オリーブの木の下で
「初めまして皆様、私は『平和』を司る女神エイレーネです。この長い物語のナレーションを務めさせていただくことになりました。これから皆様の頭の中に直接語りかけてまいりますので、どうぞよろしくお願い致します。
それではさっそくですが、これから皆様を『ルチア』へご案内いたしましょう。
ルチアと言うのは、皆様がいる地球から遠く遠くとっても遠く離れた、恐らく何万年の時が経ち文明が発展しても、地球の皆様には到達出来ないくらい遠い場所にある星、ルチア。
そこは地球とよく似た星で、空気があり海があり緑があり、そして昼と夜や暦に季節もあるとても豊かな星に人々は暮らしていました。
そしてそこには、魔法がありました。」
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寒かった冬が終わり少しずつ暖かくなってきた頃、庭にある沢山の蕾をつけたオリーブの木を2人は並んで見上げていました。
「ねぇカーティス、この子の名前オリーブがいいと思うの」
「オリーブ?女の子の名前だね。男の子が産まれたらどうするんだい?」
「いいえ、この子は女の子よ。とっても可愛い女の子。私には分かるの」
「そうかい?君がいいなら、好きにしたらいいよ」
2人がそんな会話をしてから数週間後、オリーブの小さな花が咲き誇っている頃、ナディアの言った通りそれはそれはとても可愛らしい女の子が産まれました。名前はもちろん『オリーブ』。
オリーブが産まれた場所は『ヘイデン王国、ゼラファーガ家』が治める国です。
ここは緑豊かな場所で風の精霊王シルフが住むといわれ、風属性の魔法を得意とするものが多くいる国です。
オリーブは国王の弟カーティスの娘としてこの世に産まれました。つまりは王女です。
オリーブも風属性の魔法だと思うでしょうが、この子はこの物語の主人公もちろん並の魔法ではないのです。
オリーブはすくすくと育ち少しずつ歩くまでになりました。
オリーブの母ナディアは最近かわいい我が子が、何か見えないものを追いかけたり掴もうとしたりする仕草を目にするようになり、とても不思議な気持ちなっていましたが成長し大きくなれば直るだろうと思い、あまり深くは考えないようにしていました。
そうオリーブには実は精霊が見えていて、それを掴まえようとしていたのです。
オリーブがまだ産まれて間もない頃、1人の精霊が現れオリーブを依り代にしました。
精霊は依り代にした人間にしか見えないため、周りの人々には何も見えていなかったのです。
この精霊は『森の精霊女王フォーレ』で、オリーブに緑の魔法をもたらしました。
緑の魔法はその名の通り草や木や花を使う魔法で、それはとても珍しい魔法でした。
ある日突然オリーブの回りに花が現れ、見たこともないその魔法に両親はとても驚きましたが、きっと選ばれた子でいつかその意味が分かるだろうと信じました。
何故すぐに信じたかというと、実はオリーブの父カーティスは火属性の魔法だからなのです。
ヘイデンは風属性の魔法の者が多くいる国で、もちろんカーティスの両親そして現王の兄も風属性です。
しかし、カーティスだけが火属性だったため「なぜアイツの魔法は風じゃないんだ?」と周りから疎まれ苦労した過去があり、そのため娘が緑の魔法だったことに驚きはありましたが、すぐに受け入れました。
のちに成長したオリーブから森の精霊女王フォーレが側にいると、両親は聞かされました。
森の妖精女王フォーレはオリーブの側に常に存在し会話も出来、オリーブを加護しています。
オリーブは産まれた時からフォーレが側にいた為なのか、かなり大人びた子に成長しました。
そしてオリーブがまもなく3歳になる頃、会話も徐々に出来るようになってきたので、ヘイデン王国の宰相を務める侯爵家の『ヒューストン=ジェへロス』が息子の『カイン』を連れ、オリーブの父カーティスのもとにやってきました。
2人は学生の頃からの知り合いで、とても仲がいいのです。
カインとオリーブが同い年ということもあり同年代の子供同士、仲良くなるのではと親たちは考えたようです。
「こんにちはカイン。私はオリーブよ」
