第三十七話【悲報】バズの予感とハゲの予感、どっちも的中しそうで怖い
青森の海沿いの道の駅で、俺、平凡太と白雪 忘がバイトを始めてから、早くも数週間が過ぎようとしていた。季節はいつの間にか3月に入り、津軽海峡を渡ってくる風も、心なしか少しだけ温かみを帯びてきたような気がする。…まあ、俺の頭頂部にとっては、まだまだ厳しい寒さが続いているわけだが。むしろ、日々のストレスと凡太P(仮)活動による興奮で、さらに寒々しさが増しているような気もする。見ない、見ない。
バイト生活は、思ったよりも順調だった。忘は、持ち前の真面目さと健気さで、みるみるうちに仕事を覚えていった。最初はぎこちなかったレジ打ちもスムーズになり、商品の場所も完璧に把握。接客も、まだ少し恥ずかしそうにではあるが、お客さん一人ひとりに丁寧に対応する姿は好感度が高く、すっかり「あの可愛い店員さん」として、常連さんたちの間でも人気者になっていた。
「忘ちゃん、今日も頑張ってるねぇ」
「この前おすすめしてくれたリンゴチップス、美味しかったよ!」
そんな風に声をかけられることも増え、その度に忘は嬉しそうに、そして少し照れたように微笑む。その笑顔を見るたびに、俺の凡太P(仮)としてのモチベーションも爆上がりする。
もちろん、能力対策も怠ってはいない。俺は常に忘の近くに控え(ストーカーではない!断じて!)、彼女が不特定多数の人や物に触れる可能性がある場面では、さりげなく『凡太浄化(仮)』スキルを発動させる。レジカウンター、商品棚、買い物かご、ドアノブ…。俺の手は、もはや道の駅のあらゆる場所を浄化する、聖なる手(?)と化していた。他のスタッフからは「平くん、潔癖症なの?」と若干引かれているが、気にしてはいられない。
そして、忘自身の感情コントロール訓練も、少しずつだが効果が出始めていた。嬉しい時や楽しい時にキラキラオーラが漏れ出すことはまだあるが、以前のように暴走しそうになることは減ってきた。俺が隣にいて、「大丈夫だ」と声をかけたり、そっと肩に触れて『感情スタビライザー』を発動させたりすれば、すぐに落ち着きを取り戻せるようになったのだ。
「凡太さんがいてくれると、すごく安心する…」
休憩中に、忘がぽつりと呟いた言葉が、俺の心に温かく響いた。彼女にとって、俺が本当に「必要な存在」になりつつある。その事実が、俺に大きな勇気を与えてくれた。たとえ、その代償が俺の毛根であったとしても…!(いや、やっぱり代償は辛いけど!)
そして、俺のもう一つの活動――凡太P(仮)としてのSNS戦略も、予想外の展開を見せ始めていた。
あの日、軽い気持ちで始めた「看板娘(仮)・顔出しNG」投稿。忘の魅力(後ろ姿や手元だけでも伝わる圧倒的透明感!)と、俺の渾身の写真(推し撮りで鍛えた技術の結晶!)、そして「#訳あり旅」などの思わせぶりなハッシュタグが功を奏したのか、投稿は少しずつ拡散され、「いいね!」やコメントの数が増え続けていたのだ。
『この子、絶対可愛い!』
『どこの道の駅ですか!? 行ってみたい!』
『凡太Pさん、もっと写真アップしてください!』
『訳あり旅って何!? 気になる!』
コメント欄は、日に日に賑やかになっていく。そして、それに伴い、フォロワー数も、あの悲しき「17人」から、じわじわと増え始め…なんと、現在500人を突破していた!
