第三十一話【悲報】新機能発見!…って俺のハゲ進行状況なんか知りたくなかった!
札幌を出発した俺、平凡太と、新たな仲間となった白雪 忘を乗せたハーレム号(中古ワゴン)は、一路、フェリー乗り場のある函館を目指して南下していた。北海道の広大な大地をひた走るドライブは、雄大な景色も相まって、なかなかに爽快だ。…まあ、バックミラーに映る自分の顔を見るたびに、頭頂部のバケットハットが気になって仕方ないのだが。
助手席の忘は、札幌を出てからずっと、少し興奮した様子で窓の外の景色を眺めている。時折、俺に「見て、凡太さん! 牧場に馬がたくさんいる!」「あの山、すごく大きいね!」などと話しかけてくる。その声は明るく、表情も豊かだ。彼女がこうして、普通の女の子のように、旅を楽しんでくれていることが、俺は何よりも嬉しかった。
(この笑顔を守るためなら、俺の頭頂部くらい…いや、やっぱり惜しいけど! でも、頑張る!)
俺は密かに決意を新たにする。
数時間のドライブを経て、俺たちは昼過ぎに函館に到着した。フェリーの出航は明日の早朝。それまで少し時間がある。
「なあ、忘。せっかくだから、函館の街でも少し見て回らないか? 有名な夜景とか、美味しい海鮮丼とかあるらしいぞ」俺は提案した。
「函館…!」忘は目を輝かせた。「うん、行きたい! テレビで見たことあるんだ、函館山の夜景! すごく綺麗だって!」
「よし、決まりだな! じゃあ、まずは腹ごしらえに、美味い海鮮丼でも探しに行くか!」
俺たちは、函館の朝市周辺で、新鮮な海の幸がたっぷりのった海鮮丼を堪能した。ウニ、イクラ、カニ、ホタテ…北の海の恵みが、口の中でとろけるようだ。
「んー! おいしいー!」忘は幸せそうに頬張っている。その姿がまた可愛い。俺は、海鮮丼の味だけでなく、彼女の笑顔にも癒されながら、至福のランチタイムを過ごした。…もちろん、写真を撮るのも忘れなかったぞ! これは間違いなくフォトブックの目玉になる!(まだ許可は取れてないが)
腹ごなしに、元町の異国情緒あふれる街並みを散策する。坂道が多くて少し疲れたが、歴史的な教会や洋館が立ち並ぶ景色は、歩いているだけでも楽しい。途中、お洒落なカフェで休憩したり、可愛い雑貨屋さんを覗いたり(もちろん『凡太浄化』は欠かさない!)。まるで、本当に普通のカップルのような、穏やかで楽しい時間が流れていく。
そして、日が暮れて、いよいよ函館山のロープウェイ乗り場へ。ゴンドラに乗り込み、山頂へと登っていく。眼下に広がる函館市街の灯りが、徐々にその輝きを増していく。
山頂の展望台に到着し、外に出た瞬間、俺たちは言葉を失った。
「うわぁ……!」
目の前に広がっていたのは、まさに「百万ドルの夜景」と称されるにふさわしい、息を呑むような絶景だった。函館湾と津軽海峡に挟まれた独特の地形が生み出す、扇形に広がる街の灯り。それはまるで、地上に散りばめられた宝石箱のようだ。遠くには、漆黒の海と空が広がり、街の光とのコントラストが一層、その美しさを際立たせている。
「綺麗…! すごく綺麗…!」忘は、手すりに寄りかかりながら、うっとりと夜景に見入っている。その横顔は、街の光を受けてキラキラと輝き、夜景にも負けないくらい美しかった。
俺は、そんな彼女の姿を、そっとカメラに収めた。…と同時に、あの星空の夜の出来事がフラッシュバックする。
(いかんいかん! ここでまた感動のあまり記憶喪失、なんてことになったら大変だ!)
