「急に具合が悪くなる」へのリスペクトと余命文字数症候群
ああ、ダメだ。自分はこの作品に撃ち抜かれている。
前回も書きましたが、末期がんの哲学者宮野先生と、文化人類学者の磯野先生との間で行われた往復書簡である「急に具合が悪くなる」についての続きです。この作品は、「余命」によってより鮮明に照らされる人の「生き方」について深堀りしていったものです。
この作品を読む前に「余命文字数症候群(https://ncode.syosetu.com/n8039gh/)」を書いていて良かったです。今だと、もう書けません。
なぜなら、「急に具合が悪くなる」は、余命文字数症候群で伝えたかったテーマをより深い思索と切実さをもって示しているからです。
例えば、1便で最初に彼女が伝えたこと、
”私が「いつ死んでも悔いがないように」という言葉に欺瞞を感じるのは、死という行き先が確実だからといって、その未来だけから今を照らすようなやり方は、そのつどに変化する可能性を見落とし、未来をまるっと見ることの大切さを忘れてしまうためではないか、と思うからです。”
「急に具合が悪くなる」 1便 急に具合が悪くなる より引用
これは余命文字数症候群のCase:00で主人公が述べた
”ふんっ、余生を選択させている、の間違いじゃないのか? 彼らの目の前に欲望という名の糸を垂らして、食いついた者を釣り上げては命を刈り取っていく。彼らはこれまでの人生と断絶させられ、なにも持たずに死んでいく。~”
で伝えたかった内容をより正確な言葉で的確に伝えている気がします。
そしてこれ。
”急に具合が悪くなるというフェーズがさらに進んでいる状態です。でもそんな状態でもなお、未来に向けて他者とともに何かを生成しようという動きをその人が手放さなければ、人間はこんなにも美しいラインを描き続けることができる。”「急に具合が悪くなる」 9便 世界を抜けてラインを描け! より引用
私が「余命文字数症候群」Case.4~6で伝えたくて伝えきれなかったテーマが、ここにこんなに鮮烈に書いてある! 余命は、Case.5の主人公である画家が、Case.4で彼女の営みを肯定する彼女に出会って、楽園で失われている「生きてる」とは何かという事を実感し、それをキャンバスに残そうとする話です。上記の引用文は、生命力に満ちていて素晴らしいと思います。
更に、「余命文字数症候群」では、文字数がトリガーとなることでスキップできる部分
・相手への気遣いと病人という意識
・体が弱っていくことに伴う心の弱り方
に対して、宮野先生は、その強さで切り込んでいっています。
普通はこの問題があるから、「余命文字数症候群」のように、特殊な環境を作ってテーマを絞っているのに、そこをあっさりと克服して、深い思索を入れる宮野先生は根っからの哲学者です。
私は宮野先生の兄弟弟子のチルドレン、つまり宮野ネフュー(おい)だからテーマが似たのでしょうか? それとも勝手に似ていると思っているだけで、客観的に読むと全然違ってて、似てるなんて言ったら不遜と怒られますかね……ネフューだから許してください。
ともかく、「余命」シリーズが好きな方には絶対読んでほしい!
10便の最後に宮野先生が書いてらっしゃる言葉を少しでもたくさんの人に伝えたい!!
皆さん、「急に具合が悪くなる」をぜひ手に取って読んでみてください。




