ヘデラの過去
これはエルフの里の首長ヘデラがまだ幼い頃、もう700年以上も前のことです。
エルフの里では子供の頃から戦闘訓練をするという習慣があり、ヘデラも物心ついた頃から訓練を受けていました。
ヘデラは首長の子として産まれましたが、力が弱く一緒に訓練を受ける周りの子供達から、よくからかわれていました。
「あいつ、弱すぎない?」
「本当に首長の子供か?」
「あいつより俺の方が強いぞ」
「あいつ倒したら次の首長に、俺なれるかな?」
などといつも陰口を叩かれ皆が帰った後も家にすぐには帰らずヘデラは1人、里の隅でよく佇んでいました。
「どうしたの?1人?」
「えっ?」
そんな1人でいたヘデラに、声をかけてくれたエルフの少女がいました。
その少女はヘデラよりも年上で、人間で言うと18歳くらいの里の中でもかなりの美少女でした。
「お名前は?」
「ヘデラ…」
「ヘデラ、あぁ首長さんのところの子ね」
「うん…」
「もうすぐ日が暮れちゃうけど、まだ帰らないの?」
「そろそろ帰ろうと思ってた…」
「そっか、じゃあ送ってってあげる。一緒に帰ろう?」
「うん」
そういうと少女はヘデラへ手を差し伸べ、ヘデラはその手を取り一緒に家へ向けて歩き出しました。
家につくまでの間その少女は何も言わず何も聞かず、ただ手をつないだまま時々ヘデラの顔を見ると微笑みかけながらヘデラを家まで送りました。
「途中で会ったので一緒に帰ってきました」
そうヘデラの母に少女は話すとすぐに帰って行きました。
そして次の日も、その少女は1人でいたヘデラに話かけました。
「また会ったね」
ヘデラは勇気を出して、その少女に名前を聞いてみました。
「私は、ラリアよ」
そしてまた手を繋ぎ、何も話さず何も聞かず家までラリアは送ってくれました。
ヘデラはその何も話さない時間がとても心地よく、それはラリアの温かさなんだと子供ながらに感じました。
そんなことが何回か続き、2人を通して家族同士も少しずつ仲良くなっていきました。
「あのラリアって子の家、なんだか大変みたいよ」
ある日の夜更け、大人達が家のリビングでそんな噂をしているのを、ヘデラは聞いてしまいました。
「ラリアのお父さん、普段は温厚で優しいけれど、お酒を飲むと暴れて大変で手がつけられないんですって」
ヘデラは少しだけ開いていたリビングの扉からそれを聞いてしまい、すぐに家の庭に出ました。
『強くなって俺がラリアを守る!いつも1人でいた俺に何も聞かなかったのは、もしかしたら自分のことを聞かれたくなかったからかもしれない。なら今度は、俺がラリアにあの温かさを教える!』
ヘデラはラリアに恋をしていました。
そんなヘデラを見守るように庭になった立派なオレンジの木の実が風に揺れ、いい香りを放っていました。
次の日からヘデラは家に帰っても剣の素振りをしたりと、自分に誓った通りに強くなろうと毎日頑張りました。
この時はこんな当たり前な日々がずっと続いて行くんだろうと、ヘデラは思っていました。
ですがそんなある日、急にラリアがヘデラの家を訪ねてきたのです。
「森に薬草を取りに行ったら見つけたの、助けてあげてください!」
なんとラリアは怪我を負った人間の男を家に連れてきました。
ヘデラの家は親が首長ということもあり他の家よりも大きく部屋数もあるので、自分の家へ連れて帰るよりもちゃんとした治療が出来ると思ったのでしょう。
男の怪我はだいぶ深く、すぐに手当が必要でした。
ヘデラの両親は快くラリアの連れてきた人間の男を受け入れ、手当をしました。
ヘデラはこの日なにか分からない胸騒ぎを覚えました。
そしてこの日からラリアは毎日ヘデラの家を訪れ、自分が連れてきた以上責任があると考え人間の男の世話をしました。
