夜の海辺
海岸にはたくさんの男女がたむろしていた。街灯は無いが、あちこちで花火が焚かれていて、そのバチバチと弾ける光で顔が分かる。彼がここに来てねと言った位置の辺りを目を凝らして顔を捜す。彼も、その仲間達の顔も見当たらない。近寄って探すが、居ない。花火の煙でむせて、ショートパンツから朝顔のハンカチを出して口に当てた。
その時、トントンと肩を叩かれて驚いて振り向くと、彼が立って居た。Tシャツを着て長髪を夜風になびかせて、暗い中でも白く輝く歯を見せて笑っている。
「ごめん、探した?」
「ううん。今来たばかり。あの、花火は?」
「ああ、花火ね。ごめん、あいつ等疲れたって寝ちまったからさ、花火中止。俺一人じゃ駄目? 怖い?」
短パンから伸びた足がすらっと長く、ビーチサンダルが似合っている。
「ううん。全然」
「そう、よかった。ね、海辺ちょっと散歩しない」
「うん、いいよ」
最高の展開だと思った。他のメンバーと花火で騒ぐのもいいが、こんな素敵な彼と二人で居れるならその方がはるかにいい。
人の群れたところから次第に離れ、波打ち際まで歩き、ザバン、ザバン、という静かな波音を聞く。サンダルを波に取られそうになると、彼が手を取り捕まえてくれた。
「弟さんは一人で旅館に居るわけ?」
「弟? あ、うん。もう寝てる」
「あんまり似てない兄弟なんだね」
洋一の姿を見られていたのか。
「うん・・・・・よく言われる」
「この海のずっと向こうはさ、アメリカなんだよね」
そういって彼はあたしの肩に手を置いた。
「君みたいな素敵な子と一緒に行きたいな。ね、ユカリもそう思わない?」
何て答えようかと言葉を捜していたら、あっという間に体を抱きすくめられ、彼の顔があたしに覆いかぶさって来て、唇が重なった。あっと思う間も無く、彼の温かな舌があたしの歯にぶつかり、にゅるにゅると動いた。ディープキスだ。
彼の片手があたしのシャツの上から胸を掴み、すぐにショートパンツまで下りて来て、撫で始めた。あたしは口を塞がれて何も出来ない。ああ、どうしよう、と焦り始めたら、彼の指がさらに中に入ろうとした。思わずもがき、あたしは「イヤ!」と体を離した。
「何でさあ。いいじゃん、誰も居ないし」
と、彼はすぐにあたしをまた抱きすくめ、耳元に息を吹きつけるように言った。
「ねえ、海の家の中に入って、エッチしようよ。俺もう我慢できないよ」
そして頬っぺたを舐めようとした。反射的にあたしは、彼をドンと突き飛ばした。おお!と叫びながら、彼は丁度やって来た波の中に尻餅をついてしまった。
「うわ! 何だよ、何しやがる!」
怖い。すぐに起き上がりあたしに向かってようとする彼の顔を、躊躇無く蹴飛ばしてしまった。顔にあたしの右足がまともに入る。彼はギャアと言いながら全身仰向けに波に倒れこんだ。
「テメエ! このヤロウ!」
あたしは逃げた。砂にサンダルがめり込み、足が水で滑ってもどかしい。彼が何か叫びながら追ってくる。サンダルを脱ぎ捨て、裸足になって逃げた。花火の若者達の横を通り、砂浜を抜け、商店街に入り闇雲に走った。商店街が終わり、真っ暗な住宅街に入って初めて振り返った。肩で息をし膝に両手を付いて、見回す。誰も居ない。どうにか逃れたようだ。
足の裏が痛い。また歩き出すが、なかなか息が収まらない。額から汗が吹き出てきて、パンツの中のハンカチを探すが、途中で落としてきたようで、無い。歩き続け、段々と息が収まり、今度は涙が流れてきた。
馬鹿みたい、あたし馬鹿みたい。悔しさなのか、悲しさなのか、情け無さなのか、色んな感情がミックスになって込み上げてきて、しゃくり上げるように泣いた。止め処なく涙が湧き出てくる。足の裏はひりひりと傷む。それで、更に泣いた。