第十六話【朗報】能力検証が、比較的上手くいったっぽい
♦️この力作でアニメ化を目指します♦️
翌日の午後。俺、平凡太は、再びカフェ「ポラリス」の木製ドアを開けた。カランコロン、と昨日と同じ心地よいベルの音が迎えてくれる。店内には、やはりカウンター席に常連らしき老紳士がいるだけで、静かで落ち着いた空気が流れていた。
窓際のテーブル席には、すでに白雪 忘の姿があった。昨日よりも少しリラックスした表情で、窓の外の雪景色を眺めている。俺の姿に気づくと、彼女は柔らかく微笑んだ。
「凡太さん、こんにちは」
「よう、忘。待たせたか?」
「ううん、私も今来たとこ」
俺が席に着くと、すぐに店長さんがお冷やを持ってきてくれた。昨日と同じ、穏やかな笑顔だ。
「やあ、いらっしゃい。今日は二人とも、なんだか昨日より顔色が明るいねぇ」
「そうですか?」俺は少し照れながら返す。「まあ、ちょっとだけ良いことがありまして」
「それは良かった」店長はにこやかに頷くと、「ご注文は、また後で伺うよ」と言ってカウンターに戻っていった。
俺たちは、改めて向かい合って座る。忘は少し緊張しているようだったが、昨日ほどの硬さはない。俺も、少しだけ彼女との距離が縮まったことを感じて、嬉しく思っていた。
「それで…」俺は切り出した。「昨日の話の続きだけど、忘の力のことを、もう少し詳しく教えてほしいんだ。特に、あの雑貨屋であったみたいな…物を介して影響が出ちゃう件について」
俺の言葉に、忘の表情がわずかに曇る。やはり、あの出来事は彼女にとってショックだったのだろう。
「うん…。私も、あれから色々考えてみたんだけど…やっぱり、どうしてあんなことが起こったのか、よく分からないの」
「だよな…。俺も考えてみたんだが、もしかしたら、忘が触った物に、一時的に力が宿るのかもしれない。で、その力が消える前に誰かがそれに触ると、影響が出ちゃう…とか?」
「力が宿る…?」忘は自分の手を見つめた。「そんなこと、あるのかな…」
「あくまで仮説だけどな。もしそうなら、どれくらいの時間、力が残るのかとか、どんな物に宿りやすいのかとか、そういうのが分かれば、対策も立てやすくなると思うんだ」
「…確かに、そうかも」
「そこで、だ」俺は身を乗り出した。「ちょっと実験してみないか? ここで」
「え? 実験?」忘は驚いたように俺を見る。
「ああ。このカフェなら、人も少ないし、店長さんも、その…忘の事情を理解してくれてるんだろ?」俺は少し声を潜めて尋ねた。昨日、忘は「店長さんは私の記憶のことも理解してくれて、写真とメモで覚えてくれてる」と言っていた。
忘は、こくりと頷いた。
「うん…。前に、勇気を出して話したんだ。私の力のことを…。そしたら、店長さん、驚かずに聞いてくれて…『大変だったね』って。それから、色々と気遣ってくれてるの」
店長さん、なんて素晴らしい人なんだ。
「だったら、話は早い! 店長さんに協力してもらえば、安全に検証できるかもしれない!」
俺の提案に、忘はまだ少し不安そうだったが、「店長さんになら…」と、最終的には同意してくれた。
俺はカウンターに向かって声をかけた。「店長さん、すみません! ちょっとご相談と、お願いがあるんですが!」
店長さんは「はいはい、なんだい?」と、すぐにテーブルまで来てくれた。俺は改めて、忘の能力(今回は記憶操作の側面も含めて、店長が知っている前提で)が、物を介して影響する可能性が出てきたこと、そしてその性質を調べるために、少し実験に協力してほしい旨を伝えた。
店長さんは、やはり落ち着いた様子で話を聞いていた。
「なるほどねぇ。忘ちゃんのその力、物にも影響が出るかもしれない、と。それは気がかりだねぇ」店長は心配そうに眉を寄せた。「うん、分かった。私にできることなら、何でも協力するよ。忘ちゃんのためなら、エンヤコラだ」
「ありがとうございます! 助かります!」俺と忘は同時に頭を下げた。本当に頼りになる存在だ。
こうして、俺たちは心強い協力者のもと、「間接記憶操作・解明実験」を開始することになった。まずは、忘が注文したホットミルクのカップを使って試してみることに。
実験①:忘がカップに触れてから、どれくらいの時間、力が残るか?