そしてそんな日々が続いたある日、男は少しだけ開いていたドアの前を通ったヘデラに声をかけてきました。
「君、エルフの子供の君」
「僕ですか?」
「そうそう」
ヘデラは知らない人間の男にあまり関わりたくないと思っていましたが、呼び止められ仕方なく部屋に入り男の寝ていたベッドの側に行きました。
「いつも世話をしてくれる綺麗なエルフの娘は今日も来るのかい?」
「さぁ…?来るんじゃないですか?」
「そうか、突然話しかけて悪かった」
「いえ、別に」
「あの娘の名はなんと言うんだい?」
「ラリアですが」
「そうかラリアか、いい名だ」
「もういいですか?」
「あぁ話しかけて、すまなかった」
話が終わるとヘデラはすぐに自分の部屋へと戻りました。
『あいつラリアを気に入ってる。そりゃラリアは綺麗だし優しいし気持ちは分かるけど…。まっ、ラリアが人間を相手にするなんてことはないか』
そんなふうにヘデラは思っていましたが、ラリアと人間の男は怪我が徐々に治っていくにつれ、とても親しくなっていきました。
そして怪我が治りヘデラの父が男に馬を貸し、ダニエル(※人間の男の名前)が里を出る日が来ました。
「ラリア、必ずまた会いに来るよ」
「えぇ待ってるわ、ダニエル」
2人は名残り惜しそうに見つめ合い、ダニエルは馬へ跨り里を出ましたが、何度も何度も振り返りラリアに手を振っていました。
その夜、眠れない夜を過ごしていたへデラは庭で剣の素振りをしていました。
『ラリア!何であんなに悲しそうな顔してたんだよ!そんなにアイツがいいのかよ!相手は人間だぞ!』
そしてもう1人眠れない夜を過ごすラリア
「ダニエル…」
2人は星明かり下、それぞれの思いを馳せていました。
そして何事もなく時は経っていき、ヘデラもダニエルのことを忘れかけていた頃ダニエルがまた里に現れたのです。
「ラリア、君を迎えに来たよ。やっと親を説得したんだ」
ダニエルはヘイデン王国のブレット伯爵家の子息でした。
それから本当にあっという間に、ラリアは伯爵家に嫁いで行ってしまいました。
そしてラリアは嫁いでからも、ヘデラに何度も手紙をくれ近況報告をしてくれました。
もちろんラリアは親にも手紙を書いていて、ヘデラと自分の両親への手紙を2通持ったラリアの使者が里へ現れ手紙を渡してくれました。
そのときに事前に書いていた自分の手紙を使者に渡し、ラリアへ届けてもらっていました。
そんなこんなでラリアは2人の子が出来、とても幸せだと手紙には書いてありました。
ヘデラはそれを読み、とても複雑な心境でしたがラリアが幸せならと諦めようとしました。ですがヘデラは思いました。
『いや待てよ。人間の寿命なんてどうせ数十年、ダニエルが亡くなったらラリアは里に帰ってくるんじゃないか?ラリアは優しいから両親がいるこの里に戻ってくるに違いない。そしたら俺にもまだチャンスはある…!子供2人くらい俺が何とかしてやる!』
ヘデラはそんなことを考え始めていました。
ですがそんなある日、ラリアからの手紙が届きさっそくヘデラは読んでみました。
そこにはラリア自身が流行り病にかかり、もう長くはないだろうと書いてありました。
そしてその手紙以降、ラリアからの手紙が里へ届くことはありませんでした。
ヘデラはそれでもラリアからの使者がくると信じ、手紙を書き続けました。
『俺がダニエルが亡くなったらなんて事を考えたから、きっと罰があったんだ(悲)俺のせいだ…、俺の…』
ヘデラはラリアの死を受け止めきれずに自分を責め続け、塞ぎ込んでしまいました。
エルフは長寿、それゆえ思いの強さも深いのです。
そして300年が経ち、ようやくラリアへの思いが薄れた頃、ヘデラは里の娘と結婚し子を2人さずかりました。
その後ヘデラの両親は安心したかのように相次いで他界し、ヘデラが首長になりました。