俺はさりげなく、忘の感情が高ぶりすぎていないか、オーラの様子を窺う(まあ、オーラなんて見えないんだけど、気持ちの問題だ)。幸い、彼女は穏やかな表情で、ただ静かに夜景を堪能しているようだった。よかった…。
俺たちは、しばらくの間、言葉もなく、ただ黙ってその美しい光景を眺めていた。冷たい夜風が心地よい。隣にいる忘の存在が、すぐ近くに感じられる。この瞬間が、永遠に続けばいいのに、とさえ思った。
…と、ここで俺はハッとした。いかん、また感傷に浸っている場合じゃない。俺には、確認しなければならないことがあるのだ!
「なあ、忘。ちょっと、レーダー見てみてもいいか?」
「レーダー? うん、いいけど…何か変わったの?」
「いや、ちょっと気になってな」
俺はポケットからヒロインレーダーを取り出した。忘の信頼度がLv.7になったことで、何か新しい機能が解放されているかもしれない、と思ったからだ。
レーダーに意識を集中させる。すると、いつもの日本地図と、青森を示す光点が表示された後、画面の隅に、これまで見たことのない、小さなアイコンが点滅しているのに気づいた。
「ん? なんだこれ?」
俺がそのアイコンに触れてみると、画面が切り替わり、新たな情報が表示された!
そこには、**「ハゲ進行状況:15%」**という、無慈悲な文字列と、俺の頭部の模式図(ご丁寧に頭頂部が赤く塗られている)が表示されていたのだ!
「………………は?」
一瞬、何が表示されているのか理解できなかった。ハゲ? 進行状況? 15%?
「じゅ、じゅごパーセント!?」俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「え? 何? どうしたの、凡太さん?」忘が怪訝そうな顔でこちらを見る。
「い、いや、なんでもない! ちょっと、ゲームのレベルが上がっただけだ!」俺は慌ててレーダーを隠す。
(マジかよ! 新機能って、俺のハゲ進行度表示かよ! しかもご丁寧にパーセンテージで! 誰がこんな機能望んだんだよ!? あの神(?)、やっぱり性格悪すぎる!)
15%…。つまり、忘一人をクリアしただけで、俺の頭髪全体の15%が失われた(あるいは失われる運命にある)ということか! 頭頂部のあの500円玉ハゲは、その具体的な現れだったわけだ。
(ということは…あと六人クリアしたら、15% × 7人 = 105%…? やっぱり計算通り、完全消滅じゃないか!)
俺は、函館の美しい夜景を前にして、自分の頭皮の未来に、改めて絶望的な気持ちになった。涙が出そうだ。いや、もう泣いてるかもしれない。
「…凡太さん、本当に大丈夫? なんか、すごく顔色が悪いけど…」忘が心配そうに俺の顔を覗き込む。
「だ、大丈夫だ! 夜景が綺麗すぎて、感動してるだけだよ!」俺は必死に笑顔を作る。
(くそっ…! でも、これもミッションのため…世界のため…推しのため…そして、忘のためだ…!)
俺は、自分の頭皮に言い聞かせるように、強く決意を固めた。たとえこの身(髪)がどうなろうとも、やり遂げてみせる!
「それにしても…」俺は、レーダーの表示をもう一度よく見てみた。ハゲ進行状況の他に、もう一つ、小さな文字が表示されているのに気づいた。
「現在時刻:2月下旬」
「…おお、日付も表示されるようになったのか」
これは地味にありがたい機能だ。これで、タイムリミットまであとどれくらいか、正確に把握できる。
(2月下旬…か。次の目的地、青森のイベントは確か…弘前さくらまつり。開催は4月下旬だよな)
となると、まだ時間には余裕がある。焦る必要はない。青森に着く前に、もう少し寄り道を楽しむ時間もありそうだ。
「ペースとしては、悪くないな」俺は独り言のように呟いた。
「何か言った?」
「いや、なんでもない。さ、そろそろペンションに向かうか。明日は早いしな」
俺はレーダーをポケットにしまい、忘と一緒に展望台を後にした。美しい夜景の思い出と共に、俺の頭には「ハゲ進行度15%」という、重い現実が刻み込まれたのだった…。
(第三十一話 了)