忘がホットミルクを飲み、カップをテーブルに置く。その瞬間からストップウォッチで時間を計測開始。まずは、1分経過した時点で、店長さんにカップに触れてもらう。
「どうですか、店長さん? 何か、いつもと違う感じとか…記憶が…?」俺は固唾を飲んで見守る。
店長さんは、カップを手に取り、少しの間、じっとカップを見つめた後、ゆっくりと顔を上げた。その表情は、明らかに困惑している。
「……あれ? ええと…すみません、今、私、何をしてましたかね…?」
「えっ!?」俺と忘は同時に声を上げる。やはり影響が出た!
「い、いや、今、忘さんが飲んだカップに触ってもらったんです!」俺は慌てて説明する。
「ああ、そうだったかねぇ…? うーん、どうも記憶が…はっきりしないというか、靄がかかったみたいだ…」店長は困ったように頭を掻いている。「忘ちゃんのカップだってことは分かるんだが、その直前の記憶がどうも…」
やはり、1分程度では力が残っており、触れると記憶に影響が出るようだ! 雑貨屋での出来事と同じだ!
「だ、大丈夫ですか、店長さん!?」忘が心配そうに駆け寄ろうとするのを、俺は慌てて制止する。「忘、今は近づかない方がいい!」
「で、でも…!」
「しばらくすれば思い出すはずです! 店長さんはいつもそうだって!」俺は店長さんのメモの話を思い出し、そう言った(半分は自分に言い聞かせるように)。
次に、忘が新しいカップに触れてから、3分経過。再び店長さんに触れてもらう。
「店長さん、今度はどうですか!?」
「うーん…さっきよりはマシかな…? でも、やっぱり少し…頭がぼんやりするような感じがするねぇ。何をしようとしてたか、一瞬分からなくなる感じだ」
3分でもまだ影響があるようだ。ただし、1分の時よりは影響が弱いのかもしれない。
さらに、忘がまた別のカップに触れてから、5分経過。
「さあ、店長さん! 運命の5分経過です!」
「なんだい、大袈裟だねぇ」店長は苦笑しながら、カップを手に取った。「……うん。今度は大丈夫そうだ。記憶もはっきりしてるし、ぼんやりする感じもないよ」
結果:忘が触れてから1分~3分程度では記憶に影響が出るが、5分経過すれば影響はほぼなくなるようだ。
「やった! やっぱり時間経過で力は弱まるんだ!」俺はガッツポーズをした。「これなら、忘が触った物も、少し時間を置けば安全になる!」
「…うん」忘も少しだけ安堵した表情を見せた。「でも、5分って…やっぱりちょっと長いよね。その間に誰かが触っちゃったら…」
確かにそうだ。5分間、誰も触らないように監視し続けるのは現実的ではない。それに、雑貨屋での一件がまだ引っかかる。
「雑貨屋さんの時は…凡太さんが触ったのに、店員さんには影響が出た…。時間が短かったからだけじゃなくて、やっぱり何か他の要因もあるんじゃ…」忘は不安そうに呟く。
そうだ。最大の謎、凡太を経由した場合の影響を検証しなければ。
実験②:凡太を経由した場合、力はどうなるか?(カフェ・ポラリス内限定)
今度は、忘がカップに触れた直後(1分以内)に、まず俺がカップに触れる。俺自身には何も起こらないことを確認。そして、その直後に店長さんに俺が触れたカップに触れてもらう。今回は、このカフェ「ポラリス」の中での結果がどうなるか、が重要だ。
「店長さん、お願いします…!」
店長さんは、少し緊張した面持ちで、俺が触れたばかりのカップを手に取った。そして、目を閉じて集中する…。
東屋に、再び静寂が訪れる。俺と忘は、固唾を飲んで店長さんの反応を待った。
やがて、店長さんはゆっくりと目を開けた。
「……うん。今度は、ほとんど何も感じないねぇ」
「ほ、ほとんど…ですか?」俺は聞き返した。「全く、ではないんですか?」
「そうだねぇ…」店長は顎に手を当てて考え込む。「ほんの僅かに、意識の端っこが霞むような…そんな感覚が一瞬あった気もするけど…気のせいかもしれないレベルだ。少なくとも、さっき(実験①の1分後)みたいに記憶が飛んだり、頭がぼんやりしたりする感じは全くないよ。凡太くんが触ると、明らかに影響が弱まっているのは間違いないようだ」
「やっぱり…! 俺が触ると力が弱まるんだ!」
雑貨屋の時と結果が違う! ポラリスの中だと、俺が触れることによる力の減衰効果が、より強く現れるということか?
