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〈若き当主に春来るか〉伝説小編


 古戸紫には兄がいる。古戸家の当主として立ってもらうために縁をたどって据えられた男だ。紫の母方の親族の遠縁だった。とはいえ、幼い頃から古戸の家で育ち能力を磨いてきた。もはや生家とのつながりは薄い。

 そんな彼の人生の命題は“妹の抱える呪詛の解消”である。本業を投げ捨ててそれに傾倒する様を当の妹は頭痛が痛いというような思いをして見ていた。頭ではない。頭痛である。本来、誤用とされるそれこそがしっくりくるという不思議にはさらに痛みが増す思いだ。


真織(まそお)兄様」


 紫は都で貴重な縁を結んで帰ってきて以来、じめじめとし続けるその部屋を開放する。その部屋の中央には涙で枕をしとどに濡らしている女々しい兄がいた。女が心折れるほど美しさを極めたかのような綺麗な顔立ちで流す涙もきらきらとまるで宝石のようだ。……もっとも、慣れるか正気に返るかすればその涙は宝石にならないという常識を思い出せるようになるのだが。


「紫~……やっぱり悪い虫が……」

「慶一朗様は悪い虫ではありません。女だてらに陰陽の仕事をしようという気持ちを理解してくださった、価値観の合う方です」

「でもそれって言うなれば常識外れの人間じゃないか~。ううぅ、僕の可愛い妹が……」


 真織の無駄に湿っぽい様子に紫は苛立ちを隠せない。渡世慶一朗と手を結ぶ選択は自ら望んで決めたことなのだ。そもそも、女でありながら守られるでもなく一端の術師として立とうとしている紫自身が常識外れの人間だったりする。


「はいはい、それでも認めてくださるのでしょう」

「まぁ、ね~。うちの事情を知ってなお受け入れてくれる相手はそうそういないし」


 先程まで泣いていたのが嘘のようにからりと笑った真織はふっと真剣な顔になる。


「でも、本当に良いんだね? 実のところ、渡世とつながりができるのは家としては歓迎できるんだ。あそこは独特な考えを持っていて、中央に引けを取らない術者が育つ。表の政治には無関心だけど裏は結構強いところだ。安部ともつながりがあるわけだし」

「そうだったのですか」

「そうなんだよ。だから、正直紫がそこと縁続きになれるとは思わなかった。ああ、僕は反対しないよ。ただ、君の子どもで古戸の呪法を引き継いだ者はこちらの家に戻してもらうからね」

「ええ。守るためにはこの家に属していることが重要だということは身を以て知っていますから」


 今は紫が身に宿しているおびただしい数の呪詛はかつては紫の母が抱えていたものだ。やがて紫が子を設けたら、その呪詛は子どもへと移っていく。そのように受け継がれ続けてきた呪詛は『古戸の呪法』と呼ばれていた。


「あ~あ、ずいぶんと悟っちゃった娘になったねぇ。ころころとした可愛い君はどこへ行ったのだろうね」

「過去の幻影でしょう。それより、真織兄様もそろそろ身を固めるべきでは?」

「さて、どうしようかな。でも、やっぱり僕は妹愛が深いからね」

「そうでしょうか?」

「そうだとも」


 そう嘯く真織を紫は疑いに満ちた目で見る。


「兄様、慶一朗様に伺ったのですが、どうやら渡世には珍しい術がある模様。輿入れすればその情報をいただけるでしょうね。その上で私と術、どちらを取りますか」

「う~ん、術かな。紫、良い縁をつないでくれたね。愛しているよ!」

「……それが答えでしょう」

「え、何の?」


 真織の人に向ける愛は軽すぎる。逆に言えば、術に向ける愛が重すぎるのだ。こんな兄を支えてくれるような義姉が現れるとは……どうしても思えなかった。


          Fin.



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 『蓮華原市のあやかし奇譚』
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