第二十九話【悲報】敏腕P(自称)始動!モデルの説得より自分の鼻血が心配な件
「で、デジタルフォトブック!? 私の!?」
札幌市内の大型雑貨店を出て、アパートへの帰り道。俺、平凡太が放った爆弾発言に、白雪 忘は案の定、顔を真っ赤にして激しく動揺していた。その反応は想定内…いや、想定以上に可愛いな、おい!
「そ、そんなの無理だよ! 私なんて、全然普通の…いや、普通以下だし…それに、恥ずかしいもん!」忘は俯いて、ぶんぶんと首を横に振っている。長い銀髪がサラサラと揺れる。
(くっ…! この拒絶する姿すら絵になる…! さすが俺が見込んだだけのことはある!)
俺は内心でガッツポーズをしながらも、ここで引き下がるわけにはいかない。これは、俺たちの旅の資金源確保(という名の俺の野望)と、忘自身の魅力を世界に知らしめる(という大義名分)ための、重要な第一歩なのだ! 凡太P(プロデューサー・仮)としての腕の見せ所だ!
「いやいや、忘は全然普通以下じゃないぞ!」俺は力強く否定する。「むしろ、俺が今まで見てきたどんなアイドルやモデルさんよりも、ずっと魅力的だ!」
これはお世辞じゃない。本心だ。彼女の持つ儚げな雰囲気、透き通るような美しさ、そして時折見せる無邪気な笑顔や、困難に立ち向かおうとする強い意志。その全てが、俺の心を掴んで離さないのだ。
「そ、そんなことないよ…!」忘はさらに顔を赤くして否定するが、まんざらでもないような表情も浮かんでいる。よし、いいぞ! 押せ押せだ!
「それに、これはただの思い出作りじゃないんだ。俺たちの旅には、正直言って、お金がかかる。このハーレム号(中古ワゴン)のガソリン代だって馬鹿にならないし、これから先、他の『輝き』の子たちを探して日本中を回るとなると、相当な費用が必要になるはずだ」俺は現実的な問題を提示する。
「う…それは、そうだけど…」
「だから、これは俺たちの『活動資金』を稼ぐための、大事なプロジェクトなんだ! 忘の美しさで、俺たちの旅をサポートする! どうだ? 素晴らしいと思わないか!?」俺は熱く語る。…まあ、半分くらいは自分の欲望だが。
「で、でも…私の写真なんて、誰も見たいと思わないよ…」忘はまだ自信なさげだ。自己肯定感の低さは、彼女の根深い問題でもある。
「そんなことは絶対にない!」俺は断言する。「俺のこの目…いや、このカメラのレンズは誤魔化せない! 忘、君は、撮られることでさらに輝くタイプの原石なんだ! 俺が、その輝きを最大限に引き出してやる!」
俺は首から下げた一眼レフカメラを、ドン!と胸を叩くように示す。長年、推しアイドルを追いかけ、その一瞬の輝きを捉えるために磨いてきたこの腕前(と機材)。今こそ、それを発揮する時だ!
「それにさ」俺は少し声を潜めて、殺し文句を繰り出す。「忘が、自分の力と向き合って、前を向いて歩き出した証として、今の君の美しい姿を、ちゃんと形に残しておくべきだと思うんだ。それはきっと、未来の君自身にとっても、宝物になるはずだから」
俺の言葉に、忘はハッとしたように顔を上げた。その瞳が、大きく揺れている。
(…どうだ!? 響いたか!?)
しばらくの沈黙の後、忘は小さく、しかしはっきりとした声で言った。
「…………わ、分かった。やってみる…」
「おおっ! やった!」俺は思わずガッツポーズ!
「た、ただし!」忘は慌てて付け加える。「へ、変な写真は撮らないでよね! それと、もし、どうしても嫌だって思ったら、いつでもやめるから!」
「もちろんだ! 約束する! 俺は、忘が一番綺麗に見えるように、最高の一枚を撮るだけだ!」俺は力強く頷いた。
こうして、半ば強引に、俺は忘にモデルになることを承諾させた(と思い込んでいる)。凡太P、初仕事にしては上出来だろう!
…というわけで、俺たちは札幌出発前の最後のイベントとして、北海道の絶景を巡る「デジタルフォトブック素材集めツアー(兼・妄想新婚旅行)」に出かけることになったのだ!