「ご、500人!?」俺は自分の目を疑った。「マジかよ…バズってる…のか!?」
「すごいね、凡太さん…」忘も、スマホの画面を見ながら驚いている。「私の写真(顔出てないけど)に、こんなにたくさんの人が興味を持ってくれてるなんて…」
「だろ!? 言った通りだろ! 忘の魅力は本物なんだよ!」俺は興奮気味に言った。「これはもう、本格的にデジタルフォトブック計画を進めるしかないな!」
「ええっ!? ま、まだ早いよ!」忘は慌てて首を振る。
「まあまあ、それは追々考えるとして…。とにかく、この調子でSNS活動を続けていけば、活動資金の問題も、少しは解決するかもしれないぞ!」
実際、バイト代だけでは、今後の旅費を考えると心許ない。このSNSでの注目を、なんとかマネタイズに繋げたい、というのが凡太P(仮)としての本音だ。…もちろん、忘の気持ちを最優先で、だが。
そんな風に、バイトとSNS活動に明け暮れる日々が過ぎていく中で、季節は確実に春へと向かっていた。道の駅の周辺でも、雪解けが進み、フキノトウが顔を出し始めている。
そして、3月も下旬に差し掛かったある日のこと。
バイトの休憩中に、指導役のパートのおばちゃんが、楽しそうに話しかけてきた。
「ねえ、凡太くん、忘ちゃん。来月になったら、弘前で大きなお祭りがあるの、知ってる?」
「弘前で…ですか?」
「そうよー! 弘前さくらまつり!日本一って言われるくらい、桜がすごいのよ! お城と桜の組み合わせが、もう最高なんだから!」おばちゃんは目を輝かせながら力説する。「あの時期は、街中がお祭りムードで、屋台もたくさん出て、すっごく賑わうのよ!」
弘前さくらまつり…!
俺と忘は、顔を見合わせた。それは、俺たちが次の目的地として意識している、まさにそのイベントだ!
「へえー! そうなんですか!」俺は、知っていることをおくびにも出さず、興味津々なフリをする。
「そうなのよ! だからね、凡太くんたちも、休みが合えば絶対に行った方がいいわよ! 若い二人なんだから、お祭りデートなんて最高じゃない!」おばちゃんは、俺たちをニヤニヤしながら見る。
「で、でで、デートだなんて、そんな…!」忘は顔を真っ赤にして俯いてしまう。可愛い。
「まあまあ、照れちゃって」おばちゃんは楽しそうだ。「とにかく、すごく綺麗で楽しいお祭りだから、本当におすすめよ!」
「…情報、ありがとうございます! 考えてみます!」俺はお礼を言った。
おばちゃんが去った後、俺は忘に小声で話しかけた。
「…忘、聞いたか? 弘前さくらまつりだ。やっぱり、あのイベントが鍵になるのかもしれないな」
「うん…」忘も頷く。「だとしたら、そろそろ…?」
俺は、ポケットからヒロインレーダーを取り出した。最近は、ハゲ進行度を確認するのが怖くて、あまり見ないようにしていたのだが、今こそ確認すべき時だろう。
レーダーに意識を集中させる。日本地図が表示され、青森県を示す光が…
「……!!」
俺は息を呑んだ。
これまで、青森県全体をぼんやりと照らしていた光が、明らかに変化している!
光は、弘前市周辺に収束し、以前よりも強く、そして明確な場所を示すかのように、点滅を始めているではないか!
「間違いない…! やっぱり、イベントの時期が近づいたからだ!」
「じゃあ…次の『輝き』の子が、弘前に…?」忘の声が、期待と不安で震える。
「ああ! ついに、本格的に動き出す時が来たんだ!」
俺たちの胸に、新たな緊張感と高揚感が込み上げてくる。
バイト生活で少し緩んでいた空気が、ピリッと引き締まる。
(弘前さくらまつり…そこに、二人目のヒロインがいる…!)
どんな子なんだろうか? どんな特別な力を持っているんだろうか? そして、どんな悩みを抱えているんだろうか?
期待と同時に、一抹の不安もよぎる。また、忘の時のように、危険な目に遭うかもしれない。俺の力は通用するのか? そして何より…
(…俺の頭皮は、持つのか…!?)
レーダーのハゲ進行度表示は、依然として「15%」のままだった。だが、次のヒロインの信頼度をMAXにすれば、これが「30%」になることは確定している。…考えただけで、頭皮が粟立つ。
だが、もう後戻りはできない。
俺は、隣で期待と不安をない交ぜにした表情を浮かべている忘の手を…いや、まだ早い。肩を、ポンと叩いた。
「大丈夫だ、忘。俺たちがいる。きっと、うまくいくさ」
「…うん!」
俺たちは、決意を新たに、弘前へ向かう準備を始めることにした。
バイトも、もうすぐ辞めなければならないだろう。店長さんやおばちゃんには、本当に良くしてもらった。きちんとお礼を言って、旅立ちたい。
凡太P(仮)としての活動も、ここからが本番だ。増えたフォロワーたちに、俺たちの新たな旅を、そしてこれから出会うであろう(顔出しNGの)美少女たちの魅力を、どう伝えていくか…。
俺たちの、日本縦断ハーゲム(&ハゲ隠し&資金調達&SNSバズり)ロードムービーは、いよいよ第二章へと突入する!
(第三十七話 了)




