次々に弾け飛んでゆく。一つ腕輪が飛ぶごとに、彼から放たれる異様なまでの圧は増し、結界の外の観客たちすら身を凍らせた。
拘束が解かれそうだと見てとったルシミアは、杖を高く投げ、両手を掲げた。
「――剣!」
宙に浮いた杖を中心として緑の魔力光が集まり、巨大な剣の形を織り成す。
それはまるで、騎士の剣。
「――……」
ついに拘束を解いたシャンタナは、再び異国の言葉を口にしようとした。
その言の葉を紡ぎ切る前に、ルシミアは必死の表情で腕を振り下ろす。
次の瞬間に起きた惨劇に、観客は息を飲んだ。
騎士の剣は魔物へ向かって、音速で空を切り裂いた。
刃先はシャンタナの喉を突き破り、血飛沫を飛び散らせる。
一瞬目を見開いたシャンタナだったが、身体ごと剣の勢いに持っていかれてその場に倒れた。
血溜まりが土に広がり、吸われてゆく。
悲惨な事故を目撃した観客は悲鳴をあげた。
数秒ののちにルシミアもはっとしたように動揺を顔に浮かべる。
剣は霧散して消え、キィンと金属音をたてて杖だけが落ちた。
ウィストールはすぐさま結界を解き、シャンタナに駆け寄って状態を見た。
喉元には完全に穴が開いている。
魔物は概念が形を成したものであり、肉体ありきではない。それでもアウルのように永遠の概念でもない限り、身体が砕け散れば纏っている概念もろとも霧散しかねない。
世界のどこかで同じ概念で存在が再構成されることもあるが、それはまた別の魂を持つ別個体である。
シャンタナはどう見ても死んでいる。魔力の圧も消えていた。
「ご、ごめんなさい、私……!」
ルシミアは真っ青になって泣き出した。ウィストールはルシミアの肩に触れ「落ち着いて」と声をかけるが自分自身の動揺も隠せない。
そのとき。
ルシミアを落ち着かせようとしているウィストールの背後で、彼はゆらりと鎌首をもたげた。
「――っ!?」
息を飲んで振り返る。
さっきまで倒れ伏していたはずのシャンタナが、こちらを見下ろしていた。その瞳には不気味な光が宿っている――心臓が溶かされてしまいそうな、明確で、猛毒のような殺意。
バキン。
シャンタナの腕輪がすべて壊れ落ちた。
彼は両手をゆっくりと胸の前に持ち上げ、たおやかな仕草で輪を形作る。
唇が開く。
シュウゥ、と蛇のように息を吐きながら、囁くように。
一音ずつ、異国の言の葉を紡ぎ出す――。
「――サンサー……」
その刹那。
シャンタナがその言の葉を言い終える前に、強烈な閃光が視界を白ませる。
轟音が空を劈き、天高くから落ちた光の柱がシャンタナを貫いた。
「そこまで!」
歩んできたリインは、普段の朗らかさからは想像できないほどに真顔だった。手には短剣のような鋭利な杖を握り、シャンタナに突きつけていた。
リインに身を焼かれて黒焦げになったシャンタナは、身を折って煙とともに苦悶の声を絞り出す。
「ぐ……、リイン、私はァ……ッ!」
そんなシャンタナを、リインは氷のように冷ややかな目で見下ろした。
「シャンタナ。後で話がある。いいな」
シャンタナは項垂れ、肩で息をしながらリインを睨め上げた。
しかし、脱皮のように炭化した皮膚が剥がれ落ちて現れたその口元は、不気味に笑んでいた。
「……ふ。ふふふ。いいでしょう、話しましょウか。わかっテいますね、リイン」
「……」
リインは黙ったまま汗を浮かべていた。
ウィストールは二人のやりとりに呆気にとられて、何もできなかった。
しかしリインは何事もなかったかのように生徒たちに笑顔を向け、明るい声を上げた。
「ルシミア・アヴェスティンの勝利だ! 見事な戦いぶりに拍手を!」
混乱してざわついていた観客は、一拍遅れて「なるほど、問題なくルシミアは勝ったのだ」と納得するとワッと湧いて拍手を贈った。
リインはまだ動揺が抜けていないルシミアを労るように肩を叩いた。
「勇敢だったよ、流石は騎士クラブのエースだ」
「でも、私、今……」
「もし本番が来てしまったとしても、今の感覚を忘れずに」
「……は、はい」
そのままリインは模擬戦の終了と解散を宣言した。
生徒たちは思い思いに感想を言い合いながら散ってゆく。
ティルダとアウルが走り寄ってきて、ルシミアに飛びついた。
「すごいすごい! やるじゃんルシミア!」
「物語の中の騎士のようだったよ!」
「でも、大丈夫!? 怪我は? 幻惑術は残ってない!? 私の指は何本に見える!?」
ティルダはルシミアの目の前で片手をぶんぶん振った。ルシミアはやっと微かに笑みを浮かべ、「5本だよ。ありがと……」と小さく言った。
ティルダの頭の上で、満月ちゃんとリリーアウがどちどち跳ねた。
「るちみあ、すごい!」
「すごい!」
「てぃりゅだよりすごい!」
「にゃんだと! てぃりゅだのほうがすごい!」
「ンムムム!」
「ンムムムムー!」
小さなふわふわたちは、短い手でお互いをぺちぺち叩き合った。
すっかりお祝いムードの中で、ウィストールだけは先程のリインとシャンタナの不自然な挙動について考えずにはいられなかった。
❧ ❧ ❧
その晩。
中庭の渡り廊下で、人知れず音楽が鳴り響いた。
遠い異国の情景が浮かぶ音だ――川の水に足を浸し、褐色の肌の人々が歩んでくる。人々は苦難を抱え、神にすがって祈る。手には数々の貢物や、生贄を牽引する綱。
けれど神は、人々にも貢物にも興味がない。有象無象の人間どもではなく、特別なただ一人の来訪を待ち続けている。
そんな不気味で、とらえ方によっては一途な神の音。
「あ、あああ……」
銀と緑の髪の少女は、恐怖のあまり金属の杖を落とした。




