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第四話【悲報】メンタル豆腐、過去のトラウマがフラッシュバックする

♦️この力作でアニメ化を目指します♦️

俺は、その後ろ姿を、ただ呆然と見送ることしかできなかった。

白いコートが人波に紛れ、やがて完全に見えなくなる。まるで、最初からそこに誰もいなかったかのように、跡形もなく消えてしまった。


「…………行っちまった……」


力なく呟く。冷たい空気が肺に染みて、余計に虚しさが募る。

結局、名前すら聞けなかった。連絡先なんてもってのほかだ。彼女が何者で、どこに行けばまた会えるのか、手がかりはゼロ。ミッションの第一歩は、成功とは到底言い難い、むしろ完膚なきまでの惨敗と言っていい結果に終わった。


「……はは…」


乾いた笑いが漏れる。なんだよ、これ。勢いだけで北海道まで来てみたものの、結局俺には何もできなかったじゃないか。あの冷たく拒絶するような瞳、完全に無視された言葉…。思い出すだけで、胃がキリキリと痛む。まるで、見えない氷の棘が突き刺さったみたいだ。


(そりゃそうだよな…俺みたいなのが話しかけたって、警戒されるだけだ…)


自己嫌悪の波が、どっと押し寄せてくる。分かっていたはずだ。俺は昔からこうだった。人付き合いが苦手で、特に女子とはまともに話せた試しがない。顔は平凡、スタイルも平凡、学歴も職歴も平凡以下。おまけに最近は頭髪まで怪しい。そんな俺が、あんな雪の妖精みたいな美少女とまともにコミュニケーション取れるわけがないんだ。第一、何を話せばいいのかすら分からない。ただオドオドして、挙動不審になるのが関の山だ。


(なんで俺なんだよ…なんで、こんな重要なミッションを、俺なんかに託したんだ、あの神(?)は…)


ポケットの中のヒロインレーダーを握りしめる。これがなければ、俺は今も東京で、代わり映えのしない非モテフリーター生活を送っていたはずだ。それが幸せだったとは言わない。でも、こんな北国の極寒の中で、見ず知らずの美少女にコテンパンに振られて、心の芯まで凍えるような惨めな気持ちになるよりは、ずっとマシだったかもしれない。何の変化もない日常は退屈だけど、少なくとも傷つくことは少なかった。


ズキリ、と側頭部の古傷(?)が痛んだ。電柱にぶつかった時の衝撃がフラッシュバックする。そうだ、俺は頭がおかしくなってるんだ。美女が100キロ超え? 七つの輝き? ハーレム? そんなの全部、俺が見ている都合のいい幻覚か、あるいは、あの不謹慎な神(?)の悪趣味な悪戯に決まってる。そう思わないと、やってられない。


「……帰ろうかな…」


ぽつり、とそんな言葉が口をついて出た。もう無理だ。俺には荷が重すぎる。これ以上、心をすり減らすのは耐えられない。東京に帰って、またいつもの日常に戻ろう。それが身の程をわきまえた、俺らしい選択だ。推しを応援するだけの、安全な場所から。


そう思った瞬間、脳裏に、あの神(?)の声が響いた気がした。


『――美を失いし鈍色の世界で、ただ己の(薄くなった)頭を掻きむしるか!』


…っ! 嫌だ! それだけは絶対に嫌だ!

推しのいない世界なんて、想像するだけで呼吸困難になりそうだ。俺の生きる意味がなくなってしまう。あのキラキラした笑顔が見られなくなるなんて、耐えられない!


でも、じゃあどうすればいい? 俺に何ができる?

あの鉄壁ガードの少女の心を開くなんて、難攻不落の要塞を丸腰で攻めるようなものじゃないか。そもそも、俺には人を惹きつけるような魅力なんて何もないんだ。


「……ああ、もう、なんで俺はいつもこうなんだ…」


俺は雪まつりの喧騒から逃れるように、会場の隅にあるベンチに力なく座り込んだ。冷たいベンチの感触が、尻から全身に伝わってくる。降り始めた粉雪が、俺の肩に静かに積もっていく。まるで、俺の惨めさを強調するかのように。


寒さよりも、心の芯が凍えるような感覚。

どうして自分は、こんなにもダメなんだろうか。どうして、一歩を踏み出すことを、こんなにも恐れてしまうのだろうか。


昔から、ずっとそうだった。

小学校の頃も、中学校の頃も、俺はクラスの中で特に目立つ存在じゃなかった。運動神経は中の下、勉強も平均点ギリギリ。顔も名前も、クラスメイトにすぐに忘れられるような、そんな没個性な子供だった。「平々凡々」を地で行くような、まさに名前通りの存在。


