ミライノラジヲ
数週間前、2022ホラーのお題が<ラジオ>と知って、どうしようかと思っていた時に、世にも奇妙な物語を見ていて、そんな感じにしようかと思って作ってみました。ホラーというよりは、ショートショートのような感じになってしまいましたが、お楽しみいただけたら幸いです。
その日、僕は思いがけない収入があったので、昔の友達と飲みに来ていた。
深夜の繁華街を酔ってふらふらと歩いていると、路上で怪しげな雑貨を打っているオヤジがいた。昭和の時代にヒッピーなる文化があったと聞くが、そんな感じの風体で、怪しさ満載のオヤジである。何も買う気は無かったものの、酔った勢いと言うか冷やかしで声をかけてみると、親父は愛想のいい素振りでこう言った。
「ほらほら、お買い得品、いっぱいあるよ。これなんかどうだい、金運がベリーグーに上がるしゃちほこのキーホルダー。」
どう見てもカプセルトイのオモチャにしか見えないキーホルダーを誇らしげに見せて来る。
「でぇー、こんなので金運上がるの?」
「上がる上がる。信じる者は救われるヨ~。」
「俺たち、カネはいらないからなあー。」
などと、体よくお断りする。
「だったら、だったら、これなんかどうヨ? このトランジスタラジオ。こいつは優れモノだよ。デジタルの時計までついてる。」
スマホで、動画が見られる時代に、古ぼけたラジオなんか売ってるのかと驚いたけれど、な
んか昭和の香りのする雰囲気にちょっと心惹かれた。四角形の箱型の真っ赤なラジオは古ぼけても見えるけれど、新品のようにも見える。このオヤジが丹精込めて磨いたようには見えないけれど、なぜか気になった。
酔っていたこともあり、親父がしつこくなってきたので、僕はそのトランジスタラジオを買うことにした。たったのワンコインだったしね。
そして、部屋のどこかに放って寝てしまったのが1年くらい前だろうか・・・
にゃ~ん。
窓の外でトラスケが鳴いていた。
ガラガラガラと軋むサッシを細く開けると、ちょっと顔を突っ込んであたりを見回す赤茶色のトラスケが入ってきた。
トラスケはもちろんノラ猫である。このおんぼろアパートは、もちろんペット禁止だ。もっともペット飼うような御身分でもないし、トラスケをペットだとも思っていない。前に何の気なしに缶詰の残りをやったら、それからちょくちょく来るようになった。時にはちくわだったり、魚肉ソーセージだったりする。トラスケは食う物だけ食うと大抵はすぐに出て行く。まあ・・・時には、汚い部屋だけれど、少しくらいはのんびりしていく事もある。最近、少しくらいは触っても怒らなくなった。
実は僕は働いていない。いや、まったくという訳ではないのだが、生活費を稼ぐためとギャンブルのタネ銭稼ぎにバイトくらいはする。そもそも働くのが嫌である。かといって、引きこもれるような家も親もいない。貧乏は子供の時からだが、今は特に馬の調子が悪すぎて、トラスケの食べ物を恵んでやる余力もない。そろそろバイトをやらねば、タネ銭どころか食費にも事欠きそうである。
トラスケはボクの顔をじっと見て、何ももらえ無さそうだと悟ると、部屋の中を歩き回りだした。僕はスマホでバイトを漁る。実入りが良くて簡単なのは危ないので、地道に安くてすぐに現金になる仕事を探す。危ないバイトに手を出して、規則正しい生活を強制的にさせられるのはごめんなのだ。なかなか手ごろなのが見つからなくて、僕はスマホを本棚の上に乗せ、畳にひっくり返った。
ちょっと眠る。
ちょっと眠るつもりが、だいぶ寝てしまったようだ。目が覚めると既に深夜。部屋の中が暴風でも吹き荒れたように散らかっていた。
(泥棒でも入ったか?)
