「エモ」が書ける作家さんへのリスペクトが止まらない
皆さん、お久しぶりです。だいぶ間が空いてしまいました。
いえね、私のこれまでの作品って、「言いたいこと言ってスッキリ!」って作品ばかりなんですよ。ところが、ちょっと発奮する事があって、もう少しマジメに書いてみるかー、と思ったわけです。
するとどうでしょう。書けない書けない。これまでTwitter眺めながらボヘーっと書いてたなーというのがよく分かる。
とりあえずゴール設定をステキな文芸大賞にしてみたんですよ。中村代表は「スター」をこれで発掘したいと言ってる。ではスターってなんだろう? スポンサーになってるポプラ社の最近のヒットといえばかがみの孤城。その作者である辻村先生をスターとするなら、そのデビューは「冷たい校舎の時は止まる」 うわあ、メフィスト賞レベルかー、と絶望。
まあでも、必ず付け入る隙はあるはずです。そのためには妥協してはいけない。私の作品に足りないのは何か。一番は「エモさ」だなー、と。そもそも説明口調になりやすいのにダラダラ書くせいで感情にメリハリがない。
というわけで、エモの勉強始めました。
まずはステキチャンネルというYouTubeチャンネルでやってる「エモいっ子クラブ」
歌人の伊波さんが出演されていて、エモについて色々教えてくれます。「かつてそこにあり続けて、今はない」のエモを語ってくれたり、感情を情景で表現するとエモエモになる事を改めて気付かせてくれたり、うんうん、となります。エモ大喜利も創作のいい練習になりますしね。
そして、石田灯葉先生の「宅録ぼっち」歌詞集(https://ncode.syosetu.com/n8696fu/)を読むわけです。
はー。エモエモとしかいいようがない。歌詞だけ読んでもエモいのに、本文を読んでからだと、その歌詞が作られたときの作中のシチュエーションが目に浮かぶのです。
(以下、作中の「歌詞」にあたる部分を引用しますので宅録ぼっち未読の方はネタバレにご注意ください)
例えば、「平日」のこの部分
”割り勘のアイス、机の落書き、「おはよ」の挨拶”
”夕暮れのベンチ、帰りのコンビニ、「またね」の挨拶”
―「宅録ぼっち」歌詞集(https://ncode.syosetu.com/n8696fu/) より引用
前半二つの「グッズ」だけで青春時代だってわかる。
割り勘のアイスや夕暮れのベンチは「二人」を想起させるし、机の落書き、帰りのコンビニは、卒業したぼくらにとって前述の「かつて当たり前にあって、今はないもの」をうまく表していると思います。
極めつけは最後の挨拶。切り取った日常の風景。動作なのに写真。「平日」。エモい。
とまあこんな感じで、日々エモいとは何かを分析しているため、新作が全然書けておらず、エッセイもさぼっている次第です。
かっこいい人のかっこいいシーンをかっこよく書く。なんとも難しいけど、きっとみんな悩んで乗り越えてらっしゃるんだろうな、と思います。
というわけで久しぶりのリスペクトは、歌人の伊波真人先生と、石田灯葉先生(スニーカー大賞応援してます!)を最大限にリスペクト!
そして読んでくださった皆さんをリスペクトして、大好きな石田先生の歌詞を送ります。
―以下、「宅録ぼっち」歌詞集(https://ncode.syosetu.com/n8696fu/) 「ボート」より引用
”例えば、水面を涼しい顔してすべっていく水鳥も
その足はもがいているように
いつも優しい笑顔のあなたの水面下にも
「本当のこと」がきっとあるんだろう
例えば、ボートを漕ぎ出す最初のその瞬間に
パドルが一番重く感じるように
何度座り込んでも
立ちあがるあなたは
本当はどれほど力を込めてるんだろう”
頑張ってない人なんかいない! 自分も少しは頑張って足掻こうと思います。




