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ホームレス中年生

作者: URABE


--池袋駅。


私は月に一度、池袋駅から電車に乗って秩父まで出張する。終点が秩父である西武池袋線の乗り場は、池袋駅構内でも少し辺鄙へんぴな場所にあり、有楽町線から西武線への乗り換えはやや不便。

そして最短ルートで西武線乗り場へ行くにはここしかない、という有楽町線の改札があり、必然的にそこを月に一度は通ることとなる。


さらにその都度、思うことがある。


「あのホームレスはなぜ、いつもきれいな格好をしているのだろうか」


お決まりの改札を出た向かいの地面に、落胆した様子で座る中年の男がいる。時には体育座りをしたり、時には大股開きでうなだれていたり、なぜか毎回このような姿勢で座り続けているのだ。

この男はあぐらをかかない。普通、固い地面に長時間座ると腰や尻が痛くなるため、あぐらをかくホームレスが多い。ところが男は毎回、マラソン後のランナーが地面に座り込んで呼吸を整えるかのように、なぜか「達成感」のようなものを醸し出しつつそこに座っているのだ。


(ホームレスのくせに、なにを達成したというのだ)


さらにもう一つ、脱ぎ捨てたスニーカーの上に素足を乗せて座っているのも、なんとなく気になる。

私がこの男の存在に気づいたのは今年の春先。初めて見たときは、


「裸足になっちゃって、朝から酔っぱらってんのかな」


くらいに思っていた。なぜなら「ついさっきまで飲んでいて、帰宅前にひと休みしているところ」という雰囲気で、大した悲壮感もなく座っていたからだ。そしてその時も、スニーカーに素足を乗せて座っていた。


翌月、やはり同じ場所に座っている男を見て、ようやくホームレスなのだと知る。それにしてもやたらと清潔感があり、仮に家庭があれば「いいお父さん」といった人物像が見えるから不思議だ。そしてその時も、裸足でスニーカーを踏んづけていた。


時は過ぎ秋を迎えた今日、果たして男は定位置に座っていた。しかも驚くことにスニーカーがおニューになっている。先月までどのような靴を履いていたのかは覚えてないが、今日のそれは真っ白に輝き目立っている。

そして衣服も、秋らしい装いに衣替えを完了させていた。私ですらまだなのに。


おでこに手を当て、その手を膝で支えながら、やっぱり素足でスニーカーを踏んだままうつむく中年ホームレス。

池袋駅構内のホームレスは、基本、全身チャコールグレーで統一されている。髪の毛からつま先まで見事に同じ色で塗り固められており、言われなくてもホームレスだとわかる。


それなのに、この男だけは一見ホームレスに見えない何かがある。一体なんなんだ--。




俺は今年の春、20年勤めた外資系企業をクビになった。妻と子どもに愛想をつかされ、再就職もうまくいかず、だったら堕ちるとこまで堕ちてやろうとホームレスになった。

どことなくエリート臭がただよう俺にはホームレス仲間がいない。この辺りの先輩たちはガチのホームレスで、俺のような若輩者が真似をできるレベルではない。どうしたらあそこまで振り切れるのか、いつか尋ねてみたいものだ。


しかし、ホームレスを選んだシーズンが良かった。夏の暑さはこの地下道で回避できるし、第二・第四土曜日には近くの公園で衣服や食料がもらえる。


この間など、炊き出しのついでにマッサージをしてもらった。仕事をしていた当時マッサージなど行ったこともなかったのに、なんの皮肉か、ホームレスになった途端にこんな福利厚生を受けられるとは複雑な心境だ。


そして元来、潔癖症の俺は週に一度は風呂に入る。普段は公園でパッと水浴びをし、顔や髪の毛を洗って清潔を保つが、週に一度は銭湯でゆっくりと疲れを癒している。なんと、銭湯の回数券をボランティアの人がくれるのだから、いつまでたっても「小汚い底辺ホームレス」にはなれっこない。


しかし唯一の残念なことといえば、足のデカい俺が履ける靴がないことだ。サイズ30センチの靴はなかなか寄付されないらしく、せっかくもらった28.5センチのこの靴も、かかとを踏みつぶさなければ履けない。

とはいえ、一昨日の配給でもらった新品のロンティーにネルシャツ、そしてリーバイスのデニムはかなり気に入っている。靴がキツイことなど我慢しなければバチが当たるだろう。


--あぁ、どうして神は、俺を堕ちるところまで堕としてくれないのだ。毎日こうして悩み苦しんでいるというのに。


はたまた人としてのポテンシャルの高さ、いやプライドのせいなのだろうか?どうしても諸先輩方のような「ガチモード」にはなれない。


あぁ、俺はこれからもこうして中途半端なホームレスとして生きていくのだろうか。



(完)


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