目的地として選んだのは、支笏湖。日本有数の透明度を誇る美しいカルデラ湖で、周囲を豊かな自然に囲まれた、比較的観光客も少ない(はずの)穴場スポットだ。ここなら、人目を気にせず、思う存分撮影に集中できるだろう。
数日後、俺たちは再びハーレム号に乗り込み、支笏湖へと向かった。道中の景色もまた格別で、原生林の中を走り抜けるドライブは、まるで冒険映画のワンシーンのようだ。
そして、ついに支笏湖に到着。湖畔に立った瞬間、俺たちは息を呑んだ。
「うわぁ……!」
目の前に広がるのは、吸い込まれそうなほどに青く、澄み切った湖面。周囲の山々や空の色を鏡のように映し出し、神秘的なまでの静寂を湛えている。遠くには、まだ雪化粧をした恵庭岳の雄大な姿も見える。
「綺麗…! 言葉が出ないね…!」忘も、その美しさに完全に魅了されているようだった。
「ああ…! ここは、まさに絶好のロケーションだ!」俺のプロデューサー魂(?)にも火が付く!「よし、忘! 早速撮影開始だ!」
「えっ!? もう!?」忘は少し戸惑っている。
「善は急げだ! この最高の光の中で、最高の君を撮る!」
俺はカメラを構え、忘に指示を出し始めた。
「よし、まずは湖畔に立ってみてくれ! そうそう、少し遠くを見る感じで…風に髪をなびかせて…いいね! 最高に綺麗だぞ!」
カシャ! カシャ! とシャッター音が響く。忘は、最初はぎこちなかったものの、俺が「可愛い!」「綺麗だ!」「まさに天使!」と褒めちぎる(半分以上本心)うちに、少しずつ表情が和らいできた。
「次は、そこの木の根元に座ってみようか。少しだけ、アンニュイな感じで…そう! その憂いを帯びた瞳! たまらないね!」
「こ、こう…?」
「完璧だ! 君は天才だよ、忘!」
俺は夢中でシャッターを切る。ファインダー越しの彼女は、本当に、どんなプロのモデルよりも魅力的だった。湖の青、森の緑、そして彼女の持つ透明感と儚さが、奇跡のような調和を生み出している。
(やばい…撮れ高がすごい…! これは間違いなくバズる…!)
「なあ、忘。この写真、もしよかったら、試しにSNSとかに上げてみないか?」俺は、撮影の合間に、さりげなく提案してみた。
「え? SNS?」忘は驚いた顔をした。
「ああ。もちろん、顔が分からないように、雰囲気だけの写真でもいいんだ。でも、こんなに綺麗な景色と、こんなに可愛い忘の写真、俺だけが見てるのはもったいないだろ? きっと、たくさんの人が癒されると思うんだ」俺は、あくまで「みんなのため」というスタンスを強調する。
「それに、もし反応が良かったら、それが自信にも繋がるかもしれないぞ? ほら、フォロワーとか『いいね!』が増えたら、嬉しくないか?」
「うーん…」忘はまだ迷っているようだ。「でも、私の写真なんて…」
「大丈夫だって! 俺が撮った写真なら、絶対に大丈夫! なんなら、俺がアカウント管理してやってもいいぞ?」
「ええっ!?」
…と、ここで俺は気づいた。またしても、自分の欲望(プロデューサー欲)が先走っていることに。いかんいかん、まだ早い。
「ま、まあ、SNSのことは、また今度ゆっくり考えよう! 今は、この最高のロケーションでの撮影を楽しむのが先決だ!」俺は慌てて話を逸らす。
「…うん」
その後も、俺たちは場所を変えながら撮影を続けた。湖畔の桟橋、森の中の小道、夕暮れ時の湖岸…。忘は、俺の指示に応えながら、様々な表情を見せてくれた。楽しそうな笑顔、物憂げな横顔、少しだけ大人びた表情…。その全てが、俺の心を鷲掴みにし、SDカードの容量と、俺の鼻血(が出そうになるのを堪える)ゲージを限界まで振り切らせた。
(やばい…! 忘、可愛すぎ&綺麗すぎ! これ以上撮ってたら、俺、興奮しすぎて本当に鼻血出すか、あるいは毛根が完全に消滅するかもしれない…!)
俺は、名残惜しかったが、日没と共に撮影終了を宣言した。
「今日はありがとうな、忘! 最高に良い写真がたくさん撮れたぞ!」
「う、うん…。私も、なんだか…楽しかったかも」忘は、少し疲れた様子だったが、満足そうな笑顔を浮かべていた。
その笑顔を見て、俺は確信した。
このデジタルフォトブック計画、絶対に成功させてみせる! …もちろん、忘の気持ちを最優先しながら、な!
帰り道、ハーレム号の車内で、俺は撮ったばかりの写真をカメラの液晶画面で確認しながら、一人ニヤニヤしていた。
(ふふふ…完璧だ…! これなら、次のヒロインを探す資金くらい、すぐに集まるかもしれないぞ…! 目指せ、印税生活! …いや、それは言い過ぎか)
俺の野望(と妄想)は、支笏湖の美しい景色のように、どこまでも広がっていくのだった…。
(第二十九話 了)




