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〈目撃者は語る〉月狭間小話


 見てしまった。


 その瞬間、少女はただただそう思うばかりだった。そう思うことしかできなかったのだ。

 あまりの衝撃、不可解な現象、まるで太陽が月でしたとでも判明したかのように……自分の中の常識に裏切られ体が動かなくなった。


 あぁ、知らない方がきっと良かった。

 それなら、こんなに世界を疑わなくて済んだのに。

 いつも通り友達と楽しめたはずなのに。

 なぜ、見てしまったのだろう。


 答えは簡単だ。その会話が怪しすぎたから。


「……持ってきたか」

『おうとも。例のブツは?』

「ここだ。念のために言っておくが、まだ試作品だぞ」

『分かってる。ちっとでも誤魔化せりゃいんだ』


 例のブツ(薬物か何か?)、試作品(新しい麻薬のフレーバー?)、誤魔化す(警察を?)……そんな風に副音声が聞こえてきた気がして、グッと沸き上がる気持ちをひた隠す。


「くれぐれも、表に知られるんじゃないぞ」

『当然だ』


 絶対にヤバい人だ……私はそう思って動けないまま、話している二人が去るのを待った。

 少しして、静かになる。少女はそろっと物陰から顔を出した。見える範囲に人はいない。ホッとして力を抜き、ゆっくりと立ち上がるとふと興味が湧いて声の聞こえた方へ向かってみる。


「何も、ないよね」


 これが、二年前のことだった。


 現在


「……持ってきたか」

『おうとも!』

『こっちも持ってきたぜ』

『アタシも持ってきたよ』


 覚えのあるやり取りに、少女の心臓が跳ねる。そのまま思わず隠れてしまった。

 ……あの時と同じだ。

 でも、今回は前とは違って何か取引している人達をこの目で見てしまった。


「はぁ、そうほいほいと現世に来られるのも困るのだが」

『何を言う。我等もまた、この世に生きるモノ』

『そなたにワシ等を止める権利などないぞ』

「まぁ、貴方方に対しては今さらのことか」


 一人は男の人だった。大柄で、スーツを着ていて、直感的にヤクザのような威圧感があるように感じた。

 問題は、その他の者達だ。

 バクバクと心臓が跳ねる羽目になった一番の原因。それは、ヤクザのような男よりも直視できないもの。見ちゃいけない……いや、見えてはいけないモノ。


「お化け……バケモノだ」


 知らない方がきっと良かった。

 今度もまた、小さく固まってやり過ごそうとする。前回のことを考えると、きっと取引が終わったら彼等は皆この場所から離れていくはずだ。だからそれまでは。

 そんな少女は知らなかった。

 彼女が思っている以上に、彼女がバケモノと称したモノ達がこの場所に存在し、囲まれているのだと。


『お嬢さん、具合でも悪いのかね』


 声を掛けられてはっとする。反射的に大丈夫ですと呟き、顔を上げて少女は声にならぬほど細い悲鳴を上げた。

 いつの間にかその場所には足の踏み場もないほど人がひしめき合っていたのだ。ただ、彼女が悲鳴を上げた原因はその奥のものだった。


『どうじゃ、人に見えるか』

『生首に比べれば人じゃな』

『守よ、今年のものはなかなかのものだ』


 奥では、バケモノが人の姿に変化していた。ということは、このひしめき合っている人もまた……。


「きゅぅ……」


 少女は薄れゆく意識の端で心配そうな顔を浮かべて近寄ってくる人達を見た。

 悪い人達ではなかったのかもしれない。

 でも知りたくはなかった。ハロウィンがこんなにも人じゃない何かが混じっているなんて。


 ちなみにこの日、“ハロウィン限定デザインなりきり変装セット日の出まで”の売り上げは前年を大きく越えることになった。



          Fin.



【お知らせ】

次話以降、不定期更新となります。

次章が準備でき次第更新していこうと考えています。

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本編はこちら↓
 『蓮華原市のあやかし奇譚』
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