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フレンズ  作者: 敏 一矢
2/4

御宿で

 御宿の駅に着いたのはちょうど昼の時間だった。カンカン照りの道を10分も歩いて、ようやく旅館に着いた。駅からタクシーを飛ばせばよかったけど、無理して金を出してる洋一に遠慮して歩いてあげた。洋一はあたしの後ろをテクテクと歩いてくる。こいつ、あたしの肩や背中やショートパンツのお尻を見て、きっと何かいやらしいことを想像してるな。馬鹿みたい。帰るまで、キスはおろか、手だって触らせてあげないからね。そう思うと、余計意地悪になって、わざと大きくお尻を振って歩いてみたりした。


 結構貫禄のある大きな旅館に着いて、仲居さんが出てきて部屋に案内してお茶を入れてくれた。本当、暑いですねえ。どこからお越しですか、と聞かれると、洋一は素直に、M村ですと答えてしまった。気転が利かないというか、何でもっと都会の町の名前を言わないんだろう。そうですか、ではごゆっくり、と下がっていった仲居さんの目には、はっきりと嘲りの表情が浮かんでいた。


「あんた、何で仲居さんにチップ渡さないの」


「え? こういう場所、チップ居るのか」


「当たり前じゃない。1000円札丸めて、サッと渡すのがマナーだよ。何にも知らないのね、まったく」


また、洋一が下を向いた。

 

 御宿の海岸は、人でごった返していた。海の家で半日1000円のビーチパラソルを借りて、ようやく砂浜に空いたスペースを見つけて、シートを敷いた。あたしは農協のパソコンを使って通販で買った、思いっきり露出の多い小さなピンクのビキニの水着を着ていた。洋一は明らかにドギマギして目のやり場に困っていたけど、まあ見せてあげるだけなら幾らでも見せてあげようと思った。


「あんた、泳いで来たら。あたしはここで寝てるから」

「え? 泳がねえの?]


「こんなに混んでいたら泳ぐ気にならないよ。いいよ、のんびりしてるから。あんた、行って来なよ」


「ああ」


寂しそうに返事をして、短い足に真っ赤なサーファーパンツを穿いて、ずんぐりとしている体で洋一はとぼとぼと海に向かって行った。


 周りを見ると、格好のいい若い男達が幾らでも居る。大体はビキニを着た女連れで、見るからにお似合いのカップルばかりだ。せめて洋一がもう少し背が高くて痩せていればいいのに、余計に他の男達が良く見える。ああ、いくらあんな田舎町でも、あたしにはもっといいカレシが居なかったものなのだろうかかと、あらためて悔しくなった。


 10分もすると洋一が体を濡らして戻ってきた。


「気持ちいいぜ。バナナボードに一緒に乗らねえか?」


と言い、返事も聞かないうちに持って来た浮き輪を口で膨らまし始めた。ニキビだらけの丸い顔の頬が膨らんで、力んで赤くなるからまるでスイカみたいな顔になった。おかしくて噴出すと、あたしの機嫌が戻ったと勘違いしたのか、


「やっぱ海はいいな。スカッとするよな」

と、浮き輪から口を離して話しかける。


「あたしはいいから。あんた一人で行って来なよ」


と、それでもあたしは洋一を突き放してやった。

 

 自分で日焼け止めを体中に塗り、シートにうつ伏せでどれくらい寝ただろうか。背中に冷たいものを感じて目を覚まし、体を起こすと目の前に長髪の若者が立っていた。褐色の肌、堀の深い顔立ち、長い足に引き締まった上体。体が濡れていて、手に ビーチボールを持っている。笑いながら、あたしに話しかけてきた。


「ごめんね、起こしちゃった?」


転がったボールを追いかけて、海辺から走ってきたようだ。 


「あいつ等、馬鹿みたいに強く打つから」


「はあ」


「ねえ、一人? 良かったら、一緒にビーチバレーやらない? 面白いよ」


指を指された方向を見ると、若い男女が数人、笑い声を上げながらこちらを見ていた。あたしは直感した。チャンスだ! 何のチャンスだかは上手く説明できない。でも、とにかく今居るところから少しでも抜け出るチャンスだ。


「仲間に入っていいの?」


「もちろん! みんな喜ぶよ、さあ!」


彼は大胆にもあたしの手を強く握り、ぐいと力を入れ引き起こした。彼の腕と胸の筋肉がピクリと固まるのが見えて、あたしは赤面した。


「うわ! 君、スタイル抜群だね! そのミニビキニ、すっごい似合うじゃん!」


とあたしの体を見て褒めてくれて、あたしは胸の奥がキュンと縮んだ思いがした。


 あたしを入れて男3人、女も3人のグループになって、ビーチバレーの真似事をした。二人の女の子は連れで、三人連れのこの男の子達にハントされたようだ。三人の中ではあたしに声を掛けた彼がリーダー格のようで、後の二人もなかなかルックスが良くてカッコ良かった。バレーに疲れると、波打ち際に座って彼から質問攻めに会った。名前、歳、どこから来たか、どこに泊まっているか、仕事、実家の職業・・・・・。もちろん、由香里という名と歳と旅館名以外は全部嘘を言った。県庁のある町に住んでいて、パパはサラリーマンでママは専業主婦。一緒に来ているのは、二つ下のフリーターの弟。