ヘデラ自身も訓練を続け首長として立派になっていきました。
もう塞ぎ込んでなどいられません。
ですがそんなある日、事件は起こってしまいました。
ヘデラの妻が里を抜け森へ薬草を取りに行くと、人間の男のハンター2人に遭遇しました。
ハンター2人は初めて見る美しいエルフに見惚れ、そして何と自分達の欲望を満たそうと襲いかかってきたのです。
エルフは皆それなりに戦闘訓練を受けているので、簡単にやられることはありません。
しかし相手は手慣れたハンター2人、ヘデラの妻はその場から逃げるだけで精一杯でした。
なんとか逃げ切り里へたどり着きましたが、抵抗した時に付けられた傷がかなりの深手を負っていました。
すぐに治療しましたが傷が深く、その後数日でヘデラの妻は帰らぬ人となりました。
ヘデラは2人のまだ幼い子を残され、妻に先立たれてしまいました。
それは皮肉にもラリアの愛した人間の夫、ダニエルと同じでした。
その後ヘデラは悲しみのあまり「人間はエルフの女を襲う、関わってはいけない」と里の皆に伝えエルフの里は鎖国しました。
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そして時を戻しオリーブの産まれる数ヶ月前に戻ります。
ヘデラは1人、星空を見上げていました。
『妻よ、ラリアよ。ワシも後数十年でそちらへ行くじゃろう。じゃがこの世界を何か良くないものが狙っておる、そんな気がするのじゃ。このままでは死んでも死にきれん。
どうか平和を司る女神エイレーネよ、この世界を救う希望となるものを、どうか…』
そして天界には、ヘデラの思いを聞いた女神エイレーネがいました。
『その願い確かに聞き届けました。
さすがエルフの首長です、伊達に長く生きてはいませんね。えぇ、確かにこの世界を狙っているものが少しずつですが近づいています。ではさっそくこの世界を救う希望となるものを…』
すると女神の前に4つの珠が現れ、流れ星となり世界へとそれぞれ落ちていきました。
「精霊王たちよ、ここへ」
すことそこへ見た目も大きさもバラバラな精霊王6人が、女神の声を聞き後に現れました。
女神はすぐに振り返り精霊王達に話しかけました。
「今この世界の希望となるものを放ちました。あなた方は希望となる者が世界を救えるよう手助けをして下さい。そして来たるべき日に備え共に戦って下さい。」
「はっ!」(※精霊王6人合わせて)
精霊王達は先程の流れ星を追うかのように、世界へと落ちて行きました。
その頃まだ星空を見ていたヘデラは、一際綺麗な流れ星が落ちていくのを家の庭に出て見ていました。
「ずいぶん綺麗な流れ星じゃ。どうやらヘイデンの王都の方へ落ちたようじゃな。何かが起こりそうじゃの。ほっほ」
そんなヘデラにロニセラが話し掛けました。
「爺ちゃん、早く部屋ん中入れよ。いつまでもブツブツ言ってんじゃねぇ。風邪ひくぞ」
「分かった分かった。ロニセラは優しいのう」
「あっ?」
そして既に眠りについていたオリーブの母、ナディアは夢を見ていました。
それは可愛らしい女の子が、魔法で撫子の花を作り「母様の花だよ」と言って自分へ渡してくれるとても素敵で温かい夢でした。
ナディアは目を覚ますとベッドの上に身体を起こしました。
「今の女の子、まさかこの子?」
ナディアは少しだけ膨らんだ自身のお腹をさすりながら、隣で寝ていたカーティスを起こさないよう横になりまた眠りへとつきました。
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『先が分かっていても神自らの行いは禁忌。この世界の人々の強い願いでしか救うことは出来ない。はがゆいものです』