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フレンズ  作者: 敏 一矢
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ロンリーバタフライ

アラフォー青春シリーズ。ヒット曲のテーマに合わせて、恋とときめきと、時に失敗の物語をお送りします。


第一弾は、レベッカの二つのヒット曲、「フレンズ」、「ロンリーバタフライ」がテーマです。


    フレンズ・・・・・・・ロンリーバタフライ



 洋一が決めた時間より30分も早く駅に着いてしまって、あたしは手持ち無沙汰だった。出掛けにおとうちゃんがトラクターの上から、


「由香里、おまえ、いつ帰ってくる」


と聞いたもんだから、あたしは


「多分あさって」


と答えておいた。


 昨夜散々あたしに怒鳴ったお母ちゃんは、畑に出たまま顔も出さなかったから、気まずさも半分で済んだ。あたしだってもう19歳。高校出て、農協の窓口係に就職したけど、ジジイばかりの辛気臭い職場はもうたくさん。3日くらいの夏休み取って遊んで何で悪いのさ。


 待合室の自動販売機でコーラを買って飲み干し、足を組んでタバコを吸って、フウ、と息をついて辺りを見廻したら、ベンチの端っこに座っていたオバサンが目を伏せたのが分かった。ああ、よく農協に金を預けに来る新町の酒屋のオバサンだ。肩と太腿を丸出しのあたしの格好、じろじろ見ていたんだ。


 汗が額からにじみ出て、ショートパンツのポケットに入れた朝顔模様のハンカチを出して拭いた。このハンカチは、この前のあたしの誕生日に洋一がくれたものだ。


 洋一は時間ぎりぎりにハアハア言って走ってやって来た。アロハがダボダボで大きすぎて、ジーンズも丈が余って、格好悪い。顔はにきびだらけで、体臭がきつい。一度だけさせてあげたキスの時も、息が臭って吐きそうになった。こんなダサい奴が、今のあたしの「カレシ」だけど、やっぱりこうしてみると、掛け値なしに、ダサい。小太りで背が低くて、はっきし言って、頭も悪い方だ。でも、今はこいつしか相手が居ないから、仕方なく付き合ってるって感じ。


 電車が入ってくる案内放送があり、そのまま改札に向かうと、遅刻の弁解をする。


「ごめんごめん、ちょっと出掛けにもめてよ」


「誰とさ」


「おふくろが、誰と行くのかって聞くからよ」


「何て答えたのさ。まさか、あたしと行くって言ったんじゃないでしょうね」


「言ったよ」


「何でさ! あんた、馬鹿じゃないの?!」


「え? まずかったか?」


酒屋のおばさんが後ろを歩きながら、あたし達の会話に耳をすませて居るのが分かる。あたしは声を落としていった。


「あたし、農協の店に勤めてるんだよ。噂広まったらどうすんのよ。ほんと、そのくらい気を使いなよ。あったま悪いなー、ホント」


 洋一は、頭が悪いとか、マヌケとかあたしに言われると、すぐに黙る。大体30分くらい黙った後、耐えられなくなって、自分から何かあたしにおべっかを使ってくる。どうせそうなるなら、最初からいじけなければいいのに、ほんと、学習能力の無い奴だ。ガラガラの一両編成の電車の席に座って、あたしは更に言ってやった。


「あんた、まさか、あたしが恋人だなんて母ちゃんに言ったんじゃないの」


洋一は黙っている。


「言っとくけど、そんなんじゃ無いからね。誤解しないでよ。ただのダチなんだからね」 


ダチ。そうだ。そんなものだ。あたしは19になる今まで、本気で人を恋したことも無いし、大体、恋なんていう感情自体が分からない。こんな片田舎で農家の娘で育ってきて、高校を卒業しても都会に出れないで、テレビのラブロマンスの番組なんかを見て、憧れに近い感情は持つけど、でも、やはりそれは別の世界のこと。


「それにさあ、何よそれ、ジーパンの裾に、鶏のフンがついてるよ。きったねえなー。鶏の世話したら、ちゃんとチェックして来いよ、まったく」


洋一の家は、母ちゃんと弟との3人家族で、鶏を1000羽くらい飼っている。父ちゃんは何年も前に癌で死んでしまった。


「ホントにもう、いやだ。ああ、まったく!」


そう言って窓の外に視線を投げると、酒屋のオバサンがこっちを窺っているのがガラスに映って分かる。頭に来て、ガラスのオバサンに向かって「見てんじゃねえよ」と無言で睨みつけてやった。


 あたし達は、外房の海水浴場の旅館に二泊の予約をしてあった。全部洋一が考えたプランで、費用も全部出すからと、5月頃からしつこく誘われていたのだ。民宿だと一人一泊7800円だけど、ムードはゼロ。旅館は倍くらいするけど、洋一は頑張って予約した。 男と同じ部屋に二泊もすれば、男女ですることはやっぱりしなけりゃ、って話になるし、大体車ではなく電車でトロトロと出かけるのもイヤだったけど、結局オーケーしてしまった。


ひと夏どこにも行かないで家にジッとしているよりは、まだマシだと思ったからだ。家に居れば、なんだかんだ畑や田んぼの用で駆り出されるし、女友達は一人残らずカレシを作って遊び歩いているんだから、相手が洋一でも、全部お金を出してくれるなら付き合ってやろうと思った。夜のお相手の方はいろいろと理由付けて逃れればいい。洋一に抱かれるなんて、真っ平ご免だから。


 県庁のある大きな駅まで鈍行で50分。そこから特急に乗り換えて1時間くらいで外房の御宿に着く。酒屋のオバサンは県庁の駅で降りて行くとき、またチラッとあたし達を見て行ったけど、今度農協に来た時にどんな顔をしてあたしを見るんだろう。


 特急の指定席で並んで座った洋一は、大きなボストンバックを網棚に上げた。さっきからあたしの機嫌を伺いながら、ずっと何も話しかけられないでいる。髪の毛はツッパリのスタイルにしているくせに、意気地の無いやつだ。 この前洋一の軽トラックで夜ボーリング場に遊びに行って、帰って来て家の前で下りようとしたら、私の腕を掴み、おどおどして


「なあ、キスさせてくんね?」


って聞いてきた。イヤだったけど、星空も綺麗だったんで、つい


「ああ」


と答えてあげちゃったんだ。洋一、いきなり抱きついてきて、分厚い唇をあたしの口に押し付けてきて、おまけにあたしの顔を嘗め回すもんだから、すぐに体を押し返した。こいつ、あの一度だけの変なキスで、もう完全にあたしが自分のカノジョだと思い込んでいるんだろう。おめでたいというか、マヌケというか、とにかく、ダサい。


「あんた、その大きなバッグに何が入ってるのさ」


話しかけられて嬉しかったのか、弾むように洋一が答えた。


「ああ、これさ、でかいバナナボードの浮き輪が入ってるんだ。二人乗り。新町のヨーカドーで買ってきたんだ」


「浮き輪? ダッセえ。そんなもの、フツー現地で借りるんじゃん。ダッセえなあ」


それまた洋一はシュンとなってしまった。


    (続く)


 

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