第六話【悲報】不審者ムーブが板につきすぎて職質寸前な件
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決意を新たに、俺、平凡太は雪まつり会場へと舞い戻った。時刻はすでに夕暮れから夜へと移り変わり、ライトアップされた雪像や氷像が幻想的な光を放っている。昼間とはまた違った美しさだが、気温はさらに容赦なく低下し、俺の安物ダウンジャケットはもはや気休め程度の防寒性能しか発揮していない。寒い。とにかく寒い。芯から冷える。
「くそっ…なんで最初の目的地がよりによって極寒の札幌なんだよ…! あの神(?)、絶対性格悪いだろ…!」
思わず悪態が漏れる。だが、文句を言っても始まらない。俺は首から下げた一眼レフカメラを握りしめ、凍える指先でレンズキャップを外した。ファインダーを覗き込み、ライトアップされた雪像にピントを合わせる。カシャ、と小気味よいシャッター音が響いた。
(よし…まずは、あの白いコートの子の手がかりを探さないと)
さっき彼女がいたのは、会場の端の方だった。まずはその周辺から聞き込みを開始してみるか。深呼吸一つ、俺は人混みの中へと再び分け入った。
手始めに、近くの売店で温かいココアを買い、店員のおばちゃんにそれとなく尋ねてみることにした。
「すみません、この辺りで、すごく綺麗な、白いコートを着た女の子を見かけませんでしたか? 髪が長くて、銀色っぽくて…」
できるだけ怪しまれないように、爽やかな笑顔(当社比)を心がける。しかし、おばちゃんは怪訝そうな顔で俺をジロリと見た。
「はあ? 白いコート? そんな子、ここにはぎょうさんおるわ。みんな寒くて厚着しとるからねぇ」
ごもっともな意見、ありがとうございます。確かにそうだ。この極寒の中、白いコートが特別珍しいわけでもない。俺の説明が曖昧すぎたか。
「いや、その、なんていうか、すごく儚げな雰囲気で…雪の妖精みたいな…」
「雪の妖精? あんた、大丈夫かい? 頭、冷やしすぎたんじゃないのかい?」
完全に不審者を見る目だ。ココアを受け取り、すごすごと退散する。幸先が悪すぎる。というか、俺の表現力のなさが露呈しただけか。
気を取り直して、今度は会場の警備をしている屈強そうなガードマンに声をかけてみる。
「すみません、ちょっとお尋ねしたいんですが…」
「はい、どうされましたか?」ガードマンは意外にも丁寧に対応してくれた。これはいけるか?
「あの、白いコートを着た、すごく綺麗な…」
「ああ、迷子ですか? お連れ様とはぐれましたか? 特徴を詳しくお願いします」
「いや、迷子とかじゃなくて…えっと、一人でいたみたいなんですけど…」
俺がしどろもどろになっていると、ガードマンの目がすっと細められた。プロの目で、俺という存在の危険度を査定しているのが分かる。まずい。
「お客様、何かトラブルですか? それとも、その女性に対して何か…」
「ち、違います! 全然違います! ただ、ちょっと見かけて、印象的だったんで、気になっただけで…! 他意は全くありません!」
必死に弁明するが、一度向けられた疑いの眼差しは簡単には解けない。ガードマンは俺の全身を値踏みするように見つめ、無線で何か連絡を取り始めた。これは本格的にヤバいかもしれない。職務質問コースか!?
「(やべえ! ここは逃げるに限る!)」
俺は「あ、やっぱり何でもないです! すみませんでした!」と早口で言い捨て、文字通り脱兎のごとくその場を走り去った。背後から「おい、待ちなさい!」という声が聞こえた気がしたが、振り返る余裕なんてなかった。
「はぁ…はぁ…危なかった…」
会場の隅まで逃げて、ぜえぜえと息を切らす。聞き込み作戦、大失敗だ。考えてみれば当たり前だ。見ず知らずの男が、若い女の子の特徴を尋ねて回るなんて、どう考えても不審者以外の何物でもない。俺としたことが、完全に浮かれていた。いや、寒さで頭がやられていたのかもしれない。
(くそっ…直接的な聞き込みはリスクが高すぎる…!)
となると、次はネットか?
俺はスマホを取り出し、震える指でSNSアプリを開いた。「さっぽろ雪まつり」「白いコート」「美少女」などのキーワードで検索をかけてみる。
膨大な数の投稿がヒットする。雪像の写真、グルメレポート、友人との記念写真…。どれも楽しそうな投稿ばかりだ。俺の今の状況とは対極の世界がそこには広がっている。
(いいなあ、みんな楽しそうで…それに比べて俺は…)
思わずネガティブな思考に陥りそうになるのを、ぐっと堪える。今は感傷に浸っている場合じゃない。集中して情報を探すんだ。
しかし、いくらスクロールしても、それらしき情報は見つからない。そもそも、「白いコートの美少女」なんていう曖昧な情報で、特定の個人を見つけ出すのは至難の業だ。自撮りでも上げてくれていれば話は別だが、あの雰囲気の子がそんなことをするとは思えない。
(ダメだ…情報が多すぎて絞りきれない…)
検索に疲れて、つい関係ない面白動画や、推しアイドルのファンアカウントの投稿を眺めてしまう。いかんいかん、現実逃避してる場合じゃない。
(そうだ、レーダー! ヒロインレーダーはどうなってるんだ?)
