第三話【悲報】初対面の美少女、鉄壁のガードが硬すぎる
♦️この力作でアニメ化を目指します♦️
雪と氷の祭典、さっぽろ雪まつり。その華やかな喧騒の中、俺、平凡太は必死だった。人混みをかき分け、白いダッフルコートの少女を見失わないように、ただひたすらその後ろ姿を追いかけていた。
彼女は、まるで人波を避けるかのように、会場の端の方へと静かに歩を進めている。時折、大きな雪像の前で足を止め、何かを思うように見上げるが、すぐにまた歩き出す。その姿は、周囲の浮かれた空気から完全に浮いていて、孤独の影を纏っているように見えた。
(間違いない…彼女が最初の『輝き』だ…)
尻ポケットの中のヒロインレーダーが、まるで心臓のようにドクドクと脈打ち、彼女の存在を強く主張している。あの、人が触れた瞬間に起こった奇妙な現象…男性が一瞬、記憶を失ったかのようなあの反応。あれが、彼女の持つ『特別な力』なのだろう。そして、その力故に、彼女は人を避けているのかもしれない。
(でも、だからって、このまま見過ごすわけにはいかない…!)
一年というタイムリミット。美女消滅の危機。そして、俺の頭皮の未来。全てが、この少女にかかっている(かもしれない)のだ。
意を決して、俺は早足で彼女に近づいた。心臓がうるさいくらいに鳴っている。緊張で喉がカラカラだ。なんて声をかける? いきなり核心に触れるのは絶対NGだ。まずは自然に、警戒されないように…。
よし、さっきの出来事を口実にしよう。
「あ、あの…すみません!」
俺は、少しだけどもった声で、数歩先を歩く彼女の背中に呼びかけた。
少女の足がピタリと止まる。ゆっくりと、本当にゆっくりと、彼女がこちらを振り返った。
その瞬間、俺は息を呑んだ。
真正面から見た彼女は、遠目で見た時以上に、この世のものとは思えないほど綺麗だった。雪のように白い肌、ガラス玉のように透き通った淡い色の瞳、銀色に輝く長い髪。整いすぎた顔立ちは、まるで精巧な人形のようだ。だが、その人形には、感情というものが欠落しているように見えた。表情はほとんどなく、その瞳は、どこまでも冷たく、俺を射抜くように見つめている。
「……なにか?」
かろうじて聞き取れるほどの、小さく、そして冷たい声。まるで、北国の冬の空気そのもののような声だった。
ひっ…! 怖い! 美人だけど怖い!
完全に気圧されそうになるのを、必死に堪える。ここで怯んだら終わりだ。
「あ、いや、その…さっき、男の人がぶつかりそうになってましたけど…大丈夫でしたか? 怪我とか…」
我ながら、なんとも当たり障りのない、そして少しだけお節介な第一声だ。だが、これが今の俺にできる最大限の自然なアプローチだった。
少女は、俺の言葉を聞いても、表情一つ変えなかった。ただ、その透き通った瞳で、俺の顔をじっと見つめている。まるで、俺の心の奥底まで見透かそうとしているかのように。居心地が悪くて、冷や汗が背中を伝う。
数秒間の、針が落ちる音すら聞こえそうな沈黙。俺には永遠のように長く感じられた。やがて、彼女は小さく、ほとんど吐息のような声で答えた。
「……別に。…なんともありません」
それだけ言うと、彼女は再び俺に背を向け、歩き出そうとした。
「あ、待ってください!」
俺は思わず、再び声をかける。このまま行かせるわけにはいかない!
少女は、また足を止めた。しかし、今度は振り返らない。その背中が、明確な拒絶を示しているように感じられた。
まずい、どうする? 何か、何か会話を繋げないと…!
「えっと…その、すごい人ですね、雪まつり! 俺、初めて来たんですけど、こんなに規模が大きいとは思いませんでした! あの雪像とか、どうやって作ってるんですかね? いやー、すごいなぁ…」
完全に話題が迷子だ。しかも早口になっている。焦りが言葉になってダダ漏れている。我ながら情けない。
少女は、やはり無反応だった。ぴくりとも動かない。まるで、俺の声など聞こえていないかのように。あるいは、石ころか何かに話しかけられているかのように、完全に無視している。
心が折れそうだ。これ以上話しかけても、無駄な気がしてきた。いや、それどころか、完全に不審者として警戒されているだろう。下手に付きまとえば、本当に警察を呼ばれるかもしれない。
だが、レーダーは依然として彼女を指して強く光っている。諦めるわけにはいかないんだ。
(何か…何か、彼女の心に引っかかるような言葉はないのか…?)
彼女が抱える孤独。能力への恐れ。もし、俺がそれを少しでも理解していると示せたら…?
いや、ダメだ。それはあまりにも危険な賭けだ。確証もないのに核心に触れようとすれば、彼女の心をさらに固く閉ざしてしまうかもしれない。
俺は唇を噛み締めた。今は引くしかないのかもしれない。一度距離を置いて、別の機会を窺うべきか…。
そう判断しかけた、その時だった。
人混みの中から、数人の子供たちがはしゃぎながら走り込んできて、勢い余って少女の足元に転がり込んできた。
「わあっ!」
「きゃー!」
子供たちは雪の上に転がり、泣き出しそうになっている。その母親らしき女性が慌てて駆け寄ってきた。
「こら! 危ないでしょ! すみません、大丈夫でしたか!?」
母親は少女に向かって頭を下げる。少女は、一瞬だけ、驚いたように目を見開いた。そして、足元で泣きそうな顔をしている子供たちと、必死に謝る母親を、戸惑ったような、それでいてどこか…羨むような、複雑な表情で見つめた。
それは、ほんの一瞬の、微かな表情の変化だった。
だが、俺はその変化を見逃さなかった。
彼女の、あの氷のように冷たい仮面の奥に、確かに揺れ動く感情があることを。
母親は子供たちを連れてすぐに去っていった。再び、少女の周りには、人を寄せ付けない静寂が戻る。
しかし、俺の中には、確かな手応えが残っていた。
彼女は、完全に心を閉ざしているわけじゃない。
ただ、その方法が分からないだけなのかもしれない。人とどう関わればいいのか、自分の力が何を及ぼすのか、それを恐れているだけなのかもしれない。
俺は、もう一度だけ、声をかけることにした。今度は、さっきまでのような焦りや下心ではなく、純粋な気持ちで。
「あの…もし、何か困ったことがあったら…その、俺でよければ、力になりますから」
柄にもなく、キザなセリフだったかもしれない。だが、それが今の俺の正直な気持ちだった。
少女は、ゆっくりと、ほんの少しだけ、こちらを振り返った。その表情は相変わらず読めない。だが、さっきまでの完全な拒絶とは、少しだけ違う空気が流れているような気がした。
「…………」
彼女は何も言わなかった。
ただ、俺の顔をもう一度だけじっと見つめると、今度こそ本当に、人混みの中へと静かに歩き去っていった。
(第三話 了)
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