ふと窓を見ると木製の窓枠が落ちて、ガラスが粉々になっていた。外ではサイレンが鳴り響いており、深夜だと言うのに人のざわめきが聞こえる。ここまでくると、さすがの僕も大きな地震があったんだろうなくらいは判ってきた。寝る前に部屋の中にいたトラスケはもういないし・・・ところでスマホは?
地震のニュースでも見ようと思ったのだが、ボクのスマホは本棚の下敷きになり、既に死んでいた。当たり所が悪かったのか、少しへの字になって、ガラス一面にひび割れが入っている。
「かーっ、マジかよ~。」
泣きっ面に・・・なんだっけ? とにかく、そんな気分だ。
しゃがみこんで、さあどうしようかと考えるが、何も思いつかない。たっぷり眠ったので、眠くもない。ふと腹が減ったことに気づいたが、食べ物はほとんどない。カップ麵はあるが、お湯が無いし。
(まあ、齧って食えるか。)
僕は荒れ果てた部屋の中を、カップ麺を探し出すべく冒険に出た。そして脱ぎ散らかされたボクの服の山の中からカップ麺を探し当てた時、そばにある赤いケースのような物が目についた。
「なんだっけ、これ?」
それは真っ赤なトランジスタラジオだった。
どこで買ったのか、それも思い出せない。とにかく新品のラジオのようだ。僕はカップ麺の中身をボリボリと齧りながら、ラジオの電源を入れてみる。・・・・・・・・反応は無い。電池の蓋を開けてみると、当然のように空であった。
「電池が無きゃ駄目だよな。」
地震の事も多少は気になるが、電池を探す冒険に出る気は既に無い。そもそも電池がこの部屋にあるのか? それはそうと、少し散らかってない所に行こう。窓際はガラスが散乱してるから、そっちはダメだな。台所へでも行くか、それともトイレか?
案の定、トイレが一番落ち着きそうだった。ちょっともよおしてきたので、生理現象の排泄を行って水を流す。
え?
どうも断水してるらしい。失敗した。今のは流れたが、次は無い! どうせなら大きいのもしておくべきだった。しかも、そう考え始めると、なんか大きいのも来そうな感じだ。ここも安住の地ではなくなった。
その時、余震なのか、少しばかり大きい揺れが来た。
「やべ、今のはけっこうデカかった。」
僕はトイレのドアノブに手をかけた。・・・開かない。何度かガチャガチャ押したり引いたりしてみたが、トイレのドアはビクともしなかった。
「ウソだろぅ~。」
よく見ると、トイレのドアの枠がやや平行四辺形に歪んでいる。
ここは木造のおんぼろアパートだ。耐震建築なんかじゃなかろうし、このまま今のみたいな余震が来たら、次はアパートが全壊するかもしれない。ここは1階だから、下が押しつぶされる危険性は十分ある。トイレは狭いから潰れる事は少ないと、なにかの本で、いや、ネットだったか、もうなんでもいいけど読んだような気がする。
待てよ。けど、このままで助けが来なかったら、僕はどうなるのだ?
何日間もここで暮らす羽目になるのか?
ひもじい思いをして、便器の汚水をすすって生き延びました~ってな感じで週刊誌に載るのか?
それとも、このままここで死んでしまうのか? 有名な心霊スポットになって、「便器に座ったままの霊が見えます。」なんて霊能力者がテレビで言うのか?
ヤバいぞ、ヤバいぞ。妄想が全開で走り回っている。これって死ぬ間際の兆候じゃなかったっけ? こんなとき、ドラえ・・・・。
再び大きな地震が来た。
僕は迷惑を顧みず、大声で絶叫した。
「助けてぇえええ!!」
ギィイイ・・・とトイレのドアが開いた。今ので歪みが戻ったらしい。とにかく、一刻も早くここから出て、避難所に逃げ込まなければ!