「すごい…! 凡太さんが触れば、ほとんど大丈夫なんだ…!」忘も驚きと安堵が入り混じった表情を見せている。
「ま、マジか…! 俺の平凡耐性、このカフェの中だとさらにパワーアップするのか…!?」
理由はどうあれ、これはとてつもない発見だ! 少なくとも、このカフェの中であれば、俺が間に立つことで、忘の力をほぼ無効化できる!
「これなら!」俺は興奮気味に言った。「このカフェでなら、忘ももっとリラックスして過ごせるし、俺が触った物なら、忘が後から触っても大丈夫かもしれない!」
(…ん? 俺が触った物に忘が触る? それは試してないな…。いや、今はいいか。とにかく、大きな進歩だ!)
「すごいよ、凡太さん!」忘も嬉しそうだ。「ここなら、少し安心できるかも…!」
彼女の笑顔を見て、俺も嬉しくなった。安全地帯が見つかったのは大きい!
実験③:店長さんの記憶について
最後に、俺は改めて店長さんに尋ねてみた。このカフェの謎にも関わるかもしれない重要な質問だ。
「店長さん、普段、忘が使ったカップとか片付けてますよね? その時って、やっぱり記憶が飛んだりはしないんですか? 例えば、忘が帰った直後にカップを下げたりしたら…」
俺の質問に、店長さんは「ああ、そのことかい」と穏やかに頷いた。
「そうだねぇ、忘ちゃんが帰った直後にカップを片付けたりすると…やっぱり、ほんの少しだけ、記憶がぼやけることがあるよ」
「やっぱりそうなんですか!」
「うん。『あれ? さっきまで忘ちゃんとどんな話してたっけな?』って感じでね。顔とか名前とか、来てくれたこと自体は忘れないんだけど、細かい会話の内容とか、その時の彼女の表情とかが、スーッと霞がかかったみたいに思い出せなくなるんだ」
店長さんの具体的な証言は、実験①の結果(1分~3分では影響あり)とも一致する。そして、雑貨屋での出来事(凡太経由でもわずかに影響あり)とも繋がる。
「だから、忘ちゃんが帰った後、すぐにこうやってメモを取るようにしてるんだよ」店長さんは、カウンターの中に置いてある古いノートを再び手に取った。「大切な記憶を、失くしてしまわないようにね。まあ、この店の中だと、外で触るよりは影響が弱いような気もするんだけどねぇ」
やはり、このカフェには何かがあるのだろうか? そして、店長さん自身にも、俺とは違う形での耐性があるのかもしれない。
「店長さん…」忘の瞳が潤んでいる。店長の長年の気遣いに、改めて感謝しているのだろう。
「さあ、どうしてかねぇ」店長は悪戯っぽく笑った。「もしかしたら、この店のコーヒー豆に秘密があるのかもしれないし…あるいは、この店の名前、ポラリス…北極星が、何か不思議な力で守ってくれているのかもしれないねぇ」
店長さんの言葉は、確信をついているのか、それともただの冗談なのか。いずれにせよ、このカフェ「ポラリス」が、俺たちにとって重要な場所になることは間違いなさそうだ。
俺と忘は、顔を見合わせた。忘の能力の謎は、依然として多い。だが、実験を通して、「時間経過」「凡太経由」「場所」という、力の影響を左右する可能性のある要素がいくつか見えてきた。そして何より、心強い協力者との絆と、安全地帯(仮)の存在を確認できた。
(大きな収穫だ…!)
焦らず、一つ一つ検証していくしかない。俺は、残っていたコーヒーを飲み干し、次なるステップへと意識を向けた。…そして、さりげなくスマホのインカメラで自分の額を確認。…うん、後退はしていない! …と思う! 今日はポジティブな発見が多かったからな!
(第十六話 了)
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