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第二十二話【悲報】手料理フラグに脳が焼かれ、新婚妄想が止まらない(毛根も止まらない)

札幌での準備期間が始まって、さらに数日が過ぎた。俺、平凡太と白雪 忘は、借りているアパートの一室で、相変わらず地味な能力対策訓練と、今後の旅に向けた情報収集に明け暮れていた。


「よし、忘! 今度はこのペットボトルだ! 俺が先に触るから、その後で触ってみてくれ!」

「う、うん…!」


シュールな『凡太浄化(仮)』訓練は、もはや俺たちの日常の一部となっていた。最初は恥ずかしがっていた忘も、少しずつ慣れてきた…というよりは、諦めの境地に達したのかもしれない。俺の方はと言えば、もはや条件反射のように、目につくもの全てに触れて「浄化!」と心の中で叫ぶ癖がつきつつあった。完全にヤバい奴だ。


感情コントロール訓練も続けているが、こちらはなかなか難航していた。嬉しいことや楽しいことを考えるとオーラがキラキラ漏れ出し、悲しいことや怖いことを考えると黒いオーラがゆらめく。忘自身、自分の感情の起伏と力の連動を自覚し、コントロールしようと努力しているのだが、長年抑え込んできた感情だ。そう簡単にはいかないらしい。


「やっぱり、難しいね…」訓練の後、少し落ち込んだ様子の忘。


「まあ、焦るなって。少しずつ慣れていけばいいさ。俺も全力でサポートするから」俺は励ます。…サポートと言っても、オーラが見えたら「抑えろ!」って叫ぶくらいしかできないんだけどな。


そんな試行錯誤の日々の中で、俺たちの距離は、確実に縮まってきていた。一緒に訓練し、一緒に悩み、一緒に笑う。それはまるで、部活動の仲間のような、あるいは…いや、それ以上かもしれない、特別な連帯感のようなものが芽生え始めていた。


ある日の夕食時。いつもはコンビニ弁当か、せいぜい簡単な自炊(主に俺が担当)で済ませていたのだが、その日は忘が「私が作るよ」と申し出てくれたのだ。


「え? 忘が作ってくれるのか?」俺は驚いた。彼女が料理をするイメージが全くなかったからだ。


「うん。実はね、料理、結構好きなんだ。一人暮らしの時も、気分転換によく作ってたから」忘は少し照れたように言った。「平凡太さん、いつもコンビニ弁当ばっかりじゃ、体に悪いかなって思って」


(うわあああ! なんていい子なんだ! 俺の食生活まで心配してくれるなんて…!)


俺は感動で打ち震えた。しかも、手料理! 美少女の手料理! これは、非モテ人生を送ってきた俺にとって、三大欲求(食欲・睡眠欲・ハーレム欲)に匹敵するほどの、至高のご馳走じゃないか!


「ま、マジか! それはめちゃくちゃ嬉しい! 楽しみにしてる!」俺は全力で感謝の意を表明した。


「ふふ、そんなに喜んでくれると作りがいがあるな」忘は嬉しそうに微笑むと、慣れた手つきでキッチンに立ち、調理を始めた。


俺は、邪魔にならないようにリビングの隅で待っていたが、キッチンから漂ってくるいい匂いと、エプロン姿(俺の趣味で買っておいたやつだ。もちろん忘には内緒)で手際よく料理をする忘の後ろ姿に、もう釘付けだった。


(やばい…家庭的すぎる…! この光景、俺の脳内ハーレムシミュレーションで何度も見たやつだ…! まさか現実になる日が来るとは…!)


そして、数十分後。テーブルの上に並べられたのは、ほかほかと湯気を立てる肉じゃが、彩り豊かなサラダ、そしてふっくらと炊き上がった白いご飯と味噌汁。完璧な日本の家庭料理だ!


「わ、すげえ! めちゃくちゃ美味そう!」俺は目を輝かせた。


「えへへ、そうかな? 味は保証できないけど…」忘は謙遜するが、その顔は自信に満ちているように見えた。


俺たちはテーブルに向かい合って座り、「いただきます!」と声を合わせて食べ始めた。


まずは肉じゃがを一口。


(うっ…うまいっ!!!)