ちなみに避難所がどこかは知らない。スマホで検索すれば・・・壊れていたのを思い出した。
「痛てぇ!」
何か踏んだ。見ると、100円ショップで買った電池のパッケージである。どうしてこうも部屋の中に(不要な)いろんなものがあるんだろう。
不要な? そういえばラジオがあったんだ。僕は電池を拾って、ラジオを拾って、電池を入れた。
電源を入れる。
鳴らない。
なぜだ?
あのクソおやじ、壊れたラジオを売りつけやがった! ふと、買った時の事を思い出した。
そんでもって、あちこちいじる。ボリュームのつまみが最低になっていた。ザーーーーっと雑音が流れる。
「すると、こいつがチューナーかな?」
いじっていると、液晶表示画面に『時間を合わせてください』と出た。
「今日って何日だっけ? 時間は、えーと。」
よく考えれば、どうでもよかったのだが・・・。
聞いたことのない音楽が流れて来た。
(誰だ、これ? 新人か?)
これでも音楽は結構好きだ。知らない楽曲はほとんどない。(暇がありすぎるからだが。)特に流行は外さない自信があった。
「とにかくニュースだ、ニュース。」
これだけの規模の地震だ。どの局でも、地震のニュースをやっているはずだ。どの局でも「今すぐ逃げてください。命を守る行動をとってください!」とがなっているに違いない。
なのにである。
どの局を聞いても、そんな報道はされていない。
「なんでだ?」
「おーい! 誰かいるのか!?」
部屋の外から大声で叫ぶ人の声が聞こえた。僕は手近にあった週刊誌を並べながら窓に近づいた。
「います。何ですか?」
この時の返事は我ながら情けなかった。でも、助けてーと言うほど切迫していなかったのも事実だ。
「バカヤロー! 早く部屋から出てこい! 崩れるぞ!!」
見知った顔だと思ったら、隣の部屋に住んでいる中年のオヤジだ。この後で、初めてこのオヤジの名前が中本さんだと知ったのだけれど。
「は。はい。」
僕は割れたガラスを避けながら、窓をこじ開け外に出た。表に出てアパートを振り返ると、既に僕の部屋の反対側がつぶれ、斜めに傾いていた。
(ま・・・マジですかぁ・・・。)
「大丈夫か? 血だらけじゃないか?」
「え?」
その時の僕は、体中に怪我をしていたらしく、全身血まみれの状態だったらしい。言われて初めて、体中が痛い事に気が付いた。そして、突然、意識が朦朧としてその場に倒れたらしい。
「どうだ。大丈夫か?」
「ええ。まあ。でもどうして中本さんが?」
お見舞いなんかに来てくれるんですか? と思った僕は、病院のベットの上である。
「まあ、その。なりゆきだしな。俺も住むとこ無くしちまったしな。」
聞けば、今は避難所で暮らしているらしい。中本さんはやもめ暮らしで、さる外食チェーン店の
雇われ店長をしているらしい。今はそっちも休業中との事で、ほとんど暇らしい。
「あのう・・。」
「なんだ?」
「町はどうなっちゃったんですか? 僕、地震の時は寝ていたんで、よく分からなかったんですよ。」
「そうだなあ・・。とにかく規模はデカかったが、それほど被害が出た訳じゃなかったみたいだ。神戸の時や東北の時ほどじゃない。だからお前は運が良かったんだ。すぐに病院に運べたしな。」
運が良かったのだろうか? ここの支払いはどうするんだろう?
「そうそう、倒れる前に、お前が持ってたラジオだ。あの後、救急車が来たとき、アパートは潰れちまったからなあ。多分お前さんの財産はこれだけだろうな。ま、俺もこの服とスマホだけになっちまったけどよ。」
そういうと、中本さんは赤いラジオを枕元に置くと、「まあ、気を落とすなよ。生きてりゃ、そのうちいいこともあらぁーな。」と豪快に笑って病室を出て行った。
・・・・・とにかく、あれこれ考えるのは無しにしよう。僕は天井をじっと眺めていた。狭い病室ではあるが、なぜか個室だし。
ふとラジオの液晶画面を見ると日にちがズレていた。正確には1年後の昨日だった。何気なくラジオの電源を入れる。個室だけれど、音量は小さくね。
<・・・○×地震があってから1年が経過したわけですが、人々の防災意識はどのように変化したでしょう。街頭インタビューで聞いてみました…>
何か違和感を感じた。1年前の地震? 昨日の話だろ?