「ね、今夜ここで花火やるからさ、絶対来てよ、俺、君を待ってるからね。絶対だよ」


と彼から言われて、夢見心地で元の場所に戻った。そこには洋一がチョコンと座っていた。ずっとあたしの動きを見ていただろうに、平静を装っている。


「なあ、腹減ったべ。海の家でなんか食おうよ」


と言う。あたしは胸が一杯でおなかなんて空いていない。


「いいよ、あたしは夜まで我慢できるから。あんた一人でなんか食ってきなよ」


と答えると、洋一は


「そっか。わかった」


と言ったきり喋らなくなった。あたしはまたうつ伏せに寝そべり、目をつぶった。彼の眼差し、涼しい笑顔に「君を待ってるからね」の柔らかな言葉の響き。それらを思い出して、すうっと眠りに落ちた。


 旅館の部屋に運ばれた夕食はなかなか豪華だった。洋一は奮発して、刺身の船盛とサザエのツボ焼きを特注で予約してあった。他に天ぷらの盛り合わせやらすき焼き鍋やらが付き、朝から何も食べていないあたしは、ビールも飲みながらすべての皿に箸をつけた。程よく酔いが回って、あたしは少しおしゃべりになった。


「あんた、一体幾らでここを予約したのさ。結構高かったろう、これ」


「いや。大したこと無えよ。由香里が喜んでくれれば、安いもんだ」


「ちょっと。名前呼び捨てにすんなって言ったじゃないか」


「あ、ご免。由香里ちゃんが喜んでくれれば・・・・・」


「養鶏って儲かるの? 1000羽も居れば相当な収入になるんじゃ無いの」


「いや、とんでも無え。ここんとこ、飼料や鶏舎の燃料が上がって、赤字なんだ。今度農協に借金しようと思ってるくらいだ」


「農協? やめたほうがいいよ、金利高いって言うし。でも、そんな状態でこんな贅沢していいの?」


「だから、由香里ちゃんさえ」


「うざいなあ、その言い方。押し付けがましいよ」


「ああ、ご免。大丈夫だあ。ちょっと貯金もしてたし」


「ふうん。結構あんた堅実なんだね」


「なあ、今度俺んちに来ないか」


「え? 何しに」


「お袋に会わせてえんだ。弟にも」


コップに残ったビールをがぶリと飲んで、あたしは強く答えた。少し可哀想だとは思ったが、はっきりさせておかなければならない。


「あんた、早まるんじゃ無いよ。何であたしがあんたの母ちゃんと弟に挨拶しに行かなければいけないんだよ。言ったろう、ただのダチだって。冗談じゃないよ。そんなの、恋人とか婚約者のすることじゃないか。そこんとこ、はっきししとくよ。勘違いするんじゃないってば。いろいろお金使わせて悪いけどさ、ただのダチだよ。分かってる?」


洋一のにきび面が、ビールと日焼けのせいで余計に赤い。これだけ強く言えば、今夜中は多分黙ってしまうだろうと思ったら、意外にもすぐに返答があった。


「だけど由香里、あ、由香里ちゃん。俺な、どうしても来て欲しいんだってば。ただの友達でもいいから、一度母ちゃんに会ってもらいてえんだ」


目が据わっていると言うのか、いつもとは感じが違う。そういえば洋一とお酒を飲むのはこれが初めてだった。こいつ、ひょっとして酒乱の気があるんだろうか。


「俺、由香里ちゃんの言うことは何でも聞くから。何言われても、我慢できるから。だから由香里ちゃん・・・・・」


洋一は両手を膝の上に置き、背を真っ直ぐにして訴えている。あたしはちょっと怖くなった。


「やめなよ、気味が悪いな。少しその刺身でも食べたら。分かったから、今度ちょっとだけあんたの家に顔出してもいいから。だからもう黙りなよ。あたし、これからちょっと出かけるからね。勝手にお風呂でも入って、先に寝てなよ」


「どこに行く」


「どこでもいいでしょ」


「一人じゃあ危ねえぞ」


「うるさいなあ、もう。放っておいてよ。あたしの勝手じゃん。とにかく、行くからね」そう言って立ち上がり、あたしはさっさと部屋を出ようとした。


「危ねえぞ、俺も付いていくよ」


と洋一はしつこい。あたしは声を荒げて駄目を押した。


「来るなってば! 何度言ったら分かるんだよ!」


部屋のドアがバタンと音を立てて閉まるのを背中で聞いて、あたしは真っ直ぐに約束の場所に向かった。

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