表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

不便さに泣く異世界1日目

4枚羽のテンプレートな妖精が目の前に現れた。


「よー!私の勇者!」


そう気さくに声をかけてくる。右手を大きく上げてきたので釣られてこちらも軽く右手を上げて手のひらを向ける。


やっぱり夢なのだろうか。テンプレート妖精過ぎて疑問を感じてしまう。ただ感覚は生々しく。混乱する頭を落ち着かせようとたばこを咥える。


「…反応悪いなー。ちゃんと言葉通じてるよね?」


目を細めて不機嫌そうな表情になる妖精。俺はこうゆう表情をされるのが苦手だ。妖精に向けていた目線を外してた。心臓がぎゅっとなる感覚。焦る気持ちを落ち着かせようと先ほど吸った煙をゆっくり吐く。


「私はこっちだぞー。え?見えてないとかないよね?」


「み、見えてるし聞こえてるよ。」


外した視線の先に現れる妖精。慌てて言葉を返す。気持ちがさらに焦る。この妖精はどうやら陽の者らしい。


妖精だけに。


瞬間、全身の毛穴が広がる感覚。言葉にはしてないが、あまりにも寒い事を考えてしまった。頭の中は大混乱だ。たばこを持つ手が震える。それでもどうにか落ち着こうとさらにたばこを咥えて大きく煙を吸い込んだ。


「そう?まーいいか。聞こえてるなら時間もないし、さっさと話すよー!ここは龍の世界ドラクル!君は森の勇者として選ばれましたー!!」


妖精は声高らかに話すと手を叩いて祝福するような素振りを見せる。俺はとにかく今は話を聞こうと目線を妖精に戻して言葉の続きを待った。


「これから君には森の龍フォーレルから〈祝福〉が与えられます。この中から選んでねー。」


妖精はそう言うと大きく手を広げてみせた。手から光が放たれて宙に画面のような長方形の枠が生成される。そしてそこにはいくつもの言葉が表示されていく。


【万力】【韋駄天】【治癒】【堅牢】【超聴】【反射】【遠視】【】【】【】


ずらりと並んだそれを順に見ていく。これはゲームみたいだなと思った。一つ一つの意味を考えるとわくわくする。夢中になって最後まで目を通してみるが、火や水などの表記がない。ここにあるのは身体強化的な文字ばかりだ。次のページがあるのかもと画面の端まで確認するが、矢印みたいな表記はない。


「火とか水とか魔法が使えるみたいなのってないの?」


「火なら火の龍。水なら水の龍だからね。フォーレルは森の龍。力は成長。だからここにあるだけだよ。」


妖精は力むような、苦しそうに顔を下に向けながら言葉を返してきた。この画面表示みたいなのは大変なのだろうか。とりあえず疑問は解決したので改めて画面へと視界を戻した。


【万力】はたぶん力持ちとかだろう。【韋駄天】は足が速いとかか。そう考えると不思議な気持ちになる。異世界っぽいが言葉は同じなんだろうか。それともこの妖精が意味が伝わるよう変換してくれてるのだろうか。〈祝福〉を眺めながらそんな事を考えているとたばこが吸いたくなったのでまた一本取り出して火をつける。箱を戻す時に残りの本数が目に入る。昨日の夜は寝付けなかったから減りが早い。もう半分も残っていなかった。一応まだ新箱が胸ポケットにあるけど。


そこではっとして妖精に視線を戻す。


「ここってたばこはある?」


たばこだけでは伝わらないかもと思って箱を取り出して指差して目の前に突き出した。妖精は少し顔あげるとちらりとたばこを見てまた俯いた。


「それは君の世界の物でしょ。こっちにはないよ。」


軽く血の気が引くような感覚。たばこがないとかほんと無理だった。さらに質問を続ける。


「似たような物もないの?テンプレ妖精とかこの画面とか。俺が知ってるものがあるならたばこもあるよね?」


「んーわかんないよー。それって草を燃やしてるんだよね?その辺の草でも燃やせばいいじゃん!てかこれつらいのー!早く選んでー!」


「いや、これはその辺の草でも良くなくて。詳しい事はわかんないけどニコチンとかタールとかある草じゃないといけなくて。」


「にこちん?たーる?あーじゃああれだ!その草の事がわかればいい?それじゃあ君に〈祝福〉を与えます」


「え?!いや!それはちょっとまっ」


光の画面が光量を増す。そしてそれは大きな光の玉になると俺に向かってきた。反射的に腕を上げると頭を抱えるように身体を丸めて目を閉じた。


衝撃はなかった。代わりに身体には暖かさのようなものを感じた。俺はゆっくりと目を開けると身体がうっすら発光している。不思議に思った俺は右手を見たり、左手を見たりと。まじまじとそれを眺めていた。


〈祝福〉【情報共有】


頭に浮かぶ文字。【情報共有】なんてさっきあったっけ?


「はー疲れた。じゃあ頑張ってねー。ばいばーい。」


もう興味ないとばかりに適当にこちらへ手を振る妖精。身体の線がぼやけていく。


「ちょ、まっ………て。」


言葉を言い切る前に、妖精は砂のような粒子となって姿を消してしまっていた。


辺りを見渡す。前も後ろも横も大きな木。上を見れば綺麗な空。大自然。ちゃんと旅行としてきているなら写真でも撮りたくなるようないい景色。


けれど俺は旅行者じゃない。身体のポッケを探る。何もない。携帯も財布も。持ち物はいつも入れっぱなしの家の鍵とたばこ。


さっき火をつけたたばこの続きを吸う。


お腹が空いた。牛丼食べいきたいな。ファミレスでドリンクバーとポテト食べたい。そういえば最近有名な中華チェーン店行ってなかったな。頭の中に浮かんでくる食事候補。けれどそれはここにはない。


「コンビニって便利だったんだなあ。」


今日はそこから動く気にもなれず。日が落ちるまで呆然としてしまった。そして夜になる頃には辺りは真っ暗闇になり。恐怖で身体を震わせる。


実家に寄生して暮らしていた頃はあれが嫌だ、これが嫌だと不満があった。もっと広い家であれとか。けれど今はあの不満だらけの家が天国だったのだと思い知る。


「…帰りたい。」


遠くから遠吠えのような声が聞こえる。ぎしぎしと何が重い物が擦れる音が聞こえる。それらが聞こえるたびに周りを見渡して身体を震わせる。


異世界1日目。憧れていた異世界はあまりにも想像とは違っていて。昨日までがどれだけ自分が恵まれていて幸せだったのかと。自身の価値観が180度変わるほどに最悪のスタートになった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