何気なく病室にかかっているカレンダーを見る。やはり地震があったのは昨日の事だ。
チューナーをいじって、他の局を聞いてみても、昨日の地震に関する話はどこもやっていない。けっこう大きな地震だったハズなのに、僕は1年間も寝ていたのか?
(一応、時計を戻しておくか)
ラジオについた時計を現在の時間に戻すと、ラジオのニュースで地震の事を流しているのがやっと聞けた。
(やっと?)
僕はふと、日付を変えず、前の日の深夜に時間を合わせる。
ただただ、雑音だけが聞こえてくる。
(ひょっとして、この時計が関係あるのか?)
半年後に合わせると、季節外れの音楽が流れ、ⅮJも季節外れの言動をしている。
(まさか、これって・・・?)
僕の口元が少しだけ上に吊り上がって行くのを感じた。
1年後・・。
僕の手元には赤いラジオがある。
ただ、ボクの生活に大きな変化はなかった。相変わらず貧乏だし、友達も少ない。
たしかに未来のラジオの放送だけを受信するラジオを持っていれば、いろんなことに応用が利くだろう。大金持ちになるのも、預言者になるのも、新興宗教でも興して人々の尊崇を集めることも出来るかもしれない。あるいは事件や事故を未然に防ぐスーパーヒーローになるのも夢ではないだろう。
でも、僕はそのどれも選ばなかった。
どれも面倒そうで僕にはとうていやれそうもなかった。大金持ちになるのはちょっと心が動いたのだけれど、競馬で大金を掴んで帰る途中に襲われた苦い経験が諦めさせた。スーパーヒーローにもなって見たかったが、事件や事故は防ごうと思っても事件や事故は起こるべくして起こった。ただ報道の内容が少しばかり変わるだけで、そのうち警察に目を付けられたりすることになって、やっぱりこれも諦めた。
今はちょっとだけ競馬で稼いで、あちこちに飛び回って気楽に暮らしている。その土地その土地のラジオの放送を聞きながらの暮らしは、けっこう性に合っていたのかもしれない。
未来の事は誰もが知りたい。特に自分の事が。でもラジオから流れるのは世界の出来事である。それを起こる前から知りうることで、僕は次第に世間から隔絶していく自分を自覚してゆくことになる。そう、僕は部屋の中でなく、自由に飛び回りながら自分の世界に引きこもるようになって行ったのだ。
そして僕は、あのアパートのあった町に帰ってきていた。深夜の公園で、未来のラジオを聞く。1年後か半年後か、きっと流行るであろう音楽を聴く。
そう言えば、10年後や100年後はどうなっているのだろうとラジオの時計を合わせてみたことがあった。だが100年後はおろか、10年後の放送ですら放送されていなかった。ラジオ放送そのものが無くなって行ったのかもしれない。あるいは2年後か3年後かくらいまでしか受信できないのかもしれない。
ふと、興味がわいて、いったいいつ放送が無くなるのだろうと時間を詰めていく作業を始めてみた。1年・・・2年後・・・戻る・・。そんな作業だ。そしてそれは割と早く判明した。
<・・・先ほど○×国が、大陸間弾道ミサイルを発射したと言う緊急連絡が入りました。皆さんは落ち着いて、建物の影や地下に避難してください! 繰り返します・・・>
そのニュースは突然途切れた。
そして、その先は、どの局も雑音しかはいらなくなっていた。
ベンチに寝そべっていた僕が突然起き上がると、足元で何かが動いた。微かな灯りの中にあのトラスケがいた。
僕はトラスケに手を伸ばし、そっと頭を撫でた。
安倍元総理の殺害事件があった。もし、
このラジオがあったら、皆さんはどうしました?