9.冒険者
それでも恐縮した鉄人が部屋に向かわずロビーのテーブルで無駄話を続けていると、やがてシャルルの両親が帰って来た。どうやら買い出しに出ていたようで、シャルルが事の顛末を語ると、父親は娘の提案を二つ返事で了承した。
「危ないところを助けて頂いてありがとうございます。娘の言う通りです。ちっぽけな宿で大したお構いも出来ませんけど、王都に居る間は是非ここにお泊り下さい。お代は結構ですから」
シャルルの父親はこの宿の主人らしく、彼曰くこの宿が満室になる事はそうそう無いらしい。なので鉄人が居座ったとしても影響は無いという事だった。
「それじゃあ、お言葉に甘えるとするか。すまねえがしばらくの間、厄介にならせてもらうぜ」
それから食事の準備に奥へと消えたシャルルの母親を除いた三人で、しばらくの間世間話が続いた。中でも鉄人にとって一番の収穫だったのはやはりギャンブルが出来る場がこの王都にはいくつか存在するという話だった。
人が集まる所には必ず賭場がある、これはまさしく鉄人の読み通りで、様々なゲームを備えた遊技場、所謂カジノが一つ、魔物を闘わせてその勝敗を予想する闘技場が一つ、それらが王国の仕切り、所謂公営ギャンブルとして存在するようだ。
その他に、民間が行う半ばグレーな賭場もいくつかはあるらしい。
「まあ、娘の前で大っぴらにする話じゃありませんが、そういった中には危ない場所も多いという話をよく耳にします。シックスさんもお気を付けになった方がよろしいですよ」
そう言って、自分は真面目な性格ですからと、主人は笑った。鉄人も苦笑いを返す。
そしてもう一つ、この街に居る上で重要な話として、身分証の事が話題に上った。鉄人が自らの身の上とここにやって来た顛末を記憶喪失という作り話を交えて語った為だ。
「それはお気の毒に」
主人の話によると、この王都には四つの身分証が存在するらしい。一つは王族を含めた貴族証、これは当然の事ながら貴族以外が取得する事は出来ない。
二つ目は王宮に仕える者が持つ公官証、これには貴族以外の武官、文官、軍に所属する兵士などが含まれる。所謂公務員というやつだ。
三つ目は商人ギルド会員証。この世界には商人の為の協会組織が存在し、そこに登録する事で得られるのが三つ目のそれだった。
そして最後は冒険者ギルド会員証で、先の商人ギルドと同様に、そこに登録する事で得られる物なのだそうだ。
「シックスさんもおそらく冒険者ギルドか商人ギルドに登録がある筈です。一度確認してみては如何でしょうか」
主人のその言葉に鉄人は曖昧な笑みを返した。そこに登録が無いという事は鉄人が一番よく知っている。そして商人ギルドはともかく、冒険者という言葉に再びファンタジーの匂いを感じた鉄人だったが、それについては後で聞く事にして話を前に進めた。
「で、その身分証が無えと、何か拙いのか?」
はい、と主人。
今回は商人隊と同行した為すんなりと王都に入る事が適った鉄人だったが、通常は街に入るのにさえその身分証の提示が求められるという事だった。そして厄介な事に鉄人がこれから向かおうとするギャンブルの場にも当然それは必要だという。
「聞いといて良かった、ありがとな。それでさっき話に出た冒険者ギルドってのはどんなところだ?」
そう尋ねた鉄人に、記憶喪失の話が功を奏してか、主人は丁寧に説明を始めた。
冒険者、その言葉に鉄人は昔流行った冒険物のゲームを思い出したが、実際には数名でパーティを組み魔王を倒す為の旅に出るなどという事は無く、ギルドに寄せられた仕事をこなし報酬を得る、言うなればそれは何でも屋の様な存在だった。
「もちろん魔物の討伐や未開の洞窟探検などといった危険な話も耳にはしますが、大方は街から出ずに雑用の様な仕事を引き受けたりという風に聞きます」
なるほど、商人ギルドか冒険者ギルドか、どちらにしようと考えていた鉄人だったが、商売をするわけでも無い以上、それなら冒険者が良さそうだと感じた。
「あら、シックスさんさえ良ければしばらくうちの宿を手伝ってもらえばどうかしら。あまり高い給金は出せないけど」
いつの間にか食事の仕込みを終え、話を聞いていたシャルルの母親、この宿の女将の提案を鉄人はやんわりと断った。居場所を提供してもらった上に金まで貰うのは気が引けたのだ。
どうも本当に人手が不足しているようには見えない。万が一男手が要るようならその時は手伝えばいいと鉄人は思う。
「それに……」
と言いかけた言葉を、しかし鉄人は呑み込んだ。自分には勝負事しか出来ない、それはこの善良そうな一家の前で言う事ではなかった。
「まあ今日はこれで休ませてもらおう。ちょっと疲れちまってな」
少しのぎこちなさを伴って鉄人が席を立つ。その後ろ姿にシャルルが、また明日、と明るい笑顔を灯して手を振った。
翌日になって鉄人は冒険者ギルドを訪ねた。二階建ての華やかな装いに、まるでテレビの中の歴史映像でも観ているような感覚を覚える。それは彼に改めてここが異世界であるという事を如実に伝えていた。
建物の中は大勢の人でごった返していたが、冒険者の登録自体は事務的に終える事が出来た。
仕事の受け方、報酬の受け取り方、それら冒険者としての取り決めを確認した後、鉄人の手に一枚のカードが渡される。
冒険者ギルド会員証、そこにはシックス・アイロンという名前が記されていた。
自らの偽名が記されたそのカードをさらりと翳し、鉄人は苦笑いを漏らす。
アースガルド、その歴史に無敗のギャンブラー、シックス・アイロンの名が初めて登場するそれは瞬間であった。
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