なんだこれ! めちゃくちゃ美味いぞ! ジャガイモはホクホクで、人参は甘く、お肉は柔らかい! 味付けも、甘すぎずしょっぱすぎず、絶妙なバランス! まるで、熟練の主婦が作ったような…いや、それ以上の味わいだ!


「ど、どうかな…? お口に合う…?」忘が不安そうに尋ねてくる。


「合う! 合うなんてもんじゃない! めちゃくちゃ美味いぞ、これ!」俺は興奮気味に答えた。「忘、お前、料理の天才か!?」


「そ、そんなことないよ…!」忘は顔を真っ赤にして俯いてしまった。その反応がまた可愛い。


「いや、本当にすごいって! 俺が今まで食べた肉じゃがの中で、間違いなく一番美味い!」俺はさらに絶賛する。


すると、忘は顔を上げて、少し潤んだ瞳で俺を見つめ、そして、とんでもない爆弾発言を投下したのだ。


「…よかった。実はね…**男の人に、手料理作るの、初めてなんだ**」


**ズッキュゥゥゥゥゥン!!!!!!!!**


俺の心臓が、ロケットランチャーで撃ち抜かれたかのような衝撃を受けた!

は、初めて…!? お、男の人に作るのが…初めて…!?

それってつまり…俺が…俺が、彼女の「初めて」を奪っ…いや、違う! そうじゃない! そういう意味じゃなくて!


(ああああああ! もうダメだ! 俺の妄想回路がショートする!)


俺の脳内では、瞬時にして、忘との甘い新婚生活シミュレーションがフルHD画質で再生され始めた!


朝、エプロン姿の忘が「あなた、朝ごはんできたわよ♡」と俺を起こしに来る。

昼、俺が仕事(何の?)から帰ると、「お帰りなさい、あなた♡ ご飯にする? お風呂にする? それとも…わ・た・し?」なんて言って、可愛く首を傾げる。

夜、二人で仲良く食卓を囲み、俺が「今日の肉じゃがも最高だよ、ハニー」と言うと、忘が「もう、ダーリンったら♡」なんて言って微笑み合う…。


(ぎゃああああ! 幸せすぎる! これが俺の求めていた世界か!)


「…凡太さん? 大丈夫? 顔、真っ赤だよ?」


現実世界からの忘の声で、俺はハッと我に返った。いかんいかん、完全に意識が飛んでいた。しかも、顔が真っ赤になっているらしい。最悪だ。


「あ、ああ、いや、なんでもない! あまりにも肉じゃがが美味すぎて、感動してただけだ!」俺は必死に誤魔化す。


だが、俺の身体は正直だった。

極度の興奮と、幸福感と、そして「初めて」という言葉の破壊力によって、俺の頭皮からは、またしても尊い犠牲者たちが…**ざわ…ざわ…**と音を立てて(気のせいか?)旅立っていくのを感じていた!


(また抜けた! また確実に減った! なんで幸せな時ほど抜けるんだよ!? このままじゃ、忘との関係が進展するたびに俺はハゲていく一方じゃないか! 愛と毛根はトレードオフなのか!? そんな残酷な!)


俺は、口の中に広がる肉じゃがの優しい味わいと、頭皮から失われていく生命力(毛根)の喪失感という、究極の甘美と絶望の狭間で、一人悶絶していた。


忘は、そんな俺の内心の葛藤など知る由もなく、嬉しそうに自分の作った料理を美味しそうに食べている。


(…まあ、いいか)俺は、半ば諦めの境地で思うことにした。(たとえ、この身(髪)がどうなろうとも、この笑顔を守れるなら…本望だ!)


…いや、やっぱり本望じゃない! できることならフサフサのままハーレムを築きたい! 神様、なんとかしてください!


そんな俺の悲痛な叫びは、札幌の夜空に虚しく響くだけだった。

とりあえず、目の前の絶品肉じゃがを堪能しよう。そして、この幸せな(しかし毛根には厳しい)時間を、しっかりと記憶に刻み付けておこう。いつか、この記憶すら失ってしまう日が来るかもしれないのだから…。


俺は、複雑な想いを抱えながら、忘の手料理を噛みしめるのだった。


(第二十二話 了)

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