04 第一章 第四話
リリシアの突進は、いつもの優雅さを感じさせない苛烈なものだったが、魔族は余裕で受け止めた。
右手の伸ばした爪で細剣を止めた魔族、左手を振り上げた。
「リリシアッ」
マユリの叫びに瞬時に反応して飛び退いたリリシア。
態勢を崩した魔族の額に青白い光点。
人型の敵への攻撃魔法の使用をためらっていたマユリが、容赦無く眉間を打ち抜いたこと、胸が痛い。
勇者候補としての訓練生時代、自身の固有スキル『魔法使い』で覚えたばかりの上級攻撃魔法をこっそり試して、訓練相手に怪我をさせてしまったことが彼女のトラウマになっているのを、俺たちは知っている。
魔族の男は、額を指で拭うと、ニヤリと笑って、消えた。
「ぐぅっ」
マユリの呻き声に目を向けると、魔族が腕一本でマユリを吊り上げている。
「貴様ッ」
先ほどの勢いをはるかに凌駕するリリシアの突進。
俺が出来ることは『盗賊』
魔族の男を『鑑定』したが、ダメだ。
奴のステータス画面は漆黒、
クソッ『盗賊』無しの俺に何が出来るっていうんだ。
過去の戦いの場面が、頭に浮かんだ。
魔族は、マユリをぶん投げやがった。
抱き止めたリリシアごと、吹っ飛ぶ。
魔族の余裕のにやけ面に向かって俺が出来る精一杯のお返し、
俺が全力でぶん投げたのは、
爆発寸前の義手!
黒い爆発が大きく広がり、すぐに縮小して消滅した。
以前襲ってきた暴漢から『盗賊』していた爆発寸前の義手。
俺の『盗賊』が盗めるものは一度にひとつだけ。
始末に困っていたが、暴漢が逮捕連行されてしばらく後にいつの間にやら所有権が俺になっていることに気付いた。
面倒ごとは後回しにする自分の性格に、今はただ感謝。
辺りに静寂が戻ったことを喜ぶ前に、静かすぎるふたりに駆け寄った。
傷はあるし気絶しているが、ふたりとも無事。
ふたりを担いで、屋敷に急ぐ。
もちろん、マユリはおんぶでリリシアはお姫様抱っこ。
こんな形で、自分の成長の証を披露することになるとは。
身体を鍛えておくのって、大事ですよね。
我が家に着くと、様子がおかしい。
「玄関、開いてますっ」
起きてたのかよ、マユリ。
まあ、背中に感じる以前よりも成長した柔らかさを存分に堪能していたので、今は何も言うまい。
「誰か倒れてるぞっ」
起きてたのかよ、リリシア。
身をよじるようにして俺の腕を抜け、屋敷へと駆け出すリリシア。
マユリを下ろして、後を追う俺。
屋敷に入ると、倒れているのはメリルさん!
マユリの『上級回復』で気が付いたメリルさんが、涙を流しながら話す。
「ニエルさんが、さらわれました」
魔族の男にさらわれたニエル。
さらわれたのはついさっきとのこと。
つまり奴は生きていて、あの爆発では倒せなかった。
事件のキーワードは、
『魔族』『結婚式』『花嫁の関係者』
知り合いに、ニエルの親友の魔族さんがいる。
急いで連絡を取らないと。