特に女子との関わりは、致命的に下手だった。何を話せばいいのか分からない。目が合うだけで緊張して、声が裏返る。面白いことを言おうとしてもスベるだけ。そんな俺を、女子たちは面白い生き物でも見るかのように遠巻きに眺めているだけだった。決して、恋愛対象として見られることはなかった。


忘れもしない、中学二年の学年末。クラス替えを目前に控えた、少しだけ感傷的な空気が漂う放課後だった。俺は生まれて初めて、人生を賭けた大勝負に出たんだ。


相手は、クラスで一番人気があった鈴木さん。明るくて、誰にでも優しくて、笑顔が太陽みたいに眩しい女の子だった。俺みたいな地味な男子にも、分け隔てなく話しかけてくれる、まさに天使のような存在。俺は、そんな彼女にいつしか淡い恋心を抱いていた。もちろん、叶うはずがないと思っていたけど、このままクラスが離ればなれになる前に、どうしても自分の気持ちを伝えたかったんだ。友達に相談したら「絶対無理だろ」と笑われたが、それでも俺は諦めきれなかった。


何日も悩んで、シミュレーションを繰り返して、ようやく覚悟を決めた。放課後、他の生徒たちが帰り支度を始める中、俺は鈴木さんを呼び止めた。


挿絵(By みてみん)


「す、鈴木さん! ちょっと、話があるんだけど…!」


心臓が口から飛び出しそうだった。声が震えているのが自分でも分かる。

鈴木さんは、少し驚いた顔をしたが、すぐにいつもの優しい笑顔で「うん、いいよ」と言ってくれた。二人きりになった、夕暮れ時の教室。窓から差し込むオレンジ色の光が、やけに眩しかったのを覚えている。


俺は、震える声で、練習したセリフを必死に紡いだ。


「あの…俺、鈴木さんのことが…ずっと、好きでした! もし、よかったら…俺と…」


付き合ってください、という最後の言葉は、緊張と羞恥心でうまく言えなかったかもしれない。

鈴木さんは、最初、きょとんとしていた。そして、次の瞬間、困ったように眉を下げて、少しだけ俯いた。長い沈黙が流れる。俺の心臓の音だけが、やけに大きく教室に響いていた。


やがて、彼女は顔を上げて、俺の目を真っ直ぐに見つめて、静かに、しかしはっきりと言ったんだ。


「ごめんなさい、平くん。気持ちは嬉しいけど…その、なんて言ったらいいのかな…」


彼女は言葉を選んでいるようだった。その沈黙が、俺には死刑宣告を待つ時間のように感じられた。


「平くんってさ、すごく優しいのは知ってるんだけど…なんていうか…ごめん、空気みたいで、よく見えないんだよね」


空気。見えない。

悪気がないのは分かっていた。彼女はただ、正直な気持ちを、できるだけ俺を傷つけないように伝えようとしてくれただけなんだろう。でも、その言葉は、どんな罵倒よりも深く、鋭く、俺の心を抉った。俺の存在そのものが、彼女にとっては認識できないほど希薄なのだと、そう突きつけられた気がした。


俺は、何も言い返せなかった。ただ、顔から血の気が引いていくのを感じながら、その場に立ち尽くすことしかできなかった。鈴木さんは「ごめんね」と小さく呟いて、足早に教室を出て行った。


一人残された教室で、俺はどれくらいの間、呆然としていただろうか。帰り道、どうやって家に帰ったのかもよく覚えていない。ただ、胸の中にぽっかりと大きな穴が空いてしまったような、そんな喪失感だけが残っていた。


あの瞬間からだ。俺の中で、何かが決定的に壊れてしまったのは。

自分に自信を持つこと、人と積極的に関わること、特に異性とコミュニケーションを取ること。それら全てが、途方もなく難しくて、恐ろしいことのように思えてしまったんだ。また「見えない」と言われたらどうしよう、また拒絶されたらどうしよう、と。


それ以来、俺はなるべく目立たないように、人との関わりを最小限にして、空気のように生きることを心がけるようになった。傷つくのが怖かったから。自分の存在価値を否定されるのが、何よりも恐ろしかったから…。失敗するくらいなら、何もしない方がマシだと、そう思うようになってしまった。


(結局、俺はあの頃から、何も変わってないじゃないか…)


降りしきる雪を見上げながら、俺は自嘲気味に呟いた。あの時の鈴木さんの言葉が、まるで呪いのように、今も俺を縛り付けている。

大人になった今でも、俺はまだ、あの夕暮れの教室で立ち尽くしていた中学二年生の俺のままなんだ。あの時の無力感と絶望感が、今日の失敗と重なって、心を冷たく蝕んでいく。


(第四話 了)

♦️基本20時投稿!コンスタントに週3話以上投稿

✅️是非ブクマお願いします

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