「こんにちは…」
オリーブは父に連れられ城へやってきたカインにさっそく話しかけましたが、どうやらカインは少し人見知りだったようです。
ですがそんなことはお構いなしに、オリーブはカインの手を取りお城の中庭へと連れて行きました。
「ここが私の大好きな場所よ。カイン、花は好き?」
「僕は良く分からない…」
「私はね、特にチューリップが好きなの」
「ふ〜ん、僕は本を読むのが好きなんだ」
「本が好きなの?」
「うん。沢山いろんなことを学べるからね」
「へぇ、私はそういうことより、体を動かす事の方が好きだわ」
「体を動かす事も、大事なことだよ」
「そうだ!今度来る時は、カインの好きな本を持ってきて?」
「いいけど、どうして?」
「ここで読んだらきっと気持ちいいと思うの!」
「確かに、気持ちいいかもしれない」
「でしょ?私も一緒に本を読むわ。それからアイリに頼んで、お菓子も用意してもらうの!」
「アイリ?」
「アイリは私の世話をしてくれる人よ。とっても料理が上手なの。特にお菓子がね」
どこか大人びた2人の子供は、噛み合っているような噛み合っていないような、微妙な会話をしていました。
そんな2人を優しく見つめるように、中庭に咲いたピンクのチューリップの花が、ユラユラと風になびいていました。
ある日、オリーブは父カーティスに呼び出され城の訓練場にいました。
そこにはヘイデン王国の王ポールの息子『ウィリアム』の姿もありました。
ウィリアムはオリーブよりも3つ年上で、オリーブは兄様と呼びとても慕っていたのです。
ウィリアムも実の妹のようにオリーブをとても可愛がっていました。
「父様、ここで今日は何をするの?」
「オリーブ、お前は今日から剣術の練習をするんだ」
「剣術?」
「そうだ。王族だからと言って常に守ってもらえるとは限らない。いざという時の為に、自分の身を守れる術を身に付けておくのだ。それにオリーブはじっとしてる事よりも体を動かすことの方が好きだろ?」
「うん、好き」
「そうだと思ったよ。じゃあまずは、ウィリアムも一緒に基本の構えから」
ウィリアムは王の仕事で忙しい父ポールに代わり、叔父のカーティスに剣術を教わっていました。
ヘイデンの王族には代々親から子へ、剣術を教わるという習わしがありました。
しかしそれは男の子だけだったのですが、恐らくオリーブには才能があるのではとカーティスは見抜き、教えることにしたのです。
そしてそれは同時にオリーブに自立心を生みました。
魔法も学んだ方が良いのではとオリーブは自ら考え翌日、常に側にいる精霊のフォーレに魔法を教わることにしたのです。
「フォーレ、こんな感じ?」
「そうそういい感じよ。でもどうして急に魔法をしたくなったの?」
「何となく、父様が言ってたことが気になったの」
「気になった?」
「うん。いざという時の為に、自分の身を守れる術をって言ってたのが」
「それが気になった?」
「まるでそういう時が来るかのような感じがして」
「そう、じゃあ頑張らなきゃね」
フォーレはそれ以上何も言わず、オリーブに魔法を教えてあげました。
ここでオリーブの魔法を説明しますと、通常の人間は自身の魔力量に見合うよう調整しながら魔法を発生させますが、オリーブは魔力量が多く、しかも精霊の力も借りる事が出来たので、精霊の力を借りながら自身の魔力を上乗せするような形で魔法を発生させます。
ちなみに精霊は空気中に沢山います。
フォーレは魔法を教えながらオリーブに話しかけました。
「基本的にオリーブは精霊に好かれてるから、頼めばある程度の事なら出来るはずよ」
「そうなの?」
「えぇ、オリーブ自身の魔力もかなりあるし、私が教えられることは基本だけ。後は全てオリーブ次第よ」
「分かったわ。精霊さんいつも側にいてくれてありがとう」
オリーブはほとんど詠唱なしでも魔法を発動することが出来ました。
そんな感じで魔法をフォーレに教わりつつ、剣術をウィリアム兄様と一緒に父カーティスに教わりながらメキメキと腕を上げて行くオリーブ、それを時々カインが遊びに来ては、遠くから本を読みながら見ている生活が続き、オリーブが4歳になったある日こと…