俺は尻ポケットから、あの黒いカードを取り出した。意識を集中させると、カードの表面に淡い光の地図が浮かび上がる。札幌市内の地図。そして、やはりこの大通公園周辺に、光点が点滅している。
だが、問題は、その光点が示す範囲が結構広いことだ。ピンポイントで場所を示しているわけではなく、半径数百メートルくらいのエリアがぼんやりと光っている感じ。これじゃあ、具体的にどこを探せばいいのか分からない。
「もっとこう…精度上がらないのかよ、このレーダー!」
カードに向かって文句を言ってみるが、もちろん返事はない。ただ、光の点が、まるで俺を嘲笑うかのように、チカチカと点滅を繰り返すだけだ。
(使い方が悪いのか? それとも、まだ俺の信頼度(?)が足りないとか…? いや、信頼度っていうか、俺の毛根の本数が足りないとかそういうことか!?)
不毛な(まさに不毛!)考察をしているうちに、身体は完全に冷え切ってしまった。体力も限界だ。これ以上ここにいても埒が明かない。
俺は一旦会場を離れ、近くにあったカフェに避難することにした。暖かい店内に足を踏み入れた瞬間、生き返る心地がした。カウンターで一番安いホットコーヒーを注文し、窓際の席に座る。
ふぅ、と温かいマグカップを両手で包み込み、息を吹きかける。白い湯気が立ち上る。コーヒーの香りが、ささくれた神経を少しだけ癒してくれた。
窓の外では、雪が静かに降り続いている。行き交う人々は、皆楽しそうだ。俺だけが、この街で孤独な戦いを強いられている。
(これから、どうしよう…)
具体的な手がかりは何もない。レーダーは役に立つのか立たないのか微妙なライン。資金は北への旅路で既に心許ない。おまけに、俺自身のコミュ力は壊滅的。どう考えても詰んでる気がする。
(やっぱり、俺には無理だったのか…?)
またしても、ネガティブな思考が頭をもたげてくる。あの「空気みたい」と言われたトラウマが蘇る。どうせ俺が何をしても、誰も気に留めてくれない。世界を救うなんて、おこがましいにもほどがある。
コーヒーを一口飲む。苦い味が口の中に広がった。
その時だった。
隣のテーブルに座っていたカップルの会話が、ふと耳に入ってきた。
「ねえ、さっきさ、大通公園の端っこの方で、すっごい綺麗な子見なかった?」
「え? どんな子?」
「なんかね、白いコート着てて、髪が銀色っぽくて…めっちゃ儚い感じで、雪の妖精みたいだった!」
「へえー? 見てないなあ。お前、また見間違いじゃないの?」
「違うって! 本当にいたんだって! でも、なんか、話しかけちゃいけないようなオーラ出ててさー」
俺は耳を疑った。
白いコート? 銀色っぽい髪? 儚い感じ? 雪の妖精?
間違いない! 俺が探している「白いコートの子」のことだ!
俺は勢いよく隣のテーブルの方を振り返りそうになるのを、必死で堪えた。ここで食いついたら、確実に変人扱いだ。あくまで自然に、聞き耳を立てるんだ…!
「オーラって(笑)でも、そんな美人なら、誰か写真とか撮ってSNSに上げてたりしないかな?」
「あ、それあるかも! ちょっと探してみよ!」
カップルはスマホを取り出し、何やら検索を始めた。俺も慌てて自分のスマホを取り出し、再びSNSをチェックする。さっきは見つけられなかったが、もしかしたら…!
祈るような気持ちで、「さっぽろ雪まつり」「妖精」などのキーワードで検索をかける。すると、数分前に投稿された、ある一枚の写真が目に飛び込んできた。
それは、雪まつり会場の、少しマイナーな雪像の前で撮られた風景写真だった。投稿主は「なんか妖精みたいな子いたけど、遠くてちゃんと撮れなかった…」とコメントを添えている。
写真の隅の方に、小さく、白い人影が写り込んでいる。
画質は粗く、顔までは判別できない。だが、その佇まい、白いコート、そして風になびく銀色に見える髪…。
(いた…! 間違いない! あの子だ!)
俺は思わず、ガタッと席を立ちそうになった。心臓が激しく高鳴る。
写真が撮られた場所は…? キャプションや背景から推測するに、大通公園の西の端の方か?
ついに、具体的な手がかりを掴んだ!
まだ彼女はこの近くにいる可能性が高い!
俺は飲みかけのコーヒーを一気に飲み干し(熱っ!)、釣り銭も受け取らずにカフェを飛び出した。
「待ってろよ、白いコートの子…!」
今度こそ、何か進展があるかもしれない。
いや、進展させてみせる!
俺は再び、凍える夜の札幌の街へと駆け出した。ポケットの中のレーダーが、そして俺の残り少ない毛根が(気のせいか?)、熱く燃えているような気がした。
(第六話 了)
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